「何をするか」は決まっているが、「どうおこなうか」は自由

 今回も「ジャンル」について考えてみましょう。参考図書は前回に引き続きロバート・マッキーの『ストーリー』です。



 前回学んだのは「自分のジャンルとその約束事に精通しなくてはならない。」ということです。繰り返しになりますが大事なポイントなので再度引用しておきます。


 われわれはみな、ストーリーの偉大な伝統の恩恵をこうむっている。。そのジャンルの映画を多く観たからといって、知っていることにはならない。ベートーヴェンの交響曲を九番まですべて聴いても、交響曲を作れないのと同じだ。まず形式を学ばなくてはならない。それにはジャンルに関する批評の書物が役立つが、最新事情についてのものは少なく、完璧なものはない。それでも、できるかぎり目を通すことだ。役に立ちそうなものはなんでも入手しよう。とはいえ、最も価値のある見識は、自己発見から得られる。埋もれた財宝を発掘することほど想像力を刺激するものはない。

――『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』


 読者はそのジャンルに特有の何かを期待しています。例えばホラーというジャンルであればスリルやサスペンスを、ミステリであればフェアでロジカルな謎解きを読者は期待するものです。それをジャンルのとここでは呼んでおきましょう。その約束事が、時には「創作上の制約」となるのではないかと心配になる人もいるかもしれません。つまり、そのジャンルに期待される(読者が期待する)約束事やルールを守れば守るほど、その物語はどこかで読んだことのあるテンプレート通りの(クリエイティビティやオリジナリティとは程遠い)ものになってしまうのではないか、ということです。


 ロバート・マッキーは、ジャンルと制約の問題について次のように解説しています。


 ロバート・フロストによると、自由詩を作るのはネットをさげてテニスをするようなものだという。詩にはきびしい制約をみずから課すことが必要で、それがあるからこそ想像力が掻き立てられるということだ。たとえば、ある詩人が、6行から成る詩節で一行おきに韻を踏むと決めたとしよう。2行目と4行目で韻を踏んだあと、詩節の最後にさしかかる。6行目を2行目・4行目と韻を踏ませることに頭を悩ませた詩人は、苦心するうちに、その詩の流れには合わないが、たまたま韻を踏むことばを思いつく。だが、成り行きで思いついたそのことばから自由な節が生まれ、それによって心にイメージが浮かび、そのイメージが最初の5行と共鳴して、まったく新しい感覚が生まれ、より豊かな意味と情感を持つ詩へと高まっていく。詩人がみずから課した制約があったおかげで、どんなことばでも自由に選べた場合には成しえなかった力強さが芽生えたというわけだ。

――『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』


 つまりマッキーによれば、確かに「ジャンルの約束事は創作上の制約であるが、これがあることによって作家の想像力は壁を乗り越えることができる」のです。才能は筋肉と同じで、負荷を与えないと衰えてしまう、とも述べています。

 本当の創造性はまったく白紙の状態からはなかなか生まれてこないものです。創作上の制約は、オリジナリティやクリエイティビティを発揮するための大事な土台となります。作者であるみなさんは、まず自分の物語がどのジャンルに属するのか、そしてそのジャンルの約束事は何なのかをしっかりと把握するようにしましょう。

 マッキーはジャンルと制約について、次のような言葉で簡潔にまとめています。


「何をするかは決まっているが、だ。」


 この言葉をどうか忘れないようにしてください。


 また、約束事を守ることと紋切型の表現(=クリシェ)とは別物です。

 例えば、ラブストーリーにおいて、男女が出会うこと自体はそのジャンルに必須の約束事です。ポイントは出会わせるのか、という点です。男女の出会い方の「あるある」パターンとして例えば次のようなものがあります。



