第2話「交換」
彼女を交換してみよう…、これは決して良いことではない、そんな事など誰でも知っている、しかし、見ているあなたは、もし、自分の理想の相手が目の前に現れたら…二人の様になるのではないだろうか…。な、るよ…ね?…え?
「葛井 新」編
僕は今日、大ちゃんと約束をした。それはお互いの彼女を交換する事、最初は流石に驚いたけど…静香南さん…。一回で良いんだ、人生で自分の理想の女性とデートしたい、そう思って何が悪いんだ…。そんな事を考えながら歩いていた。気づくと茉里が住んでいるマンションの前まで来ていた。僕はエレベーターに乗り、5階と表記されているボタンを押した。エレベーターは5階に付き、僕はエレベーターから降りた。そして、茉里の言っていた部屋に向かった。部屋の前までついた僕は、ため息の後にインターホンを押した。
ピンポーン
葛井
「茉里、入るよー」
僕はそう言いドアに手を伸ばした。その時、ドアが勢いよく開いたと同時に茉里が僕に飛びついてきた。
花奈源
「しーんちゃーーん!!!」
葛井
「おわ!」
飛びついてきた茉里の勢いに少し押され、後ずさった。
花奈源
「も〜遅いよ〜♪」
葛井
「ごめんごめん」
花奈源
「茉里寂しかったよ」
葛井
「ほんとにごめんね」
花奈源
「ううん、来てくれたからもう平気♪」
葛井
「茉里、入ろ」
花奈源
「うん♪」
先に中に入っていった茉里、それに続いて僕も玄関の扉を閉めて中に入った。茉里が住んでいるマンションは一人暮らし用で、トイレ、台所、お風呂、リビングと、1Kになっている。僕は、靴を脱ぎ、茉里の後ろに続いてリビングまで行った。リビングに近づくにつれ良い匂いが漂ってきた。リビングの前にあるドアノブに手を置き、ドアノブを下に下げ扉を開けた。中に入るとそこには、リビングの中心に置かれていたテーブルに茉里が作ったのであろう料理が並べられていた。それを見て僕は驚いた。
葛井
「これ、全部茉里が作ったの?」
花奈源
「うん!しんちゃん、お腹空いてると思って」
葛井
「茉里…ありがとう」
花奈源
「んふ♪さ、座って座って」
茉里に言われた通りに僕は料理が並べられたテーブルの前に座った。僕の鼻に香ばしい匂いが漂ってくる。台所から箸を持ってきた茉里。
花奈源
「はい、しーんちゃん」
茉里は僕に箸を渡してくれた。
葛井
「お、ありがとう、それじゃあ、いっただっきまーす!!!」
花奈源
「はーい、どーぞ」
僕は茉里の作ってくれた料理を無我夢中で食べていた。そんな僕を見ていた茉里の顔は、凄く嬉しそうだった。
葛井
「ゲッ…は〜、ご馳走様」
僕は茉里が作ってくれた料理を全て平らげた。
花奈源
「どう?美味しかった?」
葛井
「うん、すっごく美味しかったよ」
花奈源
「ほんと?!茉里嬉しい♪」
そう言い茉里は、食べ終わった皿を台所へと運んでいった。台所からは、水道の水が流れている音が聞こえてきた。恐らく茉里が食べ終わった皿を洗ってくれているのだろう。僕は、お腹を押さえて満足感に浸っていた。そんな時、ふと、今日大ちゃんとの約束事を思い出した。僕は、台所で洗い物をしている茉里の方を見ながら思った。
葛井
(茉里…きっと嫌って言うんだろうな…て、普通はそうか)
僕はあぐらをかきながら茉里が戻って来るのを待った。リビングの扉が開き茉里が戻ってきた。僕は一度唾を飲み込み緊張を抑えた後、茉里を呼んだ。
葛井
「茉里、大事な話があるからこっちへ来て」
花奈源
「え、うん」
僕はテーブルを挟む形で茉里を前に座らせた。
花奈源
「なーに?大事な話って」
葛井
「うん…、凄く言いづらいんだけど…さ、嫌なら嫌って言ってくれて良いんだ…」
花奈源
「う、うん」
僕はまた、緊張を抑える為、唾を飲み込んだ。そして、両手を合わせて茉里に言った。
葛井
「茉里!今度の日曜日、大ちゃんの彼女として、デートしてあげて欲しい!!」
花奈源
「え、えー!!」
茉里は案の定驚いた。無理もない、今日知り合ったばかりの人といきなり彼女としてデートしてほしいなんて頼まれたら。僕は合わせていた両手を離して膝に置いた。
花奈源
「大ちゃん…って、今日会った、しんちゃんのお友達の?」
葛井
「そう…、だめ…かな」
花奈源
「茉里は…しんちゃん以外の男の人とは…」
(まずい、この流れは断られる奴だ)そう思った僕は、奥の手を使う事にした。
葛井
「僕さ、茉里には言ってなかったけど、小中高っていじめにあってきたんだ」
花奈源
「え…」
葛井
「それでね、学年が上がっていくにつれて、どんどんいじめが酷くなっていったんだ、高校に上がった時は、それが理由で友達なんて絶対に出来ないと思ってた…けど、そんな時、僕に唯一話しかけてくれたのが大ちゃんだったんだ…」
一一一
教室内の会話
「おい、しんくーん」「うわ、こっち向きやがった」「キーンモw」「つか、何で学校くんの」「それな、アイツ見たら一日が最悪な気分になるんだけど」「まじで、視界に入らないで欲しい〜」「つかさ、な〜んか、臭くね?」「それな〜、ってあれ?この匂い出せるの一人しかいないんじゃね?」「もうwやめなよ〜」「そうだよ、可哀想だよ」「え、別によくね〜」
僕は、教室にいる全員からの悪口に毎日耐える日々が続いていた。
葛井
(はぁ…、もう、耐えられない)
限界が来た僕は、一人になりたくなり屋上へ行く事にした。屋上に着いた僕は、気持ちいい風に安らぎを感じた。
葛井
(気持ちいい…、はぁ…、もういっそこのまま、ここから…)
僕は、ここから身を投げ自殺しようと思った。その時、誰かが僕に声を掛けてきた。それが、大ちゃんと初めて会った瞬間だった。
下翠
「ここ、いいよな」
葛井
「え」
信じられなかった、今まで誰かが僕に直接声を掛けてくれることなんて一度もなかったからだ。
下翠
「ここってさ、すげー風が気持ちいいんだよ」
葛井
「…」
下翠
「…お前、何組?」
葛井
「…A組」
下翠
「そっか、じゃー隣のクラスか、俺、B組の下翠 大介、お前は?」
葛井
「…葛井 新…です…」
下翠
「よろしくな、新…でいいか?」
葛井
「…っ、うん」
初めてだった、ちゃんと名前を呼ばれたのは。大袈裟に聞こえるだろうが、僕からしたら本当に嬉しい瞬間だった。大ちゃんといる時は、心が凄く暖かく感じた。それからと言うもの僕達は屋上で会って話す事が多くなった。そして、いつのまにか大ちゃんに心を許していたのか、僕から沢山話しかけていた。
葛井
「って言うことがあってさ」
下翠
「あっはは、お前おもしれーな」
葛井
「そうかな」
下翠
「はは、…なんかさ、新と居るとすげー楽しい」
葛井
「…え」
下翠
