第11話 ミートボールパスタ
次の日の土曜日僕はいつも通り午後から『あふろ』でバイトをしていた。僕は落ち込むこともなくむしろ、吹っ切れたように働いていた。
昼過ぎになり、客足が減って落ち着いた頃、外を眺めていると見覚えのある姿が窓ガラスから見えた。
急いでそのドアを開けにいった。
「常盤さん……?」
彼女も僕がドアを開ける時に気づいたようで、慌てている。
「月岡さん——ご無沙汰です。いつも土曜にバイトしていると以前聞いたので来てしまいました……」
「なんか食べてく?とりあえず入って」
とりあえずお店の前で話すのは邪魔なので、中に入ってもらった。
常盤さんはミント色のカーディガンを羽織っている。下はネイビーチェックのスカートを履いており、初夏を思わせる服装であったが、大人びて見えた。
一番奥の二人掛けのテーブルに案内して、彼女にメニューに見せた。
「アイスティー。あと何かおすすめを下さい」
このお店はどれも美味しいが、たいして名物がない。そして常盤さんの好きそうなスイーツもちょうどランチ時になくなってしまったので胸を張って出せるものがなかった。
「じゃあ、なんかマスターにお願いする」
注文票に書きながらそう言った。
「月岡さん昨日はどうもありがとうございました。おかげでこれからもミステリーが書けます」
「え」と驚き、足を一歩後ろに下げた。
「今日ここへお邪魔したのはどうしてもそのお礼が言いたくて……それだけなので、後はこっそりここにいますのでお構いなく」
昨日見た強張った表情とは違う、いつもの天使のような笑顔の常盤さんの姿があった。これは本当に僕のおかげなのか、そうだとすれば相当凄いと自分を誉めたくなったが、今は落ち着こう。
僕はそれでも彼女に見えないように手をぐっと握りしめて喜びを噛みしめた。
「良かった。休憩残っているから後で話してもいいかな?」
「本当ですか、では待っています」
彼女はそう言って、文庫本を取り出して読み始めた。
マスターに何か作ってほしいとお願いして待つこと15分、厨房へ向かうと、ちょうどパスタをお皿に盛りつけている最中だった。
「月岡君これ作ったから休憩中2人で食べなよ」
最初は普通のナポリタンかと思っていたが、ミートボールのような塊が、細いパスタに強引に絡められている。まさに名作アニメ映画に出てくるアレであった。これを現実で見たことがなかったので少し興奮した。
そして、一つの皿に大盛りのミートボールパスタが盛り付けられた。2人で分け合うのは少し恥ずかしいが、マスターの好意を受け取っておこう。
「じゃあ、いただきます」
マスターは腕を組んで自慢げに語りは始めた。
「このパスタ一度は憧れて食べたいとは思うけど、なかなか自分で作って食べようと思わないよね。でも、たまたまひき肉が余っていたし、月岡に食べさせてやろうと思ってね。そもそもミートボールパスタとは——」
雑学を突然入れられそうになり、口を挟んだ。
「取り皿下さい」
マスターは何故か驚いた。
「えっ、要るの?」
「当たり前でしょ」2人で笑いながら、大盛りのパスタと取り皿を受け取って彼女の席に行った。
常盤さんは文庫本から、そのパスタに顔を向けると、目を見張っていた。
僕が彼女の前に座って、テーブルにそれを置くときも、ずっとそのパスタを目で追いかけている。
「こんなもんしかなくて——」
「いえ、嬉しいです。私これを食べるのが夢でした」
常盤さんは目を輝かせながら言う。彼女があの映画を見ているのは意外だった。ミステリーを見せてもらえないのなら、怪盗物も見せてもらえないと思ったからだ。
「常盤さんもあの映画見たことあるんだ」
「はい、あのワンちゃん達可愛いですよね」
お互い何か錯誤があるようだった。
僕は「うん……」と知ったかぶりをして、取り皿にパスタをよそい彼女に渡す。
彼女は大きく口を開けて、パスタが絡まったミートボールを頬張ると、ソースが口元について、それがとても可愛らしかった。
こうやって一つのお皿の料理を2人で分けて食べることは一緒に時間を共有していることを実感させてくれる。この時間も僕が昨日諦めていれば、存在しなかったなと自惚れてしまった。
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