『「書き出し」で釣りあげろ 1ページ目から読者の心を掴み、決して逃さない小説の書き方』の3つの要点

 この「要点編」では、これまでトピックごとに部分的に引用・紹介してきたフィルムアート社の創作系書籍を一冊ずつ、押さえておきたい「3つの要点」にフォーカスして改めて紹介していきます。


 今回紹介するのはこちら。

書名:「書き出し」で釣りあげろ 1ページ目から読者の心を掴み、決して逃さない小説の書き方


著者:レス・エジャートン

発売日:2021年11月26日|四六判・並製|304頁|定価:2,000円+税|ISBN 978-4-8459-2105

本書を読み解くキーワード:書き出し、第一幕、設定、バックストーリー、登場人物、舞台背景

レベル:初心者 ★★☆☆☆ 上級者


 みなさんが書く小説のおそらく最も重要な部分、それは「書き出し」です。

書店には膨大な量の小説が並び、小説投稿サイトには毎日大量の作品が投稿されます。読者の有限な時間を自分の小説に費やしてもらおうとするのであれば、読者を惹きつけるためにどのような「書き出し」にするべきかについての正しい知識と戦略が必要です。


 今回解説する『「書き出し」で釣りあげろ 1ページ目から読者の心を掴み、決して逃さない小説の書き方』の冒頭にはこう書かれています。

「うれしいことに、すばらしい書き出しを習得するのはむずかしくありません」。

小説の書き方の本はたくさんありますが、「ストーリーをどのように始めるか」についてこれほど徹底的に掘り下げた指南書は他にはありません。


 作家であり、アンソロジーの編集者でもある著者は自身の経験をもとに次のように述べています。

「編集者としてデスクにつき、視界をふさぐエヴェレスト山のような原稿を前に、出版を推薦するか拒否するか判断していると、よい書き出しがなぜこれほど重要なのかすぐに理解できました。退屈なオープニングや明らかにまずい書き出しは、きわめて高い確率で駄作であるということが、一日も経たないうちにわかったからです。送られてきた原稿の出来不出来は、ほぼかならず、書き出しが暗示していました。」


 ほとんどのストーリーの最も重要な部分であり、おそらく最も軽視され、誤解されている部分でもある「書き出し」。

「書き出し」がよくなければ、出版の命運を決める最初の読者が読み進めることは期待できません。不適切な書き出しの原稿は、ほとんどの場合、すぐに放棄される運命にあります。そうならないために、ぜひ本書で「すばらしい書き出し」のテクニックを習得してください。

■要点その①:書き出しを構成する10個の要素


 本書では「よい書き出しと悪い書き出し」について解説する前に、柱となる書き出しの10個の構成要素について解説しています。

 以下に列挙します。


書き出しを構成する要素

(1)きっかけとなる出来事

(2)核心の問題

(3)最初の表層の問題

(4)設定

(5)バックストーリー

(6)心をとらえる最初の一文

(7)ことばづかい

(8)登場人物

(9)舞台背景

(10)伏線


 これらの構成要素には優先順位があります。

 10個の構成要素はいずれも重要ですが、その中でも優先順位があります。ほぼすべてのストーリーにおいて特に重要となる4つの要素は、きっかけとなる出来事、その出来事が引き起こす核心の問題、直接的な結果として現れた最初の表層の問題、そして設定です。あとの6つの要素の重要度はストーリーによって異なりますが、最初の4つに比べれば重要度は低くなります。

――『「書き出し」で釣りあげろ 1ページ目から読者の心を掴み、決して逃さない小説の書き方』


 ここでは、とりわけ重要な4つの要素について簡単に紹介します。


(1)きっかけとなる出来事


 きっかけとなる出来事とは、「インサイティング・インシデント」や「契機事件」とも言われ、最初の表層の問題を引き起こし、核心の問題の兆候をもたらす出来事です。主人公を取り巻く安定した世界が、この出来事によって不安定なものになります。主人公は、その解決のためにある行動を起こし、そこからさらにストーリーが進行していきます。


(2)核心の問題


 きっかけとなる出来事によって核心の問題の舞台が整います。これは、ストーリーの表面下にあり、心理的レベルのものです。最初の表層の問題の裏側に隠された、ストーリーの原動力と考えることができるでしょう。最終的にストーリーの結末で主人公が解決しなければならない問題だからです。この問題は、きっかけとなる出来事によって、埋もれていた問題が前面に現れたり、新たな問題が引き起こされたりすることで明らかになり、さらに、ストーリーの全編にわたって、主人公の――そして読者の――核心の問題への理解が深まっていくにつれ、徐々に本質が明かされていきます