「俺さ、この学校で気が合う奴とか一人もいなかったんだよ、つまんねーとか思ってたけど、新がいたわ!」
僕は大ちゃんの優しさに、つい涙が出てしまった。それを大ちゃんに見られるのが恥ずかしかった僕は、バレないよう袖口で目を擦った。
下翠
「お、新?大丈夫か?」
葛井
「え、あ、うん!ちょっと、目にゴミが」
下翠
「そか」
それでも、僕は大ちゃんにいじめを受けている事を言えなかった。言えば友達で居てくれ無くなるんじゃないかって思って怖かった。
下翠
「な、今度、屋上じゃなくてさ、教室とか、家とか、もっと別の場所で話そうぜ。俺、もっと新と仲良くなりてー」
葛井
「え、それは…」
下翠
「どうした?いや…か?」
葛井
「ううん、わかった」
僕は、大ちゃんの誘いを断れなかった。翌日、大ちゃんと僕は屋上で合流した後、二人でB組の教室に向かった。廊下を歩いていた際に、僕のクラスメイトの中でも一軍の奴ら、そう今で言う陽キャの奴らが僕達に気付き、道を塞いできた。
新のクラスメイト達
「あれれ?しーんくん、お友達ができたのかな?」「うわ〜、よくこんな奴と…」
僕は、終わったと思った。僕がクラスメイト達からいじめられてるのが大ちゃんにバレて、もう二度と関わってくれないんじゃないかと絶望していた。そんな時、予想外の出来事が起こった。
新のクラスメイト達
「お前さ、そいつと絡まない方が…」
下翠
「うるせぇ、退け」
新のクラスメイト達
「…は?」「あ?」「んだと?」「なによ…こいつ」
下翠
「あ?聞こえねーのかよ、退けっつってんだろ」
新のクラスメイト達
「あ?何だこいつ?」「うざ」
下翠
「聞こえてねーのか?退けって言ったんだよ、バカかお前ら」
僕は、驚きを隠しきれなかった。何故なら大ちゃんは、僕を避けるのではなく、陽キャグループ達に恐れずに自分一人だけで言い返したからだ。大ちゃんの言葉に陽キャグループの奴らは言葉を失い、ただ立ちすくんでいた。
下翠
「お前らさ、新の話題だけで集まったそのクズ集団が、自分の【友達】って言えんのかよ。少なくとも俺は恥ずかしくて言えねーし、そもそもそんな奴らとは連む気も起きねー。それと最後に、次俺の目の前で新の事罵倒してみろ、ブッ潰してやる。行こうぜ、新」
葛井
「え?あ、うん」
僕は、清々しい気分だった。そして、僕の前を歩く大ちゃんが凄くカッコよく見えた。
葛井
(だ、大ちゃん…めっちゃくちゃカッコイイ!!)
その出来事の後、僕に対するいじめは無くなりはしなかったが、僕は、そんなの気にする事はなくなった。何故なら、大ちゃんが居たからだ。そして、あんなに嫌で嫌で仕方なかった学校も、毎日大ちゃんと話していたうちに、大ちゃんに会うのが楽しくなってきて、どんどん学校に居たい、行きたいと思う様になっていた。僕の人生に光をもたらしてくれた。本当に大ちゃんには感謝しかない…。
一一一
葛井
「だから僕は、大ちゃんに感謝しても仕切れないんだ。それで、せめても何か恩返しがしたくてさ、そこで、大ちゃんの願いを叶えてあげたいと思ったんだ…。だから、茉里、頼む!僕を嫌いになってくれてもいい!大ちゃんと彼女としてデートしてあげてほしい!!」
僕は茉里に頭を下げて頼み込んだ。数分の沈黙が続いた。そして、茉里から返事が返ってきた。
花奈源
「しんちゃん、いいよ」
僕はゆっくりと顔を上げた。
葛井
「え…ほんとに?」
花奈源
「うん、しんちゃんからしたら、大介君はとっても大切なお友達なんだよね」
葛井
「う、うん」
花奈源
「しんちゃんの大切なお友達なら、茉里の大切なお友達にもなるよ」
茉里は笑顔で、僕の無理なお願いに答えてくれた。僕は、茉里の心の広さと優しさに胸を打たれた。
葛井
「茉里…」
花奈源
「しんちゃん、茉里、しんちゃんのお願いを叶えてあげる為に頑張るね♪」
葛井
「茉里…本当にありがとう…」
茉里のあまりの優しさに泣きそうになった。その後僕は、大ちゃんから送られてきた日曜日のスケジュールから茉里に怪しまれない様に説明をした。
葛井
「え…っと、駅を2つ跨いだ所から、徒歩5分の場所にある、大きく飾られている銅像の前に、午前11時に待ち合わせって連絡が来てる」
花奈源
「わ、わかり…やすい…ね」
茉里、無理して大ちゃんの事を褒めてくれてる。僕は、茉里に改めて大ちゃんとの彼女役兼デートの約束をお願いした。
葛井
「それじゃあ、茉里、よろしくね」
花奈源
「うん♪茉里、頑張るからね♪それと…」
葛井
「うん?」
茉里は、両手の人差し指をいじって何かを考えていた。そして、茉里は僕の目の前にアヒル座りをした後、上目遣いで僕に…。
花奈源
「それが終わったら…ご褒美に、茉里の事、いっぱい"ギュー"してくれる?」
と、言ってきた。茉里の可愛いすぎる不意打ちに、僕は耐えられず、赤面になってしまった。
葛井
「うん、そんな事でよかったら、いつでも」
花奈源
「ほんとに?!やったー♪」
茉里は、いつになく嬉しそうだった。そして、僕はいつになく緊張をしていた。何故なら日曜日…理想の女性が僕の彼女としてデートしてくれるからだ!!と、もっと話したい所だが、今日はもう色々とありすぎて疲れた。だから、僕は、早めに寝る事にした。
この出来事から約数日が立ち、約束の日曜日が来た。日曜日の朝、茉里のマンション…。寝ている僕を優しく摩りながら起こす声が聞こえてきた。
日曜日/朝8時30分
花奈源
「しんちゃん…しんちゃん」
葛井
「…ん〜?」
花奈源
「朝だよ、今日しんちゃん用事があるから早く起こしてちょうだいって言ってたでしょ?」
葛井
「はぁ〜。そうだった、ありがとう…茉里」
僕は、ベットから起き上がった。
葛井
「はぁ〜、眠い」
そして、洗面所まで行き、水道を捻り、出てきた水を手で溜めた後、顔を洗った。
葛井
「茉里」
花奈源
「うん?」
葛井
「前言ったこと覚えてる?」
花奈源
「うん、ちゃんと覚えてるよ」
葛井
「良かった、じゃあ今日大ちゃんの事よろしくね」
花奈源
「うん!」
僕は、充電をしていたスマホの電源をつけて時間を確認した。
葛井
(え…っと?時間は…っと、9時10分か、よし、ちょうどいい時間だ)
そして、僕は今日着ていく服をあらかじめ準備していた。
葛井
(昨日、茉里のアドバイスで揃えたコーデだから、外を歩いても恥ずかしくない格好になってるはずだ)
そして、外出準備を終えた僕は、出る前に茉里に今日の大ちゃんとのデートの場所などを念の為再確認する事にした。
葛井
「茉里」
花奈源
「なに?」
葛井
「今日の大ちゃんとの待ち合わせ場所とかって、ちゃんと覚えてるよね?」
花奈源
「うん……。大丈夫、覚えてるよ♪」
今、一瞬だけ茉里が悲しそうな顔をした様な…。気のせいか?
