『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』の3つの要点

 この「要点編」では、これまでトピックごとに部分的に引用・紹介してきたフィルムアート社の創作系書籍を一冊ずつ、押さえておきたい「3つの要点」にフォーカスして改めて紹介していきます。


 今回紹介するのはこちら。

書名:文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室


著者:アーシュラ・K・ル=グウィン

発売日:2021年08月03日|四六判|256頁|本体:2,000+税|ISBN 978-4-8459-2033-4

本書を読み解くキーワード:文体、視点、練習問題、合評会

レベル:初心者 ★★☆☆☆ 上級者


 

 小説の書き方指南本を読んで「書いてあることはもっともらしいけど、この著者自身が特に有名な作家ではなさそうだしなんだか信用できないな(この方法で本当に小説が上手に書けるなら、著者自身が売れっ子作家になっていないとおかしい)」と思ったことのある方もいるのではないでしょうか。

 そんな方にぜひおすすめしたいのが本書『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』です。著者のアーシュラ・K・ル=グウィンは、世界でもっとも知られたSF・ファンタジー作家のうちのひとりです。著者の名前を知らないという方でも代表作『ゲド戦記』、『闇の左手』などのタイトルをご存じの方も多いでしょう。


「芸術には運もある。それから資質もある。それは自分の手では得られない。ただし技術なら学べるし、身につけられる。学べば自分の資質に合う技術が身につけられる。」(本書「はじめに」より)


 生まれ持った資質は自分ではどうしようもないかもしれませんが、小説を書くという「技術」はあとから(今から)でも学ぶことができます。世界的なベストセラー作家ともなると、なかなか自身の創作の手の内を明かしてはくれないものですが、ル=グウィンは本書で「技巧クラフト芸術アートを可能にする」と説き、惜しげもなく小説の書き方の「技巧」について解説してくれています。

 では、本書の要点をまとめてみましょう。

■要点その①:自分の文体を意識する


 小説指南本の多くは、起承転結や三幕構成などの「物語の構成」あるいは「キャラクターの作り方」に多くのページを割いていますが、本書は「文体の胸躍る側面、つまり本当に魅力的なもの――句読点、文の長さ、文法など」に焦点を当てている点に大きな特徴があります。構成やキャラクターももちろん大事ですが、「自分の文体のひびき方」を意識できるかどうかが、書き手にとって何よりも重要なスキルなのです。そして、「書き手にとって幸いなのは、その育成・学習・再覚醒がたいへん容易である点だ」とル=グウィンは述べています。

 言葉のひびきこそ、そのすべての出発点だ。文章の吟味とはすなわち、「文のひびきは正しいか?」である。言語の基本要素は物理現象――つまり言葉の生み出す音、リズムによって特徴づけられる有音と無音の関係性なのだ。文体の意も美も、そのひびきとリズム次第。(略)

 いい書き手は、いい読み手と同様、心の耳を有している。散文はもっぱら黙読してしまうわたしたちだが、その文のひびきが自然と聞こえてくるくらい心の耳が鋭敏な読者は、おおぜいいる。単調、ぶつ切り、だらだら、緩急が変、弱々しい――語りに対してよくある酷評だが、どれもそのひびきの瑕疵となる。生き生き、軽快、すらすら、力強い、美しい――こちらはいずれも、良質な文のひびきというわけで、読みながらうきうきしてくる。物語を綴る者は、自分の書く文章に耳を澄ませてその心の耳を鍛え、書きながらそのひびきが聞こえてくるようにならないといけない。

 語りの文章の主な役割は、次の文へとつなぐこと――物語の歩みを止めないことだ。前へ進む流れ、歩調、リズムとは、本書でこれから何度も立ち返る語である。歩調と流れは、何よりもリズムに左右される。そして自分の文体のリズムを実感して制御する第一の手段が、文に対する聴力――文のひびきに耳を澄ませることなのだ。

――『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』

 小説(物語)は言葉によって綴られます。そして言葉はまるで音楽のように、それ自体で歓喜を表現することもできます。では、うきうきするひびきを生み出しうる文とはどのようなものなのでしょうか。それを確かめるためには声に出して読むことが大事だとル=グウィンは述べます(「声に出して読むこと! 大声で読み上げること!」)。オノマトペ、頭韻(主要な単語の先頭文字を同じ子音で重ねること)、繰り返し表現、リズムの効果、造語や自作の名称、方言など、ひびきとして効果があるものは何でも利用して、リズムのある文章をつくるのです。