《女子なら一度は妄想する「少女漫画みたいな素敵な出会い」9パターン》

【1】書店で同じ本に手を伸ばしてハッとする

【2】通学途中の曲がり角でぶつかる

【3】電車でトラブッた相手と仕事先で再会する

【4】体調が悪くてバタッと倒れたら、お姫様抱っこで運ばれる

【5】場違いなパーティーに気後れしていた者同士で親しくなる

【6】失恋直後に「ずっと好きだった」と男友達が告白してくる

【7】間違った郵便物を届けたお礼にお茶に誘われる

【8】幼なじみの男の子と大きくなってから再会して恋に落ちる

【9】超イケメンと、親の都合で一緒に住むことになる

――スゴレン「女子なら一度は妄想する「少女漫画みたいな素敵な出会い」9パターン」https://www.sugoren.com/report/1517372099462(参照 2021-07-12)



 さきほどのマッキーの言葉に従えば、


・何をするか=男女を出会わせる→決まっている

・どうおこなうか=どのような形で出会わせるのか→


ということです。


 例えば「刑事が主人公の犯罪(推理)モノ」のジャンルの作品の場合、読者は「きっと何か犯罪が起き、それを主人公が解決するのだろう」と期待(予測)しているはずです。この約束事を大きく逸脱してしまうと、読者はがっかりする可能性があります。

 では約束事を守りながら、どのようにオリジナリティを発揮していけばよいのでしょうか。推理小説や犯罪小説の場合、


・フーダニット(Who done it?)…誰がやったのか?

・ハウダニット(How done it?)…どのようにやったのか?

・ホワイダニット(Why done it?)…なぜやったのか?


という謎の解明がジャンルのキモになっています。ここに新しいバリエーションやパターンを付け加えることができればとても素晴らしいことですが、なかなか簡単なことではありません。

 そんな時は例えば、主人公の生い立ちや過去にスポットを当ててみるのもよいかもしれません。なぜ、主人公は刑事になったのでしょうか(警察官という職業を選択したのでしょうか)。

『職業設定類語辞典』の「警察官」の項を引いてみましょう。


 すると「この職業を選択する理由」には次のように書かれています。

• 警察官の家庭で育った。

• 過去に犯罪の被害を受けた経験があり、自分の力を取り戻すために警察の仕事を選んだ。

• 強い道徳心と義務感を持っている。

• 人々を守りたい、安全な社会を維持したい。

• 犯罪グループの一員で、警察の中に潜り込むよう命じられた。


 これらをそのまま採用してもよいですが、例えば2番目の理由「過去に犯罪の被害を受けた経験があり…」を「過去に犯罪の現場に遭遇したものの自分には何もできなかった経験があり・・・」と少しひねりを加えてみましょう。

 そしてその「犯罪の現場」で主人公は「人の死」を目撃したことにします。ここで『トラウマ類語辞典』の「人の死を目撃する」の項を引いてみましょう。


「具体的な状況」には下記のパターンが挙げられています。

• 車の事故が起き、乗車していた人を助けようとする(が助けられない)。

• 道を横切ろうとしていた友人がひき逃げされたところを目撃した。

• 家族との休暇中、家族のひとりが溺死、またはボート事故で死亡する。

• 人が亡くなる直前に安らかに永眠できるように看取る(高所から落ち、死んでいく人を看取る場合、など)。

• 自然災害が起き、生存者を発見するが、発見が遅すぎて命を救えなかった。

• 強盗やヘイトクライムで人が殴り殺されるのを止めることができなかった。

• 漏電による感電死、あるいは、バイクの死亡事故など、不慮の事故で人が亡くなるのを目撃する。

• 火事で炎に包まれてしまった人を救出できなかった(高層ビルのバルコニーで助けを求られるも逃げ場がない、逃げ遅れた人が高層階にいるがそこに行く手段がない、など)。

• スポーツの試合または練習中に死亡事故が起きて子どもが死ぬ。


 事故や自然災害など犯罪とは関係のないものもありますので、ここでは主人公は「ヘイトクライムで人が殴り殺されるのを止めることができなかった」過去をもっていることにします。「ヘイトクライム」という社会的なテーマを取り扱うことで、他の作品との差別化を図れるかもしれません。

