転生した日は、晴天でした

はるきK

ドーナツを追いかけて

短編作『快晴の日は異世界』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054922397456

からの続話になります。


どちらか一作だけでも楽しめる作り……にはなっていると思います。


――――――――――


 ドーナツを取ろうとして公園のベンチの下の影に手を伸ばした私は、その手を何者かに引っ張られて影の中に引きずり込まれた。


(コーヒー、最後まで飲みたかったんだけどな)


 なんて思ったのも刹那、同時に頭と首に強烈な衝撃が走って、私の意識は飛んだ。


§


……


…………


「…………もしもーし…………」


 遠くから呼ばれたような気がして、私はがばっと跳ね起きた。眠かったわけでもなく気分はすっきり、そして目もしっかと見開いているはずなんだけど、見える景色がなんとなくおかしい。


 真っ白だ。


 いや、正確に言うと遠くの方にうっすらと地平線みたいなものが見えているには見えているのだけど。とはいえほぼ全体が白い。

 はて? と首をかしげたはずだけど、見える景色は傾きもせずにそのままだ。

 手を顔に伸ばしてみたけど視界には一向に手は見えず、しかも手の方も頭に届かずに空を掴む。


(おかしいな)


 なんて考えていたら背後から声がした。


「もしもーし、気がつかれましたか?」


 先ほど遠くから呼んでいた声と同じ、女性の声がする。

 でも背後からとはなんだか失敬だななんて思ったので、首を回して声のありかを見ようとしたけど視界はやっぱり動かない。


「ああ、そのままでは無理ですわね。失礼しますわね」


 今度はそう声が聞こえたかと思ったら、顔の両側をむんずと掴む手の感触がして、私の視界が急速に回転した。瞬間のことだったけど目が回りそうになって思わず目を閉じると、ズンと頭に衝撃が走った。

 そして今度は目の前から声がする。


「これでよし」


 再び目を開けると、私の前には一人の女性が立っていた。その姿はいかにもな白い装束に身を包んだ女神様。ただし、メガネあり。そして手にはバインダーのような物。


「えーと、早速ですがお名前確認です。あなたのお名前をお聞かせ下さいな?」


 メガネ女神らしき人は右手でメガネをくいっと持ち上げながら、そんな事を尋ねてきた。私も話の流れで普通に答えていた。


「広瀬優菜です」


「はい、ひろせゆな、さん。間違いないようですわね」


 目の前の女性はそう言いながらバインダーのような物の上でしきりに手を動かしている。よく見るとそれはバインダーではなくてタブレットPCのような物らしい。


 色々と聞きたいことはあったのだけど、さっきのズンとした衝撃で全部どこかに飛んでしまった。私が口も開けずに座り込んだままでいたら、目の前の彼女から一方的に話が始まった。

 曰く。


「優菜さん、あなたはこちらの予定外の事故で死んでしまわれました。ですので特別にどこかの世界に転生できます」


「はあ」


 正直いきなりそんな事を言われても、大抵の人間は生返事しかできないものではなかろうか。


「何かお尋ねになりたいこととか、ございますか?」


 ございますか? と言われてもとっさに思いつくものでもなかったのだけれど、ああそういえばと一つだけ心に引っかかっていた質問が浮かんできた。


「あの、私が落としたドーナツはどこに行っちゃったんでしょう?」


 すると目の前の女神とやらの表情が微かに引きつった。


「あの」


 私が言葉を継ごうとすると、彼女はあからさまに視線を外しにかかる。

 どう見てもおかしなその行動にさすがの私もこれは怪しいと気がついた。


「わーたーしーのーどーなつー、しーりーまーせーんーかー?」


 私は目を大きく大きく見開いて、わざとゆっくりと声を発しながらにじり寄る。すると彼女はそんな私からどんどんと目を背けていって、遂にはすっかり後ろ向きになった。よく見るとこめかみのあたりに汗が光っている。あ、口元にもなんか付いてる。


(たぶんコイツが食べちまったな)


 追求してもらちがあかないような感じだったので、話を変えることにした。


「まあ、ドーナツについては良いですよ。それよりもここがどこなのか、それから私はどうなってしまったのか教えてもらっても?」


 すると彼女は素早く私の方に向き直ると、咳払い一つして答え始めた。


「ここはあなたのいた世界と魂が登っていく世界のちょうど中間地点。平たく言えばあの世とこの世の境目ですわね」


「すると私は」


「あなたは死にましたわ。ええすっぱりとこれ以上ないぐらいに死んでいますよ」


「どうして死んでしまったのかは?」


 またもや彼女の目が泳ぐ。


(……分かり易すぎでしょうこの自称女神)


