即座に読者の心と共感を掴む技
前回は『ストーリーの解剖学』を引用しながら、「共感できるキャラクター」をつくるには「欲求」と「欠陥」が必要であることを確認しました。
今回も引き続き、「共感」を生み出すために、「欲求」と「欠陥」以外に考慮すべきポイントについて、さまざまな書籍を参考に解説していきます。
今回のキーワードは「敵対する力」と「人称」です。さらに最後に、すぐに使えるテクニックとして「読者の心と共感を即座に掴む方法」をご紹介します。
では、順に紹介していきます。
まずは「敵対する力」から。「逆境」や「困難」という表現をしている本もあります。「敵対する力」の重要性を力説しているのは、本連載ですでにお馴染みとなったストーリーコンサルタントのロバート・マッキーです。マッキーの著書『ストーリー』から引用してみましょう。


わたしの経験から言うと、ストーリーを設計するうえで最も重要でありながら、最も理解されていないのが、敵対する力の原則だ。脚本とそれに基づいて制作された映画が失敗する最大の理由は、この基本原則を顧みないことにある。
敵対する力の原則――主人公とそのストーリーは敵対する力があってこそ、知的好奇心をそそり、感情を揺さぶるものとなる。
人間は基本的に用心深い。必要以上のことをせず、必要以上のエネルギーも使わず、必要のないリスクは負わず、必要がなければ変わろうとしない。あたりまえだ。ほしいものが簡単に手にはいるのに(「簡単」かどうかはもちろん個人の主観による)、わざわざむずかしい手立てをとるはずがない。では、主人公を実在感があって重層的な、深い共感を呼ぶ人物にするものはなんだろうか。退屈なシナリオに命を吹きこむものはなんだろうか。このふたつの問いに対する答えは、ストーリーのマイナス面にある。
敵対する力が強大で複雑になるほど、主人公とそのストーリーにはさらなるリアリティが求められる。敵対する力は、かならずしも特定の宿敵や悪党であるとはかぎらない。ジャンルによってはターミネーターのような大悪党が喜ばれるが、ここで言う「敵対する力」とは、主人公の意志や欲求の前に立ちはだかるすべての力が合わさったものを指す。
――『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』

主人公には「欲求」が必要であることは、ここまで何度も繰り返してきました。「欲求」を設定することで「
「欲求」と「目標」の間に立ちはだかる何か(=「敵対する力」)をいかに設定できるかが読者の共感(ひいては感情移入)のためにはとても重要になります。
では「敵対する力」をどのように設定すればよいのでしょうか? 『ストーリー』ではその手順を紹介しています。
主人公の欲求や目標、その物語でいちばん大切とされている価値を「プラス」だとすると、「敵対する力」は「マイナス」の力をもつことになります。この「マイナス」には3段階あるとマッキーは述べています。
マイナスの力が弱い順に
①相反
②対極
③マイナス中のマイナス
となります。マイナスの力がとても強く、プラス側がそれをしのぐ何かを手にしなくてはどうにもならない状況にあるとき、読者はその

葛藤の大きさや深さにおいて、登場人物の経験しうる極限までストーリーを展開するためには、「相反」、「対極」、「マイナス中のマイナス」というパターンをたどらなくてはならない。
――『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』

仮に、いちばん大切な価値要素が「正義」である
①相反=「不公正」…よくないことだが法に反するというほどではない
(例:縁故主義、人種差別、お役所仕事、偏見、あらゆる種類の不平等)
②対極=「不法」…法が破られた状態
③マイナス中のマイナス=「暴虐」…人間の本質の暗い部分が極限に達した状態

この図のプラスの価値(上の場合は「正義」)を他のワードに入れ替えることで、いろいろなマイナス(=「敵対する力」)を生み出すことができます。
参考までに「正義」を「成功」と「自由」に置き換えた場合の図を紹介しておきます。機械的に当てはめることができる便利な図なので、ぜひ活用してみてください。
◎「成功」のマイナス(=「敵対する力」)

◎「自由」のマイナス(=「敵対する力」)


好感の持てる魅力的な主人公と物語の世界を生み出すことにただ創造力を注ぎこむのではなく、マイナスの側面をしっかり組み立てることに集中すれば、プラスの側面もおのずと整っていく。
――『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』

「敵対する力」は主人公そのものというよりも、具体的な作業としてはライバル(主人公以外のキャラクター)や逆境(状況)の設定になってくるのですが、主人公の欲求や目標に関わってくるものなので、ここで説明しました。
では、次に「人称」について解説していきましょう。
小説の書き方を解説する本やウェブサイトでも、「一人称で書くべきか、三人称で書くべきか」という議論はよく見られます。
この点については、いずれ改めて詳しく解説したいと思いますが、今回は「共感」と「感情移入」という観点から、それぞれの人称の特徴について触れてみます。
『脳が読みたくなるストーリーの書き方』という本の中に、「読者をどうやって主人公に感情移入させるか」という今回のテーマそのものズバリの章があり、そこで「人称」について解説しています。
主人公の身に起きていることを、読者が主人公の道理で見ることができるよう、物語のなかの出来事は主人公の視点を通じてふるいにかけられ、読者は主人公の目ですべてを見ることになります。こうして読者は、単に主人公の見ているものを見るだけでなく、それが主人公にとって何を意味するのかを把握します。
主人公が何を考えているのか、主人公の身に何が起こっているのか、それが読者に伝わらなければ、先に述べた「欲求」「欠陥」「敵対する力」も全く効力を発揮できません。その意味で、どの人称を採用するか、そしてその人称の特徴を把握しておくことは必要不可欠です。


散文小説が演劇や映画や人生そのものと一線を画す特徴は、最も魅惑的で、なおかつ本来ならおよそ踏み込めない領域、つまり、ほかの誰かの心に直接入っていく手段を提供できるということだ。この重要性を忘れないためにも、人間の脳の進化の目的を念頭に置くようにしてほしい――人の脳は、他者の心をのぞき、その動機、考え、ひいてはその人の本当の姿を直観で理解できるように進化してきた。[……]
さて、主人公が自分に降りかかる出来事をどう理解しているか読者に伝えるためには、主人公の思考の手がかりをどのように示すべきだろう? 特に、主人公が言っていることと反対のことを考えている場合、主人公が本当は何を考えているかをどう伝えればいい? これは二重の意味で重要な問題で、登場人物が出来事に対して内面的にしか反応しないことはしばしばある――口に出さない独白、不意に浮かんだ洞察、過去の記憶、啓示などがこれにあたる。これらをどう物語に織り込むかは、あなたの物語が一人称か三人称かによっても違ってくる。まずはその両方を考察してみよう。
――『脳が読みたくなるストーリーの書き方』

◎一人称
カクヨムをはじめ小説投稿サイトに投稿されている作品の多くが一人称を採用しています。一人称で書くことの利点は、誰の考えを伝えているのかが読者にもすぐにわかるので、心配しなくても済むということです。
一人称の物語で主人公の考えを伝えるのは、一見すると簡単そうに見えます。なぜなら、主人公が読者に物語を語り聞かせているということは、主人公の考えがすべてに反映されているはずだからです。しかし、物語のなかの物事を何もかも一人称で語るには、直接的、潜在的、啓発的な工夫が必要となります。
語り手の意見は、語り手が読者に伝えるすべてに織り込まれていきます。そして語り手が伝えようと選んだ細かい物事それぞれが、語り手の心のありかたを映しだし、語り手の人物像や世界観を明らかにするのです。
一人称の物語では、一瞬たりとも中立は存在しません。つまり語り手は、自分に影響を与えないもののことは決して話しません。「街の様子、誰かがオフィスに着てきた服、食べたマドレーヌの美味しさ、レーガン政権がいかにアメリカをだめにしたか」、一人称の物語では、そういった客観的な長い説明はしません。もし主人公がそれらの説明をするときがあるとすれば、それはその話題が主人公の語る物語に特定の影響をもたらすときだけです。
また、一人称を採用した際に気をつけたい点は、一人称の語り手には他の誰かの考えや感じかたを伝えることはできないということです。例文で説明しましょう。
×別の女性を愛していると僕がサラに告げると、サラは腹を殴られたような気分になった
一人称の物語の語り手である「僕」が、サラの気持ちを伝えている点で、この文章は成立しません。これを一人称の物語でも問題のない文章にすると下のようになります。
〇別の女性を愛していると僕がサラに告げると、まるで腹を殴られたかのように、サラの顔から血の気が引いていった
「僕」がサラの感じていることを推察したり予想したりすることはできますが、確信を持ってこうだと言うことはできない、というのが一人称を採用したときのルールです。
また前回、共感できるキャラクターには「欠陥」が不可欠であると説明しましたが、実は一人称は「欠陥」を表現する手段としても有効です。

人間としての欠陥のほかに、一人称の語り手が信頼できない最大の理由は、いずれ自分自身について語ることになった場合に真実を語るのが困難になるからだ。先にも書いたように、「わたし」という代名詞ではじまる台詞には、大なり小なりの嘘が含まれている。衝撃を和らげるための自己防衛本能があるので、自分について正直にありのまま話すことは不可能に近い。その結果、自分についての発言はすべて自分にとって都合がよいものだが、皮肉にも、それが読者や観客のキャラクターに対する信頼を深めることにもなる。
──『キャラクター 登場人物の本質と創作の技法』

【一人称で書く場合に気をつけるべきこと】
・語り手が話すどんな言葉も、語り手の視点を何かしら反映していなければならない。
・ 語り手は、自分になんらかの影響を与えることにしか言及しない。
・ 語り手は、自分が話したすべてのことについて結論を出す。
・ 語り手は決して中立ではない。つねにアジェンダ(行動指針)を持っている。
・ 語り手は、ほかの誰かが考えたり感じたりしていることを伝えることはできない。
◎三人称
よく知られているように、三人称にはいくつかのバリエーションがあります。それぞれの違いを『脳が読みたくなるストーリーの書き方』から引用してみましょう。

・三人称客観:物語は客観的な外部の視点から語られ、作者は読者を登場人物の心理に誘い込もうとせず、登場人物がどう感じているか、何を考えているかも説明しない。そのかわり、映画(長々としたナレーションのないもの)と同じで、登場人物がどう行動したかのみに基づいて情報が暗示される。三人称客観で書く場合、主人公の内面的な反応は、外面的な手がかり、すなわちボディランゲージや服装、行き先、行動、一緒にいる人間、そしてもちろん台詞などによって示される。
・三人称限定:一人称で書く場合とよく似たスタイルで、ひとりの人物――たいていの場合は主人公――が考え、感じ、見ていることだけを伝えることができる。このため主人公はすべての場面に居合わせ、起きたことすべてに気づかなければならない。一人称との唯一の違いは、「私」ではなく、「彼」もしくは「彼女」を使うことだ。また、一人称の場合と同じで、主人公以外の人物が考えたり感じたりしていることは、その人物が突然話に割り込み、実際に口に出して言うのでないかぎり、断定的に伝えることはできない。
・三人称全知:すべてを見てすべてを知っている、客観的で(通常は)信頼のおける語り手(つまり作者)によって物語が語られる。語り手は、全登場人物の心に入り込み、彼らが何を考え感じているか、何をしたか、これから何をするかを伝える権限がある。これを使うコツは、当然のことながらすべてを追跡しつづけることだ。それと、つねにカーテンの後ろに隠れておくこと。一瞬でも人形遣いの姿が見えてしまったら、登場人物があなたに糸であやつられていることがわかり、すべてだいなしになってしまう。
――『脳が読みたくなるストーリーの書き方』

語り手の声をほぼつねに中立に聞こえるようにするには、全知の語り手である作者の姿を消し、ただ事実の報告しかしないでおくことが重要です。一方で、登場人物たちには、なんでも自分の意見を自由に表現させるようにします。
三人称の物語を書くときに注意すべき点があります。「ヘッドホッピング」しないことです。誰の視点で書いている場合でも、作者が使える視点は一場面にひとりの視点だけです。ある人物の視点でその場面を書き始めたら、その視点にとどまらなければなりません。もし、場面の途中で視点を切り替えると、ぎくしゃくして流れが壊れてしまいます。
また、三人称の物語では、どうしても「作者の語りがここで終わり、ここからは登場人物の内面ですよ」と、読者に分かってもらいたいという思いが先走り、やたらと「と彼女は思った」「不思議に思った」「気づいた」「じっと考えた」と説明する文章が見られます。もちろんそのように丁寧に書くことも大事なのですが、本当にその必要があるのでしょうか? つまり読者を混乱させないための目印は必要なのでしょうか? 下の文章を読んでみてください。
彼がワインを飲み干して、またつぎ足すさまを、ロビンはじっと見守った。可哀そうに。この男にはママが必要なのだ。手をのばして彼の腕にさわる。「マーク?」と言うと、腕の筋肉がこわばった。いい徴候だ 。
――エルモア・レナード著『フリーキー・ディーキー』(高見浩訳、文藝春秋)
この物語では、三人称を採用しています。「可哀そうに。この男にはママが必要なのだ」という文に注目してください。本来であれば、「可哀そうに。この男にはママが必要なのだ、とロビンは思った」となるはずです。しかし、作中ではこれがロビンの意見だという目印は、文中には何も示されていません。なぜでしょうか? 読者にはきちんと分かるからです。同様に、マークの筋肉がこわばったのは良い兆しだということが、ロビンの「意見」だということも分かります。
「と思った」と説明的に書いた場合よりも、ずっとその人物の内面に入り込むことができるはずです。三人称を採用したときのテクニックとしてぜひうまく活用してみてください。
ここまで共感できるキャラクターをつくるには「欲求」「欠陥」「敵対する力」「人称」について考えることが大事だと説明してきました。
最後に『「感情」から書く脚本術』で紹介されている、とっておきのメソッド=「即座に読者の心と共感を掴む技」をお伝えしたいと思います。「欲求」「欠陥」「敵対する力」「人称」とは少しレベル感が違い、より具体的な内容になっていますが、そのいずれもが「欲求」「欠陥」「敵対する力」の諸要素と繋がっているということが分かっていただけると思います。


脚本を読むというのは、感情を相手に踊るようなものだ。その点については次の章で詳しく触れるが、キャラクターに関する限り、共感(好き、気になる)と反感(嫌い、どうでもいい)という2本の線上を踊ることになる。相手はすぐに反応する。人間誰しも批判的で、何かとイチャモンをつけたいものだ。キャラクターが登場した瞬間、そのキャラクターの品定めが始まる。キャラクターの一挙一頭足が、品定めの対象になる。だから、1秒でも早く、読者の共感を得てしまわなければならない。つまらないキャラクターだと読者に思われてしまったら、脚本の最後まで何が起きてもどうでもいいと思われてしまう。物語に関心を持ってもらえずに、終わる。
キャラクターを見た読者に「これは自分のことだ」と思わせる技はいろいろある。ありすぎるくらいあるので、ここでは3つに分けて紹介する。
――『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』

では、早速「即座に読者の心と共感を掴む技」の中身を解説したいと思います。
【即座に読者の心と共感を掴む技】
①可哀想に思えるキャラクター(犠牲者)
②人間味溢れるキャラクター
③誰もが望むような資質をもつキャラクター
順に説明しましょう。
①可哀想に思えるキャラクター(犠牲者)
人間である以上、何か酷い目に遭っている人には情を持ってしまうものです。キャラクターを何かの犠牲者にすれば、即座に共感が得られ、犠牲者の置かれた状況や感情的帰結を通して、これは自分のことだと思ってもらえるようになります。
より具体的には、主人公を下記のような境遇に置いてみましょう。
・予期せぬ不幸(悲しい運命、不運)
→例:最愛の者を失う、運に見放される
・身体的、心理的に不利な条件、健康や経済的な問題
→例:重度のハンディキャップ、知的障害、依存症や難病、経済的な困難
・逃れられない過去の深い傷
※「「立体的」なキャラクターのつくり方」回の「亡霊」を参照のこと
・弱みを見せる瞬間
→痛みを覚えている、悲しみに沈んでいる、疑心暗鬼、不安、または恐れ
を感じている
・裏切りと欺瞞
→別の登場人物を使って騙させる、または裏切らせる
・本当のことを言っているのに信じてもらえない
・見捨てられる
・除け者と拒絶
→集団に属したいという欲求、家族の愛情を求める欲求がかなわない
・孤独/無関心
・失敗と後悔
・怪我に苦しむ
・危機
②人間味溢れるキャラクター
人間性とは、人間的な美徳の集積です。それぞれの美徳が他者に正の影響を与える力を持っています。美徳というのは、他に対する行動や態度として表れます。愛、品行、正義、寛容さ、情感、寛大さといったものが、美徳に含まれます。このような資質を垣間見せた人に会うと、その人のことを気にかけずにはいられなくなります。キャラクターに美徳を持たせて人間味を与えるということは、読者の心と絆を作る効果的な手段の1つです。
・困っている人を助ける
・子ども好き、または子どもに好かれる
・動物好き、または動物に好かれる
→「共感は感情移入の接着剤」回の「SAVE THE CATの法則」を参照のこと
・心境の変化、または許し
→例:最初は嫌っていた人を受け入れる、反発していた人に同意する
・命がけ、または自己犠牲
・大義のために戦う、あるいは死ぬ
・倫理的、道徳的に正しく、誠実で責任感があり、頼れる
・誰かを愛している(家族、友人、隣人)
・みんなに大事にされる
・独りでいるときに人間味を見せる
・優しい振る舞い
③誰もが望むような資質をもつキャラクター
あるキャラクターが思いやりを感じさせる言動をしたら、それに伴って感じられる人間味が他者に影響を与えます。今まで、思いやりを感じさせる言動を通して、溢れる人間味が他者の心を動かすという例を見てきました。ここでは、他者に影響をおよぼす個人的な性癖や行動を挙げます。正義のために死ぬとか子どもに好かれるという人間性ほど大きな効果はありませんが、誰もがそうありたいと望むような、魅力的な、そして読者の心を掴む属性です。
・権力、カリスマ、リーダーシップ
・華麗な職業、憧れの職業
・勇気(身体的、精神的)
→常に勇気凛々である必要はなく、最後に勇気をもって解決すればよい
・情熱
→深い愛情や何かに対する情熱で満たされている
・能力/専門性
→業界最高の職人、何かの分野で引く手あまたの達人
・魅力的
→外見が魅力的な人
・賢い、ウィット、頭の回転が速い
・ユーモア、遊び心
・子どものような純真さ、または子どものような熱意
・身体性と運動能力
→例:ダンサー、戦士、アスリート
・粘り強さ(弱みがあっても努力してやり抜く心、根性)
→問題を解決しようと奮闘する
・はずれ者、反逆者、奇人変人
→集団に属しない、アウトサイダーであり、はずれ者
2回にわたって「共感」とキャラクターについて解説してきました。いろいろな本から引用したので、全体としての整合性に欠けるところがあったかもしれませんが、重要なポイントはわかっていただけたのではないでしょうか。
ここまでの説明をひとつの図にまとめてみましたので、ぜひこちらを参考にしてみてください。

今回で「キャラクター篇」はひとまず終了です。もっと深く知りたい方は、ぜひこの連載で紹介した書籍を読んでみてください。
キャラクターについて学べば学ぶほど、キャラクターは《キャラクター以外の要素》と深く結びついていることが分かってきたのではないでしょうか。例えば、前回「共感を生むには、主人公が自らの『欠陥』に気づき、それを克服することが重要である」と説明しました。しかし、それを物語のどの段階で描写すべきなのでしょうか。また、「敵対する力」は、物語のどのタイミングで最大になるべきなのでしょうか。
これらを理解するには、物語の構造についての知識が欠かせません。キャラクターと物語の構造――まったく別物のように思えるこの二つの要素をうまく結びつけることで、物語はより強く読者の心をとらえるものになります。
キャラクターと物語の構造が実は同じものであると説いたのが、ロバート・マッキーです。彼のあまりにも有名な言葉を紹介し、「キャラクター篇」を締めくくることにしましょう。

プロットか、登場人物か。どちらが重要だろうか。これは芸術が生まれて以来の論争だ。アリストテレスはこのふたつを秤にかけ、まずストーリー、つぎに登場人物だと結論をくだした。この意見は長きにわたって優勢だったが、小説の進化とともに振り子は反対側へ振れた。十九世紀になると、構成とは人間性を表現するために設計された器にすぎず、読者が求めているのは魅力的で複雑な登場人物だという考えが多く見られるようになった。今日に至っても議論はつづき、結論は出ていないが、その理由は単純だ。空疎な議論だからだ。
構成と登場人物のどちらが重要かという問いには意味がない。というのも、構成が登場人物を形作り、登場人物が構成を形作るからだ。このふたつは等しいものであり、どちらが重要ということはない。
――『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』

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