箱の中を整理する

「物語の構成篇」では、シド・フィールドの三幕構成をベースにした物語構成メソッドについて解説しています。今回も三幕構成の応用・発展形のひとつをご紹介します。


 今回参考にするのは、ラリー・ブルックス著の『工学的ストーリー創作入門 売れる物語を書くために必要な6つの要素』です。ラリー・ブルックスには、本書の他にも『物理学的ストーリー創作入門 売れる物語に働く6 つの力』『物語を書く人のための推敲入門』という著作があり、いずれもベストセラーとなっています。



 さて、ラリー・ブルックスが本書で紹介しているメソッドは「四部構成」です。ここまでこの連載をご覧になった方ならパッと見で分かるように、この「四部構成」は、シド・フィールドの三幕構成の「真ん中」つまり、第二幕を真ん中(ミッドポイント)で分割し、4つに分けたものです。

 ここであえて(三幕構成によく似た)ラリー・ブルックスのメソッドを紹介するのは、彼の「四部構成」理論が、「物語の構成」と「主人公の変化」を巧みに融合させているからです(本記事の終盤で解説)。

 また、本書が映画のシナリオではなく小説を書きたい人に向けて書かれている点も重要です。今回は触れませんが、本書で紹介されている事例もベストセラーが多く、小説執筆に三幕理論をどのように活用すればよいのかがとても分かりやすく書かれています。また、構成の理解に必要最低限な要素のみをシンプルに抽出してくれているので、初学者も迷わず取り組めるはずです。ぜひ本書をお買い求めのうえご一読ください。


 シナリオと違い、小説には構成の厳密な「ルール」がない。ルールが嫌いな人は構成すら勘弁してほしいだろう。しかし、今の市場は基準に沿った作品を求めている。売るなら市場に従うべきだ。そうしない限り、却下され続けるに違いない。

(中略)

 編集者が求めるのは文体ではない。学生時代、文章がうまい人がクラスに何人かいただろう。流麗な文体は売りにはなるが、ストーリーと人物そっちのけでは形にならない。せいぜい授業でいい点数がつくぐらいだ。編集者やプロデューサーは構成がしっかりしたストーリーを求めている。

(中略)

 構成の型を考案したのはダン・ブラウン(『ダ・ヴィンチ・コード』の著者)でも僕でもない。映画のシナリオ構成術はシド・フィールドが第一人者だが、彼が作り出したものでもない。僕は映画の構成術が小説にも、回顧録や短編、ノンフィクションにも使えると思っている。構成の型を誰が発明したかは不明だが、現代の小説や映画で成功を収めた作品はみな、これに従っている。だから編集者やプロデューサーは構成を大事にするのだ。

――『工学的ストーリー創作入門 売れる物語を書くために必要な6つの要素』


 ラリー・ブルックスは「ストーリーは箱のようなもの」であると説明しています。箱の中には、文章やプロット、サブプロット、人物、テーマ、危機、見せ場などを入れる必要があります。ただし、入れ方が問題です。それら全部をごちゃごちゃと箱(物語ストーリー)の中に突っ込むだけでは、執筆の過程で行き詰まってしまい、最後まで物語ストーリーを書き終えることができなくなってしまいます。