葛井
「…そっか、なら安心。じゃ、行ってくるね」
花奈源
「うん、気をつけてね」
葛井
「うん!」
僕は玄関の扉を開け、部屋から出た。扉が閉まると同時に、笑顔で手を振りながら僕を見送る、茉里の声が聞こえてきた。
花奈源
「いってらっしゃーい♪」
そして、マンションから出た後僕は、歩きながら大ちゃんとのloinのやり取りを見直した。
葛井
「え…っと?昨日大ちゃんに送った静香南さんとのデート場所は…そうだそうだ、茉里と合わないように2駅逆方向のショッピングモールにしたんだった」
僕は、スマホをポケットにしまって駅を目指した。駅に着き、電車に乗った。僕はポケットからスマホを取り出して時間を再度確認した。
葛井
(確か、11時10分に待ち合わせだから…、お、よしよし、これなら予定通りの時間に間に合いそうだ)
茉里とデートなどをする時、僕は決まって遅刻をして、いつも茉里を待たせてしまっていた。なんだか、罪悪感が湧いてきた…。そういえば、今思うと、結構可哀想な事してたんだな茉里に。本当は許されない事なのに、茉里は遅刻してきた僕を、怒らず、逆に笑顔で優しく、何事も無かったかの様に許してくれる。
葛井
(茉里…)
そんな事を考えている内に目的の駅に到着した。電車から降りた僕は余裕を持って待ち合わせ場所へ向かった。待ち合わせ場所に行くとそこに静香南さんの姿はなかった。どうやら、先に着いてしまったようだ。僕は、スマホをいじりながら静香南さんがくるのを待った。
朝11時20分
待ち合わせの時間より少し過ぎた頃、僕はまだスマホをいじっていた。その時、僕の名前を呼ぶ声が聞こてきた。聞こえた声に反応した僕は咄嗟にスマホから目を離した。そして、声が聞こえてきた方を向いた。するとそこには、白色のロングスカートに臙脂色のタートルネックを着た静香南さんが立っていた。
静香南
「遅くなってしまって、ごめんなさい…」
静香南さんは僕に頭を下げて謝ってきた。
葛井
「いえいえ!全然、気にしてませんよ」
静香南
「でも…」
葛井
「さ、行きましょう!」
静香南
「…はい」
静香南さんは右、僕は道路が近い左側を隣同士で歩いた。
葛井
(女性には、道路側を歩かせない、よし、勉強した通りにいけてる!あ、そういえばこういう事、茉里の時は意識した事一度もなかった…)
目的の場所まで、しばらく歩いていた。お互いまだ会って数日しか立っておらず、やはり会話が弾まない…。やっぱり、ここは男から行くしかない。そう思い僕は静香南さんに話しかけようとした。
葛井 静香南
「あの…」「あの…」
葛井、静香南
「あっ…」
ヤバい、会話が被った。ここは相手に譲るべきだ。
葛井
「あ、先にどうぞ」
静香南
「いや、貴方の方から」
葛井
「いえいえ、僕の話しは大した事では無いので、先に言ってください」
静香南
「じゃあ…お言葉に甘えて」
葛井
「はい」
静香南
「葛井君は…」
葛井
「あ、新でいいですよ」
静香南
「あっ…それじゃあ、改めて。新…君は大介と高校時代、仲が良かったんですよね?」
葛井
「はい、大ちゃんとは一緒の高校で、僕の唯一の友達でしたから」
静香南
「そうだったんですね、あの…それで聞きたい事が」
葛井
「なんですか?」
静香南
「大介…私に高校時代の頃の話を全然してくれないんです。だからね新君、大介がどんな高校生活を送っていたのかを教えて欲しいんです」
葛井
「大ちゃん、ですか?そうだな〜、…大ちゃんが高校生の頃は…なんか一匹狼みたいでで、誰も寄せ付けない感じのオーラ出してましたね。だけど、大ちゃんってイケメンだしなんでも出来ちゃう天才肌の持ち主だから、色んな女の子から告白されたり、部活の勧誘とかも結構あって、人が寄ってきてたみたいですよ、けど、大ちゃんはそれ全部断ったり、突然学校サボったり、保健室とか図書室、屋上で寝たりとか結構してましたね、それでも勉強はちゃんとできちゃうんですもんね、凄いですよ大ちゃん」
静香南
「大介って、いつも何考えてるか分からないんですよね。だから今の話を聞いたら、高校時代からそうだったんですね」
葛井
「はい、大ちゃんは本当に面白いですよ」
静香南
「…」
僕は笑顔で静香南さんに言った。僕の返答に静香南さんは少し困り顔をしていた。それに気づいた僕は、このままではまずいと思い、話題を変え、なんとか話を続けようと思った。
葛井
「えっと!静香南さんは…」
僕は話を振ろうとしたが、目の前を見ると目的の場所に着いてしまっていた。
葛井
(はぁ〜、くそ!!なんとかこの重苦しい空気をどうにかしないと)
僕は、今日行うデートプランを振り返った。まず最初に、一緒に服や鞄などを見て回る。ま、いわゆるショッピングだ。次に、ゲームセンター…などにはいかず!本などを見て回る。そして、最後に大ちゃんからの情報で静香南さんが楽しみにしていたと言う、小説から映画化された「予言者」の映画を見る。これが今日のデートプランだ。ふふふふ、絶対に成功させる。ふっふっふっふ、はっはっはっはっは!!!などと考えている時、静香南さんはまた、僕の方を困り顔で見ていた。
静香南
「あの…新…君?」
葛井
「ん?あ!ごめんなさい、入りましょうか」
そして僕と静香南さんはショッピングモールの中へと入った。このショッピングモールは、5階まである大型のショッピングモールだ。1階〜3階などは主に、食品や家具、服、装飾品などが売られている。そして、4階〜5階がゲームセンターや映画館、アニメのグッズや本などが売られている。僕はまずプラン通りに行く為最初は、最も服や装飾品が売られている2階へ行く事に決めた。
葛井
「あの、まずは2階から見て行きませんか?」
静香南
「え…、一階からじゃないんですか?」
葛井
「1階は、食品しか置いてないので、特に見る必要ないかなーって」
静香南
「それも、そうですね」
そして、僕達はエスカレーターに乗り2階へと向かった。2階に着いた僕達は取り敢えず、気になった服やアクセサリーなどが目に入ったら寄ろうと決めた。歩いて見てみると、本当に色々な服やアクセサリー類があり、オシャレなどに手を出し始めた僕からしたら何処も寄って見たい店ばかりだった。
葛井
(あれもオシャレ!あ!あれも!!…あ、でも、やっぱり、ここは静香南さんに合わせた方がいいよな)
そう思い歩いていると、静香南さんの足が止まった。
葛井
(ん?)
