第6話

 最初、ご主人の言葉がよく分かりませんでした。私が昨晩にジン・ラミーを遊んだ相手は、カスタリアさんじゃなかったのだろうか? そうも考えましたが、宿にいたのは私以外にご主人夫妻、そしてカスタリアさんだけだったそうです。


「お嬢ちゃん、あの子と喋ったのかい? いやまぁ、たまーに、本当に本当にたまーに喋る事はあるけどさ……珍しいな。今日は雪でも降るのかね」


 ご主人によれば、カスタリアさんがお話するのは非常に珍しい事なんだとか。恥ずかしがり屋という訳でも、複雑な宗教に入っている訳でも無いらしいです。


 唯々、日常で喋らない。意思疎通は手振り身振りで、表情も変えない。


 もう一度会ってお話したいと伝えたんですが、その日はカスタリアさんがお休みらしくって。昼過ぎまで起きて来ないんですって。離れの小屋に住んでいるみたいです。村の大工さんがカスタリアさんの為に建てたようですね。


 ご主人、よっぽど私が出来た事に驚いたみたいで、少しだけ、カスタリアさんの身の上話をしてくれたんです。


 その獣人の女性は、どうもクミラン村で生まれ育った訳じゃないらしいんです。東方の国出身だって本人が言ったそうですが、国名は結局訊けず終いだそうで。何でクミラン村に来たのか、親兄弟は、友人は…………コレらも同じく。


 そうそう、カスタリアさんから「この宿で雇ってくれ」と言ったみたいですね。小さくしてお子さんを亡くしたらしいご主人達は、娘が出来たと喜んだそうです。結局、収まるところに収まるんですね、人間って……。


 でもご主人は……カスタリアさんの事を話す時、とっても嬉しそうでした。「喋らないけど、根は優しい子なんだ」「聴き慣れない歌が小屋から聞こえてくるが、それがまぁ、切ない感じでねぇ」などなど、実の娘のように。羨ましいくらいに。


 その後、私はここの土地に来るまでも色々渡り歩いて来ましたが、まぁ……クミラン村の悪口がチラホラ聞こえてきました。過去の情報だけで向かって、観光地の一つも無いので怒る人が多いみたいですね。


 けれど――私はクミラン村に辿り着いて良かったと、心から思います。楽しい事より辛い事、悲しい事……嫌な事の多い旅の中で、一際目立つ温かい思い出。それがクミラン村での夜でした。


 私はこれからも旅を続けます。年中旅をしているからといって、私は世界の一欠片、その端っこしか知らないんです。まだまだ知りたい、沢山の人と出会いたいんです。私の両親は旅が多かったと聞いています、だったら娘の私も……巡り行くのは必然ですよね。


 …………こんなところ、ですね。私のお話出来る事は。そ、そうですか? だったら良かったです……エヘヘ。


 はぁ……こんなにお話したのは久し振りです。というか、話ながらでしたけど、結局一回も私は勝てませんでしたね……。それこそ、カスタリアさん並みに強いんですね!


 貴女はいつまでこの街に? 明日発つんですか? そうでしたか……ちょっと寂しいですね。また何処かで会えると嬉しいです。何処に行くとかは決めているんですか?


 各地を転々として過ごす……? アハハ、私みたいですね! そうだ、貴女さえ良ければ、クミラン村に行ってみて下さい。貴女とカスタリアさん、どっちが強いのか興味があるなぁ。


 それで勝負して、また何処かでお会いした時は――結果を教えて下さいね!

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物言わぬカスタリアの華麗なるノック 文子夕夏 @yu_ka

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