第14話 宝物

 一昨日、父からミステリー禁止令が出された。私はミステリーを見ていることも、書いていることも家族には黙っていた。いつかバレるとは思っていたが、その問題を先延ばしにしていた。だからそのツケ代償が回ってきた。

 私は愚かにも簡単に賭けてきたものを捨てた。夢のために必要と言っておきながら、ミステリーも照君も簡単に諦めた。

 そして、そのことを簡単に彼に伝えてしまった。

 朝起きて後悔した時はもう遅かった。朝のホームルーム前に、照君が私を拒んだ。

 当然だ、問題が大きすぎる。私だって手を出したくない。だけど私はこの絶望から救って欲しいと『助けて』と言ってしまった。よくそんなことが言えたものだ。

 時間が巻き戻って欲しいと、心から願った。


 昼休みにある男子生徒から声かけられた。似鳥直矢君だった。

 照君が一人で映画に行くことを教えてくれた時以来話していないが、こんな日に『月岡について言っておきたいことがあると』お昼休み呼び出されて体育館までついていった。

「あいつにあまり頼らないでくれ、あいつは背負いすぎて自分を犠牲にする」

 彼の言っていることがわからず「それはどう言う意味?」と聞いた。そしたら去年の文化祭の出来事を話してきた。

「去年の文化祭、俺が最初に脚本が盛り上がらないから変えてくれと月岡に言ったんだ。面白くて刺激的なものが好きな俺としては何気ない一言だった。けどクラスのやつもそれに同調して要求の波が彼を襲った。そして月岡は追い込まれ、作風を変えてあの作品が生まれた。結果あいつだけが損をした」

 私は彼のその言葉を聞いて怒りが湧いてきたが、私もあの作品を褒めていた以上、同罪である気がした。

 同時に私は理解した。私も「助けて」と言った事で彼を追い込んだのではないかと。

 彼は私のことが好きだろう、それは薄々気付いていた。だからそんな彼に期待してしまった。『助けて』と言ってしまった。その一言がどれだけ彼を追い込んでしまったか。

 私も照君が好きなのに、本当は自分でどうにかする問題なのに、どうして頼ってしまうのだろう。


 最初は気になる男の子だった。英語や理科の教科書の、イラストに出てくる男の子にどこか似ている。そして、廉直な顔だなと思った。

 だけど、ドーナツ屋で私の目論見が見抜かれた時、彼はミステリーに出てくる探偵さんみたいでカッコ良かった。あの時は心臓が口から飛び出そうだったけど、代わりに出たのはクリームだった。

 それから、甘いものを食べた後、苦いコーヒーを飲んで中和させ、満足している時の顔が好き。信念を持ちながらも私に振り回される彼が好き。そんな積み重ねで私にとって彼はかけがえのないものになった。

 だからそんな、大切な彼を巻き込んで、私の運命を全て任せるなんて卑怯だ。ずっと逃げていたのは私の方だと気がついた。


 私はおじいちゃんを説得できれば、父を説き伏せてくれるだろうと思い、祖父の家に向かった。昔からおじいちゃんは私のどんなわがままも聞いてくれた。だから今回も私がお願いしたら二つ返事で快諾してくれた。

 おじいちゃんに説得された父は不満そうであったが、家に帰ったらミステリーに関わっても良いことを約束してくれた。

 こんなあっけなくていいのかと思って、その夜不満そうな顔で晩酌をしている父にいろいろ聞いてみた。

 父はおじいちゃんに説得された事について『気にしていない』と言っていたが、明らかに思いつめていた。

 そして、ワインを飲みながら呟いていた。

「一日に2人から娘の事で真剣に言われるとは……」

 その時、私の頭の中で照君の顔が浮かんだ。

 誰かを、確認したくて私は「もう一人はお母さん?」と白々しくワインを注ぎながら聞いてみた。

 父は酔っていて、口を滑らしてくれた。

「違う。仕事中、可笑しな奴から電話がかかってきて必死で説得された。筋は通っていたが、馬鹿な事を言って京にミステリーを書かせようとしていた」

 誰が説得してくれたのかを父は言っていないが、私は確信した。照君は父に真っ向から立ち向かった。

 父の前で好きな人が私を救おうとしてくれたことを喜ぶのは出来なかったが、心の中で彼への愛おしさが溢れた。

「あいつは一体何なんだ。馬鹿みたいなことを堂々と言っていたぞ……でも俺はお義父さんに何も言えなかった——」顔に熱を帯びながら愚痴と後悔を言っていた父は、そのままソファに横になって寝てしまっていた。

 父は彼の事をたぶん忌々しい奴だと思っているのと同時に、真っすぐな彼に少し興味を持ったのだろう。

 私がソファに近づいて、寝ている父に「素敵な人だよ」と呟くと少しうなされていたのが可笑しかった。


 今日は照君にお礼を言いたくてここへやってきた。それだけで十分だった。もしかしたら、まだ彼は私に怒っている可能性はあるけどそれは考えたくなかった。

 照君は私がお店に入るのに躊躇している時、私に気が付いたようで、少し困ったような顔で迎えてくれた。

 そして、またミステリーの書き方を照君に教えてもらうことを約束してくれた。それだけでなく、私は彼に告白された。

 照君に素敵な言葉を貰って死んでしまいそうなくらい嬉しかった。

 彼にミステリーを教わったり、一緒に出掛けたり、美味しいものを食べたり、私達しか知らない話をしたり、これまでも、どんな時間も十分幸せだった。それが、付き合う関係になって、もっと楽しいコトが待っていると考えると、胸の高まりが抑えられなかった。

 そして、最後に彼はもう一度物語を書きたいと言ってくれた。どうしてそう思ったのかは分からないけど、彼の書いた物語を読むのが待ち遠しくなった。


 私は鞄からもう一冊文庫本を取り出した。これは入試の時照君からもらった本。これが始まりで、私の宝物だ。

 彼はどんな物語を書きたいのだろう。この本のようなヒューマンドラマを書きたいのかな、主人公はどんな人なのかな、もしかして人が主人公じゃないのかも。

 そんなことを、本を見ながら考えていた。

「その本、もしかして入試の時渡したやつ?」

 照君が私に近づいて聞いてきた。

 私はまだ大切にしていると思われることが恥ずかしくて思わず隠しそうになったが、彼は嬉しそうな顔をしていた。

「照君も私のこと覚えてくれていたんですね」

「正直言うと確信はなかった。合っていたとしても、そんなことまだ覚えていたのかと思われそうで、言えなかった。どうやら同じみたいだね……」

「私は間違いなく照君から貰っていたことを、覚えていました」

 告白された時のように私はまた嬉し泣きしそうだった。

「それは、ごめんなさい」

 宝物を胸に抱きしめながら、この出会いに感謝した。

 彼に出会い、ミステリーを書きたくなった私は賭けをして勝った。この話をしたら、彼も喜んでくれそうだ。

 でも、これは私の賭けで、勝った取り分も全部私のものだ。だから教えてあげない。

「照君は私のあげた本まだ持っていますか?」

 私が財布を忘れた時に照君に本を渡したのは、入試の時のお返しをしたかったからだ。

 ドキドキしながら聞いてみた。

「もちろん。俺も大切にしている」

 それを聞いて、私は安心して笑うと、照君も照れながら笑っている。

「感想は?」と聞いてみた。この質問は私も答えたい。彼も「ああ‥‥」と声を漏らした。


「「そこそこだったね」」

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ミステリーを書きたいヒロインは賭けをする 七味こう @kousichimi

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