『感情類語辞典[増補改訂版]』の3つの要点

 この「要点編」では、これまでトピックごとに部分的に引用・紹介してきたフィルムアート社の創作系書籍を一冊ずつ、押さえておきたい「3つの要点」にフォーカスして改めて紹介していきます。


 今回紹介するのはこちら。


書名:感情類語辞典[増補改訂版]

著者:アンジェラ・アッカーマン+ベッカ・パグリッシ


発売日:2020年04月14日|A5判・並製|324頁|定価:2,000円+税|ISBN 978-4-8459-1922-2

本書を読み解くキーワード:感情表現、クリシェ、類語辞典、会話

初心者 ★☆☆☆☆ 上級者

本書の要点

① 「物語創作に特化した」類語辞典

② 感情は会話で伝えるものではない

③ 感情を表現するための5つの手段

 物語創作者のための類語辞典として誕生した「類語辞典シリーズ」は、その画期性と利便性が多くの読者に支持され、これまでに累計20万部を超える大ベストセラーシリーズとなっています。


【類語辞典シリーズ】

『感情類語辞典[増補改訂版]』

『性格類語辞典 ポジティブ編』

『性格類語辞典 ネガティブ編』

『場面設定類語辞典』

『トラウマ類語辞典』

『職業設定類語辞典』

『対立・葛藤類語辞典 上巻』

『対立・葛藤類語辞典 下巻』


 本シリーズは、類語「辞典」というタイトルからも分かるように、小説の書き方を指南する「読み物形式」の本ではありません。つまり、基本的には「読む」ことよりも「使う」ことを主たる目的として作られています。類語辞典シリーズがこれほど多くの物語創作者に支持されているのは、とにかく「使える」からに他なりません。語彙力や表現力に乏しい人が小説を書こうとした場合、どうしても定型的な表現クリシェに陥ってしまいがちです。この類語辞典シリーズを使えば、表現の幅を大きく広げられるだけでなく、これまで自分では思いもつかなかった新しいアイデアや可能性を発見することができます。


 また、本シリーズは「辞典パート使う」の前に、必ず「読み物パート読む」が収録されています。この読み物パートの内容も非常に充実しており、辞典を使う前段階で身に付けておきたい基礎的な知識や考え方が非常にわかりやすくまとめられています。


 今回は「使ってよし、読んでよし」の類語辞典シリーズの中から『感情類語辞典[増補改訂版]』を3つの要点でご紹介します。


要点その①:「物語創作に特化した」類語辞典


 小説を書いていて、つい同じ表現を繰り返し使ってしまうことはないでしょうか?


 例えば「○○は突然の敵の襲来に驚いた」という記述のすぐあとに、「○○は驚きの表情を浮かべた」と書くなど。この場合、キャラクターの驚きを表現するために、「驚く」という単語を、近い場所で二度使っています。これでは表現として単調なだけではなく、場合によっては読者に稚拙な文章と思われてしまいます。では、どうすればよいのでしょうか?


 こんな時に便利なのが類語辞典です。類語辞典を使えば、ある言葉と同じような(よく似た)意味もつ言葉を探すことができます。例として挙げた「驚く」を「普通の」類語辞典で調べると、次のような言葉が掲載されているはずです。


一驚、驚愕、吃驚、驚がく、驚歎、驚嘆、感嘆


 確かにこれらの言葉を使うと、単に「驚く」と書いた場合に比べて表現の幅が出るような気がします。しかし、「○○は吃驚きっきょうした」などと、普段使い慣れていない単語が出てくると、他の文章とのバランスも崩れてしまい、全体として奇妙な文章になってしまいます。


「普通の」類語辞典は、ある言葉を別の言葉に置き換えるという目的を達成するのには非常に役立ちますが「物語創作に特化」しているわけではないので、それが必ずしも小説執筆にそのまま役立つわけではありません。

 必要なのは「言葉をよく似た言葉に置き換える」ことではなく「言葉を別の方法で表現すること」です。


 物語創作における有名な格言のひとつに「語るな、見せろ(Show, don’t tell)」があります。ハリウッドの映画脚本の世界で古くから使われている格言で、特にキャラクターの感情を表現する際に意識するべき、とされています。映画は視覚(ビジュアル)の芸術なので、いかに台詞を使わずに(語らずに)、映像で表現できるか(見せるか)が重要です。

 例えば、主人公が驚いた場合、セリフで「驚いた」と言わせるのではなく、表情やしぐさなど、アクションで驚きを表現することがよしとされています。「現代のアリストテレス」と呼ばれ、世界で最も著名なストーリー講師ロバート・マッキーは著書『ストーリー』の中で次のように述べています。


 いつの時代も、偉大なストーリーテラーは「見せよ、語るな」が創造の究極の仕事だと知っていた。あくまでもドラマとして視覚的に描いて、人間が自然にふるまう自然な世界を見せ、語ることなく人生の複雑さを表現するのだ。[……]

 世界や来歴や人物像を観客に伝えるために、登場人物の口に強引にことばをねじこんで語らせてはならない。登場人物に率直かつ自然な言動をさせながら、必要な事実をそれとなく伝える率直かつ自然なシーンで見せなくてはならない。つまり、説明をドラマ化するわけだ。

