ルウロボのそんな海の日

 「なんだー、背中隠れるじゃんか」

 海に行くには恥ずかしいからと懇願されて、アタシがせっかく綺麗に整えた背中の毛皮を、友人は結局、水着のフレアトップで隠してしまう。

 「ふふん、わたしの背中はロボナ専用だから!」

 当の狼は上機嫌で、砂浜で足跡をつけてはしゃぎながら、そんなことをのたまっている。冗談でもそういうことを言うのは心臓に悪いのでやめてほしい。

 透き通るような空、夏の日差しにキラキラと瞬く海。一緒に海水浴に来た友人は、ちょっと露出が控えめな、オフショルのフレア付きビキニだ。きっとこれでも、彼女なりに精一杯背伸びしているつもりなのだろう。

 おぼこい感じが、実に雄受けが良さそうだなあと、アタシは暗澹たる気持ちになる。どうせ、チャラチャラした雄に声をかけられて、断り切れずに連絡先を交換して、後は付き合って別れるまでいつものパターンなんだろう。

 いや、アタシは友人に幸せになって欲しいのであって、破局して欲しいわけではない。しかしあろうことか、友人に声をかけてくる雄は大抵、爪と牙が飛び交う悲惨なフラれ方をする。

 それもそのはず。いつだって、奴らはルウムの綺麗な容姿とおとなしい見た目しか目に入っていない。その下で何を想ってるかなんか、下心にまみれてロクに見えちゃいないのだ。

 そうやって、一匹ビーチパラソルの下で悶々としていたら、ふとギラギラとした日差しが遮られて、あたりに影が落ちる。

 「おねーさん、どうしたの?具合悪いの?誰かと一緒?」

 気付けば、海パン姿にサーフボードをかかえた、いかにも、僕たち遊びにきています!という感じの雄二匹組に囲まれていた。

 「あ〜……」

 水着を着て、日陰で気だるそうにしていれば、さもありなん、という感じだった。獲物を探す雄達には、いかにもナンパ待ちのように映っただろう。

 幸いにも、友人は波打ち際で波と追いかけっこすることにハマっていて、まだこちらに気付いていない。

 片方が『熱中症かも!飲み物取ってくるね!』とか世迷い言を口にしないうちに、さっさと追い払った方が良いだろう。

 丁重にお引き取り願おうと、口を開きかけた矢先のことだった。

 「ちょっと!!ロボナはわたしだけと遊ぶんですっ!!!」

 ルウムが、鬼のような形相でアタシ達の中に飛び込んできて、雄達の前に立ちはだかる。

 凄まじい剣幕だった。こんなルウム、普段のひかえめな姿からは想像もつかない。長く友人をしているアタシでさえ、圧倒されて口をポカンとあけているしかなかった。

 それは雄達も同じだったようで、友人の喉から漏れる低い唸り声に、怯えて身を引いているほどだった。

 「なんかごめんね。おじゃましました〜」「じゃあね、お幸せに〜」

 ほどなく、何事かを察した様子で、尻尾を巻いて退散していく雄達。

 なんだか聞き捨てならないことを言われた気がするが、アタシはもうそれに構うどころではなかった。

 何故なら、さっきの勢いはどこへやら、今度はルウムがすごい勢いでしょんぼりし始めたからである。

 「ロボナはついていきたかった?ごめんね……わたしが苦手なばっかりに」「でも初対面の男の方となんて……あとロボナだけ行かせるの心配だったし……」

 耳が無くなるくらいぺたんと萎れていて、指先で砂を弄りながらぶつぶつ呟いている。

 雄を手ひどく振って、その後、我にかえって落ち込んでいる時の友人と同じだった。

 彼女は優しいので、誰かに辛くあたっただけ、自分も傷ついてしまう。

 そんなルウムがいつも見ていて痛々しくて、苦しくて、そのひたむきな純粋さが愛おしかった。

 それに、どうやら色々とアタシのことを案じてくれていたようで、それが嬉しくて、胸が温かくなる。

 アタシはしゃがんでいる友人の後頭部を撫でながら、張り付いてしまった耳をふにふにと弄ぶ。掌に向かって狼の鼻先がピスピスと甘えてくるので、鼻筋を肉球で擦ってやる。

 ひとしきり撫でくりまわして満足すると、アタシは、ダンスで乙女の手を取るようにそっとルウムの手を握って、立ち上がるように促した。

 「全然そんなことない。ほら、手繋ご。またあんなのが寄ってこないようにさっ」


 「大きな声を出したらお腹がすいちゃった」

 照れながらお腹をさする友人が可愛い。いったい何匹の雄がこの無防備な笑顔を見て勘違いしてきたのだろうか。

 「ルウムはいつもお腹ぺこぺこじゃん」「そんなことないもん〜〜」

 軽口を返しながら、後で注意するように言っておかないと……なんて思ってしまう自分がよくわからない。行き場のない独占欲を、ルウムの腕にじゃれつくように、自分の腕を絡ませて誤魔化す。