静香南さんが見つめる先には、可愛らしい眼鏡が店内に並べられていた。どうやら静香南さんは店内に置かれていた眼鏡が気になるらしい。欲しいのかな?そう思った僕は、自分から声を掛けた。
葛井
「寄ります?」
静香南
「え?あ、はい、いいですか?」
葛井
「もちろんですよ!」
僕達は、眼鏡専門店?みたいな店に入った。静香南さんは並べられている眼鏡をゆっくりと時間を掛けて見ていった。すると突然、一つの眼鏡が気になったのか足を止めた。その眼鏡は、煌びやかな赤色が入っていた。静香南さんは顔を眼鏡の近くまで寄せた後、前に落ちてきた髪を耳に掛けた。耳に掛けた時、不意に静香南さんの顔が見えた。静香南さんは微笑んでいた。それを見た僕は、純粋に眼鏡選びを楽しんでいる静香南さんが、とても魅力的に見えた。
葛井
(…っ!か、可愛い!あ…大ちゃん…ごめん、この美しさに僕は理性が保てないかもしれない)
静香南さんは見ていた眼鏡を手に取り、店内に配置されていた鏡の前まで行った。そして、鏡の前に立ち、手に持っていた眼鏡を掛けた。そして、僕の方を向いてこう言った。
静香南
「どうですか?新君、この眼鏡、私に似合ってますか?」
ああ神様、僕は今生きている事、今この場にいる事、そして今、理想の女性からこの言葉を貰えた事、心から感謝しています。そして、僕は静香南さんに心から申し上げた。
葛井
「はい、凄く似合ってます!!」
静香南
「本当ですか?ありがとうございます」
静香南さんは僕に微笑みながら言ってくれた。そして、静香南さんは、選んだ眼鏡を買うと決めたのか、会計する為、レジへ行った。
葛井
(…っ!おっと!ここは、貴重な時間を割いてまで僕なんかとデートに付き合ってくださっているんだ。ここは僕が…じゃなくて、大ちゃんみたいに、俺が…みたいな感じで、眼鏡を買ってあげよう、よし!)
普段茉里に何かを奢ったことなど一度もない僕だが、理想の女性に少しでも良いところを見せようと見栄を張る事にした。そして、運命の会計の時、静香南さんがレジの店員に眼鏡を渡した。
レジの店員
「えー、1,800円になります」
静香南
「はい」
静香南さんが財布に手を掛けた、今だ!
葛井
「あ、ここは僕が」
静香南
「え、でも」
葛井
「奢らせてください」
静香南
「そういうのは困ります」
葛井
「ん…え?」
そう言うと、静香南さんは財布を開けてお金を出し会計を終えた。
レジの店員
「ありがとうございました」
僕達は店を出た。はぁ…せっかくいい感じの雰囲気になっていたのに、自分がやった行為のせいでまた、元の重苦しい空気に戻ってしまった。
葛井
(僕の馬鹿…いや!まだだ!次のプランが残っている!よし!次こそは!)
僕は、気持ちを切り替えて次のプランへと移る為、エスカレーターに乗り静香南さんと4階へ向かった。4階へ着いた僕と静香南さん。少し歩くと、漫画やファッション誌などはなく小説のみが置かれた本屋があった。僕の予想通り静香南さんは本屋の目の前で足が止まった。
葛井
(うっしゃあ、きたぁぁぁ!!!!!!!)
僕はまるで、スマホアプリなどで長年当たらなかった推しキャラが遂に当たったかの様に、心の底から喜んだ。静香南さんは申し訳なさそうに僕を見てきた。きっと、自分ばかりと気を遣ってくださったのだろう。ふっ…そんな遠慮は入りませんよ静香南さん、貴方の好きな所に好きなだけ寄ってください!僕は何処まででもお供しますよ。
静香南
「見ていっても……いい…かな…」
葛井
「はい、いいですよ、あと、僕も本が好きなので見ていきたいなーって思ってましたから」
静香南
「ほんとに?!あ、いや…」
葛井
「ぉ…」
静香南さんは、興奮して高い声が出たのが恥ずかしかったのか、肩からかけていたハンドバッグの紐を、両手で掴みながら、速歩で本屋へ入っていった。
葛井
(あの、恥ずかしそうにしていた仕草!くー!!たまらん!)
僕も静香南さんの後へ続き、中へと入っていった。本屋の中を見て回ると、僕が知らない小説が沢山置かれてあった。普通ライトノベルなどが置かれているのだが、ここにあるのは全てが絵の無い小説ばかり。どっちかと言うと若者よりかは、高齢者やマニア向けの小説ばかりだった。正直、何でこんな邪魔でしかない本屋がモール内にあるんだ?と、思ってしまった。だが、静香南さんは先程寄った眼鏡屋よりも楽しそうに見て回っていた。静香南さんが楽しそうで何よりだった。ふと、スマホの電源をつけると、次のプランの「映画を見る」までの時間が少し押していることに気づいた。
葛井
(ヤバイな、今チケット買わないと予定通りに行かないな)
僕は、楽しそうに本を見ていた静香南さんに声を掛けづらかった。だが、ここにきて諦めるわけにはいかず、覚悟を決めて言った。
葛井
「あの、静香南さん」
静香南
「うん?」
葛井
「この後、映画を見ようと思ってまして、そのチケットを買いに行きたいんですけど」
静香南
「あ、そうだったんだ、ごめんね」
葛井
「いえいえ、楽しそうに読んでいたのに、ほんとに、申し訳ないです」
静香南
「ううん、いいよ、そっちの方が大事だよ」
葛井
「すいません…では、行きましょう」
静香南
「うん」
そして僕と静香南さんは、再びエスカレーターに乗り、5階まで向かった。5階に着いた僕達はチケットを買う為、自動券売機の前まで向かい、そこで今回見る映画のチケットを選択した。そして、奇跡的に空いていた真ん中の2席を取ることができた…と言うか、ガラ空きだった…。それはさておき、その後、最後の手順に移り、自動券売機からカーナビの様な声が会計をしてくれた。
券売機
「お会計は、2枚で3,600円になります」
僕は財布から3,600円を取り出して、券売機の会計入り口に入れようとした。その時、静香南さんが僕の手を止めてきた。
静香南
「待ってください、私も」
葛井
「いえ、ここは僕が」
静香南
「そんな、私、奢られるのとかは苦手で」
葛井
「いや、ここは僕に奢らせてください」
静香南
「え、でも」
葛井
「今日せっかくの休みなのに、僕なんかに付き合ってくれたんですから、何かお礼がしたいんです。ですから、ここは奢らせてください」
静香南
「…」
静香南さんは冴えない表情で止めていた僕の手を優しく離してくれた。
静香南
「本当に、いいんですか?」
葛井
「はい、もちろん!」
そして、チケットを買った僕達は映画を見る為、中へ入ろうとした。だがその時、会場全体にアナウンスが入った。
アナウンス
「お客様方にお伝えいたします、ただいま5番スクリーンが誤作動を起こした事により、次に上映予定の映画「予言者」が誤作動の修復の為、予定していた時間より少し遅れての上映になります。修復が終わり次第、お客様方にお伝えいたします。誠に申し訳ございません。繰り返します…」
葛井
(ん…は?は?あ?…は?)
