第2話

 

 さて。まず初めに聞いておかないといけないことがある。

 

「一応確認だけど、お前は食べてないよな?」

「私は苺ショート食べたじゃん。おにいも見てたでしょ」

「……ああ、そうだったな」

 昨日の夕食の後、スイーツは別腹という言葉を体言するかのように、確かに莉々菜はその場でケーキを食べていた。

 俺だけじゃない。家族全員が目撃しているから、アリバイは完璧だ。

 

「ってことは、母さんか父さんか、どちらかがレアチーズを食べたってことになるわけだ」

「そうとも限らないよ。他の可能性が無いわけじゃないもん」

 

 本題に入る前の前提確認というくらいのつもりで言ったのに、意外にも莉々菜はそれを否定する。

 

「他のって?」

「おにい自身が食べたという可能性」

「……俺は記憶喪失なのか?」

「そういうことじゃなくて」

「……?」

 

 言ってる意味が分からない。

 莉々菜は軽くため息をついた。

 

「つまりね、おにいが言う通り、実際にお母さんかお父さんが食べちゃってた場合。この残ったケーキは誰のものになる?」

「そりゃあ、俺だろ。俺は食べてないんだから」

「そういうこと。本当はおにいが食べちゃってても、食べてないってことにすれば合法的にもう一つケーキを食べれるでしょ」

「……なるほど」

 

 言われてみれば確かにその通り。俺は被害者なのに、いつの間にか容疑者の一人でもあったなんて。

 

 ただ、それよりも意外なのは莉々菜のことだ。ポヤポヤした馬鹿な妹だと思っていたけれど、意外と頭が回る。伊達に探偵の真似事をしているわけではないということだろうか。

 

「でも、となると困ったな。食べてないことを証明するのは難しそうだ」

「まあ別に私だって、本気でおにいを疑ってるわけじゃないから」

「じゃあ何でそんなこと話題にするんだよ」

「そこはほら、証言も一種の状況証拠ってことで。どうせ物的証拠なんて出ないわけだから、一応可能性は考慮しておかないとね」

「疑われてるのは心外だけど仕方ない。それで、これからどうするんだ?」

「お母さんとお父さんを尋問してみよう」

「尋問って」

「何か知らないか聞いてみるってこと」

 

 まあ、そりゃそうか。随分物騒な言い方だ。

 

「父さんはまだ帰ってないから、メッセを送っておくか。……『父さん、ケーキ食べた?』と。これでそのうち返事が来るだろう」

「次はお母さんだけど」

 

 と莉々菜はそこで初めて母が居ないことに気が付いたみたいに、あたりを見回す。

 

 母は買い物に行っているみたいで家には居ない。

 まあこっちもそのうち戻ってくるだろうが。

 

 

 で、

「……進展しねえな」

「そんなことないよ。空き時間があるなら推理を進めたらいいでしょ」

「というと?」

 

 俺が尋ねると、莉々菜は待ってましたとばかりに、芝居がかった動作で腕を組んだ。

 そればかりかさらに、そのまま狭いキッチンの中を器用に歩き回り始める。

 

 だから仕方なく俺は壁際に寄って、莉々菜の通り道を作った。

 

「まずお母さんだけど、クリームやチョコレートみたいなベタ甘系は苦手よね。ということは、お母さんが狙うならフルーツタルトの可能性が高い」

「ああ、そうだな。母さんは元々甘いものはそんなに好きじゃない」

「逆にお父さんだけど、お父さんはフルーツが苦手よね。食べると口が痒くなるってよく言ってるし、軽い柑橘アレルギーなんだっけ? 生地にちょっと練りこんであるくらいなら大丈夫だろうけど、生のフルーツを食べたりはしないはず」

「となると父さんがフルーツタルトを食べるはずないから、ガトーショコラかレアチーズを食べたのかな。つまり、誰がレアチーズを食べたかを考えると、父さんの可能性が高いということになるわけだ」

 

 莉々菜はテーブルの周りを回りながら何かを考え込んでいたみたいだけれど、しばらくして急に立ち止まった。

 

「ちょっと待って。その推理には無理があるわ!」

「……なにが?」

「ラヴィエールのレアチーズケーキの中にはオレンジソースが入ってるじゃない。だからさっきの好き嫌いの推測は間違ってるのよ」

「……ええと?」

「オレンジソースが入ってるなら、アレルギー持ちのお父さんにはレアチーズは食べられないってことになるでしょ? それに、オレンジソースの酸っぱさで甘さが抑えられるから、お母さんがレアチーズを食べないとも限らない」

「ふむ……」

「つまりお父さんが食べたのはガトーショコラの線が濃厚ということよ!」

「なるほど。そういうことだったのか」

「謎は解けたわね。そして消去法的に、おにいのレアチーズケーキを食べたのは、お母さんということになるわ!」

 

 莉々菜はビシっと勢いをつけて、俺に人差し指を突きつける。

 待て。これじゃあまるで俺が犯人みたいじゃないか。

 

 そのとき、タイミングよく父からの返信が届いた。

『食べた。チョコのやつ』

 

 そのメールをみせてやると、莉々菜は大きく頷く。

「これで確定ね」

「ああ、どうやらそうみたいだな」

 

 俺は軽く息を吸い込むと、さっきの莉々菜のマネをして、満足げな笑みを浮かべている莉々菜を指差す。

 

「莉々菜、お前が犯人だ!」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る