 「ホラ、お肉食べよう!おにく!」

 まだすこし耳が萎れ気味だった友人は、屋台でじゅうじゅう音をたてる串焼きの山を見て目の輝きを取り戻す。これはこれで心配になるほどちょろい。

 「わぁ〜〜鳥も豚も牛もある……でも焼きとうもろこしも食べたい!」

 ごちそうの山を視線で物色しながら、串焼きは穴が空いているから0カロリー!とか訳の分からないことを口走っている。そんな訳あるか。

 でも、はしゃぐルウムを見ていると本当に、色々なことがどうでも良くなってきて、頬が緩んできてしまう。

 気付けば、二匹で両手いっぱいに食べ物を買い込んでいた。

 防波堤に腰掛けて海を眺めながら、幸せそうに串焼きを頬張る友人を横目に、アタシも同じものをいただく。

 ちょうどお昼時だからか、気付けば周りは同じようなポーズで食事をするカップルだらけだ。それに気付いたとたん、アタシはなぜだか気持ちがそわそわとしてしまう。

 そして、そんなことは一切気にしていなさそうな友人は、早々に串焼きを食べ終えてデザートの焼きとうもろこしにかぶりついていた。

 しかし、どうやらまだお肉を食べ足りない様子で、しきりに私の食べている串焼きに熱い視線を送ってくるのだ。

 「くれたら食べても良い……くれたら……」「やめなさい」

 串焼きを一個ずつもったいぶって串から外して嚥下するたびに、友人が心底残念そうな顔をする。

 それがあまりに面白くて、意地悪をしていたから、バチが当たったのかもしれない。

 「あっ」

 声をあげた時には既に手遅れ。アタシの牙から逃れたお肉が、口元から谷間にかけてソースの跡をつけながら、ゆっくり地面に向けて転がってゆく。

 そして、次の瞬間には目にも止まらぬ速さでニュッと首を伸ばした友人が、口の中におさめていた。

 「ンフ……♪」

 そのまま胸元でもぐもぐしたあと、あろうことかアタシのソースで汚れた毛皮を、ぺろぺろと舐め始める。

 「るっ、ルウム!?」

 谷間を舐めていた、つやつやした鼻面が、ソースの跡を辿ってしだいに首元から上に登ってくる。一心不乱に毛皮を舐める音が近づいてくるほど、アタシの頭にも血が上ってきて、なんだか視界がクラクラする。

 「る、ルウム……もう」

 もういいから、というかぼそい声は、仔犬が甘えるように、口元のソースを舐めはじめたルウムの息遣いにかき消される。

 「!?」

 あまりの事に脳の処理が追いつかないアタシは、ルウムが満足するまで、されるがままに舐められていたのだった。

「ね、毛繕い、うまくなったでしょ!」

 ロボナが教えてくれた通りにしてみたの、という無邪気な声がアタシに追い討ちをかけてきて、背徳感と罪悪感が凄まじい。ルウムのドヤ顔を直視できない。

 急に周りのカップル達の視線が自分達に向いているような気がして、あまりに恥ずかしくなったアタシは思わず顔を覆う。

 「違う、違うんだ……」

 ぶつぶつとうわごとをつぶやくアタシを心配したルウムが、どうしたの、食べちゃダメだった?とか頓珍漢なことをきいてくるのだった。


 結局その日は、たまに思い出したように海に入りながら、波打ち際でルウムと他愛もないおしゃべりをして過ごした。

 気付けば、だいだい色の太陽が地平線に沈もうとしている。

 「ねぇ、ルウムは海、楽しかった?」

 ふと我に帰ると、なんだか自分だけ楽しんでしまったような気がして、そんな一抹の不安から出た言葉だった。

 友人は、胸を張って満足げに頷く。

 「去年は、わたし海に来てもずっと、ぼーっと海を眺めていただけだったんだよ?」

 夏を満喫しなくちゃいけない気がして海に来たものの、いざ来てみたら、何をしたらよいか、よくわからなくなったのだという。

 そして……暇そうにしていたら雄に声をかけられて、あとはアタシの知る通りだろう。

 あのときは、時間がとても長く感じて、と友人はこぼす。

 「でも、今年はロボナと一緒にいたら、気づいたらこんな時間で……これって、すごく楽しかったって事だと思う!」

 沈む陽を背にして、ちょっと恥ずかしそうにはにかむルウムの顔は、夕日に瞬く水面より輝いて見えた。

 「そか、良かった。アタシも、楽しかった」

 照れ隠しにぽりぽりと頬をかく。どうしても、返事がそっけなくなってしまうのがもどかしい。

 ルウムの顔をなんだかまともに見れなくて、海を眺めてるふりをしていると、あろうことか顎を肩にのせて甘えてくる。

 少し恥ずかしさを感じながらも、あっという間に落ちた夕闇に乗じて、アタシもルウムの鼻面に顎を載せて応える。

 こんな海の日があったって良い、そう思いながら。

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ガールズ・フットプリント 椿 渡 @corax87

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