 また、文章のリズムという意味では「句読点」もおろそかにすることはできません。

 詩人キャロリン・カイザーが以前わたしに言ったことだが、「詩人は死と読点コンマにばかり関心がある」。たぶん物語の話し手はおおむね生と読点コンマにばかり関心がある。

 句読点に関心がなかったり、不安を抱いていたりするなら、作家の仕事に必要となる最も美しく雅なツールの一部を取りこぼしていることにもなる。

 この論点は前章とも深く結びつく。というのも、句読点は読者に、自分の文章の聞き方を伝えるものだからだ。それこそが存在理由である。 読点コンマ句点ピリオドは文章の文法上の構造を強調するが、そのおかげで文のひびき具合――どこに区切りが来て、どこが息継ぎになるのかが見えてきて、理解や情感がくっきり際立ってくる。

 楽譜を読む際には、休符が無音の印だと誰もがわかる。句読点という印も、同じ目的で大いに役立つものだ。

――『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』

 本書は、他にも「文章の長さ」や「繰り返し表現」などのトピックについて掘り下げ、書き手がよりよい文体を身に付ける手助けをしてくれます。


■要点その②:誰もが取り組みたくなる(歯ごたえのある)練習問題


 本書は発売直後からネットやSNSで大きな話題となりました。その最大の理由は、本書に収録されている練習問題にあります。本書を読んだ小説家志望のみなさんが練習問題に対する自身の回答(作品)を「#文舵練習問題」や「#文舵」というハッシュタグをつけてブログやSNSで発表するという流れが自然発生的に生まれたのです。後述のように本書は「合評会」の重要性を説いており「自分の作品を誰かに読んでもらう」ことがとても大事です。

 では、実際にどのような練習問題が収録されているのか、その一例を紹介しましょう。

〈練習問題①〉 文はうきうきと

問1:1段落~1ページで、声に出して読むための語りナラティヴの文を書いてみよう。その際、オノマトペ、頭韻、繰り返し表現、リズムの効果、造語や自作の名称、方言など、ひびきとして効果があるものは何でも好きに使っていい――ただし脚韻や韻律は使用不可。

(「第1章 自分の文のひびき」より)


〈練習問題②〉 ジョゼ・サラマーゴのつもりで

1段落~1ページ(300~700文字)で、句読点のない語りを執筆すること(段落などほかの区切りも使用禁止)。

テーマ案:革命や事故現場、一日限定セールの開始直後といった緊迫・熱狂・混沌とした動きのさなかに身を投じている人たちの群衆描写。

(「第2章 句読点と文法」より)


〈練習問題⑤〉 簡潔性

 1段落から1ページ(400~700文字)で、形容詞も副詞も使わずに、何かを描写する語りの文章を書くこと。会話はなし。

 要点は、情景シーン動きアクションのあざやかな描写を、動詞・名詞・代名詞・助詞だけを用いて行うことだ。

 時間表現の副詞(〈それから〉〈次に〉〈あとで〉など)は、必要なら用いてよいが、節約するべし。簡素につとめよ。

(「第5章 形容詞と副詞」より)

――『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』

 いずれの問題も比較的短い文章を書くことを求められているので取り組みやすく、課題そのものがオリジナリティに満ち創作者の心をくすぐります。また、ル=グウィンは課題を投げっぱなしにはせず、自身の経験に基づくアドバイスを伝えてくれます。例えば上で紹介した「〈練習問題⑤〉 簡潔性」には、ル=グウィンの以下のようなコメントが付されています。

 何よりもまずやってみて、それから自分で出来を判断するのが大事だ。形容詞なり副詞なりをあちこちに足せばその作品はよくなるものなのか、それともないままで十分なのか? 問題文の条件のせいで使う羽目になった工夫や用法にも注目しよう。とりわけ動詞の選び方や直喩と暗喩の利用に、影響があったかもしれない。

 今回の簡潔性という練習問題は、14、5歳の孤高の航海者であったころのわたしが自分で考案したものだ。[修飾語トッピングたっぷりの]チョコレート・ミルクシェイクをあきらめきれない気持ちはあったが、わたしはなんとか副詞なしで数ページやり遂げたものだ。しかもこれは、自分のワークショップで毎回出している唯一の課題である。おかげで勉強にもなるし、文章も簡潔にできる上に、やる気も出てくる。

――『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』

 本書を読んでいると、まるで学校で授業を受けているかのような気分になることができます(本書のサブタイトル「ル=グウィンの小説教室」)。時には厳しいコメントや課題に出会うこともありますが、基本的には優しい先生としてル=グウィンは読者を小説執筆の世界に誘ってくれます。