――ロバート・マッキー著『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』


 物語創作者にとって避けて通ることのできない「語るな、見せろ」を実践するために便利なのが、今回紹介する「物語創作者のための」類語辞典、『感情類語辞典[増補改訂版]』です。


『感情類語辞典[増補改訂版]』の「驚き」の項目を見てみましょう。いわゆる「普通の」類語辞典のように「よく似た単語」は登場しません。その代わりに、登場人物が驚いた際に起こり得る、さまざまな反応やアクションを「外的なシグナル」「内的な感覚」「精神的な反応」「一時的に強く、または長期的に表れる反応」「隠れた感情を表すサイン」「この感情を想起させる動詞」の項目に分類し紹介しています。

 

 上で「○○は突然の敵の襲来に驚いた」という例を挙げましたが、例えば本書の「隠れた感情を表わすサイン」のカテゴリにある「自分が握っているものに力を込める」を参考にすれば、「敵の襲来を受け、○○は握っている剣に力を込めた」と別の表現をすることが可能になります。

 つまり、キャラクターの感情を、言葉ではなく反応やアクションで表現するために最適化されているのがこの『感情類語辞典』なのです。


要点その②:感情は会話で伝えるものではない


「語るな、見せろ」という格言に代表されるように、物語創作の世界において、台詞で何かを伝えようとすることほどマズいことはありません。先に紹介したロバート・マッキーはこう述べています。

 映画のダイアローグを書くにあたっての最高の助言は、「書かないこと」だ。映像で表現できる場合には、台詞を一行も書く必要はない。どのシーンを書くにあたっても、まずはダイアローグに頼らずに、映像だけでどう処理するかを考えるべきだ。

――ロバート・マッキー著『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』


 もちろん、これは視覚芸術である「映画」脚本の話なので、そのまま小説執筆に当てはまるわけではありません。しかし、現実世界を考えてみても、わたしたちが誰かの感情を知るときは「言葉」以外のもの、例えばしぐさや表情、口調、行動などから情報を得ていることが多いのではないでしょうか。


 本書『感情類語辞典』には、次のように書かれています。

 人間は感情の生き物であり、感情に衝き動かされて生きている。私たちが人生において何を選択し、誰と一緒に過ごすのか、どういう価値観を持つのかは、感情に左右される。また、私たちは感情に刺激されてコミュニケーションし、有意義な情報や信念を人と分かち合いたいと思っている。情報や感情は会話の中で言葉を通じて伝えられるものだと思われがちだが、多くの研究によれば、コミュニケーションは最大で93パーセント非言語によって行なわれている。たとえ感情を表に出さないようにしていても、ボディランゲージや口調で本心は伝わる。だから皆言葉を交わさなくても人の心を読むのがうまいのだ。

 私たちは書き手として生まれ持っている観察力を活かし、文章で感情を表現しなければならない。読者の期待は高く、キャラクターの感情を書き手に説明されるのを嫌がる。自分自身でキャラクターの感じていることを経験したいのだ。そのためには、読者にも認識でき、読みたいと思わせるような形で、キャラクターの気持ちを描写しなければならない。ありがたいことに、人の感情伝達手段には柔軟性があり、各キャラクターに合わせて変えることができる。書き手が少し努力をすれば、独創性や信憑性のある反応を表現できるのだ。

――『感情類語辞典[増補改訂版]』

 では、作者はキャラクターの感情をどのようにして読者に伝えるべきなのでしょうか。本書では「感情表現の手段」として「会話」「口調」「ボディランゲージ」「思考」「本能的反応」の5つを挙げています(詳しくは後述)。その5つも「言語コミュニケーション(会話)」と「非言語コミュニケーション(口調、ボディランゲージ、思考、本能的反応)」に大きく2つに分類できます。


 なお、本書は会話を使って感情を表現することを絶対に避けるべきとまでは言い切っていません。「会話を使って感情を書く」という章があり、そこで会話を使う場合の注意がまとめられています。

 現実的で、感情を揺さぶる会話を書くのは簡単ではない。[……]会話を効果的に書くつもりなら留意すべきことがひとつある。人のコミュニケーションは単純なものではない――この一言に尽きる。[……]

 キャラクター同士が率直な意見を交換し合う会話を書くと、面白くもなんともない会話が出来上がる。普通、人はお互いに正直に会話などしないからだ。会話には言外に込められた意味があり、それがコミュニケーションの大部分を占めている。言外の意味はなんらかの形で感情に結びついていることが多いので、キャラクター同士の会話にそれも含める必要がある。

 簡単に定義すると、言外の意味とは発言の根底にある意味のことだ。会話には、表面的なことばかり――実際に話された言葉や「無難な」感情――が並んでいる。しかしその下には、キャラクターがあまり人に見せたがらない要素ばかりが隠れている。本音や本当に欲しいもの、恐れているもの、脆い感情などが潜んでいるのだ。これが「言外の意味」であり、それをキャラクターは隠しておきたいし、必死で隠そうとしている(無意識にそうすることが多い)。だから重要なのだ。表向き、キャラクターは本音とは違うことを伝えようとするので、言動が矛盾しているように見えるのである。

