常盤 京編

第13話 ミステリーを書きたい私は賭けをした

「京さんのためなら頑張れる気がするよ。あとは僕も物語を書きたいかな、今度は自分で書きたいものを」

 私は照君からこの言葉を聞いた時、思わずガッツポーズをしてしまった。

勝利の証であるそのポーズは私がこれまでに賭けたことが無駄ではなかったことを自ら証明した瞬間だった。


 私は照君が休憩から上がり、仕事をしている姿を見みながら、これまでの軌跡を思い出した。

月岡照君に出会ったのは高校入試の日だった。

 私は小学校・中学校と同じ系列の学園に通い、普通なら高校・大学へも受験なしでエスカレーター式に進むことができる。

けれど、高校からは都立高校に通いたいと思った。理由は立派な刑事になるために、様々な経験をしておきたかったからだ。お坊ちゃま、お嬢様が多かったその学園は生まれた時から栄光ある将来が約束された人たちばかりで、恐らく周りから見れば私もその一人であったと思う。

 中三の頃、このまま刑事になったとしても、堂々と胸を張り、人のために役に立つ仕事が出来ないと将来が不安だった。

 そんな中二病的な考えがどんどん膨らみ、私は両親を説得すると都立の高校へ進むことが許された。


 それから、自分で志望校を決めて、高校に入るための勉強をした。

 テストは楽勝であったが、面接の待ち時間、緊張感に襲われて体調が悪くなった。視界が狭まり、息が苦しくなった。そして、あのまま進学すればこんな思いすることなかったと一瞬後悔した時だった。

「あの——大丈夫ですか」

 声をかけられた私は、伏せていた体を起こすと、隣にいた男の子が声をかけて来たのだと分かった。

 心配そうに私を見ているその人は文庫本を手にしていて、ちょっとだけ正気に戻った気がした私は聞いてみた。

「緊張しちゃって……貴方は緊張していないの?」

「これを読んでいると、主人公の方が大変そうだなって思えて落ち着くんだ。変だよね。だから今日これを持ってきた」

 恥ずかしそうに話す彼は、そっと本を閉じてそれを渡してきた。

「俺はもう何回も読んでいるから、あげるよ。そこそこ面白いよ」

「え——」

 その本を受け取ると、面接試験は彼の番になったようで先に教室を出た。

 私は彼が去った後机に貼られている氏名を見ると『月岡照』と書いてあった。

 私は照君から貰った本を読むと落ち着き、堂々と面接をすることができた。

 もしお互い合格して、入学したら照君に本を返して、お礼をしたいという目的ができた。返す時にこの本の内容を話せるのが楽しみで仕方がなかった。

 しかし、無事に入学することは出来たが、それからの私はついてないのか、その機会を逃した。

 校内にいる人が私にとって全員はじめましての存在で、狭い世界で生きてきたことを実感した私は、友達作りに必死になった。そして、いつの間にか5月になっていた。


 学校生活も落ち着き、照君がいるクラスが判明すると、私は心を弾ませながら本を持って教室に行ったが、彼は女の子と仲良くしていた。あれは付き合っている関係だと、私でも理解できた。

 私が、この本を返そうとすれば面倒になると思って諦めた。

 夏休みが空け、友達の沖野真理さんから照君が彼女と別れたと聞いた時は、ついに私の番が来たと思った。しかし、入試から半年が経っている。今から行けばそんな些細な事を覚えている重い女だと思われそうでまた返せなかった。

 私はここで一度照君を諦めた。その時の悲しみと悔しさは覚えている。


 だけど、諦めさせてはくれなかった。10月の文化祭で真理ちゃんと他クラスの舞台を見に行った時だった。

 その時歴史が動いたのだ。私は初めてその舞台でミステリーを見た時、刑事になるためにはそれが必要だと確信した。そして私もミステリーを書きたいと思った

 さらに驚いたのはこの作品があの月岡照君が書いたことだった。

 凄惨なミステリーだったけど、カタルシスもあって、考えさせられた。

 ストーリーを生み出した彼に興味が惹かれた。きっと彼はミステリーが大好きなのだろうと。

 今となって照君はミステリーがあまり好きではないことを知ったけど、あの時の私は、彼と仲良くなって、ミステリーについて教われば一挙両得ではないかと考えた。


 そうして、私はまず彼と話題が合うように、ミステリー小説を読んだ。

 心配になったのは彼について、こそこそと調べていくうちに、彼は恋愛に消極的で、なにをやるにも本気を出さず、その結果に満足して生きていたいと聞いてしまった。

 だから私は考えた、彼をそこから連れ出すにはなにか印象に残ることをしないと、そしてそれは一筋縄ではいかない。


 そんな計画は都合よくは思いつかず、いつの間にか半年が経って2年生になっていた。

 私と照君が同じクラスになった時、これ以上のチャンスはない、そして逃してはいけないと使命感のようなものが生まれた。

 そして、彼が喫茶店でバイトをしているのを知って、ある計画を立てた。

 あの店で飲食をして、代金を忘れたと店員の照君に言って代わりに払って貰う。そうなれば私がお礼を言わなければならない既成事実が作り出される。そして、彼と仲良くなり、ミステリーの書き方を教わる。

 この計画は私の賭けだ。私が祖父や父を超える正義の味方になるため、私がミステリーを書くため、そして彼と仲良くなるために。


 喫茶店で彼がお金を払えばあとは流れで何とかなると思ったが、失敗する可能性もある。

 これは賭けである。それをするからには失敗したときの代償も払うべきだ。彼がお金を払わない場合。私は交番で自首をして恥をかこうと決めた。そうしなければバイト中の彼を困らせたことはもちろん、彼を私の夢のために利用しようとしたことを償えないから。


 その計画を実行した次の日、私の後を追って、自販機で話しかけられたときは上手くいったと心が浮き立った。

成功したが、私が恣意的に照君に近づこうとしてやったこともばれていた。

 そして、私を変えたあのミステリーが照君の前向きな意思によって作り出されたものではないことを知った。詳しくはわからないが彼は自分の作品を拒んでいる。

 私はどうにか照君がまた物語を書けるようになって欲しいと思った。


 照君に物語の作り方やミステリーについて教わることで、誰も見たことのない作品を書けると希望に満ちていた。

 でも、それよりも彼と一緒に過ごした時間が楽しかった。

 映画を観に行ったり、カフェで美味しいものを食べたりして、高校生活を満喫しているような気分だった。

 そして同時にミステリーが完成したらこの不思議な関係はどうなるのかと怖くなる自分がいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る