「ここに来る直前だと思うのですけど、私、誰かに手を引っ張られたんですよね。ベンチの下に手を突っ込んで覗き込んでたはずなんですけど」


 そんな自称女神の不審な様子にはお構いなく、私は私の言いたいことを滔々と述べた。


「……へえー、そんな事があったんですね……」


 そんな生返事で答える彼女の目は相変わらず宙を泳いでいる。どう見てもバレバレなのに、どこまで白を切るつもりだこの女神もどき。

 だいたい神様で転生までできますよって言うなら、私の死因ぐらいこの場で分かるはずでしょうに。


 私はため息を一つはあと吐き、この件についてはもう聞かない事にした。彼女が元凶なのは疑いようがないけれど、なにせバカらしいし、それにもう私は死んだのだ。今さら話を蒸し返したところで元の生活が戻ってくる訳でもないだろう。

 元の生活だってそんなに楽しいものじゃなかったし。


「わかりました。それで、転生するにあたって私の希望とかそういうのは聞いてもらえるんですか?」


 話の矛先が変わってホッとしたのか、目の前で立ちすくんでいた女神のようなモノは間髪入れずに食いついてきた。


「ええ、ええ。それはもうなんなりと」


 今、なんなりとって言ったよコイツ。じゃああれかな、チート満載したりとか、快適環境とかリクエストできちゃいそう?

 それにちょっとは悪いと思っているのか、これは多分破格の待遇に違いない。


 それではと言うことで、私はこれでもかと思いつく限りのリクエストを彼女にぶつけてみた。さすがにこれは無理だろう、と思ったものの、彼女はあっさりとこう言ってのけた。


「わかりました。それでは広瀬優菜さまを新たな世界にお連れいたしますわ」


 え? ほんとにいいの? だって私、めちゃくちゃな注文山ほど付けたのに、あれ全部満たす世界なんてあるの?


「あるんですのよ、どのような世界でも」


 私の焦る心を読み取ったのか、彼女は事もなげにそう言うと、手に持つタブレットを操作する。


「それでは、よい生を」


 その言葉を最後に、私の視界は真っ白い光で埋まって何も見えなくなった。


§


 場面の切り替わったアニメみたいに、視界が青一色に染まった。どうやら私は顔を真上に向けて中天を見ているようだ。

 努めてゆっくりと首を元に戻す。視界に収まったのは見慣れた公園の景色。辺りを見渡しても、あの女神のいた場所へ行く直前にいた公園と寸分違わぬ光景。そして、空はあの時と同じ色で深く青に輝くこれ以上ないほどの晴天。


「夢だったのかな」


 なんて独り言を呟きつつ手元を見ると、あるはずのコーヒーがない。ベンチの後ろに落ちたのかと思って辺りを探しても見つからない。不審に思いつつ、念のためベンチ下の地面を手で触ってみるけれど、ちゃんと地面の手応えを感じた。


(まあ、帰りましょうか)


 そう考えて帰宅の途に就く。てくてくと歩くいつもと同じ道。同じ道のはずなのだけど、なんだかおかしい。

 何かおかしいと感じながらも何がおかしいのか分からないまま歩く。そして私の住んでいる場所に到着して、それは決定的な形で現れた。


 そこに建っていたのはくすんだ外壁をした古い鉄筋コンクリート4階建てのアパートではなく、目もくらむ高さで新築間もないようなタワーマンション。訳も分からず混乱していると、後ろから聞き覚えのある男性の声がした。


「あれ、明日香じゃないか、どうしたのこんなところで突っ立っちゃって」


 そこに立っていたのは、私の大好きな男性アイドル育成ゲームに出てくる最難関攻略対象キャラが、そのままリアルに出てきたような姿形の人だった。

 もしかして明日香って私のことなのか。そういえば件のゲーム、プレイヤーキャラと攻略対象キャラの恋仲を邪魔する女がいたなあと思い出す。その名前は確か明日香だとも。


「あなた、誰ですか?」


 思わず尋ねた私の問いかけに返ってきたのは、その攻略キャラの名前だった。


「はは。明日香はお茶目だなあ。さあ、一緒に家に戻ろう?」


「家って、ここ?」


「そうだよ、明日香と僕の新居じゃないか」


 どうやらここはゲームの世界。そして私はプレイヤーキャラを蹴落として、無事ゴールインした後のようだった。


―Happy End?―

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