アヴァロンには帰れない ―転生ハーレム編―

彩葉陽文

0、わたしだけが知っている。



 その少年を見てわたしこと九石知里は思った。


 ――平凡な容姿だな、と。


 あどけなさの残る、どちらかと言えばかわいらしさを感じられる雰囲気を持っていて、男臭さはあまり感じられない。というか、特徴らしい特徴があまりなさ過ぎて、埋没するというか、空気というか。

 だから今現在進行形でそれなりの人数の女の子に一人囲まれている男子だというのに、周囲からあまり注目されていない。

 どうしたことか、違和感があまり感じられなくて、当然の情景に見えてしまっている。

 その男の子は女の子たちの中にあって、妙に溶け込んでいて、自然なのだった。


 少年自身が自然体でいるということもある。

 それ以上に周りにいる少女たちが、その全員が、少年の存在を当たり前のように受け入れて、自然として扱っている。

 不自然がないから。あまりにも当たり前のようにしているから。

 そんな空気が自然と周囲に伝播して、少女の中にある少年という、ある意味奇特なシチュエーションの存在を、目立たない、自然のものとして扱わせるようになるのだろう。


 ――なんてことを、わたしは思った。


 真相はよくわからない。

 けれども、その男の子と周囲の女の子たちが、例外なく互いに仲が良いことは、主観的にも客観的にも否定しようがない事実であった。


 他人はそれをハーレムと呼ぶ。


 一人の少年を、複数の少女たちが囲んで、仲良くグループを形成している。

 まがうことなきハーレムだった。


 わたしはその少年を……ええい、もう良いやっ!


 さっきから混乱しているのか『少年』と呼んだり『男の子』と呼んだり。

 うん、少なからず私自身も動揺していることを否定できない。


 先ほどから一歩引いた位置から冷静に観察しようと試みているのだが、どうにも浮き立つ心を抑えきれずにいて、平常でいられない。


 その少年を見ると、鼓動が沸き立つのを感じる。

 トクゥン、トクゥンと、心臓の音を強く意識してしまう自分を感じてしまう。


 無視しようとすればするほど、その音は強く主張して、意識を集めようとしてくる。

 その少年から目をそらすと、少し治まる。

 だがすぐに、目線はひきつけられるように、その少年に戻ってくる。


 その少年の集まりを見ると、自然と涙が浮かんでくるような、強い郷愁を感じる。

 何もかも投げうって、思考すらも放り捨て、自らその中に飛び込んでいきたいと、強く想う。


 意を決して距離を取ろうと思ったこともあった。

 だがどういうわけか、少年も、その取り巻きたる少女たちも、わたしに対して非常に親切で、割と積極的に、親しく接してくるのだった。

 親しく接してくる人に対して意味もなく邪険にすることなんてできるわけもなく、わたしは気づくと、ごく自然に、その少年のハーレムの一員として、囲われていることに気づくのだった。


 自分の心の動きを冷静に観察してみれば、その気持ちは明白だった。


 わたしはその少年に対して、恋をしている。

 そして、その少年を取り巻く少女たちに対しても、同士のような連帯感を持ち、強く親しみと共感を覚えている。


 そういった心の起こる原因を、わたしは知っていた。

 たぶんまだ、わたししか知らない。気づいていない。

 荒唐無稽という言葉を、何重にも重ねたその先に、その因果はあるのだから、誰にも気づかれようがない。

 実際にわたしが気づいたのも、偶然の結果であり、そうでなければわたしはこの状況に、あまりにもできすぎた、まるでラブコメのような状況に疑問を覚えることはあれども、いずれはきっと順応して、その常態を当然と受け入れるようになり、その少年のハーレムの一員として、自然と存在していることになっただろう。