(人生は思い通りには行かない)、この言葉がある意味を、僕は痛感した。
静香南
「…」
静香南さんは困り顔で周りを見渡した後、僕の方を見てきた。不安げにしていた静香南さんを何とか安心させる様、僕は言った。
葛井
「遅れてるみたいなんで、修復のアナウンスが入るまで、何処か行きたい所とかありますか?」
静香南
「私、さっき寄った本屋に行きたいです」
葛井
「分かりました、行きましょう!」
僕と静香南さんは再び、4階にある本屋へ向かった。本屋へ着くと静香南さんは、新作コーナーと表記されていた場所へ足を運び、そこに置かれていた本を手に取り、読み出した。僕は、何の本を読んでいるのかが気になり、静香南さんの元へ向かい、直接聞くことにした。
葛井
「あの、静香南さん?何の本を読んでいるんですか?」
静香南
「ん?あー、これわね、【俺はと私は】って言う、私の好きな作家さんの新作なの」
葛井
「あ!知ってます知ってます!【巣立ちの記憶】って言う本の作品も、手掛けている人ですよね!!確か、今回の「予言者」も原作は彼が書いていますよね」
静香南
「え?!知ってるの!」
葛井
「はい!」
静香南
「本当に驚いたな、私と同年代の人でこのシリーズを読んでた人がいたなんて」
葛井
「僕も、まさか静香南さんだったとは…驚きです」
…嘘をついてしまった。正直、高校の頃、本当に暇で暇で仕方なかった時に、偶々家に置いてあった小説が、あの「巣立ちの記憶」と言う本だったから読んだだけであって、他の作品なんて知らないし、作家の名前も知らないし、ていうか、小説なんてこれぽっちも興味がない。どっちかって言うと漫画とかライトノベルとかを読んでいた僕だ。それなのに、僕は、何か一つでも静香南さんとの共通点が欲しいが為に、こんな嘘を…。
静香南
「嬉しいな、私の周りで読んでいる人、ほとんど…いなかったから」
葛井
「…ぁ」
とてつもない罪悪感が僕を襲う…。「ごめんなさい」この一言がいまこの状況に置いて一番相応しい言葉だと思う。そう思いながら、静香南さんの隣で「俺はと私は」を手に取り読んだ。
昼16時20分
モール内にアナウンスが入った。
アナウンス
「お客様方にお伝えいたします。先程、5番スクリーンにて行われていた誤作動修復作業が終了いたしました。従って映画「予言者」を16時40分からの上映といたします。この度は誠に申し訳ございませんでした。繰り返します…」
僕は、手に持っていた本を閉じた後、元の場所へ戻した。
葛井
「…と、言う事なんで、行きましょうか」
静香南さんも同様に手に持っていた本を閉じて元あった場所へ戻した。
静香南
「はい」
僕と静香南さんは、エスカレーターに乗り5階へと向かった。5階へ着いた僕達は、映画をより楽しく見る為、定番のポップコーンとドリンクを頼んだ。もちろん!僕の奢りで!!もちろん…静香南さんは僕が奢る事に抵抗したが、僕の粘りに負けて了承してくれた。そして、僕達はやっと映画館の中へと入ることができた。僕達は、指定した席に座った。そして、待ちに待った映画「予言者」が始まった。
夕方18時19分
映画「予言者」の上映が終了した。
静香南
「ちゃんと、原作通りに描かれていましたね。俳優さん達も中々の演技力でしたね…って…え…」
葛井
「ううっ…うっうっ…グスゥ!!…うう」
僕は、この映画に感動して泣いてしまった。
葛井
「…うぅ…いや〜、いい映画ですね…グスゥ!」
静香南
「…ぁ、これ、どうぞ」
葛井
「ありがとうございます」
静香南さんは僕にハンカチを渡してくれた。僕は、そのハンカチでこぼれ落ちて来た涙を拭いた。
葛井
「ありがとうございました」
静香南
「あ、はい」
僕は静香南さんに借りたハンカチを返した後、左ポケットからポケットティッシュを取り出して、鼻水を拭いた。
葛井
「はぁ、それじゃあ、行きましょうか」
静香南
「そう…ですね」
僕達は、映画館をでた。その後、5階フロアへと出てきた。
葛井
「いやー!それにしても良かったですね!あの映画、特に最後の別れの言葉!!もー、あれは感動ものですよ!!」
静香南
「…ふふ」
葛井
「あ、ごめんなさい、一人で勝手に盛り上がっちゃって」
静香南
「ううん、新君って思ってたよりも、明るいし、結構、感情が豊かなんだね」
葛井
「え?そうですかね〜」
静香南
「うん、絶対そうですよ」
葛井
「え〜?あっはっは」
静香南
「んふふ」
葛井
「あ、そろそろ時間ですね」
静香南
「…あ、そうですね」
葛井
「最後に、何処か、行きたいとことかありますか?」
静香南
「う〜ん…あ!私、最後に本屋へ行きたいです」
葛井
「え?本屋…ですか?」
静香南
「はい、買おうか迷ってた物があって」
葛井
「そうなんですね、じゃあ行きましょうか」
僕と静香南さんは、再びエスカレーターに乗り4階へと向かった。4階に着き、静香南さんの要望通り本屋に入った。静香南さんは、映画を観る前に本屋の新作コーナーで読んでいた「俺はと私は」を手に取り、会計へと向かった。僕は静香南さんが会計を済ますのを店外で待っていた。そこへ、会計を済ませた静香南さんがやってきた。
葛井
「目当ての物は買えましたか?」
静香南
「はい、無事に」
葛井
「それは良かった、もう他に行きたい所とか、寄りたい所とかはありますか?」
静香南
「いえ、特に」
葛井
「分かりました、それじゃあ帰りましょうか!」
静香南
「あ…新君は良いんですか?」
葛井
「え?何がですか?」
静香南
「寄りたい場所とか…」
葛井
「あぁ、僕は大丈夫です」
静香南
「…本当に?無理とかしていないですか?私に合わせてくれなくても大丈夫ですよ」
葛井
「いえいえ、僕は行き慣れてるもんで、店内に置かれてある物は見飽きてるんですよ」
静香南
「そうだったんですね、ごめんなさい」
葛井
「いえいえ、謝る事じゃないですよ。先に言ってなかった僕も悪いですから」
静香南
「…」
葛井
「…え…っと、それじゃあ、帰りましょうか」
静香南
「…はい」
そして僕と静香南さんは、帰るためにエスカレーターに乗り1階へと向かった。
葛井
「あの、静香南さん」
静香南
「はい」
葛井
「静香南さんって、本当に本がお好きなんですね」
静香南
「え?」
葛井
「ずっと、買った本を大切に持ち歩いていたもので」
静香南
「あ…これですか、だって自分の好きな物は雑には扱いたくないじゃないですか、それと折れたりしたら本が可哀想です」
これは、本気で言っているんだ。やっぱり、僕の目に狂いはなかった。物は大切に扱う。やはり、静香南さんは性格まで僕の理想だ。
葛井
「物を持ち歩いてる時の人間は、一番油断してしまう時であり、さらにどんな冷静沈着な人でも性格が露わになってしまう」
静香南
「え?それって…」
葛井
「小説、巣立ち…」
静香南
「巣立ちの記憶の56ページ目の、初めて心理学の先生がデートした時に相手に言った言葉!!…あっ…私…その」
葛井
「あ…」
静香南
「…ご、ごめんなさい!…私…つい熱くなっちゃって…」
葛井
「いえいえ、知ってたんですね」
静香南
「…はい、とても好きな作品の台詞だったので」
葛井
「僕も巣立ちの記憶シリーズはとても好きです」
静香南
「ほんと?!なら、あのデートし終わった後、先生が最後に言った言葉…」
葛井
「君が初めてだ、僕の心理に逆らったのは…ですよね!」
静香南
「はぁ!!そう、それ!あ、あと…」
それから静香南さんは、エスカレーターを降りショッピングモールの出口に着くまで、僕に【巣立ちの記憶】について、どれだけ自分がこの作品が好きなのかを熱く語ってくれた。僕はこの時、初めて静香南さんが、少しだけだが心を開いてくれたと思った。
静香南
「その後の展開も、物凄くいいの!」
静香南さんが僕に熱く語ってくれているのが嬉しくて、思わず微笑みを浮かべた。
葛井
「本当に静香南さんは【巣立ちの記憶】シリーズがお好きなんですね」
静香南
「うん!もー!大好き!」
ドキッ!!今、自分の心臓の音がはっきりと聞こえた。クールビューティーなイメージの静香南さんが、まるで子供に戻ったかのような無邪気な笑顔で「大好き」と言う言葉に、僕は、動揺してしまった。僕に対して本心で言っていないことは分かりきっている…けど、この言葉を直接静香南さんの本心から言われたら…と、思ってしまった。
葛井
「…」
静香南
「あ、いや!あの…その…」
葛井
「嬉しいです」
静香南
「…え?」
葛井
「なんか、今日、やっとこうやって静香南さんと話せたなって思うと、嬉しくて」
静香南
「…あの、私、もしかしたら今日、新君に失礼な言葉遣いや、馴れ馴れしい話し方などをしてしまってはいませんでしたか」
葛井
「え」
静香南
「私、自分の好きな事となってしまうと、自分を抑えられなくなって、つい言葉遣いが悪くなって、失礼な事とかを言っていたと思うんですよ」
葛井
「いや、特になかったですよ」
静香南
「…え、本当ですか?」
葛井
「というか、逆に、その方が僕的にも嬉しいです」
静香南
「え?」
葛井
「あまり相手の人に堅苦しくなってほしくなくて、特に同年代の人からの敬語とかは好きじゃなくて、だから…その…静香南さんも、僕に敬語とかじゃなくて普通にタメ口で、気軽に話して下さい!」
静香南
「…タメ…口?ん…貴方がそれでいいと言うなら」
葛井
「はい!勝手ながらお願いします!」
静香南
「分かった、でも、新君と居ると自然とタメ口?…に、なってた自分がいたかも」
葛井
「え?」
静香南
「新君と一緒に居ると気が楽になるって言うか、安心できるって言うか…」
葛井
「…ぁ」
静香南
「あ!!変な意味はないよ。きっと新君は、人を明るくできる何かを持ってるんじゃないかな」
人を明るくできる何か…か。僕がそんな物を持ち合わせているとは思えない…。静香南さんは優しいからきっと、僕の取り柄を見つけようと気遣って、励ましの言葉をくれたのだろう。
葛井
「そ…そうですかね〜」
静香南
「そうだよ、自信持っていいと思うな」
葛井
「…はい!自分ではよく分かんないけど、自信が持てるように頑張ってみます!」
静香南
「うん、新君ならきっとすぐだよ」
葛井
「そう言ってもらえると助かります」
静香南
「それじゃあ、私、帰る時間になっちゃったから、行くね?」
葛井
「あ、はい!今日は本当にありがとうございました!!」
静香南
「こちらこそ」
その後、僕と静香南さんはショッピングモールの出口付近で解散した。
葛井
(今日は、これまで生きてきた中で、嬉しい出来事の連続だった。…静香南さん…。また、こうやって一緒にデートしてみたいな…。ま、無理だろうけど。あ、そう言えば、大ちゃんの方は上手くいってるのかな〜。気になる…。そうだ!上手くいったかどうか直接茉里に聞けばいいんだ!よし!今日は茉里のマンションに泊まろう)
と、僕は、帰りの電車の中で考えていた。目的の駅に止まり、降りた僕は茉里のマンションへ向かった。しばらく歩くと茉里のマンションに着いた。いつも通り、エレベーターで5階へ行き、茉里の部屋に向かった。茉里の部屋の前まで着いた僕は、持っていた鞄から茉里の部屋のスペアキーを取り出して鍵穴に挿した。
ガチャ…。鍵が開く音と同時に僕は扉を開けて中へ入った。
葛井
「ただいま〜…って、あれ?部屋が暗い」
リビングの電気をつけても、そこには茉里の姿はなかった。ふと、リビングに置かれてあった時計を見る。
夜8時5分
葛井
「茉里…まだ帰ってきてないのか」
「静香南 月華」編
(しずかな つきか)
下翠
「頼む!月華!日曜日、一度だけでいい…新の彼女としてデートしてやってくれないか!」
静香南
「…え?」
大学から私より遅く帰ってきた大介が、いきなり私に、今日会った葛井君って人とデートして欲しいと頼み込んできた。
静香南
「…嫌よ」
下翠
「…そこを…どうにか、頼む!」
静香南
「嫌よ、今日会ったばかりの人とデートだなんて!絶対に嫌」
下翠
「頼む…月華」
静香南
「絶対に嫌!だって…」
だって…私は、大介以外の男の人とは関わりたくないから。私は、大介がそばに居てくれればそれで充分…。それなのに大介は、大切な友人だからって効かない。
静香南
「嫌なの」
下翠
「なんで」
静香南
「なんでって…私は元から男の人が苦手なの」
下翠
「それじゃあ、何で俺と」
静香南
「…だってそれは…大介は…特別…だから」
下翠
「特別?」
静香南
「もー!やめようよこの話…ね?」
私は、キツく大介に言ってしまった。大介は明らかに暗い表情になっていった。その後大介は、私が一番恐れていた事を口にした。
下翠
「そっか、やっぱり月華さ、俺の事嫌いなんだ」
静香南
「え!違っ」
下翠
「いいって、無理して付き合ってくれてるってのは、分かってたからさ」
嫌いだなんて…。そんな事一度も思った事もないし、思いたくもない。
静香南
「違うよ大介、私一度もそんな事思った事ないよ、私は大介が好きだよ」
下翠
「俺が好きなら、さっき言った事、受けてくれよ」
静香南
「…それとこれとは」
下翠
「それが無理なら、俺ら…別れよう」
静香南
「は?…なんで?」
嫌だ。別れたくない。やっぱし、この状況を受けるしかないのかな…。
静香南
「大介はさ、私が他の男の人とデートするの、嫌じゃないの?」
大介は、私に目を合わせず、他の…誰かの事を考えているみたいだった。数分後、大介から返事が返ってきた。
下翠
「…嫌だよ」
静香南
「…あ」
下翠
「嫌だけど。こんな頼み、月華にしか…できねーから…」
静香南
「…っ…私にしかできない」
大介から何かを頼られるのは初めてだった。何でだろ…心なしか、嬉しい。これって、大介が私を必要としてくれてるって事だよね。
静香南
「…分かった」
下翠
「…え?マジで」
静香南
「いいよ、でも!あくまでも、仮だからね」
下翠
「あぁ、分かってる、それで大丈夫」
静香南
「後、これは大介の為だから」
下翠
「…ありがとう」
静香南
「…っ!」
大介から久々に「ありがとう」と言う言葉が聞けた。私は、嬉しさのあまり頬を赤らめてしまい、それが見られるのが恥ずかしく、両手で顔を隠した。
下翠
「月華?…とりあえずその日の待ち合わせ場所と時間を教えておくから」
静香南
「え?あ、うん、分かった」
私は、大介から、日曜日に行われる葛井君とのデート先の場所と時間教えてもらった。
静香南
(はぁ…。大介、久しぶりに私の家に来てくれたのに…。本当ならこんなんはずじゃなかったんだけどなぁ…)
大介に少しでも喜んで貰おうと私は、新君とのデートのイメージトレーニングしながら、日曜日に備える事にした。
あれから数日が経った。スマホのバイブ音と同時にアラームが鳴る。
〜♪〜♪
静香南
「ん…」
私は、寝ていたベットから起き上がり、耳元に響いてくるアラームを止めた。私は、背伸びをした後、スマホの画面を見た。まだ残っている眠気のせいか、スマホが見づらい。
静香南
「あ…7時30分?…ん…眠い」
私は、眠気を覚ます為、洗面所へと向かい、そこで顔を洗った。
静香南
「はぁ〜、サッパリ」
ようやく眠気が覚めた私は、もう一度スマホを見た。
静香南
「あ、そうだ、今日が約束の日曜日だわ」
私は、約束した時間に間に合うように準備を始めた。その最中に、スマホが鳴り出した。スマホの画面を見ると、大介からの電話だった。
静香南
「はい、もしもし」
下翠
「おはよ、今日の事だけど…」
静香南
「葛井君とのデートの事でしょ」
下翠
「そう」
静香南
「大丈夫だよ、ちゃんと覚えてるから」
下翠
「そっか、じゃあ頼んだからな」
静香南
「う、うん、頑張るね」
下翠
「よろしく」
静香南
「あっ、ちょっと、大介…」
プッと言う音と共に大介からの通話が途切れた。もうちょっと、話したかったなぁ…。
静香南
「…もう」
ふと、時計を見ると、10時15分と表示されていた。
静香南
(あ、大変、今出ないと約束の時間に間に合わない!急がなきゃ)
私は、焦りながらも着替えを済ませ、最後にハンドバックを肩に下げ、玄関を出た。そして、小走りで電車へ向かった。無事に電車に着いた私は、ホッと一息ついた後、電車に乗った。私は、時間を確認する為スマホを見た。
静香南
(10時50分…何とか間に合うかな)
このまま向かえば予定通りの時間に着けると思った、その時、車内アナウンスが入った。
車内アナウンス
「えー、ただいま、人身事故が発生した為、電車が遅れての到着になります」
静香南
(え…まずいなぁ…このままだと間に合わない…)
朝11時15分
ようやっと目的の駅に到着した。私は、急いで葛井君との待ち合わせ場所へと向かった。
朝11時20分
待ち合わせの場所には既に葛井君の姿があった。私は、靡いた髪を整えた後、歩きながら葛井君の元へ向かった。
静香南
「遅くなってしまって、ごめんなさい…」
私は、遅れてしまった事を謝った。しかし葛井君は、嫌な顔一つせずむしろ私に笑顔さえ浮かべて「気にしてませんよ」と、言ってくれた。
葛井
「さ、行きましょう!」
静香南
「…はい」
彼は、私を優しくエスコートしてくれた。この時私は思った。
静香南
(葛井君って、思ってたよりも優しい…)
目的地までしばらく歩いていた時、私は以前から気になっていた大介の過去の事について葛井君に聞くことにした。
静香南 葛井
「あの…」「あの…」
静香南、葛井
「あっ…」
ここは、彼に譲った方がいいかな。
葛井
「あ、先にどうぞ」
静香南
「いや、貴方の方から」
葛井
「いえいえ、僕の話しは大した事では無いので、先に言ってください」
申し訳ないけど、ここは譲らせてもらう事にした。
静香南
「じゃあ…お言葉に甘えて」
葛井
「はい」
静香南
「葛井君は…」
葛井
「あ、新でいいですよ」
結構フレンドリーなんだな…葛井君って。まだあって日も浅い私に、下の名前でいいと言ってくれる心遣い。私には真似できない。
静香南
「あっ…それじゃあ、改めて。新…君は大介と高校時代、仲が良かったんですよね?」
葛井
「はい、大ちゃんとは一緒の高校で、僕の唯一の友達でしたから」
静香南
「そうだったんですね、あの…それで聞きたい事が」
葛井
「なんですか?」
静香南
「大介…私に高校時代の頃の話を全然してくれないんです。だからね新君、大介がどんな高校生活を送っていたのかを教えて欲しいんです」
ここから新君は、大介の高校時代の話を私に、躊躇いもせず沢山話してくれた。
静香南
「大介って、いつも何考えてるか分からないんですよね。だから今の話を聞いたら、高校時代からそうだったんですね」
葛井
「はい、大ちゃんは本当に面白いですよ」
静香南
(面白い?今の話の中でどこに大介の面白いところが…?新君って、少し変わってる)
