図書館には探偵がいる。
巡月 こより
絵本探偵編
子ども図書室。
それは大人の図書室からは隔絶された世界。勿論、図書館によって完全に部屋が分かれている場合と部屋の一画が子ども用の本のスペースに割り当てられている場合がある。どちらにせよ、子どもが見たり読んだりするための資料(絵本や図鑑や文庫など)が並んでいる場所には違いない。
「どうしたんですか?」
「うん、実は絵本を探しててね」
司書の女性が二人、一方は髪を後ろで一つにまとめている女性と、もう一人はショートカットの女性でカウンター内で会話していた。
「さっき、4、5歳くらいのお子さんを連れたお母さんから絵本を探してるって相談されたのよ」
そう言って髪を一まとめにしている方の司書、瀬戸が目の前のPCに向き合っている。図書館にはその膨大な蔵書の中にある資料を検索するシステムが入っているので、それで探しているようだ。
「どんな絵本なんですか?」
ショートカットの司書、玉城が尋ねた。
「上のお子さんが小さかった時によく読んであげてた絵本らしいんだけど、タイトルを忘れてしまったそうよ」
「へぇ、それでどんな絵本を探してるんですか?」
「うさぎが出てくる話だったことは覚えてるって」
「うさぎが出てくる話かぁ……あ、あれじゃないですが、『おばけのてんぷら』! 名作ですし、上のお子さんにもきっと読んであげてるんじゃないですか?」
『おばけのてんぷら』はせなけいこ氏が描いた絵本で、おっちょこちょいのうさぎがお化けをてんぷらにして危うく揚げてしまおうとする作品で、長く読まれている名作絵本の一つである。
「あぁいう切り絵風の本ではないんですって」
「そっかー、あの作風を間違えるってことはないですよね。唯一無二と言っても過言じゃないし……他には何かあります?」
「その人が言うには、外国の人が書いてた気がするって言ってたわ」
「じゃぁ、ミッフィーちゃんシリーズのどれかとか? ディック・ブルーナは超有名だし」
「それが、もっと大きなサイズの絵本だって言ってたわ」
「それじゃぁ、違いますよね。確かにミッフィーちゃんの絵本って1歳か2歳くらいの子が持つのに丁度良い小さいサイズの絵本ですもんね。うーん、他にはありますか?」
「その人が言うには、うさぎが2羽メインで出てきたって」
「それじゃぁ、リサとガスパールシリーズじゃないですか? あれもメインは白と黒のうさぎっぽい生き物ですよ」
「……リサとガスパールはうさぎっぽい見た目なだけで、うさぎじゃないし。それにもっとリアルなうさぎの絵だったそうよ。ってなんかこれ、どこかの漫才師みたいになってるわ」
「ですよね、私も薄々そう思ってました……うーん。他に有名どころだと『ビロードのうさぎ』とかですか?」
『ビロードのうさぎ』はマージェリィ・W・ビアンコ原作の絵本で、ぬいぐるみのうさぎとその持ち主である少年の話だ。読み終わった後切なさと愛おしさが同時に込み上げてくる素晴らしい作品である。
「それも違うのよねぇ。有名なものは幾つか私も聞いてみたんだけど、どれも違うって。そのお母さんは、タイトル覚えてないから探せなくても仕方ないですよねって言ってくれたけど、私は見つけてあげたいな」
瀬戸はそう言って子ども図書室の中を見回す。この何千何万とある絵本の中から一冊を探し出すのだ。
「その親子今おはなし会に参加してるからそれが終わるまでにもう少し探してみるわ」
期限はおはなし会が終わるまでの30分。それで何とか見つけないと。
「分かりました。私も協力します。他には何か言ってなかったんですか?」
「確か、うさぎが2羽であちこち出かけてる話で、最終的にはいっぱいうさぎや他の動物が出てきてた気がするって言ってたわ」
「うさぎに他の動物がたくさんでてくる作品かぁ」
「あとは……そう、絵本の大きさが結構大きかったそうよ。だとすると30cm前後くらいかも。それと、絵がデフォルメされたイラストっぽい感じじゃなくて、もっとリアルな感じだったそうよ」
「分かりました。私、今から丁度配架の時間なんで該当しそうな絵本探してみますね」