 では、どのようにすればよいのでしょうか。

 箱の中を整理する必要があります。箱の中に小さな箱を入れてみましょう。箱の中にさらに4つの箱があると考えてみてください。それが「四部構成」の考え方です。

 箱の話に戻ろう。箱の中に、さらに4つの箱がある。区別するため1から4まで番号を振ろう。

 これがシーンだと数が増えすぎる。今は4つだけを考えよう。

 4つの箱にはそれぞれの目的があり、それに合うシーンが入る。

 1つの箱にストーリー全体を押し込めはしない。4つの箱の中身を順に見ると物語がわかる。

 箱1から開けてみよう。現時点で物語の意味はわからない。だが、箱1で主人公に共感すると、箱2の意味がよくわかる。

 箱1の書き方は大事だ。箱2の命がかかっている。

 箱2で見たものは箱3で新しい展開になる。緊迫感も上がる。主人公の態度や行動も変わっていく。

 僕らはすっかり引き込まれ、主人公を全面的に応援したくなっている。

 主人公は箱1〜箱4でいろいろな体験をし、行動が変化していく。それが「人物のアーク」と呼ばれるものだ(本書の第三章参照)。構成がわかればアークも理解しやすい。

 箱1〜箱3で示したことは箱4で回収する。緊迫感や感情を箱4でまとめ、解決させる。箱1(パート1)の使命は設定で、箱4(パート4)の使命は解決、回収となる。

――『工学的ストーリー創作入門 売れる物語を書くために必要な6つの要素』



 ここで大事なことは、箱2に合うものを箱3に入れたり、箱1にふさわしい行動を箱4に入れたりしないことです。箱に入れるものは決まっています。箱1〜箱4の中身をしっかり作れば、物語がスムーズにつながり、意味が通るようになります。

 4つの箱(四部構成)には本質的に求めるものがあり、それに合わないものは受けつけません。これこそが四部構成のセオリーであるとラリー・ブルックスは述べています。


 4つの箱には何を入れるべきか、そしてそれぞれの箱を、についてこれから解説していきたいと思います。4つのパートのつなぎ目には、転換点(ストーリーポイント)を置く必要があります。この点はシド・フィールドの三幕構成と同様なので、理解しやすいと思います。

 物語の構成で必ず意識しなければならないもの、それは「4つの箱、5つの転換点」です。イメージ図を先にご紹介しましょう。



■箱1:パート1 設定

パート1の使命=箱2〜箱4のための設定。

パート1のラストには、「プロットポイント①」(後述)が置かれる。


・読者の心をつかむため、強力な「フック(つかみ)」を仕掛ける

→フックは「プロットポイント①」とは違う

・主人公の紹介

→主人公を(プロットポイント①よりずっと前、遅くとも3番目のシーンまでに)登場させる

・主人公が大切にしているもの、失いたくないものを描く

・舞台設定や状況説明をする

→特に主人公の世界。仕事や家庭での生活、健康状態、夢や失望、再出発を心に描く姿など

・危機感を設定する

→プロットポイント①を成功させるために、主人公にとって「何が死活問題か」をはっきりさせる

・伏線を張る

→プロットポイント①で起きる変化に向けて伏線を張る

※伏線とは「後で起きる出来事や人物に関する事柄を示す記述やほのめかしで、はっきりとしたストーリーポイントとして読者にまだ認識されないもの」

・バックストーリーを利用して人物への共感を促す

・敵対者の紹介

→ここでは主な敵対者はまだ登場させないか、ちらりと姿を見せるだけにする


■プロットポイント①

ストーリーで最も重要な瞬間=主人公の現状や思惑を変える出来事が起きる。

パート1と2の架け橋(「設定」から「反応」へ)となる。


・主人公の新たな旅に対抗する勢力(コンフリクト=葛藤)が紹介される

→ここで主要な敵対勢力の全貌を見せる(読者が「対立」の意味を理解する)

・主人公に新たな目標と旅が与えられる

→真実だと思っていたことは、実は真実ではなかったかもしれない

・プロットポイント①から


【注意】

プロットポイント①が早過ぎる=設定不足を意味する。

設定が薄いとプロットポイント①が来ても主人公の危機があまり心に迫ってこない。

読者の感情を強く揺さぶるためにもパート1で十分に設定しておく必要がある。


■箱2:パート2 反応

プロットポイント①に対するリアクション(=反応)を描く。

パート2のシーンはすべてミッドポイントに向けて作る。

主人公は迷い、ためらい、考える。


・主人公が新たなゴールに向かう

ゴールの例:生き残る/愛を見出す/だめな恋愛関係から抜け出す/富を得る/正義を貫く/悪者を阻止したり捕まえたりする/災害を食い止める/避難する/誰かを助ける/世界を救う → 人間の体験や理想を表すものなら何でもいい

・主人公が新しい状況に反応する

→まだ積極的には行動しない(ときに優柔不断)

・新しい展開やゴール、危機、困難に対してどうするのかを描く

・主人公は走り、隠れ、分析し、観察し、見直し、計画し、人材を探す。必要なことは何でもする(しかし、何をしても空回り)


