第3話

「じゃー、取り敢えず着替えてちゃちゃっとギルドに登録しに行っか!」

 ミリィの提案に否を唱えられる状況ではない。

 個室をお借りしてハルトが買ってきてくれた服に着替える。

「よーし、出発!」

 テンション高いなぁ。やっぱりミリィには女子高生みを感じる……。

 登録にはギルドリーダーが居なければならないとのことで、三人で登録場に向かう。

 道すがら、あっちはあれで、こっちはこれで、とミリィが説明してくれるが、目まぐるしくて覚えていられない。

 歩いて二十分程して辿り着いた登録場。

 まずハルトが話をつけて、それから書面を目の前に出され……思わず沈黙。

「…………」

「どーしたの、リオ?」

「いや、どーしたもこーしたも……」

 書面から顔を上げてミリィとハルトを交互に見る。

「わたし、言葉通じてるよね?」

「へ? 何云ってんの?」

「会話が出来ていなければ今この状況下にはない筈だが」

「ですよね、そうですよね……」

 喋る言葉は通じている。だがしかし、だ!

「あの……文字、読めないんですけど……」

「…………」

「…………」

 三人揃って沈黙。

「一文字も? 一文字も判らないっ?」

 見上げてくるミリィに、大真面目に頷く。

 羊皮紙に書かれているのは英語の筆記体とアラビア語を混ぜたような字体でまったく解読不可能だ。

「……取り敢えず、読めば良いか?」

「そう、ですね……」

 お手数をお掛けしますが、とハルトに書面を渡す。

 そうして決まりごと等々の読み上げを行ってもらった。

「以上規約を承諾する場合はサインを……頼む」

「サインって、この世界の文字じゃなくて大丈夫です?」

「サインはくちゃくちゃ〜って人も居るから大丈夫じゃないかな」

 ミリィの言葉を信じてわたしはなるべく、くちゃくちゃ〜っと自分の名前を英語の筆記体でサインした。

 少し訝しまれて、拇印も求められたが、まあ仕方がないだろう。素直に従うしかあるまい。

 どうにか手続きを終えたら、ぐう、とお腹が鳴った。

「腹減ってるのか?」

「あ、あー……まぁそうですね」

 お腹に手を遣って気不味く笑う。

「あたしもお腹減ったー! 折角だからご飯食べに行こうよハルト!」

「構わないが……ミリィの分は出さないからな」

「えー、そこは奢りじゃないのーっ?」

「俺だって裕福な訳じゃない」

「ちぇ、ま、いっか」

 どうせだから人気のお店に行こうとミリィはわたしの手を引いた。

 連れて行かれたのは賑やかな大食堂。

 メニュー表を渡されたが、やはり字が読めない。

 ねぇ、普通転移とか転生とかしたら都合良く文字とかも読めるもんじゃないのっ?

 結局、ミリィのオススメで、と選別を放棄し木造造りの店内を見渡す。うん。ファンタジー世界によくある感じのスタイルだ。

 運ばれてきたのはパンが添えられたシチューだった。

「ん、美味しい!」

「で、しょーっ?」

 牛乳のコクが強いクリーミィなシチューには野菜がゴロゴロ。ジャガイモっぽいのとニンジンっぽいのは判別出来たけど、他はよく判らなかったから無視した。

 パンも外はカリッと中はふんわりで、バターをたっぷり塗ったら幸せの味。

 ミリィはパンケーキのようなものを食べていて、ハルトはハンバーグ的なものを食べていた。

 それぞれが食事を終えて、食後のミルクコーヒーに口を付ける。

「リオ」

「はい」

「字が読めないのは本当か?」

 ハルトの低い声に、嘘を吐くメリットなどどこにあると内心舌打ちしながらまったくですねと肩を竦める。

「そうか……」

「文字教えることくらい難しくないけど、そんなに時間掛けてたらギルドが機能しなくなっちゃうしなぁ」

「えーと、そもそもヒーラーって回復呪文唱えられないと意味ないですよね? 魔法も覚えなきゃならないのでは……?」

「そこはまぁ、最初は物理でも!」

「ぶつ、り……?」

 ミリィの笑顔に首を傾げるわたしに、ハルトも大きく頷く。

「取り敢えず後方支援が欲しい」

「と、云いますと」

「まずは薬草ぶん投げてくれるだけでもオッケー!」

 え、そんなラフな感じで良いのっ?

「ザコ相手にちまちま稼ぐくらいなら魔法使えなくても大丈夫だから、薬草で回復してくれるだけでも大助かりなんだよ〜」

「ほう……」

「その薬草にも色々とあるから薬学に詳しい人間が欲しかった」

「あと普通に回復魔法使うのには魔法自体のスキルもだけど、高度な薬学スキルが必須だからねー」

 なるほどな?

「しかしながら、わたしの知っている薬学とこの世界の薬学で大きな違いがあったらどうするんです……?」

 わたしの大真面目な声に、ミリィとハルトは顔を見合わせて渋い顔をした。

「大丈夫、だろう」

「大丈夫、だよ」

 揃った声に、不安が募った。

 試しに、と食堂を出て薬屋に足を運んだ。

 漢方みたいな匂いがする店だった。

 棚にびっしりと大きなガラス瓶が並べてあって、中に色んな草や実やらが入っている。

 漢方の研究室みたいだと思った。

「リオ、試しにこの草が何か判別してみてくれ」

「え、いきなりテストですっ?」

 ハルトが抽斗から取り出した薬草の束を渡してくる。

 それを恭しく受け取って、まずは形状を確かめる。それから匂い。

「んー……これ、舐めても良いやつです?」

「……買い取るから好きにしてくれ」

 てことは、口にしても大丈夫。

 舐めて、ちょっと齧って、ふやけた部分を指先で揉む。

 五分くらい悩んでから、わたしはハルトに薬草を返して人差し指を立てた。

「主に切り傷傷に効く薬ですね? 止血、消炎作用。解毒もちょっとあるかな?」

 どうでしょう? とハルトとミリィを見たら、ミリィが大きく手を叩いてはしゃいだ。

「すっごーい! 本物だ!」

「ということは、」

「正解だ」

 っしゃきた! 絶望の縁から顔を出せた気持ち。

「薬学辞典が読めればより一層詳しい効果が判る筈だが……」

「言葉で教えても何とかなりそうだね!」

 あぁ、先行きが明るくなってきた。

「じゃあリオ、この三種の区別が付くか?」

 さっきのに加えてもうふたつの薬草の束を見せられる。

 葉の形状が微妙にだけ違うそれは知識がなければ見落としそうな程。

「見分けは付くけど、何の薬かは教えてもらわないと……」

「さっきみたいに確かめたら判るか?」

「試してみようか……」

 残りふたつの薬草も舐めたり指先で揉んでみたりして、うーんと唸る。

「これはさっきのでしょ。こっちが解毒で、こっちが消化系の胃薬かな?」

 何故ここで胃薬を出してきたのか、という疑問はあれど、ミリィの拍手でそれは正解だったのだと知る。

「ミリィ、よくやった」

 ハルトの視線にミリィはバチッとウインクを返した。

「よーし! じゃあ取り敢えずよく使う薬草だけパパッと教えながら文字の読み書きも教えよーか!」

ミリィの提案を否定するわたしとハルトではなかった。








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薬剤師だからって簡単にヒーラーにはなれません! 烏丸諒介 @crow4632

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