俺の蟹鍋は世界を救う
六波羅探題英雄
第1話 蟹と行動
――蟹って味噌の部分が一番美味しいよね〜。
授業中に何気なくクラスである女子の会話が聞こえる。
どうやら、蟹で一番美味しい部分が蟹味噌だという話をしているらしい。
なるほど。
確かに蟹味噌は美味しい。でも、俺は爪先の部分も同じくらい美味しいと思う。というより蟹に関してはその身、形、硬さ、全てが好きだ。
ついでだから言うと、俺は前からこの子のことが気になっていた。彼女の普段の言動、行動からは我らの同族であることがよく伝わってくる。彼女のことをよく知る機会だ。よし、もっと耳を澄ましてみようか。
――蟹って鍋にして食べるのが一番美味しいよね〜。
なるほど。
蟹鍋ときたか。蟹鍋は蟹料理の中でも極上の一品。蟹を熱々の状態で取り出し、食べるあの美味しさはこの世で一番幸福を感じる瞬間であると、俺は思う。
蟹にはそれ以外に生で食べたり、寿司で食べたり、低温調理したりと様々だがやっぱり鍋である。
何より、鍋を囲んだ食事はどんなに険悪な関係であったとしても瞬時に打ち解け会える。そんな鍋を推すなんてこの子はやっぱり同族だな。今度蟹鍋パーティに誘ってみようか。
△▼△▼△▼△
―――今まで、従来の蟹は特別な日やイベント等の限られた日にしか口にする機会がありませんでした。
しかしそれも2年以上前の話です。あの日、世界中で今まで発見されなたことの無かった異常な数の蟹の新種が発見されました。そして、この新種の中には従来の蟹よりも美味しく、しかも異常繁殖するので格安で食べられる蟹がいました。
もう、ご理解頂けましたよね?
そう!世界は今、未だ嘗て無い蟹ブームとなっているのです!
……この蟹の異常発生を学者達は今まで研究し続けて来ましたが、 2年経つ今でも解明されていません。世間ではこの現象の事を「蟹潮」と呼び、去年の流行語にもノミネートされました。すごいですね。
△▼△▼△▼△
「いっよぉぉっしゃあぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁお!」
あの女子からOKを貰った。これはチャンスだ。人生15年、彼女が出来たことのないオレは未だ嘗てない気持ちの昂りを感じた。このまま押して押して押しまくれば付き合えるんじゃないか?と安直に考えながらも俺は今回の機会をしっかりと物にしようと意気込んでいた。
早速、俺はその蟹鍋パーティの計画を蟹をしゃぶりながら考えた。
そういえば、彼女の家は確か温泉を経営していたはずだ。普段温泉とか行かないが、一度行ってみるか。
―――この時の俺は、この判断がとんでもない出来事となることを知らない。
……って言っといたらなんか起こるだろう。
△▼△▼△▼△
夜行性の蟹達が動き出すような華やかな夜、俺は一日の疲れを癒す為、この温泉にやってきた。ここに来るまでに2時間くらい道に迷ってしまったとか、そういうことは断じて無い。
うん、断じて無い。
見たところまだ建物は新しい。築5年と言ったところだろうか。入り口の上の方にはでっかく「角崎温泉」と書かれており、立て看板には「当店名物、温泉白菜」と書かれている。
お、そういえば聞いた事があるな。普段、蟹鍋に普通の白菜を使用している俺だが、噂ではこの蟹鍋に合うもっとも良い白菜として「温泉白菜」というものが存在すると。
という事はこの「温泉白菜」がその白菜ということか?
そうわかった瞬間、俺は気づいてしまった。
―――彼女の方が蟹鍋に詳しいんじゃね?
まずい。生粋の蟹マスターとして蟹の知識で他人に負ける訳にはいかない。よもや気になる異性に負けるなど持っての他!すぐにでもこの白菜について知らなければ!
