第2話

「取り敢えず、現状を確認させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 寝間着にしているジャージ姿のまま、わたしは床の上に正座し、片手を上げる。

 青年と女の子はしゃがんで視線を合わせてくれた。

「異世界召喚、とは?」

「そのまんまだよ〜。現実世界とは別の世界から人を召喚すること〜」

 女の子の云う現実世界はわたしにとっての異世界、ということで正しいだろう。

「何故わたしが?」

「一定地域に照準を合わせて薬学に長けている人間をサーチしたところ、君がヒットした」

 青年は生真面目な声で答えてくれる。

「先程、元の世界に戻す方法は判らないと云っていましたが……」

「ん〜、あたしのお師さんなら判るかも?」

「え、じゃあ返してください」

 わたしは明日(今日?)も仕事なのだ。無断欠勤などしたら人望と業務評価に関わってくる。

「それは困る」

「何故」

「ヒーラーが居なくて困っていると云っただろう」

「わたしは仕事に行けないと困ります」

「ウチのギルドに永久就職しちゃえば良いじゃーん」

「そういう問題ではないですね、はい」

「元の世界のことは忘れて欲しい」

 青年の言葉にいやいやいやと笑み。

「そんな勝手な話がありますか」

「しかし召喚してしまった以上そう簡単に返すことは出来ない」

「その女の子のお師匠さんに会えば良いのでは」

「お師さん、放浪癖があるからいつどこに居るのか判らないんだよねぇ〜」

「…………」

 あー、あぁ、ありがちなやつ〜。

「頷いてもらえない場合、俺たちはアンタのことを放置するしかなくなる」

「は……? 何と?」

「ウチのギルドも貧乏でさ〜。何にもしない人養える余裕はないんだよねぇ」

 ほう、詰まるところ勝手に召喚しておいて、使えなかったら捨てる、と? そういう見解でよろしいか?

 帰る術がない。役目を引き受けなければ野放しにされる。何という不条理!

「因みにですけど、ヒーラーとは回復系専門職のことで間違いないですか?」

 わたしのゲーム知識との擦り合わせに、二人は間違いないと頷いた。

 ヒーラーねぇ……。敵をなぎ倒す爽快感が欲しくて始めたゲームだったから、後方支援の知識……というか、コツみたいなものはさっぱりなのだが。

「改めて、念の為に訊いておきますが……ヒーラーが必要な世界ということは、剣士とか魔法使いとかでパーティを組んでそこら辺のザコ敵を倒しつつどこかに居るボスっぽい敵を倒しに行くのが最終目標……みたいな、そんな世界で?」

「理解が早くて助かるな」

 こりゃ参った。本格的にファンタジーの世界に来てしまったようだ。

 拒否権がないときたらどうしたものか……も何も、郷に入っては郷に従え、か……。

「役に立てなくても知りませんよ」

 肩を竦めて見せれば、役に立ってもらえるように支援はするさ、と。青年の心強いんだか有り難迷惑なんだか微妙な台詞。

「よしっ、んじゃー仲間入り決定ー! ということで、改めて自己紹介ねっ。あたしは召喚士ミリィ! で、」

「俺は剣士のハルトだ」

 順の自己紹介に、わたしは項垂れるよう軽く頭を下げた。

「リオです。色々とよろしくお願いします」

 こうしてわたしはヒーラー(ひとまずは仮)になることになった。


 このわたしが召喚された世界はヒルスベルクという世界らしい。世界は六つの国に分かれていて、それぞれ商業が盛んだったり、酪農業が盛んだったり、と。まぁ地球でもよくある特殊性が分散化された国の集まりのようだ。

 国王政権だったり、民主政権だったりというところもまちまちのよう。

 わたしが喚ばれた国はアザレーという国で、国王様のおわす国だそうだ。因みに今身を置いているのは城下から少し離れたユアルという街なのだという。

 ハルトが買い物に出た家――ハルトの家兼彼らのギルドの本拠地らしい――でホットミルクを飲みながらミリィがこの世界のことを教えてくれる。

「ユアルは便利な街だよー。大抵の大型施設はあるから大体のモノが揃うし」

 気候も穏やかで住みやすいとミリィは可愛く笑う。わたしにしでかしたことは可愛くないが。

「ミリィは元々この街の人なの?」

「そう。あたしは生まれも育ちもユアルだよ。ハルトはすぐ隣のギミルって村の出身」

「村なの?」

「うん。ユアルは四方向村に囲まれてて、その子たちが色んな職業に就く為に通う学校がここユアルに集まってるの」

 城下街のセイールの方が断然どの施設も大きいけど、そっちに行くより近いからね、と人差し指をくるくるさせながらミリィは一人で頷いた。

「ところでミリィは何歳なの?」

 身長一六〇センチあるわたしよりも頭ひとつ近く背の低い彼女は軽い喋り方もあってか女子高生っぽさを感じた。

「歳? これ云うと大体嘘だろって云われるんだけど……」

 ふぅ、と溜息を吐き出しながら、ミリィは指を二本立てた。

「十二……」

「な、訳ないでしょー! 二十! に、じゅ、う!」

「あ、ですよねー。ごめんごめん、十二は流石に冗談」

 それにしても二十歳には見えない。と云ったら怒りそうだから云わずにおくけど。

「そういうリオは?」

「わたしは二十六」

「あ、じゃあハルトと一緒だ!」

「え、そうなの?」

「確かそう。六歳差で覚えてるから」

 ほう。確かにハルトは歳が近そうだと思っていたが、ドンピシャとは。無意味に親近感が湧くというもの。

「てゆーか、ハルト大丈夫かなぁ」

「大丈夫かな、とは?」

「ちゃんと女の子の服買ってこれるかな、って」

「あ、あぁ……」

 前述の通り、ミリィとは体格差がありすぎて彼女の服を借りることが出来なかった。

 ハルトは筋骨隆々という訳ではなく、隠れマッチョみたいな雰囲気だったから、シャツくらいは借りれただろうが、頭半分背の高い彼が下に履くものは流石にお借りするのは無理だろう。

 しかしながらジャージ姿で外を出歩くのは余りにも目立ち過ぎるから、とハルトはわたしの洋服を買いに行ってくれたのだ。

 変な洋服を買ってこられたらどうしよう、という不安は多少なくもない。

「でも、無難なものって頼んだから……」

「女の子から見た無難と男から見た無難って違うじゃん」

 否定はしない。男は女の私服に夢を見過ぎていることがままある。

 ホットミルクを一杯と半分飲んだところで、ハルトが帰って来た。

「これが服。で、こっちが靴だ」

 二つの布袋を渡されて、順に開く。

「おぉ」

 洋服の方の袋には生成りのブラウスが数枚と、ボルドーの膝丈スカート。靴の方は飾り気のないスタンダードな革のブーツが入っていた。

「ハルトのセンスはマトモだったか」

 良かった良かったと腕を組んで大きく頷くミリィ。

 わたしもわたしで一安心だ。

「有り難う、ハルト」

「喚んだのはこっちの勝手だ……これぐらいはしないとな」

 ハルトの微苦笑に、わたしもつられた。


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