(3)最初の表層の問題


 これは、きっかけとなる出来事を直接的な原因として発生する問題です。一見すると、この問題を解決することがストーリーの主題であるかのように思われるかもしれませんが、それはちがいます。すべてのストーリーは、突きつめれば、もっと奥深いところにある複雑な核心の問題を解決することについて書くものです。その問題はストーリーが展開するにつれて徐々に明らかになっていきます。それでは、なぜ最初の表面的な問題を、書き出しの主要な構成要素とするのでしょうか? その答えは簡単です。主人公に行動を起こすよう駆り立て(主人公が問題を解決したいと思っているか、少なくとも、ストーリーを進めるために主人公にそうさせたほうがよい)、核心の問題を最終的に明らかにする手助けとなるからです。

 

(4)設定


 設定とは、つぎのシーンで何が起こるかがわかるような断片を読者に示すことで、書き出しを文字どおり「設定する」ことです。作者にとっていちばん望ましくないのは、読者がその場面で何が起きているのか理解できずに「あともどり」を強いられることです。いきなり会話からはじめるとたいてい失敗するのはこのためです。だれがだれに対して、何について話しているのかがわかりきっている場合を除いて、読者は、状況を理解し、そこにいるのがだれで、どういう関係なのかがわかったら、もう一度会話を読み返さなくてはいけないと感じるでしょう。

 全体的な「ルール」は、読者がつぎの場面を理解するのにぜったいに必要なものだけを提供すること。これだけです。つまり、ここでは、バックストーリーはほとんど、あるいはまったくいらないということです。また、設定にはこまごまとした説明は書かないようにします。


 ここではとりわけ重要な4つの要素について簡単に触れただけですが、本書では、この10個の構成要素のすべてについて具体例を挙げながら丁寧な解説がなされています。ぜひご覧ください。

■要点その②:書き出しの4つの目的


 では、小説において、書き出しはどのような役割があるのでしょうか。本書では、書き出しの目的を次の4つに整理しています。


(1)核心の問題を提示する

(2)読者の心をつかむ

(3)ストーリーのルールを確立する

(4)ストーリーの結末を予感させる


 著者曰く、「書き出しでこの4つのうちひとつでも失敗したら、ストーリーのオープニングは、よくても失敗作、最悪の場合、読むにたえないものとなってしまいます」。

 それぞれについて簡単に確認してみましょう(以下、本書より引用)。


(1)核心の問題を提示する


 書き出しのいちばん重要な目的はこのことに尽きます。実際、どれだけ強調しても足りないほどです。核心の問題がふさわしいものでなければ、ストーリーが成功する見込みはありません。[……]ストーリーはトラブルがなければ存在する理由がなく、そのトラブルとは核心の問題のことです。ほとんどの小説やストーリーで、主人公はこのトラブルを解決するために苦悩します。核心の問題が最終的に明らかにされるための舞台を設定し、読者が読まずにはいられなくなるような説得力のある理由を最初から示さなくてはならないのです(表層の問題のように一度に明らかになるのではなく、ストーリーをとおして徐々に明らかになっていくよう心がけてください)。きっかけとなる出来事が主人公の最初の表層の問題の引き金となり、核心の問題の舞台を設定していきます。

 ここで確認しておきたいのは、小説における「トラブル」ということばは、現実の世界とは意味が異なるということです。夫を捨てようとしている妻、職を失いそうな人間、隣家あるいは主人公の家庭内での殺人といったことは、それだけでは小説の用語としてはトラブルと呼べないのです。文学的な意味での「トラブル」とは、主人公の世界がある出来事によって大きく変化することです。収入を失うこと、愛する者の死、怪我、といった物質的あるいは表面的なことではなく、登場人物の内なる心理的世界が悪いほうへ大きく変わってしまう出来事です。たとえば、仕事を失い、生活手段が奪われることは、実生活においてかなり悲惨なことですが、それだけでストーリーを成立させることはできません。けれども、その人物が自分の存在意義を職業と結びつけてきたのであれば、仕事を失うことはただちに内なる心理的問題となり、単なる苦境から核心の問題へと姿を変えることになります。

 