■要点その③:「合評会」のススメ


 先にも少し触れましたが、本書では「合評会」を有効的に活用することをオススメしています。アメリカではあらゆるところで小説執筆に関するワークショップが開かれており、著名な作家が講師を務めることも珍しくありません。ル=グウィンも過去にワークショップの講師を務めたことがあり、本書はそのワークショップで得た知見を活用し、個人で執筆に励む人のみならず小さなグループに向けた「論点と練習問題を収めた自学自習セット」として誕生しました。

 共同ワークショップや創作サークルは、取り組みとしてもいい発想だ。ミュージシャン・画家・ダンサーが普段から結成しているような、同じ芸術に励む人たちの共同体へ、書き手も巻き込むわけである。創作仲間でいい合評ができると、お互いの励ましになる上、仲良く競い合うことも、刺激的な討論も、批評の実践も、難しいところを教え合うこともできる。だからグループに参加したくて、できる環境にあるのなら、ぜひそうするといい。一方で、ほかの書き手とともに励むという刺激を熱望しながらも、地元のサークルでは見つからない参加できないというのであれば、インターネット上でグループの結成・参加をするなど、いろんな可能性を探ってみてもいいだろう。電子メールを介して本書を一緒に用いながら、ヴァーチャルの〈立ち上がる乗組員たち〉を作ってみるのもいい。

(略)

 畢竟、書くときはひとりきり。結局は自分、自分ひとりにしか自作の決断はできない。作品はこれで完成だという踏ん切り――これこそ自分のやりたかったことでこれで決まりだという気持ち――は、書き手自身から出てくるほかない。そしてその決心が正しくできるのも、自作の読み方がわかっている書き手にほかならない。グループで行う合評は、自作批評の訓練として優れている。

――『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』

 合評会やグループワークが執筆に効果的であることは理解できても、実際にどうやって合評会を運営すればよいのか分からないという方もいるでしょう。本書巻末には「合評会の運営」という付録が収録されており、ここさえ読めば、効果的で建設的な合評会の運営方法が理解できるようになっています。詳しくは本書を読んでいただきたいのですが、その一部を紹介しましょう。


 まず、基本ルールは「全員が書き、全員が読む」こと。

そのうえで

・参加者の構成(6.7名から10、11名くらいまでが最適人数)

・原稿の扱い(締切をいつに設定するか、分量はどのくらいがよいか)

・論評する側のマナー(人格攻撃しない、作品の重要な点に関することに限って指摘する)

・論評される側のルール(合評の対象となる物語の作者は沈黙すること。作者として、前もって説明や言い訳をしない)

などの決まりがあります。


 自分の作品を誰かに読んでもらうのはとても勇気がいることです。明確なルールや参加者の共通認識がないまま合評会を行ってしまうと参加者同士がモメてしまう、あるいは創作の意欲や自信を失ってしまう、などネガティブな状況に陥ってしまいます。

 ぜひ本書の付録「合評会の運営」を読んで、参加者全員にとって有意義な合評会を開催してみてください。


 さて、今回は『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』を3つの要点で紹介しました。世界の誰もがその名を知る偉大な作家アーシュラ・K・ル=グウィンによる創作指南書です。最後にル=グウィンの言葉を引用して終わることにしましょう。

 この本はそもそも自習帳である。練習問題は意識を高めるためのもの。文体作りの基礎要素のほか、物語るコツと様式について、自らの認識を鮮明かつ強固にするのが、そのねらいだ。こうした文体技巧の要素について自覚がはっきり深まったあとでなら、その訓練と活用も可能になるし、続けていけば――それこそがあらゆる訓練の勘所なのだが――そのことをあえて意識しなくてもよくなる。技術として身につくからだ。

 技術が身につくとは、やり方がわかるということだ。執筆技術があってこそ、書きたいことが自由自在に書ける。また、書きたいことが自分に見えてくる。 技巧クラフト芸術アートを可能にするのだ。

――『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』



【目次】


はじめに


第1章 自分の文のひびき

第2章 句読点と文法

第3章 文の長さと複雑な構文

第4章 繰り返し表現

第5章 形容詞と副詞

第6章 動詞――人称と時制

第7章 視点(POV)と語りの声(ヴォイス)

第8章 視点人物の切り換え

第9章 直接言わない語り――事物が物語る

第10章 詰め込みと跳躍


付録:合評会

   用語集


   訳者解説


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