第12話 何かが変わった僕は告白をする

 あっという間に2人でパスタを食べ終わると、彼女はじっと僕を見つめた。

「月岡さん。昨日父に電話で説得をしてくださったみたいで、ありがとうございます」

 僕が説得できたのかは微妙なところだが、常盤さんに感謝されて素直に嬉しくなった。

「うん。もしかして、あの後常盤さんのお父さんと話し合ったの?」

「えっと、実はですね、私は放課後祖父の家に行ってミステリーが書きたいと打ち明けたら、それで全部察してくれた様で、代わりに父を説得してくれました。まあ、父からすれば祖父の説得なんて命令みたいなものなんですけど……」

 そう聞いた時、少しがっくりした。

 僕が常盤さんの父を説得して、彼女を救済へ導けたという考えはとんだ驕りであった。真っ向から立ち向かう必要なんてなかった。僕も最初からそうするべきだったのではないか。

 そもそも、僕の力なんていらなかったのではないか。そう思うと複雑な気持ちがあるが、結果を喜ぶべきである。

「なるほど、じゃあ万事解決だね」

「昨日父と話した時『可笑しな奴から電話がかかってきて必死で説得された』と参った顔で話していました。私はその人が月岡さんだとすぐに思いました」

 僕の説得など『可笑しい』の一言で済まされてしまう。この事実に不満はないし、むしろ常盤さんの父の率直な感想を聞けて安心した。

「僕がやったけど、結局常盤さんのためになれなかった」

 彼女は慌ててフォローをしてくれた。

「そんなことないです。私のために説得してくれて、すごく嬉しくて……私の方が月岡さんに『助けて欲しい』勝手に頼りながら、自分でこんなことをして……。それに、父も昨日のことについてすごく考えていたようで——」

「そうなの?」と彼女の父について少し興味を持った。

「はい、父は神経質というか臆病です。月岡さんと何を話されたか、までは聞いていませんが、父も月岡さんの事を気にしているようでした」

 昨日常盤さんの父と話した時は淡々としていていたので、そんな印象は受けなかった。ましてや僕の事を気に掛けるなど。

 もしかして、常盤さんの祖父に説得されたときに何かあったのかと考えながらコーヒーを飲んでいたがそこまで気になることはない。

 そして、そんなことを考える必要もない。彼女はミステリーを書けるようになって、僕もまた彼女の手伝いをすることができる。今はその事実があればいい、勝ちは勝ちだ。

「常盤さんがまたミステリーを書けるようになっただけで、嬉しいよ」

「また、私にいろいろ教えてください。出来れば——またこうして会いたいです」

 彼女から会いたいと言われた時に僕の体温が一気に上がるのを感じた。もちろん僕の答えは『YES』である。

 でも、それだけでいいのだろうか。僕は常盤さんのために彼女の父と戦ったが、一度は逃げた。そして、逃げることは後悔につながる。

「常盤さんの書いたミステリーが読みたいって気持ちで昨日説得をしたけど、正直言うと僕はただ君とこうして会いたかったからやっていたのかもしれない……」

 自分のバイト先でしかも休憩中に告白しようとしていることに今更気づいたが、もう戻れない。

 なにより、彼女の紅潮している顔を見るのに夢中でアフロのマスターを気に掛ける暇などない。

「それは——その……」

 

 彼女は髪の毛先を指でいじり始めた。察しているようで、僕の言葉を待っている様だった。

「常盤さんと一緒に映画や本棚を見た時みたいに、同じ光景を見ていたい——ドーナツ屋や古本カフェで一緒に話した時のように、向かい合って同じ時間をまた過ごしたい。わがままを言うならこれからは、恋人として——」

 告白なんてこれが初めてだった。自分の言葉で伝えたかったが、どこか恋愛映画にありそうなセリフになってしまった。

 でも、これが僕の振り絞って出した言葉だ。


 彼女は、僕の言葉を聞き終わると、真剣な表情で答えてくれた。

「これからも月岡さんの横にいさせてもらいますね——恋人として」

 そう言うと、口元を抑えて笑っていた。

 あまりにも笑っているので、僕の告白がよほど、大げさなのかと思ってしまった。

「もしかして、痛かった俺?」

「いえ、すごく嬉しくて——泣きそうなのが嫌で、笑っているだけです」

 それを聞いて安心した僕は、勢いよくソファにもたれ掛かる。

 壁に付けられた時間を見るとそろそろ休憩が終わる頃だった。

「そういえば、バイト中だからそろそろ戻るね」

 名残惜しそうに僕は立ち上がりながら彼女を見つめていた。

「私はもう少しここにいます、いってらっしゃい」

 常盤さんは手を小さく振って応援してくれている。なんだか、新婚サラリーマンが会社に向かうような気分だった。

「これからの高校生活を照君はどんな風に送りたいですか?」

 立ち上がり彼女に背を向けようとした時、唐突にこんな質問が飛んできた。

 僕はこれからも、ほどほどに、波風を立てずに、全力で頑張らないで生きていきたい。

 それは常盤さんと付き合っても考えは変えたくはない。

 しかし、彼女に出会って、考え方も今では立場も少しだけ変わった。そして、彼女と付き合いたい以外にも新たにやりたいことも見つけることができた。

 こんなことが出来るのかは分からないが希望的観測を込めてこう答えた。


「京さんのためならなんでも頑張れる気がするよ。あとは僕も物語を書きたいかな、今度は自分で書きたいものを」

 まだ、何を書きたいかも決めてはいないが、彼女がミステリーを書く理由を聞いた時、僕も突き動かされた気がした。文化祭の時書きたかったものを引き出すのではなく全く新しいものを作りたい。

 京さんは嬉しそうな顔をしてくれた。机の下の方を見るとスカートに乗っけられた手がガッツポーズを作っているように見えた。

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