第3話
莉々菜は信じられないといった様子で目を見開いている。
「……おにい、何言ってるの」
「お前が食べたんだろ? 苺ショートを食べたのに、さらにレアチーズまで、さ。まさか二つも食べてたなんて盲点だったよ。それに、探偵役が犯人ってのは、禁じ手だよな」
「何それ、そんなことするわけ無いじゃん。なんでそんなこと言うの」
「墓穴を掘ったな、莉々菜。なあ、どうしてレアチーズの中にオレンジソースが入ってるって知ってるんだ?」
「どうしてって……、前にもお父さんが買ってきてたときに、おにいが言ってたんじゃん。中にソースが入ってて、それがアクセントになってるって」
「よく憶えてたな。そう、確かにラヴィエールのレアチーズはソースが特徴的で、だからこそ美味いんだ」
「……うん。そう、でしょ?」
莉々菜がホッとしたような作り笑いを浮かべる。けれど、その目が泳いでいて、焦っていることがバレバレだ。それに、それで言い逃れが出来たと思ったのなら、大間違いだ。
「でもな、前に食べたときは、ストロベリーソースだったんだよな」
「……え?」
「つまり、中に入るフルーツソースは、季節によって変わるんだ。今がオレンジソースだってのは俺も知らなかったんだけど、そっかぁオレンジソースかぁ。美味そうだよなあ。食べたかったなあ……」
「…………」
「それを知ってるってことは、お前が食べたってことだろ?」
「そんな……」
莉々菜が言葉を失っていると、玄関から物音が聞こえてきた。
「ただいまー」
母さんが帰ってきたらしい。
母さんは、キッチンで向かい合う俺たちを怪訝な表情で見やった。
「あんたたち何してんの」
「母さん、冷蔵庫にあったケーキって食べた?」
母さんが犯人というのは万に一つもないことだと思うけれど、まあ、一応聞いておかないとね。
母さんはちょっとだけ意表を付かれたみたいでしばらく何かを考え込んでいたけれど、すぐに合点がいったという風に何度か頷いた。
「そういうことね。莉々菜がお兄ちゃんのケーキを食べちゃったんでしょ」
これには俺も莉々菜も、度肝を抜かれた。だってまだ何も説明していないのに。
「お母さん、なんで分かるの?」
莉々菜が母さんに詰め寄るけれど、母さんは事も無げな様子で説明してくれた。
「主婦である私以上に冷蔵庫の中身を把握してるひとなんて居ないのよ。だから冷蔵庫の中のケーキがフルーツタルトしか残ってないことも当然知ってるわ」
「……それは良いけど、なんで私が食べたって分かったの?」
「お兄ちゃんが食べたんだったら、ここにないとおかしいものが無いのよ」
「……えっと?」
「お兄ちゃんはケーキを食べるとき、必ず温かい紅茶と一緒に食べるでしょ? なのに乾燥機の中には、ティーカップもポットも無い。ってことは、お兄ちゃんがレアチーズを食べているわけが無い。もちろんお母さんは食べてないし、お父さんは会社に居るから食べられるわけない。以上のことから、レアチーズケーキを食べたのは莉々菜である。証明終了」
そこまで言い終わると、母は俺たちをキッチンから追い出してしまった。
曰く、夕飯の支度するんだから邪魔しないで、と。
廊下に二人並んで、俺たちは顔を見合わせる。
多分、考えていることは同じだ。
「なんだろう、この気持ち……」
「完敗だー!」
ケーキを食べたのが莉々菜だと分かったときは、どうしてやろうかと思っていたけれど、気が付くとなんだか毒気を抜かれてしまっていた。俺はため息をつく。
「莉々菜。コンビニにケーキ買いにいくからついてこい」
「えー。やだよーめんどくさい」
頬を膨らませる莉々菜に軽くデコピンを食らわせてから、言った。
「俺のケーキ食った罰だ。ついてきたら、アイス買ってやるよ」
「ホント!? やった! じゃあ行く」
莉々菜は早速玄関に向かって駆け出す。
その後姿を見ながら、思う。
本当に、現金な奴。
たぶん、こうやってなんだかんだ甘やかしてしまうから、ワガママに育つのだ。
だから俺のケーキを食べられる。
要するに、元を正せば俺の自業自得というわけ。
家を出て、玄関に鍵をかけていると、一足先に歩き出していた莉々菜がくるりと振り返って言った。
「ねえ、アイスだけじゃなくて私もケーキ買っても良い?」
逆光で顔は見えないけれど、どんな表情をしているのかは容易に想像が付く。
俺はまたため息をひとつ。
結局のところ、この勝負は俺の一人負けということになるわけで、
だからだろうか。
普段は何も思わないのに、今日だけは、沈みかけた西日がやけに目に沁みるような気がした。
ケーキはどこに消えた 水上下波 @minakami_kanami
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