 そして、主人公はその犯罪を目撃したことで、人生や価値観が大きく変わってしまいます。『トラウマ類語辞典』には「行動基準の変化」という項目もあり、そのトラウマによって主人公がどう変化したのか、の例が挙げられています。


行動基準の変化

• PTSDに苦しむ。

• 鬱になる。

• 犠牲者のことが頭から離れず、他の人がおざなりになる。

• 眠れなくなる。

• 死亡事故が起きたときに周りにいた人たちを避ける。

• 残された愛する人にしがみつくようになる。

• 家族に対し神経質なほど過保護になり、彼らの所在を常に知りたがる。

• 危険そうなことを子どもには絶対させない。

• 極端に安全性を気にするようになる。

• 危険の可能性を常に心配する。

• 石橋を叩くように細かくしっかり計画を練らないと、行動に移せないし、決断も下せない。

• リスクを嫌がり、思い付きで行動するのを避ける。

• 自滅的・向こう見ずな行動を取る(自分には生きている資格がないことを証明しようとする)。

• 他人の幸せの責任を負いたくない。

• 友人や家族とは距離を置くようになる。

• 今まで親しくしていた人たちとは浅く付き合うようになる。

• 悲しみと向き合うのを避けるため、仕事などに没頭する。

• 死亡事故に対し、法の裁き、報復、あるいは補償を求める(事故を調査する、社会の意識を高める、事故責任者を訴える、など)。

• 遺族の会などの支援グループに参加する。

• 故人の持ち物を処分する(寄付する、家族や友人に形見分けする、など)。

• 故人の名前を冠した奨学金を新設する。

• 悲しみを一時的に和らげるために使っていた鎮静剤や睡眠薬などを断つ。


 この中から何を採用するのかは作者次第ですが、このように主人公の背景を掘り下げるだけでも数多くの選択肢が存在します。また、主人公ひとりで犯罪を解決するのではなく、相棒と2人で(バディ物)、あるいはチームで解決するというパターンもあり、「犯罪が起きる→解決される」という犯罪モノの約束事を守りながらも、無数のバリエーションを展開することが可能なのです。

 とはいえ、創作をしているとどうしてもクリシェや紋切型のパターンや表現に陥ってしまうものです。そういう人はぜひフィルムアート社の「類語辞典シリーズ」を使ってみてください。


http://www.filmart.co.jp/ruigojiten/


 またクリシェを避けるために、読者の気持ちになって「たぶん、こうなるだろう」と予測し、それをひっくり返す(=「予想外の展開」)訓練をするという方法もあります。『〈穴埋め式〉アウトラインから書く小説執筆ワークブック』には、下記のようなエクササイズがあります。プロットを固める前にいくつものバリエーションを検討しましょう。


↓拡大図

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 すぐれた作家は、約束事を否定してストーリーを台なしにするのではなく、古くからの友であるかのように約束事を頼りにする。独自の手立てで約束事を守ろうと苦心するうちに、自分のストーリーを比類のない高みへ押しあげるシーンを思いつくことがあると知っているからだ。ジャンルに精通することによって、これまでの型を豊かで独創的に発展させたものを提示し、観客が望むものを、そして高い技術があれば、観客が想像すらしなかったものを見せることができる。

――『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』


 前回、ロバート・マッキーの分類による25のジャンルを紹介しましたが、ジャンルは融合ないし再構築することも可能です。ジャンルを組み合わせることで独創的な作品を作り出すことができるかもしれません。しかし、その場合でも「そのジャンルに精通する」ことは必要不可欠です。


 共感を呼ぶストーリーと深みのある登場人物を作り出し、さまざまなムードや感情を表現するために、ジャンルを融合させることも多い。たとえばラブストーリーは、サブプロットとしてほぼすべての犯罪映画に組みこむことが可能だ。『フィッシャー・キング』は5本の糸――贖罪プロット、サイコドラマ、ラブストーリー、社会ドラマ、コメディ――が織りなすすぐれた映画である。ミュージカル・ホラーというのも実におもしろい発想だ。おもなジャンルだけでも20を超えるのだから、独創的なジャンルを組み合わせる手立ては無限にある。作家がジャンルを自在に操ることができれば、これまでだれも見たことのない映画を作り出せるかもしれない。