■ピンチポイント①

「ピンチポイント」=敵対勢力の性質と予想される結果を示す例、あるいは思い出させる描写。主人公の目線でなく、読者が直接体験できるように描く。


・パート2で主人公の「反応」を描く時、敵は背景に隠れがちになるため、ピンチポイントを設け、敵の要求や出方を見せる


■ミッドポイント

ストーリーのちょうど真ん中で提示される、主人公や読者の体験や理解を変える新情報。

新しい認識から新しい決断や態度、行動が生まれる。


■箱3:パート3 攻撃

主人公が立ち上がる時。体勢を立て直し、積極的になる。徐々に強くなっていく。

「反応」モードから脱出し、積極的に動き始める。


・目の前にある障害と戦う

・内面の悪魔に向き合い、行動を変え始める

・自分の心の弱さを認め、危機感を覚える

・自主性を発揮する


注意

ミッドポイントで出した情報を生かすこと


■ピンチポイント②

主人公が強くなったように、敵も力を蓄えている

→敵が本質的に何者で、どんな力をもつかを示す


■プロットポイント②

ストーリーで最後に提示される新情報。

以後、主人公のアクション以外に新しい状況説明はない。主人公に必要な情報はすべて揃い、結末に向かう。


・プロットポイント2を境にストーリーは「解決」モードにシフトする

・主人公は解決に必要な学びを得る

・すべての情報を得た主人公は解決に向けてまっしぐらに走る


■箱4:パート4 解決

主人公がいかにゴールを達成するかを描く。


・新しい情報を出さない

・新しい登場人物も出さない

・主人公は自力で戦い、ヒーローになる

→主人公を傍観者にしてはならない

・「内面の悪魔」を克服し、最後に行動で示す



 さて、ここまで「4つの箱、5つの転換点」について解説してきました。

 ラリー・ブルックスの四部構成の特筆すべきポイントは、4つのパート(箱)とキャラクターの成長過程を巧みにリンクさせている点です。この連載でも後に「キャラクター・アーク」について解説予定ですが、ラリー・ブルックスの説明はとても整理されていてわかりやすいので、ぜひ覚えておいてください。

 彼によると、主人公はそれぞれのパート(箱1~4)で、以下のような変化を遂げることになります。なお「殉教者」に関して、主人公は命を賭ける意志があればよく最後に必ずしも死ぬ必要はないという理由から「殉教者」ではなく、「ヒーロー」と呼ぶこともあります。


孤児(パート1)…主人公は確かな未来が思い描けず、まるで孤児のよう

放浪者(パート2)…主人公は迷い、ためらい、考える

戦士(パート3)…主人公は立ち上がり攻撃をはじめる

殉教者/ヒーロー(パート4)…主人公は自力で戦い敵に勝つ


 本日解説したことをひとつの図にまとめるとこのようになります。



 本日の解説は、すでにシド・フィールドの三幕構成について学んだ方であれば、問題なく理解できたはずです。多少重複するところがありましたが、その点ご容赦ください。

 物語の構成と人物の変化をリンクさせる(キャラクター・アークを意識する)という点も忘れないようにしてください。


 では、最後に本書に掲載のチェックリスト(の一部)をご紹介して終わることにしましょう。ラリー・ブルックスによると「答えられないものが2、3問でもあれば原稿は完成しない。それほど効力がある。」というリストです。リストの全項目を知りたいという方はぜひ本書をご一読ください。


ストーリーはどのように始まるか。

□出だしにフック(興味をそそる部分)はあるか。

□プロットポイント1の前、主人公は何をしているか。

□プロットポイント1までにどんな危機感が設定されるか。

□人物のバックストーリーは何か。


プロットポイント1で何が起きるか。

□プロットポイント1は適切な位置にあるか。

□ プロットポイント1は主人公をどう変えるか。

□ 主人公に新たに生まれる必要性/旅は何か。

□ その必要性の裏で何が危機に晒されるか。


ミッドポイントはストーリーの流れをどう変えるか。

□ミッドポイントで主人公や読者に新情報をどう提示するか。

□ それはストーリーの流れをどう変えるか。

□ドラマ的なテンションやペースはどう上がるか。

□主人公はどう前進するか、あるいは攻撃するか。


プロットポイント2で何が起きるか。

□ その出来事は主人公をどのように積極的な態度に変えるか?

□主人公はどのように主導権を握って問題解決に向かうか。

□その役割は主人公の望みをどう満たすか。

□主人公の内面の悪魔の克服はどう表れるか。


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