(2)読者の心をつかむ


 売れているストーリーのすべてにフックがあるわけではないかもしれませんが、フックがない作品を探すのはかなりむずかしいことです。フックとは、読者の興味を引きつけるものであり、読者に読みつづけたいと思わせるものなら、なんでもかまいません。主人公は目の前の難局を乗り切れるか、といった物語上の問題であったり、作者の美しい文体であったり、ほかにもいろいろなものが考えられます。

 つまり、読者を引きこむことができるものなら、なんでもフックの役割ができるのです。

 すぐれたフックの多くに共通するのは、主人公をすぐにトラブルに追いこむような強力なきっかけとなる出来事があることです。このトラブルの影響は、ストーリー全体に及ぶことになります。[……]読者を引きこむために最も確実な方法は、書き出しで主人公の世界を大きく変え、核心の問題を作り出すことです。


(3)ストーリーのルールを確立する


 どんな長編や短編にも、ある種のルールがあります。作者はそれを確立して、読者に伝えなければなりません。これによって読者はストーリーを正しく理解しながら読むことができます。このルールは自由に決めてかまいませんが、ひとつだけ守らなければならない鉄則があります。終始一貫したものであることです。たとえば、シリアスなことがらについて暗いトーンで書きはじめたのであれば、30ページ目でいきなりその題材についての描写をブラックコメディ風に変えてはいけません。どんなストーリーにするかは最初から確立していなくてはならないのです。つまり、読者をだまそうとしてはだめです。読者はそれを許すことはないでしょう。どういうふうにはじめたにせよ、ストーリーは、はじまったときの表現、トーン、語り口を最後まで変えてはいけません。一貫性こそ、よい小説を書くための鍵です。読者は驚きを求め、期待しているものですが、ルールという部分ではちがいます。


(4)ストーリーの結末を予感させる


 書き出しについての本のはずなのに、なぜ結末についての項目があるのかと思われるかもしれませんね。そのとおりですが、すばらしいストーリーの書き出しというのは結末についてなんらかの暗示をしていることが多いのです。ノーベル文学賞受賞者である偉大な詩人T・S・エリオットのことばを借りれば「わが始めにわが終わりあり」ということになります。ストーリーをどう終えたらいいかわからないと学生から相談を受けたとき、わたしは、まず書き出しに立ち返ってみるよう勧めます。そこに答えがあるはずだからです。[……]

 結末につながる、ちょっとしたヒントを隠しておけば、読者が完璧だと感じられるストーリーを作り出すことができるはずです。


■要点その③:避けるべき5つの書き出し


 本書には「すばらしい書き出し」についての知識とテクニックが惜しげもなく披露されていますが、やってはいけない、ついまり「避けるべき書き出し」についても言及があります。

 小説投稿サイトに投稿されている作品をながめていると、このような書き出しの作品に出会うことがあります。やってはいけないけど、ついやってしまいがちな5つの例を紹介しましょう(以下、本書より引用)。


避けるべき書き出し

(1)夢ではじまる

(2)目覚まし時計が鳴っている

(3)意図していない笑いを呼ぶ

(4)会話が少なすぎる

(5)会話ではじまる


(1)夢ではじまる


 書き出しの出来事が、実は登場人物の夢だったと書くのだけはぜったいにやめましょう。原稿を部屋じゅうにまき散らされ、罵声を浴びせられるのは確実です。その後、形式的な不採用通知を入れた返信用封筒が、郵便配達員の手によって届くことでしょう。この本は書き出しについての本ですが、これまでの出来事がすべて夢だったと明かしてストーリーを終わらせることは、ぜったいに、何があってもしてはいけないということは言っておきましょう。そのようなストーリーが出版されでもしたら、見知らぬ人から石をぶつけられることを覚悟しておいてください。


(2)目覚まし時計が鳴っている


 目覚まし時計の音や小鳥のさえずり、あるいは、窓から照りつける太陽の光で主人公が目覚めたり、だれかに揺り起こされたりするような書き出しはやめましょう。目覚まし時計の音や、タイマー付きラジオから火星人襲来などの重大ニュースが聞こえるなかで主人公が目を覚ますという幕あけに、出版エージェントや編集者は飽き飽きしています。このような書き出しを目にしたエージェントや編集者は、主人公が目を覚まして朝食を食べ、悲しくなるほど愛想のない子供たちに声をかける、といった長たらしくひたすら退屈な描写に付き合わされると判断します。ストーリーの本題にたどり着くまでには、何時間もかかることになりそうです。たいていは、そこまで付き合ってもらえないでしょう。


