ケーキはどこに消えた
水上下波
第1話
青天の霹靂。あるいは蜘蛛の糸を切られたカンダタというべきか。
天国を期待していた分だけ、裏切られたときの衝撃は大きい。
早起きして退屈な講義を受けたのも、そのあとに身を粉にして労働に勤しんだのも、全てはこのときのためだったのに。
時刻は午後四時。ようやく帰宅して冷蔵庫を開けた俺は驚愕した。
食べようと思っていた、ケーキが無い。
ラヴィエールの絶品レアチーズケーキが!
あまりの出来事に呆然としていると、いつの間にか妹の莉々菜がキッチンに来ていて、俺の顔を覗き込んでいた。
「おにい、何してんの」
「……莉々菜、ケーキ食べた?」
「なに、急に」
「ラヴィエールのレアチーズケーキ!」
勢いそのままに詰め寄ると、莉々菜は心底鬱陶しそうに上体を逸らす。
「ちょっと。落ち着いてよ」
「これが落ち着いていられるか。食べようと思ってた俺のケーキが無いんだよ!」
莉々菜は仰々しく顎に手を当てながら、「ふむ」と呟いた。
「なるほど。つまり、事件なのね」
そういえば莉々菜は、中学校で流行っているとかなんとかで、最近推理小説に凝っているのだった。
まあ、解決するんなら別になんだって良いけど、この自称名探偵に事件解決能力はあるのだろうか。
「まずは状況の整理からよ」
と莉々菜は言った。どうやら茶番が始まったらしい。
*
ことの始まりは、昨日父が近所で評判の洋菓子店、ラヴィエールでケーキを買ってきたことだ。
四つのケーキとは、もちろん家族全員の分だ。
つまり、父、母、俺、莉々菜の四人分。
ラインナップは次の通り。
まずは定番の、苺のショートケーキ。
正道にして王道。原点にして頂点。
シンプルだからこそ、そのレベルの高さが窺える絶品だ。
次は、これも定番の一つ、ガトーショコラ。
ラヴィエールのガトーショコラは、濃厚なのに決して重くなりすぎないバランスが絶妙。
ブランデー風味が強めに効いていて、大人の味といった感じ。
それからフルーツタルト。
ミカン、リンゴ、キウイ、ベリーなど、溢れんばかりのフルーツをふんだんに使った、ラヴィエールの看板メニュー。
その華やかさを目で楽しむのはもちろんだけれど、それ以上にその全てが調和した味わいはもはや芸術品の域に達していると思う。
そして最後がレアチーズケーキ。
なめらかでふわふわでクリーミー。どういう作り方をすればこんな食感になるのか。
さらにこのレアチーズケーキは底が砕いたチョコレートクッキーになっていて、白と黒のコントラストが見た目にも美しい。
チーズに混ぜ込まれたレモンの風味が仄かに香るだけじゃなく、中に季節ごとのフルーツソースが隠されているのもポイントが高い。
どれも美味しいことは間違いないのだけれど、どれか一つだけを選ばなければいけないのならば、レアチーズケーキだろう。
昨日の夕食時にもそう宣言して、皆が承認してくれていたはずなのに!
それなのにどうして。
どうして冷蔵庫の中にはフルーツタルトしか残っていないのだ。
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