そうして俺はやっと入り口を通り抜けた。中には受付があり、男女別の更衣室があり、鍋広場があり、とごく普通の温泉と同じ構造をしている。俺は温泉に入る為、受付に向かった。
「い、いらっしゃいませ。ご、ごご、ご来店ありがとうございやーっす」
受付には俺と歳の近そうな男がいた。バイトだろうか。少々噛みまくってるような気がするが、蟹の顔に免じて見逃してやろう。
「えーっと。初めて来るんですけど、どうすればいいですか」
「え? 初めて? た、確かここに初めての方用のマニュアルが……」
おいおい、大丈夫かこの店員。そういうのは蟹を盗み食いする時みたいにこっそりやれよな〜。
「あのー。大丈夫ですか?」
「いや! 全然、大丈夫なんで! どうすれば良いかわからないとか、そういうのじゃ無いんで!」
こいつ、本当に大丈夫かよ……
△▼△▼△▼△
「ふぅーっ。良い湯だぜー!」
やっと温泉に入る事が出来る。あれから1時間くらい待たされたので、疲れはもはやマキシマムマックスだ。あの店員にはいつかレア物の蟹でも奢って貰うとしよう。湯加減がちょうど良い。俺は少し、茹でられる蟹の気持ちがわかった気がした。
そうして、疲れを癒やしている最中、温泉の隅に小さな文字で「温泉白菜の貯蔵庫」と書かれた扉を見つけた。
「なんだ? こんな所に保管してるのか?」
温泉から上半身を出し、俺はその扉の方へ向かった。ドアノブに手を伸ばすと鍵がかかってある事に気づいた。
そこで、俺はこんな事もあろうかと思って用意しておいた蟹をタオルから取り出した。鋏の上部分が鋭く伸びている例の新種の一体だ。名を「エクスカニバー」。俺が名付けた。
早速、蟹の鋏でその扉を突き破った。そして、次の瞬間
―――誰かの足音が聞こえた。
「……お前だな?白菜を盗みに来たのは」
その声を聞き振り向くと、さっきの受付の男がいた。奴からとてつもない殺気を感じたので、俺は全身全霊で奴から逃げた。
「ハアッ!ハアッ!」
もう随分と走ってきた。ここまで来ればさすがに振りきれただろう。気付けば学校の近くまで来ていたようだ。俺は疲れたので手に持っていたエクスカニバーを食べることにした。
その刹那……
バリッ!
エクスカニバーの殻が割れた。
俺は何が起きたのか訳がわからなかった。見るとエクスカニバーに海老と思わしき物が刺さっていた。
「温泉白菜を盗もうとする奴は俺が許さん!」
そぐ側まであの受付の男がせまっていた。彼の顔は茹でられた蟹…いや、海老の如く真っ赤にそまり、手には何本もの鋭い海老のような物が見えた。彼は今にもそれを此方に投げようと身構えている。
「言い残す事は、何かあるか。」
「………」
「そうか……ならば蟹と共に死ねぇぇ!!」
彼は海老を投げた。この状況、誰もが絶体絶命と思うだろう。
「仕方ない……余り使いたくは無かったんだが……」
ガギッ!
「!? ほう……どうやらお前も俺と同じ様だな……」
俺は割れたエクスカニバーの上爪を使い、奴の海老の攻撃を防いだ。
奴の海老は強い。さっきの威力からよく使い込まれてるのが見て取れる。この「蟹潮」の時代に海老推しとは、時代遅れにも程がある。俺はエクスカニバーを手に持った。
「絶対に海老を打ち破ってやるぜ。蟹派代表としてな」
「ふん。海老派としてのプライドにかけて『温泉白菜』は渡さねぇ」
突如勃発した海老蟹戦争は、血と汗と蟹味噌が入り乱れる戦いとなり、混沌を極めた。
その彼等の戦いを見つめる少女が一人。
これから何が起きるのか。それは……
蟹のみぞ知る。
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