薬剤師だからって簡単にヒーラーにはなれません!

白井

第1話

 わたしは柊木理生。二十六歳、職業は調剤薬局の薬剤師。趣味はオンラインゲーム。

 否、職業と趣味は逆転させても良いかも知れないレベルの廃人ゲーマー。

 ほぼ毎日不本意な残業をしつつ、家に帰ったら即風呂飯、そしてゲーム!

 チャララーン。シャリン、シャリン。

 ゲームのログイン音でもう癒やされる。

 ログインボーナスを受け取っていざ本格的にゲームの世界へ。

「ギルメン、今日はまだ誰もログインしてないのかぁ」

 寂しいことだが、現実世界の生活は人それぞれ。

 変な詮索をしないのが暗黙の了解だから、皆忙しいのね、としか思えない。

 誰か来るまで一人でデイリークエストでもこなしていきますか。

 ベッドを背もたれにして携帯を握る。

 パソコンでやる方が画面は大きいし操作もしやすいけど、自由な姿勢でゲームをしたいからわたしは携帯派。

 パソコンに向き合いっぱなしだと肩が凝って仕方がない。

 わたしがプレイしているのは自由度の高いオンラインゲームRPGゲームだが、主軸になるストーリーも用意されている。

 フリーフィールドでギルドメンバーと能力を高め合いつつ、ストーリー進行でぶち当たるボス戦でギルドメンバーの力を借りるというような、まあ最近ではありきたりっちゃありきたりな仕様のゲームだけど、リリース当初からプレイしていて、ログインボーナスを取り逃したことのないゲームだから愛は余りある程。

「ガチャ……は、ちょっと今回は見送りだよな……次回辺り推しが来そうで怖い」

 ガチャに使える石の残数は軽く五十連出来るくらい。

 五十連も出来るのかっ? と。仕組みを知らない人からしてみれば驚くべき数かも知れないが、五十連なんてピックアップされていない推しを当てるのならばあっという間に溶ける数だ。決して多くはない。

 デイリークエストで素材を集めて、アイテム欄を確認してからよしと鍛冶屋に行く。

 武器のレベルアップに必要な材料が揃ったからだ。

 長期プレイヤーを飽きさせない為にと、だろう。運営側も個人ランクや武具防具等のアイテムレベルアップ仕様は青天井だ。

 わたしが使っているキャラのジョブは剣士。使っている剣は双剣。

 防御力はやや下がるものの、両手でばっさばっさ敵をなぎ倒していくのが爽快だ。

 あと単純にモーションがスタイリッシュで格好良い。

 それに、素早さもあるから他のギルドメンバーから重宝されやすい面もある。ひとつのパーティに一人双剣使いが居ると便利、みたいな。

 武器を強化して、よしよしとご満悦なわたし。

 それにしても今夜は珍しく誰もログインしてこない。

 時計を見れば、もう深夜零時を回っている。普段ならば二、三人はログインしている時間なのだが。

「ストライキ? ボイコット? 仲間外れ?」

 冗談めかして呟いてみて、いやいやいやと首を左右に振る。

 それは嫌だ。困る。そんなことはない。ない筈、だ。

 ウチのギルドはのんびりまったりなメンバーが揃っていて、過激派は居ない筈なのだから。

 デイリークエストをこなしきっても誰も現れないからまだ未着手だったサイドストーリーを進められるとこだけ進めて行く。

 ストーリーのノベルがまたね、良いんだよこのゲームは。シナリオ書いてる人ホント神かな? って思う。

 サイドストーリーを三分の一くらいまで進めたら、もう一時過ぎ。

 ソシャゲ廃人とは云え、リアルの仕事で手を抜く訳にもいかない。ましてや職業が職業だ。一歩間違えれば医療ミスでお縄の可能性だってあるのだから、せめて仕事の前日は五時間は寝たいところ。

 結局ギルドメンバーが誰一人として現れなかった虚しさを微かに感じながら、わたしはゲームを落として布団に入った。

 おやすみ三秒、また明日。

 すやぁとすぐに寝入ったわたしだったが、幾らかしてから何人かの囁き声で意識を浮上させた。

 え、何……わたし一人暮らしだよ?

 何で人の声がするの?

 恐怖を覚えつつ、薄く目を開く。と、視界に入ったのは革のブーツが何足か。

 声はその上から落ちてきている。

「なぁ、本当に大丈夫なのかよ」

「なぁにぃ? わたしの召喚術の腕を疑ってるのっ?」

「いや、そーじゃねーけど……」

「異世界召喚術なんて出来るレベルの召喚士は中々居ないんだからねっ!」

「判ってるよ……」

 初めこそコソコソ喋っていた割に、何だか随分と賑やかになってきたな。

 降ってきている声は青年と少女……のものと思われる。

 そっと影が落ちてきて、肩を揺すられた。

「おーい、生きてるかー?」

 乱暴ではないその手付きに無意識安堵して、ゆっくりと起き上がる。

 どうやらわたしは木の床の上に寝ていたようだ。……何故? 何故ベッドではない?

「頭打った気配とかなーい? だいじょーぶー?」

「えー、と、はい、大丈夫かと……」

 戸惑いを隠せないでいるわたしの顔を覗き込んでいたのは、二十代前半と思しき黒髪短髪の青年と、左右で三つ編みにしたピンク髪をした十代後半の女の子だった。

 出で立ちはまるでファンタジーRPGゲームのそれ。

 は? 何だこれは? 夢か?

「唐突なんだが、質問がある」

 青年の真面目な口調に、何でしょうとぎこちなく首を傾げる。

「アンタ、薬学に詳しいか?」

「……はぁ、まぁ……」

 そりゃあ、本業ですので……。

 頷いたら、女の子が「ほらぁ!」と声を高くした。

「大成功っ!」

「えーと、何が、でしょう?」

「簡単に説明すると、薬学に長けた人間が必要で」

「はぁ……」

「でもぉ、探し回るの大変だから、異世界召喚術でアナタを召喚させていただきましたっ!」

「はぁ……ぁあっ?」

 異世界召喚術とは何ぞ? 紛れもなくゲームの世界……。わたしは夢を見ているな? ちょっと印象深い夢を見ているんだな、きっと。

「で、頼みがある」

「頼み、とは?」

 傾げた首の角度を深くする。

「ウチ、今ヒーラーが抜けちゃって困っててぇ。出来れば即戦力になる人が欲しかったのね。でもヒーラーって魔術もそうだけど、結構高めな薬学スキルもないとなれないから、習得が大変な薬学スキルを保持していそうなアナタを召喚してしまいました!」

 ……ほう? 詰まるところ……。

「ウチのギルドのヒーラーになってくれ」

 青年の真っ直ぐな眼差しに、くらり目眩。

 云いたいことは判った。判ったけれど。

 それでわたしは異世界転移してしまったというのかっ?

 何という、ザ・ファンタジー!

「因みにわたし、召喚出来ても元の世界に返してあげる方法は判りませんっ」

 てへぺろ、星マーク! みたいな女の子の台詞に頭を殴られたような衝撃。

 嘘だろ? 夢だよね?

 こっそりつねった左手の甲は物凄く痛かった。

「これからウチのヒーラーとしてよろしく頼む」

「よろしくねぇ〜」

 揃った声に、よろしくじゃねぇえ!

 と叫んだのは内心でだけ。

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