からあげに勝手にデンジャージョロキア・デスソースをかけるな

かぎろ

🔥🔥🔥

 東京。

 池袋のとある居酒屋。

 そこでは男女六人組が集まり、飲み会を催していた。


 ビールでガチンと乾杯しながらにこにこ笑い合う。とある大学におけるゼミの仲間五名と教授一名で構成された集い。実験の話、最近のおもしろ話、単位の話、流行りのアーティストの話、院に進むとか進まないとかの話などなど、わいわい盛り上がっている。

 ゼミ生のひとり・村岡もまた、ビールのうまさにデカい溜息を吐いていた。

 やはり大学のなんやかんやがひと段落した後の酒は格別だぜ。

 そんなことを思いながら向かいの女子と談笑していると、店員が大皿を運んできた。


「ご注文のからあげでーす」

「お、からあげ来た! じゃ、デンジャージョロキア・デス・ソースかけとくねー」


 朝比奈あさひな比奈子ひなこ教授が骸骨マークのパッケージをした真っ赤な容器から真っ赤な激辛ソースをからあげ全体にドッバドッバかけた。

 ホントに、マジかっていう勢いでドッバドッバかけた。

 見た目的に血まみれっぽくて完全にアウトになったからあげ。

 教授はニコニコしながらそれにありつき、おいしそうにもぐもぐと食べた。

 咀嚼しきり、飲み込む。

 紙で口元を拭いたところで、教授は周りの様子に気づく。


 他の学生たちは、絶句していた。

 教授は首を傾げた。


「どしたの?」


 朝比奈教授について記そう。

 三十代なのに小学生と間違われるくらいに小柄で、幼い声質の持ち主で、気さくで優しい性格から学生からの人気が高い。学生たちからは密かに〝合法ロリ教授〟あるいは〝ロリ先生〟などとニックネームをつけられていた。そんな彼女だが、実は教授や職員らの間でも陰でこうあだ名されている。


 ――――〝惨たらしき悪食デス・イーター


「デンジャージョロキア・デス・ソースかけるとね、からあげがおいしくなるんだよ! みんなも食べなよ~」


 ロリ先生は無邪気に笑いながらからあげを勧めてくる。村岡は「あ……えっと……」と引き気味になりながら、周囲の仲間と目配せをした。

 このままでは激辛からあげを食べさせられてしまう。

 状況の打開策を模索しなくてはならない。

 五人でアイコンタクトを用い、意思の疎通を図る。


(どうすんだよこれおい)

(わかんねえよ)

(まじでどうすんべ)

(どうしよっか)

(わからん)


 全員ダメであった。


「あ、そうだ! 村岡君、最初の自己紹介の時だったかな、いつだか『からあげが好き』って言ってたよね?」

「ふぇっ」

「食べなよ! おいしいよ~。新たな扉が開いちゃうかも」


 赤いソースまみれのからあげが、ロリ先生の箸によって無慈悲にも村岡の取り皿に置かれる。


「開くのは地獄への門なんだよな」

「ん? なんか言った?」

「いえ何も」

「さあ、食べてみて。ちょっと辛いかもだけど、それがまた癖になるから!」


 村岡は助けを求めてゼミ仲間の大島を見た。

 大島は隣の下宮を見た。

 下宮は隣の国府田を見た。

 国府田は隣の戸崎を見た。


 戸崎は隣の村岡を見た。


「戻ってくんな!」

「どーしたのみんな?」

「いえ何も。……お、おいし……そう……です、ね、からあげ……」


 朝比奈教授の人気は高い。それは朝比奈ゼミのゼミ生募集時の応募倍率が高かったことをも意味する。定員に対して応募者が多かったゼミには、成績の良い学生が優先して配属される。

 つまり、ここに集まった学生たちは、人気なロリ先生のゼミへ入るべく、大学での成績を必死で高めた上位五名なのである。

 当然、全員が朝比奈教授を慕っていた。


 慕っている先生の悲しむ顔を、村岡たちは、見たくはなかった。


「それでは……! 不肖村岡! デンジャージョロキアデスソースからあげ、いかせていただきますッ!」


 英断であった。

 村岡は真っ赤なからあげをひとつ箸で掴み、一口かじった。

 勇者レイザは魔王ディアドルファと刺し違えた後に自らの魂を魔王とともに封印。以来、紺碧世界ガリスティアには千年の平和が訪れていた。しかし紋歴1001年、突如として魔王が復活。紺碧世界の全ての国家に宣戦布告し侵攻を開始する。一方その頃、勇者の亡骸に新たな魂が宿っていた。

 魂に刻まれし名は、村岡。

 異世界転生し、前世のトラウマをチート能力に変え、村岡は、魔王を体の内側から地獄の業火で灼き尽くして紺碧世界を救った。役目を終えた村岡は、天へと昇っていく。そうして新たな勇者の魂は、元いた世界へと戻っていったのであった。

 次に意識を取り戻した時、村岡は居酒屋の床で大の字に伸びていた。


「村岡君! 村岡君だいじょうぶ!?」

「激辛転生……書籍化……」

「生きてる? 先生のことわかる? 村岡君、からあげ食べた瞬間に『オッゲッ!』みたいな声出して四回転した後に倒れちゃったんだよ。……もしかして、辛いの苦手だった……?」

「い……いえ、その……」


 ロリ先生の悲しむ顔は見たくない。


「からあげが……おいしすぎて……」

「そんなに!?」

「ひとつの世界を……救うほどの……味……」

「……村岡君。正直に言っていいよ? 辛いの苦手だったら無理することないし……むしろ勝手にデンジャージョロキアデスソースかけてごめんね……?」


 かがんで村岡の顔を覗き込みながら、涙目になるロリ先生。村岡が言葉を探していると、先生は立ち上がって他のゼミ生の方を振り返った。


「みんなもごめんね! 勝手に私の好きなソースかけちゃって……考えなしだった。レモンとか別のものをかけたい人もいたかもしれないのにね……」


 ゼミ生たちは顔を見合わせる。

 そのうちのひとり、陽気な戸崎が、おどけたように笑って言った。


「朝比奈先生、泣かないでください。新しくからあげ注文すればいいだけの話ですよ。それからみんなでレモンをかければいい。だよなみんな?」

「そうですよ! それにわたしたち、先生にいっぱい食べてほしいんで! この激辛からあげ、全部食べちゃってください! わたしはレモンかけて食べるんで!」

「戸崎君……下宮さん……! みんな……!」


 ロリ先生は目元をほっそりとした指でぬぐい、笑顔になった。


「みんな、ありがとう! もともとそのつもりだったけど、今日は私の奢りだよ! からあげ、もう一皿注文しちゃおっか!」

「奢り! いいんですか!?」

「ありがとうございます先生!」

「うおおッ! 朝比奈先生最高!」

「えへへ……当然のことだよ~」


 和やかな雰囲気が戻り、飲み会は再び盛り上がり始める。村岡は、ようやく先生が笑ってくれたことに安堵した。ロリ先生のほにゃんとした笑顔さえ見られればそれでよかった。ゼミの仲間たちとも、同じ先生を慕う者同士、これからもうまくやっていけそうだ。

 かけがえのない大学生時代、こんな仲間たちと出会えたことに、村岡は感謝したのであった。

 追加で来たからあげに陽気な戸崎が「レモンかけとくよー」と勝手にレモン汁をドッバドッバかけたのであった。

 レモンかけない派の村岡はブチギレた勢いで異世界から持ち帰ったチートスキルにより世界を滅ぼしたのであった。




 〈おわり〉

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