「ありがと」
玉城は絵本の配架ついでに、”う”で始まる絵本が置いてある棚を見に行ってみた。
絵本を並べる決まりは、タイトルの頭文字の50音順で揃えるか、作家別に揃えるかの2択があるが、ここの図書室はタイトルの頭文字の50音順で並んでいる。
とりあえず、それっぽいタイトルの本を手に取る。
『うさぎ座の夜』、『うさぎをつくろう』、『うさぎマンション』、『うさぎがそらをなめました』『うさぎのみみはなぜながい』……。
「うーん、どれも違う気がする。あ、これはどうかな」
玉城は一冊の本を手に取った。
一方、瀬戸の方もカウンターで貸出などの業務をこなしながら、隙をみて検索を続ける。
「うさぎが出てくる絵本……『しろいうさぎがやってきて』、これはちょっと絵がリアルな感じとは違うわね。『こうさぎのうみ』は絵の雰囲気は良いけど、こっちはサイズが小さいわね。『うさちゃんのニュース』、『うさぎのルーピース』、『ふうとはなとうし』、この辺もちょっと違うわね……」
「瀬戸さん、これなんてどうです?」
そう言って玉城は一冊の本をカウンターに置いた。その本のタイトルは『うさぎのおうち』、茶色のうさぎが一頭振り向いてこちらを見ている表紙が印象的だ。
内容は、春になって子うさぎが自分の新しい家を探しに行くお話しで、様々な動物の家を訪ねていく内容となっている。
「話はちょっとその人の説明とは合わないところもありますけど、本のサイズと絵のデフォルメされてない感じは合うんじゃないかな、と」
玉城の説明を聞きながら、瀬戸の目が大きく開かれる。
「これだわ! いえ、正確に言うとこれじゃないんだけど」
「どういうことですか?」
「ちょっとここお願いね」
「えっ、瀬戸さんどこに……」
制止する間もなく、瀬戸はカウンターを離れ速足で絵本コーナーに向かう。そこで”し”のところから一冊の絵本を持って戻ってきた。
「これだと思うわ」
瀬戸が眼鏡の奥から自信を覗かせ、本を玉城の前に見せる。
それは『しろいうさぎとくろいうさぎ』というタイトルだった。
「最初のリサとガスパールはあながち間違ってなかったのよ」
「確かに、この表紙には白いうさぎと黒いうさぎが描いてありますけど……」
「それに玉城ちゃんが持ってきてくれた本で全てつながったわ」
「どういうことですか?」
「この2冊、絵の雰囲気が似てると思わない?」
「言われてみれば……『しろいうさぎとくろいうさぎ』の方が詩情を感じさせますけど、雰囲気は似てます」
「同じ人が絵を描いてるからよ。ガース・ウィリアムズっていう人」
玉城が絵本を開く。
いつも一緒に遊んでいる白いうさぎと黒いうさぎがいるのだが、ある日から黒いうさぎは何をしていても、物思いに沈んでしまう。そこで白いうさぎが問い質す。黒いうさぎは言った。
”どうしたら君とずっと一緒にいられるか考えてるんだ”、と……。
「それでうさぎや色々な動物が出てくるんですね」
読み終わってほっこりとした気分になった玉城が納得したように呟いた。2羽のうさぎ、本の大きさ、絵も可愛いデザイン的なものというよりも水彩風のリアルな画風となっている。
「条件に当てはまるのはこれだと思うのよ」
「私もそう思います」
「合ってると良いんだけど……」
「きっと大丈夫ですよ」
お話し会が終わり、参加者が出てくる。そこで瀬戸は先ほどの母娘連れを見つけ声を掛けた。
「あの、探していたのはこれではありませんか?」
その本を見せたとき、母親の顔に驚きが広がる。それを見て、瀬戸は自分が正しかったのだと確信する。心の中でガッツポーズした。
「そうです! これです、これ。ありがとうございます」
「いえ、見つけられて良かったです」
「借りて行っても良いですか?」
「勿論です。どうぞ」
瀬戸が『しろいうさぎとくろいうさぎ』を手渡す。母親が嬉しそうに頷いた。
おしまい。
図書館には探偵がいる。 巡月 こより @YuzukiYowa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます