「立体的」なキャラクターのつくり方

 今回は「立体的」なキャラクターのつくり方について解説してきたいと思います。


 本や映画のレビューで「人物が平面的」と書かれることがある。作品が落選した時に聞くとつらい。平面的とは「他の次元を作る余地がある」という意味だ。だが他の次元とは何だろう。「人物が二次元的」とは誰も言わない。別の次元を足すとはどういうことで、どういう意味だろう。

――『工学的ストーリー創作入門 売れる物語を書くために必要な6つの要素』


「立体的にするには、そのキャラクターにを与えればいいんじゃないの?」と思われた方もいるかもしれません。しかし、平面的である=特徴がない、ということではありません。


 ビギナーは人物の特徴や癖を描いて個性的にしようとし、逆に人物が平面的になる。人物の特徴だけを描いて「後は読者の想像におまかせ」という投げ方をしているからだ。アクが強い癖を与えると、ますますひどい。

――『工学的ストーリー創作入門 売れる物語を書くために必要な6つの要素』


 魅力的な登場人物を作るには目立つ特徴をひとつだけ持たせることだ、と主張する考え方もある。よく引き合いに出されるのはマクベスの野心だ。行きすぎた野心がマクベスを偉大な存在にしている、というのだ。

――『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』


 では「立体的」なキャラクターとは、一体どういうものなのでしょうか。

『工学的ストーリー創作入門』で紹介されている「人物の三つの次元」という考え方を中心に解説していきたいと思います。


 魅力にあふれ、深みと複雑さをもつキャラクターには三つの次元があります。三つの次元はそれぞれ別ものですが、常に重なり合っています。これら三つの次元の和がキャラクターです。


【三つの次元】

①第一の次元 … 表面的な特徴、癖、習慣

②第二の次元 … バックストーリーと内面の悪魔

③第三の次元 … 行動、態度、世界観


 では、それぞれの次元について説明していきましょう。

 なお、この「三つの次元」という考え方は、ロバート・マッキーの著書『ストーリー』や『キャラクター』における「実像と性格描写」という考え方に非常に近いので、適宜ロバート・マッキーの著作も引用しながら説明したいと思います。


①第一の次元 … 表面的な特徴、癖、習慣


 おそらく「キャラクターをつくる」といわれたときに、みなさんが最もイメージしやすいのが、この第一の次元でしょう。

 髪型や化粧、クルマ、好みの服装やよく行く場所、好きな音楽や食べ物、態度や偏見など、姿や行動の見え方などがこの次元に該当します。

 そして、この第一の次元を効率的かつ網羅的に穴埋めできるよう、世の中には数々のテンプレートや質問リストが存在します。

(次回、この連載でも質問リストのいくつかを紹介する予定です)


 この質問リストを穴埋めしていく(人物のプロフィール・履歴書をつくる)作業は、人によってはかなり楽しい(かつ「やっている感」のある)作業なので、ついつい主要キャラクター以外のキャラクターにもやってしまうのですが、脇役にまでやる必要はありません。


 脇役たちには深みを出さない方がいい。深みを追求するために脇役まで掘り下げるのはやめよう。ピザの配達人まで深く描いている文章を見ると、セミナーを受けたての新人だなとわかる。

――『工学的ストーリー創作入門 売れる物語を書くために必要な6つの要素』


 第一の次元には「自分をどう見ているか」と「人にどう見られたいか」という2つの視点が存在します。これらが矛盾する時、第二の次元が関わってきます。表面的なもの(癖や習慣)の意味や意図は見えにくく、人物の真実かどうかはわかりません。


 この第一の次元は、ロバート・マッキー著『ストーリー』の中では「性格描写」という言葉とほぼ同じ意味でつかわれており、このように説明されています。


 性格描写とは、ある人間に関して、目に見えるすべての性質をまとめたものであり、どれも綿密に調査すればわかる。年齢や知能指数、性別や性的指向、話し方や身ぶり、家や車や洋服の好み、学歴や職業、人間性や性癖、価値観や主張など、日々観察すればわかる人間性のすべての側面だ。こうした特徴がまとまって、人間は個性を持つ。われわれはみな、持って生まれたものと積み重ねてきた経験の組み合わせによって唯一無二の存在となるからだ。このように、さまざまな特徴が独特に組み合わさったものが性格描写だ。しかし、それは実像とはちがう。

――『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』


 ごくごく簡単にいってしまうと、第一の次元は「見かけ」ということになります。観察できるあらゆる特徴の組み合わせによって、唯一無二の登場人物が作られることになります。

 ただし、キャラクターに深みを与えるべくひたすら第一の次元を掘り下げていくだけでは、「立体的」なキャラクターは生まれません。その点にくれぐれも注意しましょう。


②第二の次元 … バックストーリーと内面の悪魔


 では、次に第二の次元は「実像」なのかと思いきや、そうではありません(「実像」は第三の次元)。

「見かけ」と「実像」をつなぐもの、それが第二の次元です。第二の次元で「第一の次元がそう見える理由」を明かすことになります。


 具体例を紹介しましょう。


 転職したての人物がいるとする。表面上は理想的な社員だ。いつも笑顔で服装にも気を配り、協調性や積極性もアピールする。これらはすべての描写だ。

 の例を書く。彼がいい社員ぶるのは、過去に四度も解雇されたから。勤務態度が悪く、チームワークもできず、噓が多い。原因は幼少期の親や教師との軋轢だ。

 すると、第二の次元の説明と第一の次元の見せかけとの間に複雑な接点が生まれる。幼少期に問題があっても、それが人物の本当の姿を表すかはわからない。

 描写する次元が二つだけの時、読者は第一の次元(好感が持てる男)か、第二の次元(就職に不向きなダメ人間)で認識する。切羽詰まった時、彼はどちらの顔を見せるだろうか。

 それは第三の次元が見えるまでわからない。真の姿は緊迫した状況下で露呈する。

――『工学的ストーリー創作入門 売れる物語を書くために必要な6つの要素』


 経歴や心の傷、記憶、いまだに根に持つ挫折の体験、恐れ、習慣、弱点、外見を取り繕う理由――ちらりと垣間見える人物の内面、これらが第二の次元です。「これが私だ」という選択をさせる力がそこにあり、表面的な特徴となって第一の次元に表れるのです。


 読者はキャラクターの内面を見て理解し、初めて共感できます。共感すればするほど物語に引き込まれることになります。そんな「読者の反応を培う肥沃な大地」こそが、主要人物の内面の風景です。つまりここでは、第一の次元で見せる顔の裏付けとなる、過去の体験の集合体としての「バックストーリー」が大事になってきます。この「バックストーリー」という言葉、みなさんも一度は目にしたことのある単語ではないでしょうか。


 バックストーリーについて説明する前に、先に第三の次元の説明を終わらせることにしましょう(バックストーリーについての説明は後述)。


③第三の次元 … 行動、態度、世界観


 第三の次元をごく簡単に説明してしまうと、そのキャラクターの「真の姿」ということになります。そしてその「真の姿」は、キャラクターの行動や態度という形で現れます。


 人物の真の姿は「第三の次元」にある。ピンチに陥った時、必要に迫られた時、人物はどの顔を見せるだろうか。第一の次元で取り繕うか、第二の次元の負け犬の顔か、あるいは全く別の顔だろうか。

 第三の次元の「全く別な顔」を見せた時、人物は「アーク(変化)」したことになる。内面の悪魔を克服し、過去のパターンを破る選択や決断をする。単に吹っ切れただけかもしれないが、その別人のような姿こそ真の人物像だ。

――『工学的ストーリー創作入門 売れる物語を書くために必要な6つの要素』


 ロバート・マッキー著『ストーリー』や『キャラクター』では、第三の次元は「実像」という言葉で説明されています。

実像…目に見えない、役柄の内なる性質――心の奥底にある動機や基本的な価値観。人生最大の重圧にさらされるとき、最も強く求めるものを手にするための選択や行動のなかに表れる。これらの決断や行為が、キャラクターの核となる人格を表す。

――『キャラクター 登場人物の本質と創作の技法』

 人間の実像は、緊迫した状況でおこなう数々の選択によって明らかになる――重圧がかかるほど、深い部分が明らかになり、おこなう選択はその人物の本質に迫るものとなる。

 表面的な特徴や外見の下に隠された、その人物の真の姿はどんなものだろうか。その心の奥底にわれわれは何を見いだすのだろう。愛情深いのか、冷酷なのか。寛大なのか、利己的なのか。強いのか、弱いのか。誠実なのか、嘘つきなのか。勇敢なのか、臆病なのか。真実を知る方法はただひとつ。自分の思いを満たすために、追いつめられた状況下でどのような選択をするかを見ることだ。その選択から、その人物がどんな人間なのかがわかる。

――『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』


 この「真の姿」を表現するために必要なのが、「選択」「ジレンマ」「対立」です。「実像」は窮地に陥って選択を迫られたときにのみ、明らかになります。緊迫した状況での対応の仕方こそがまさしくその人自身であり、重圧がかかるほど、おこなう選択はその人物の本質に迫るものになります。「実像」の鍵となるのは欲求であり、その欲求の裏には動機があります。


 その際、重圧があることが大切だ。何もリスクにさらされていない状況でおこなう選択には意味がない。嘘をついても得るものがない状況でほんとうのことを言ったとしても、その選択はとるに足りないもので、その行動は何も表さない。だが、同じ人物が、嘘をつけば窮地を脱することができるにもかかわらず、真実を語ることに執着したとしたら、その人物の根底にある誠実さを感じとることができる。

――『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』


「見かけ」と「真の姿」を明らかにすること、そしてことが「立体的」なキャラクターを書くポイントであり、ストーリーを書く基本です。

 ロバート・マッキーはこの「相反するもの(性格描写と実像)」について次のように説明しています。

 巧みに設計された役柄の調和した姿のなかには、が交錯している。つまり、相反するものがひとつになって、キャラクターの複雑さを作りあげるという原則だ。複雑なキャラクターが登場するストーリーでは、醜さと美しさ、抑圧と自由、善と悪、真実と嘘といったものを結びつける本質的な矛盾が、美しく洗練された形で保たれている。

――『キャラクター 登場人物の本質と創作の技法』

 

 さて、ここまで「立体的」キャラクターを書くための「三つの次元」について簡単に説明してきました。


 ①第一の次元 … 表面的な特徴、癖、習慣

 ②第二の次元 … バックストーリーと内面の悪魔

 ③第三の次元 … 行動、態度、世界観


 最後に「第二の次元」の解説時に登場した「バックストーリー」について説明したいと思います。

「バックストーリー」は非常に重要な概念で、本によっては一章まるごとを割いて解説しているものもあり、簡単に説明するのは難しいので、ここでは要点のみ触れておきます。


 まずは「バックストーリー」という言葉の定義から。


バックストーリー … ストーリーが始まる前に本人に起きたすべての出来事。今の人物を形成する過去。


 バックストーリーとは何か。この語はしばしば誤解される。これは伝記でも生い立ちでもない。バックストーリーは登場人物の過去に起こった重要な出来事の一部であり、それを用いてストーリーを進展させていく。バックストーリーを使ってストーリーを語る手立ての詳細は後述するが、さしあたっては、無から登場人物を生み出してはならないと言っておこう。登場人物の生い立ちにさまざまな出来事の苗を植えつけて、何度も収穫を迎えられる菜園にするのだ。

――『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』


 バックストーリーは第二の次元にあり、第一/第三の次元の説明や言い訳となります。優れたストーリーの基礎には必ずバックストーリーがあります。


 バックストーリーついては、第一の次元と同様、穴埋め式のテンプレートや質問リストが存在します(第一、第二の次元の項目が厳密に区別されず、一緒になったようなものもありますが)ので、そのようなものをうまく活用してみてください(次週、この連載で紹介します)。


 では、バックストーリーはどの程度作り込めばよいのでしょうか。


 理想的なバックストーリーは本編に影響を与え、それでいて邪魔になりません。作り過ぎはよくない、というのは誤解。問題は使い方です。軽く流さず、負荷をかけ過ぎずといった按配が大事です。バックストーリーが関与する時間/場所と、そうでない時間/場所があります。作者だけがバックストーリーを知っていればよい場合もあるでしょう。

――『アウトラインから書く小説再入門 なぜ、自由に書いたら行き詰まるのか?』


 バックストーリーを頑張って作るとすべてを作品に書き込みたい誘惑に駆られる。

 読者が背景を感じ取れる程度にとどめよう。また、過去の回想シーンとして書くとたいてい失敗する。展開の中で巧みに、さりげなく表現すべきだ。

――『工学的ストーリー創作入門 売れる物語を書くために必要な6つの要素』


 いくら作り込んでもOKですが、それを全部書くのはNG、ということが言えそうです。バックストーリーを書くのは全体の一割程度で、残りは水面下に隠すという「氷山の法則」を覚えておきましょう。書かれた部分から、書かれていない部分を推測させるのが理想的です。


 また、そのバックストーリーを「いつ」使うのか、というのも大事なポイントです。

 なぜそのような行動に出るか、なぜそう決断するか、その裏づけとして、バックストーリーを使うようにしましょう。キャラクターが大きな変化を見せる時、物語の転換点にバックストーリーをうまく活用するのです。


 シーンを転換する方法はふたつにひとつしかない。アクションを起こすか、新事実を明らかにするかだ。それ以外の方法はない。愛し合っていっしょにいるプラスの関係の男女がいるとして、これを憎み合って別れるマイナスの関係にしたいとき、アクションを使うなら、女が男の頬をひっぱたいて、「もううんざり。終わりよ」と言えばいい。新事実の発覚なら、男が女を見てこう言う。「きみの妹ともう三年深い関係にあるんだ。さて、どうする?」

 強烈な新事実の発覚をもたらすのはバックストーリーである。バックストーリーは登場人物の過去に起こった重要な出来事で、これを決定的な瞬間に明かすことで転換点を作り出せる。

――『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』


『アウトラインから書く小説再入門』では「バックストーリーの適度な使い方」のポイントとして以下の2点があげられています。


・人物のバックストーリーをほのめかしておいて、ぎりぎりまで明かさない。その情報が決定的な意味を持つタイミングまで待つ。

・長々としたフラッシュバックは物語の進行を鈍らせる。過去の説明は最小限の字数でパンチを利かせる



 なお、ハリウッドではバックストーリーに似た「亡霊」と呼ばれる概念が存在します。


「バックストーリー」という言葉には聞き覚えがあると思う。バックストーリーとは、ストーリーが始まる以前に主人公の身に起こったあらゆることを指す。私が「バックストーリー」という用語をあまり使わないのは、あまりにも幅が広すぎて使いにくいからだ。主人公の身に起こった出来事すべてに興味を持っている観客などいないだろう。観客が興味を持つのはその本質的な部分だけなのだ。

 それを私は「亡霊」と呼んでいる。

――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』


 これはハリウッドで「過去の亡霊」として別の名前がついており、過去の傷のことを指すからだ。過去の亡霊はバックストーリーの一部だが、特にキャラクターの現在に大きな影響をおよぼした過去の事件を指して、こう呼ぶ。過去の亡霊は、現在もキャラクターを悩ませ続けている傷で、そのキャラクターが必要とするもの、さらに内面的な変化そのものに大きく関係する。

――『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』


亡霊 … バックストーリーの一部で、特にキャラクターの現在に大きな影響をおよぼした過去の事件。


 という整理でよいでしょう。


 さて、今回は「立体的」なキャラクターのつくり方について説明してきました。

 立体的なキャラクターを作ること=キャラクターに個性的な特徴や癖を与えることではない、ということを覚えておいてください。


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