 ――そう、今、彼の周りにいる、わたしのかつての同僚にして戦友にして好敵手にして恋敵である、親友たちと同じように。


 少年の名前を五月雨緋磨と言う。


 のんびりとした性格の、科学部の部員。

 どことなく女性的にも見えなくもなくて、人畜無害を絵に描いたようなおとなしい性格の、男の子だ。


 ……


 …………


 ………………


 ……………………唐突に変な話をしてしまうのだけれども、わたしは彼の、前世を知っている。


 電波や妄想ではない、と思う。

 最近ちょっと、自信がないけれども。


 たぶん、わたしの記憶が正しければ、そういうことなのだと思う。


 少年に対して確かめたことはないし、前世を匂わすそぶりを見せたこともない。

 少年自身にも自覚はないようだから、たぶん、まったく覚えてなどいないんだろうけど。

 わたしは、わたしの魂は訴えている。

 彼を、彼の前世を、わたしは知っているのだと。


 彼の前世は、新大陸ヴィンダリアの西方五国と呼ばれた大国の一つ、【森の国】フォレステカの王太子、リヴェル・リュシカ・アル・フォレストだった。

 彼自身は王太子という身分を窮屈に感じていたらしく、よく自称ではリヴェル・ブラックストンとしていたけれども。


 彼は王太子であるがために、幼少のころから婚約者がいて、さらには王家の血を残すことを名目に多数の側室や愛妾が、もしくはその候補が存在していた。

 今現在、彼の周りにいる少女たちは、わたし自身も含めて、きっと、例外なく、かつて彼の周りにいた女性たちの生まれ変わりである。


 これからわたしが語るのは、生まれ変わっても繰り広げられる、恋物語である。




 ――というのは嘘だ。




 こんなもの、彼がハーレムを築いている、理由付けでしかない。


 恋とか愛なんて、そんなきれいな話ではない。


 何度も繰り返すが、彼の前世は、王族である。

 魔法の存在する世界にある国の、王族である。


 権謀術数渦巻く、王族の一員である。


 彼に嫁ぐ婚約者、本妻、側妻、愛妾、侍女……例外なく厳しい審査の下に厳選され、さらにその保険として、決して裏切らないように誓約を刻まれる。

 魔法によって、その魂に刻まれる。


 彼の傍にある女たちには、例外なくある魔法が掛けられた。

 彼に恋するという魔法。そして、同じ魔法を掛けられた相手同士で決して嫉妬を抱かずに、共感を持ち、協力して彼を支えるという魔法。


 ゆえに彼は無条件で少女たちに恋されて、そしてハーレムが少女たちの嫉妬で崩壊しないように、仲良く、ギスギスすることなく、平和に構築されていく。


 その魔法は決して解かれることがないよう、魂に刻まれている。

 魂に刻まれた魔法は――転生してもどうやら有効のようで、わたしは少年に恋をして、少女たちに友愛を感じている。


 きっとそれは、あの王権が支配する異世界――エルフィシルに於いては欠かすことのできない、正しい行いだったのだろう。

 わたしは前世に於いて、その魔法について疑問に思ったことは一度もない。

 王権を安全に守るためには、その魔法は必要なものだったのだろうから。

 幼いころからその魔法の影響下にあったわたしも、その状況に全く疑問に思うことなく、当然のようにそれを受け入れていて――


 ――そして、幸せだった。


 好きな人がいて、仲良く、信頼できる仲間たちが傍にいて、幸せでないはずがない。


 さて、では、この世界では?


 今は王ではない少年の傍で、前世の記憶を持たない仲間たちの中で、すべてを忘れて、知らないふりをして暮らせば、魔法の仕組みを知らなければ、わたしは幸せであれただろう。


 少年の周りで起こる不自然なまでに平和なハーレムラブコメ模様を、その中の一人として、ヒロインの一人として楽しく過ごせただろう。


 だと思うのに、わたしは知ってしまっている。

 どうしてだか前世の記憶なんてものを取り戻してしまって、魔法なんてものを知ってしまって、わたしは気づいてしまっている。


 この恋心は、そして仲間意識は、魔法によって人為的に作られた、後天的な感情なのだと。


 わたしは、わたしたちは、魂にまで刻まれた前世の魔法によって感情を制御されている。


 呪われている。


 そしてそれを、わたしだけが知っている。


 だから、わたしにはもう、今の状況を素直に受け入れ、順応することはできない。






 ――わたしたちは、彼に対して、五月雨緋磨に対して、恋心を抱くよう、洗脳されている。


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