――『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』

 使い古された表現を避ける有効な手段は、ジャンルを混合することだ。常に作品にオリジナリティを求めるハリウッドという世界では、ここしばらくジャンル混合が流行っている。『ゴースト/ニューヨークの幻』は、ラブストーリーで、超自然スリラーで、ミステリーで、しかもコメディだ。『ビバリーヒルズ・コップ』はアクションでコメディだし、『エイリアン』はSFでホラーだ。混合するにしても、焦点の甘い脚本にならないように注意しよう。どのジャンルが優勢か、どのジャンルで全体のトーンを貫きたいかを見極めること。ジャンルを混合して失敗した映画のほとんどは、トーンに一貫性がなく、観客を混乱させてしまったのだ。それは、どっちかと言えばアクションなのか。コメディなのか、それともスリラーなのか。優勢なジャンルを選べば物語の「風味」も決まる。そこに混ざってくる他のジャンルは、脚本の独創性を高める調味料にすぎないのだ。

――『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』


 さて、今回は主にジャンルの約束事とクリシェについて解説しました。

 最後にロバート・マッキーの引用で締めくくりたいと思います。ジャンルをしっかりと設定すること、そしてそのジャンルに精通することの重要性を何度も繰り返してきましたが、「自分が本当に書きたいジャンルはなんだろう?」という、そもそもの問題についてこの機会に改めて考えてみてください。


 一般に、偉大な作家は多くのものに手を出さず、ひとつの主題にしっかりと全力を傾ける。それはおのれの情熱に火をつけるただひとつのテーマであり、生涯をかけてさまざまに形を変えて追い求めるテーマだ。

 たとえばヘミングウェイは、死とどう向き合うかという問題に心を奪われていた。父親の自殺を目撃して以来、それは作品のみならず、人生の中心的テーマでありつづけた。戦争で、スポーツで、狩猟で、ヘミングウェイは死を追究しつづけ、ついにはみずから猟銃をくわえて、死を知ることになる。チャールズ・ディケンズは、父親が借金の不払いで投獄された過去を持つため、『デイヴィッド・コパフィールド』、『オリバー・ツイスト』、『大いなる遺産』と、亡き父を探し求める孤独な子供を繰り返し描いた。モリエールは、十七世紀のフランスの愚かさと堕落に批判的な目を向けて戯曲を書きつづけた。『守銭奴』、『人間嫌い』、『病は気から』といった作品名は、人間のいやな面を並べあげたかのようだ。どの作家も自分のテーマを見つけ、それが作家としての長い旅路を支えた。

 あなたのテーマはなんだろうか。ヘミングウェイやディケンズのように、自分の人生をもとに書くのか。それとも、モリエールのように、社会や人間の本質に対する自分の考えを書くのか。発想の原点がなんであれ、ひとつ注意しなくてはならない。作品が完成に至るはるか前に、自己愛が消え去り、アイディアへの愛着も朽ち果てることがある。自分自身や自分の考えについて書くのに疲れ果てて、ゴールにたどり着けなくなってしまう。

 アイディアや体験への情熱は色あせることもあるだろうが、映画への愛は永遠のはずだ。ジャンルはつねに発想を取りもどすための出発点でなくてはならない。自分が好む種類のストーリーで、雨のなかで並んでも観たいような映画であればこそ、読み返すたびに興奮を覚える。インテリの友人から社会的意義があると言われた、などという理由で書いてはいけない。「フィルム・クォータリー」誌で賞賛されそうだ、などという考えもまずい。ジャンルは自分の心に正直に選んでもらいたい。書きたいと思う理由はいろいろあれど、変わることなく自分を支えてくれるのは仕事そのものへの愛情だけだ。

――『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』


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