第2話 蟹と七輪

「いくぜぇぇぇぇええあ!」


「うぉぉぉぉぉぉおおあ!」


 もう良い子は寝静まっていそうな時間帯、2人の男の声が響き渡る。絶対に近所迷惑であることは脇目も振らず、蟹派と海老派のプライドのぶつかり合いによる激しい闘いが繰り広げられていた。


「俺の手裏剣海老の実力、お前に見せてやるぜ!」


 そう言った奴の手中から大量の海老が飛んで来る。一つでも当たれば怪我をしそうだ。


「うおぉっ!?」


 俺は必死で避けたり、エクスカニバーを駆使していなした。我ながら良い蟹捌きだと自負しよう。


「何、俺の手裏剣海老を全て受け流すだと!?」


 奴は戸惑っている。今がチャンスだと思った俺は獲物を仕留める蟹の様に素早い動きで奴に向けてカニバーを振り上げた。


「これで終わりだぁぁぁあああ!」


その瞬間。


―――俺の後頭部に衝撃が走る。


 俺が攻撃を仕掛けた筈なのに、なぜだろう。俺は負けたのだろうか。負けたのであれば自然界の摂理と同様に寛大な心で受け入れよう。

 そんな事を考えながら俺は意識を失った。



 △▼△▼△▼△



「あ、起きた?」


 今日の授業中に聞いたあの声が耳に入り、俺は目を覚ました。目の前には俺が蟹鍋パーティに誘ったあの女の子がいて、その隣にはさっき交戦したあいつが横たわっている。壁際には俺のエクスカニバーと彼の手裏剣海老とやらが置かれている。


「ここは……学校か?」


「そうだよ〜。クラブが終わって帰ろうと思ったら、もう暗いのに街中で喧嘩みたいなことしてるから2人とも眠って貰ってこの部室まで運んだってわけ」


「いやいや、俺達ガチファイトもとい蟹海老合戦してたんだけど。どうやって止めに入っ……」


「そんな事よりどうして漁兄りょうにいと戦ってたの?」


 俺の質問はかき消された。あの時の俺が不意打ちに気付かないなんてとてつも無く早い、言わばシャコパンチのような攻撃だったに違いない。兄貴という事はそこのあいつの方が年上なのだろう。兄貴があの実力だからこの子も強い事がよくわかる。なんだろう、めっちゃ気になるんだが。まあ、可愛いし許して話進めるか。


 俺は戦いに至るまでの一連の経緯を彼女に説明した。


「なるほどね〜……でもその話の通りだとあなた、うちに『温泉白菜』を盗みに来たってこと?」


 ギクッ

 つい興味本位で「温泉白菜」を見たいと思ってしまった事がバレてしまう。いやしかし彼、漁兄こと漁助が言っていた白菜を盗みに来た奴って言うのは俺ではない事は確かだ。


「いや、違う。俺は盗みに来た訳じゃ無い。確かに白菜見たさに貯蔵庫をぶっ壊してしまったのは事実だ。そ、それに関してはレア蟹で詫びて謝ろう。だが、最初から盗もうとはしていない! 蟹に誓って!」


「はぁ〜……まあ確かにあなたってそう言う所あるもんね。いいわ、それは許してあげる」


「ん? 普段の俺の行動を認知してくれてるのか?」


 俺は心の中で静かなガッツポーズをした。まさか、俺の事を見てくれていたなんてな。ありがとう蟹様。


「いや、あなた皆からそう認知されてるわよ。前も寝てる校長先生の髪を蟹で切って怒られてたし〜」


「え、俺皆からそう思われてるの?」


 確かにあの時はつい手元のエクスカニバーで切り落としてしまったが、別にその位誰でもやるんじゃないか?今まで友達からそんな事を言われた事が無いけど、もしかしてあいつらも俺の事をそう思っているのだろうか。というか俺って変わってるのだろうか。俺は心の中で静かに落ち込んだ。