――『感情類語辞典[増補改訂版]』

 効果的な会話を書くためには「言外の意味」をしっかりと表現すること、そして「キャラクター同士の会話に言外の意味を含める」ためには5つの「感情表現の手段」、つまり会話、口調、ボディランゲージ、思考、本能的反応をうまく組み合わせる必要があると説いています。


 この「会話を使ったキャラクターの感情の伝え方」のパートについては「増補改訂版」で新たに加わった部分なので旧版を持っている方もぜひ読んでみてください。


要点その③:感情を表現するための5つの手段


 前述のとおり、本書では「感情表現の手段」として以下の5つを挙げています。


言語コミュニケーション

・会話


非言語コミュニケーション

・口調

・ボディランゲージ

・思考

・本能的反応


 各手段についての解説を本書から引用して紹介します。


■会話

 私たちは会話をしながら、自分のアイデア、考えや信念、欲求を言葉で言い表わす。何を伝えるかはすべて私たちの心の状態に左右されている。私たちは常に感情に衝き動かされているのだが、会話の中でその感情に直接言及することは稀である(怒っているとき、「私は怒っている」とはあまり言わない)。つまり会話は、キャラクターの感情を読者と共有するのに有効な手段であっても、それだけでは十分に伝えられない。うまく読者に伝えるには、非言語コミュニケーションも活用しなければならない。非言語コミュニケーションはさらに細かく、口調、ボディランゲージ、思考、本能的反応の四つに分類できる。


■口調

 声の変化を指し、話者の心の状態を知る貴重なヒントを読者に与える。会話中は、どう反応しようかと考える時間がいつもあるわけではない。言葉を慎重に選んで本心を隠そうとしても、声音が変わったり、言葉に詰まったりして簡単にはいかない。ためらい、声音や声のピッチの変化、思わず口に出る言葉などはささいでも、キャラクターの感情の変化を示す目安としてどれも大活躍する。特に口調は、視点となるキャラクターの周囲にいるキャラクターたちの感情表現に役に立つ。視点となるキャラクターとは違い、彼らの直接的な考えは読者が推測するしかないからだ。


■ボディランゲージ

 感情を経験するときの体の反応のことで、感情が強ければ、体も強く反応する。つい動いてしまう体を意識的にコントロールしようとしても無理なのだ。キャラクターにはそれぞれ個性があり、感情の表わし方も個人によって違う。本書には、ある感情を経験したときの身体的反応や行動の具体例が多く挙げられている。これらの例とキャラクターの個性を組み合わせれば、ボディランゲージや行動を使った感情描写のアイデアは数限りなく見つかるはずだ。


■思考

 人はある感情を経験すると、その感情をどう扱ったらいいのか持て余す。キャラクターの心の呟きは理性的とは限らないし、考えることもコロコロと変わる。だが、そういう思考を利用して感情を描写すると、キャラクターの世界観をパワフルに伝えられる。また、視点となるキャラクターが人や場所、出来事からどんな影響を受けているのか、そのキャラクターの思考を描くことでストーリーに深みが増し、キャラクターの「声」を読者に届かせる一助にもなり得る。


■本能的反応

 非言語コミュニケーションの中でも特に強烈なので、できる限り慎重に使用すべきである。脈拍、めまい、アドレナリン放出など、体内の変化は自然な反応なので抑制がきかず、それがトリガーになって、闘うか、逃げるか、固まるかの反応を示す。誰もが経験することなので、読者もキャラクターの本能的反応を肌で感じとり、自分自身の体験と結びつけることができる。このタイプの反応は本能的であるがゆえに、特に注意して使う必要がある。この手段に頼りすぎるとメロドラマになりかねない。また、本能的反応にはバラエティがないので、使い古された表現になる危険もある。本能的反応を利用する場合は、ちょっと使うだけでも十分な効果が得られることを肝に銘じておこう。


 本書の「辞書パート」では、この5つの表現手段を踏まえたうえで、小説執筆にすぐに使えるようにさらに発展させ、下記の項目に整理しています。


・外的なシグナル

・内的な感覚

・精神的な反応

・一時的に強く、または長期的に表われる反応

・隠れた感情を表わすサイン

・この感情を想起させる動詞


 知識として、5つの表現手段があること、そしてそれらの表現にはどのような特徴があるのかを把握することは重要ですが、そんなに難しいことを考えなくてもすぐに使えてしまうのが本辞典の大きな特徴です。作者は表現したい感情の項目を引き、そこに書かれている「外的なシグナル」や「精神的な反応」などの具体例を参考にしながら執筆すればよいのです。その手軽さと実用性が本シリーズの最大のウリとなっています。

 大ベストセラー「類語辞典シリーズ」の記念すべき第1作である『感情類語辞典』。この「増補改訂版」では収録項目数も75から130と大幅に増量し、前半の「読み物パート」もさらに充実したものになっています。ぜひ他の類語辞典シリーズとあわせてご活用ください。


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