(3)意図していない笑いを呼ぶ


あの子は家にはいってくるだろうか、

それとも外のポーチで過ごすだろうか、

彼は自分の心のなかでそう考えた。


 このような文章を書いてはいけません。人類の歴史をさかのぼってみても、人間が何かを思うときは、自分の心のなかで思うのであり、読心術がテーマでもないかぎり、他人の心のなかで思うことはありえません。このような文章を目にした編集者は、きっとその作品を笑うでしょうが、それは肯定的な反応とは言えません。


(4)会話が少なすぎる


 多くの編集者やエージェントにとっての注意信号のひとつに、原稿の最初の数ページに会話がないことがあります。あらゆる編集者は、脚本や長編小説、短編など、どんな原稿であっても、余白部分がたくさんあるかどうかを見ます。編集者のなかには、原稿のページをめくって、まず文字の密度を確認する人もいるぐらいです。映画やドラマの脚本をチェックするスクリプトコンサルタントは、台詞の量を見るために無意識にそうしています――余白はたくさんあったほうがいいのです。小説の編集者も同じです。びっしりとならんだ文字を目にすると、描写また描写が延々とつづく原稿を読まされそうだと考えます。つまり、確実に退屈するだろうと感じるのです。


(5)会話ではじまる


 会話でストーリーをはじめることの問題点は、最初に登場する人物について読者が何も知らないということです。どの人物についても知らないのです。つまり、会話を読んでも、話しているのがだれなのか、だれに向かって話しているのか、どんな前後関係があるのか、まったく手がかりがないのです。そのため、会話の意味を理解するために、少し先まで読まなければなりません。そして、前後の脈絡を整理するために、短いあいだにせよ、頭のなかであともどりしなければなりません。それは、読むスピードを遅らせるものであり、最悪の場合は完全に失速させてしまいます。[……]

 ぜったいとは言わないまでも、ほとんどの場合、ストーリーの書き出しは会話以外にしたほうがいいでしょう。


 さて、今回は『「書き出し」で釣りあげろ 1ページ目から読者の心を掴み、決して逃さない小説の書き方』を3つの要点で解説してきました。すばらしい書き出しを書くための原則をどうか本書で身につけてください。


【目次】


序文 書き出しはきわめて重要


イントロダクション なぜ「書き出し」の本なのか

書き出しの定義


第1章 ストーリー構成とシーン

ストーリー構成の進化

現代のストーリー構成

シーンの基礎――初級編

オープニングシーン対それ以外のシーン

プロローグ


第2章 書き出し――そのあらまし

書き出しを構成する要素

書き出しの目的

よくなると思えた書き出しがうまくいかなくなるのはなぜか


第3章 きっかけとなる出来事、最初の表層の問題、核心の問題

きっかけとなる出来事

引き金としてのきっかけとなる出来事

核心の問題と表層の問題

ストーリーの問題と目的を作る

小説はいくつの問題を含むべきか

登場人物が核心の問題に気づく

内なる悪魔:核心の問題を探し出す


第4章 設定とバックストーリー

設定

バックストーリー

書き出しの設定とバックストーリーのバランス


第5章 構成要素を結びつけていく

重要な要素をつなぎ合わせる

すぐれた書き出しを解体してみる

自分の作品にまとめる


第6章 登場人物を紹介する

まず登場人物を確立させる

風変わりな登場人物による書き出し

登場人物の心の声ではじめる


第7章 伏線、ことばづかい、舞台背景

書き出しを伏線として使用する

書き出しでのことばの節約

書き出しで舞台背景を紹介する


第8章 はじまりの文章で心をとらえる


第9章 避けるべき書き出し

注意信号その一 夢ではじまる

注意信号その二 目覚まし時計が鳴っている

注意信号その三 意図していない笑いを呼ぶ

注意信号その四 会話が少なすぎる

注意信号その五 会話ではじまる


第10章 書き出しの長さと場面転換の方法

書き出しの長さを決める

書き出しに求められること

場面を切り替えてオープニングシーンを確立する


第11章 出版エージェントと編集者からのアドバイス

ブックスキャンの威力

進化する出版業界

出版エージェントと編集者からのアドバイス   


エピローグ ゲームを進めよう


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