 ふと、エクスカニバーの割れた所から蟹味噌が垂れているのが見えた。これは食べ頃だ。そこで俺は良い事を思いついた。


「なあ、そこのエクスカニバーを俺と共に食べないか?」


「良いわね〜! 私も丁度それ食べたかったのよ〜。ところで食べる前に聞きたいんだけど、そのエクスカニバーって何?」


「これか? これは『蟹潮』の後、俺がある人から譲り受けた俺の懐刀兼食料だ。特別な繁殖法があってな、何処にも売ってない非売品だぞ! もちろん、味は保証する」


「なるほどね〜。うちの手裏剣海老みたいな物ね。あなたのと同じようにこの手裏剣海老もうちの『温泉白菜』に次ぐ裏メニューのひとつなのよ」


 そうなのか。俺の知らないだけで「蟹潮」の影響で生まれた新種はエクスカニバーの様に色んな人の元に隠されているのかもしれないな。

 そんな事を考えながら俺は何処からともなく七輪を取り出して火を付け、カニバーの殻をその上に置いた。カニバーはこうして食べるのが一番美味い。蟹味噌はグツグツと音を立て、香ばしい匂いが部室内を包み込む。


「美味しそうな香りね〜」


 彼女の嬉しそうな言葉を聞いて俺も心地良くなる。そろそろ食べ頃だな。


 完成だ!

 俺は蟹味噌の美味しい部分を彼女に手渡した。


「え、いいの? あなたのは?」


「俺は蟹味噌を食べ慣れてるからな。それにこっちの上爪の部分も美味しいんだぜ」


「……ありがとう」


 彼女は少し気恥ずかしそうにそう言った。なんだか良い雰囲気じゃないか?これ押したらいけるだろ。行くか?俺もついに大蟹になる時がきたのか?

 俺がそんな事を考えているその時だった。


「……う、うーん」


 部屋の隅の方で誰かの声が聞こえた。いったい俺の邪魔をする奴は誰だと思ったが、そういえば忘れていた。彼、漁助が目を覚ましたのだった。こいつめ、せっかくの良い雰囲気だと言うのに。この子の兄だからって許さないぞ。


「おい、何だよ! 今良い感じだったのによぉ!」


「……あ? 何だよはこっちのセリフだろ…。ん? ていうか何でお前ここにいるだよ! 網美あみ!」


 俺は置いてけぼりかよ……。くそ、こいつとは会わないな。


「いや、だって街中で喧嘩してるから私が2人を止めたんだけど……」


「止めてんじゃねーよ! 俺はそいつに……ってお前、蟹食ってるじゃねーか!」


「いや、別に良いだろ。自分が海老派だからって妹にも押し付けてんじゃねーよ」


「なんだと!? 蟹、蟹、蟹って最近の奴らはみんなそうだ。急に蟹が買いやすくなったからって海老には目もくれない……! 網美もお前もそいつらと一緒だ。蟹派なんて、蟹派なんて……」


 そう言う漁助の目には光を反射した大海原のような輝きが宿っている。俺と網美はつい彼の勢いに気圧されて黙り混んでしまった。確かに彼の言いたい事は蟹派の俺にもよくわかる。

 昔、蟹派と海老派は五分五分に存在した。だが「蟹潮」が起きてからと言うもの、蟹派が圧倒的に増え出した。海老は蟹よりも安く手軽に手に入る。そんな時代は幕を閉じ、そう思っていた海老派の人々が蟹派に乗り換えたのだ。詰まる所、彼らは安くて手軽に手に入る海老が好きだったのだ。

 そんな歴史があるが故に、真の海老派である残り少ない人々が各地で元海老派の人々を憎んでいる。おそらく彼もその内の一人なのだろう。

 もしも「蟹潮」ではなく「海老潮」が起きていたら、と考えると俺も同じ気持ちだったかも知れない。


「お前の言いたい事は俺にもわかる。そいつらと違うってわけじゃないが、俺は元から蟹派だ。生まれた時から蟹一筋だ。お前の海老に対する気持ちはよく伝わった。そこでどうだ。俺と共にエクスカニバーを食べないか?」


「お前、何も分かってないな……」


 あれ?良い案だと思ったんだけどな。


「なんだか涼しくなって来たわね。空気も蟹も……」


 少ししんみりとした空気と七輪の煙が辺りを包み込む。そんか静かな部室の外から何かが近づいてくる音が聞こえる。


「なんだ!?」


 そう声に出した途端、扉が開き、ある人物が姿を見せた。それは見覚えのある人物。さっき温泉内で見た男。


「は!? 漁助が2人!?」


 同じ人間が同じ空間に2人いる。これはドッペルゲンガーか何かだろうか。怒涛の展開過ぎて胃は蟹を欲しているのに気分的にお腹が一杯だ……

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俺の蟹鍋は世界を救う 六波羅探題英雄 @6haratandai-hideo

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