この時、明らかに空気が変わり重くなった気がした。その後、新君は、私に何かを話そうとしていたと思う…。でも私は、大介の事と今日どうやって上手く新君を喜ばせれるかを考えていた。そして、気がついた頃には、目的の場所に到着していた。この時私は、新君とのデートを予想したイメージトレーニングを振り返った。まずは、本で読んだ、男の人全員が共感した仕草No.1の「落ちてきた髪を耳に掛ける」を何処かで実行する。次に、どんな時でも自分を見失わず、冷静沈着に新君の対応をする。そして最後に、新君が思う、理想の女性を演じる事。これらを私は、日曜日までにイメトレを繰り返してきた。
静香南
(きっと上手くやれる…。これは全て大介の為だから。大介の為と思えば…なんだって…。はぁ…早く帰って大介に会いたい)
ふと、我に帰った私は、隣にいた新君を見た。彼は、なにやら不敵な笑みを浮かべながらガッツポーズをしていた。
静香南
「あの…新…君?」
葛井
「ん?あ!ごめんなさい、入りましょうか」
と、彼はそう答えた後、ショッピングモールの中へと入って行った。その後を追って行くように私もモール内に入った。大介から聞いた話だと、このショッピングモールは5階まである大きな建物みたい。私は、あまり流行りとかに敏感じゃない。だからショッピングモールとかに行った事が余りない。どちらかと言うと私は、家に居て本を読むか、偶に本屋や図書館などに行く事しかない。なので、こう言った大きなショッピングモールの中身に何があるのかが分からない。ここは、新君に任せてみようと思った。すると、早速彼が言ってきた。
葛井
「あの、まずは2階から見て行きませんか?」
静香南
「え…、一階からじゃないんですか?」
葛井
「1階は、食品しか置いてないので、特に見る必要ないかなーって」
確かに、入口に入る前から見えていたけど、2人で楽しむには、適した所じゃない。
静香南
「それも、そうですね」
そして、私達はエスカレーターに乗り2階へと向かった。2階に着くと、新君から気になった服やアクセサリー類が目に入ったら寄ることにしましょうと提案された。もちろん、新君の判断に任せると決めた私は、即座に賛成した。歩いて見てみると、本当に沢山の服やアクセサリー類があり、流行りやオシャレなどに疎い私は、慣れていない事もあり、ひたすら周りを見渡して困惑していた。しばらく歩くと、眼鏡が丁寧に置かれていた店があり、私はそこで足を止めた。
静香南
(そう言えば最近、本を読む時に目が痛くなるから眼鏡が欲しいと思ってたのよね、あ!あの眼鏡…私に似合うかな…あ!あれも…寄りたいなぁ…)
眼鏡専門店らしき場所に寄りたい私を察してくれたのか新君が「寄ります?」と声を掛けてくれた。
静香南
「え?あ、はい、いいですか?」
葛井
「もちろんですよ!」
私は、並べらていた眼鏡を一つずつ慎重に見て行った。気に入った物があるかどうかの為に。それと、長く大切に使う為に。
静香南
(あっ…この眼鏡…可愛い)
私は、一つの眼鏡の前で足を止めた。その眼鏡は、煌びやかな赤色が入っていた。私はすぐに気に入った。
静香南
(あ、そうだ、ここでイメトレが役立つ時)
私は、新君にわざと見せ付けるように落ちてきた髪を耳に掛け、微笑みを浮かべた。
静香南
(ちゃんと、見てるかな…)
私は、新君の方にバレないように目をチラつかせた。動揺してると思ったけど違った。彼は、一緒に楽しんでいるかの様に、私に微笑みを浮かべていた。
静香南
(あれ?イメージと違う…偶々だろう。次はきっと、イメトレした様に行く。大丈夫よ)
私は自分にそう言い聞かせた。私は、気に入っていた眼鏡を手に取り店内に配置されていた鏡の前まで行った。そこで私は、自分に選んだ眼鏡が合うかどうかを確かめる為、掛けてみた。けど、自分じゃ似合ってるかどうか分からない。そうだ、新君に聞いてみよう。
静香南
「どうですか?新君、この眼鏡、私に似合ってますか?」
新君は、他人同然の私に、まるで自分の本心で言っているかの様に、笑顔で…。
葛井
「はい、凄く似合ってます!!」
と、言ってくれた。私は、素直に嬉しくて、つい笑みを浮かべながら「本当ですか?ありがとうございます」と新君にお礼をした。けど、この時私はある事を思った。
静香南
(もしこれが、大介だったら、なんて言ってくれてたのかなぁ…)
私は、大介の事を考えていた。
静香南
(駄目だ駄目だ!今は新君とのデートに集中しないと)
私は、掛けていた眼鏡を外して一旦深呼吸をした後、この眼鏡を買うと決めた為、レジへ向かった。私は、レジにいた店員に眼鏡を渡した。
レジの店員
「えー、1,800円になります」
静香南
「はい」
私は、会計を済ます為に財布に手を掛けた。その時、新君が私の前に来てこう言った。
葛井
「あ、ここは僕が」
静香南
「え、でも」
葛井
「奢らせてください」
奢る?私は、誰かに奢られるのが苦手だし、余りいい事だと思わない。
静香南
「そういうのは困ります」
葛井
「ん…え?」
私は、財布を開けてお金を取り出し、会計を終えた。
レジの店員
「ありがとうございました」
私達は店を出た。私は、男の人の考えがよく分からない。奢るのがカッコいいと思ってるのとか、見栄を張ろうとするところとか。私と新君との間に少し距離が空いた。
静香南
(次はどこに行くのかな。取り敢えず新君について行けば大丈夫よね)
新君は、エスカレーターの方へと向かっていた。エスカレーターに乗った時に新君が私に言ってきた。
葛井
「あの、次は4階へ行きましょう」
静香南
「はい、分かりました。あ、4階には何があるんですか?」
葛井
「確か、ゲームセンターとか、本屋、アニメなどのグッズ店やらがあります」
静香南
「と言う事は、主に遊び場?みたいな所ですか?」
葛井
「まとめれば、そうですね」
そうこうしているうちに、4階へと着いた私達。少し歩くと、いつも私が行っているような、小説が沢山置かれた本屋があった。その本屋には、私が探しても無かった作品が、遠目でも分かったくらいに、胸の中が騒いだ。私は、そこで足を止めた。
静香南
(あ、でも、今考えれば、自分勝手過ぎたかなぁ…。自分だけが好きな所に寄っている様な…。でも、ここは…この本屋は…気になる)
私は、申し訳なさがありながら、新君に言った。
静香南
「見ていっても……いい…かな…」
流石に、嫌な顔をされると思った。けど彼は、私の予想を超えてくる事を言った。
葛井
「はい、いいですよ、あと、僕も本が好きなので見ていきたいなーって思ってましたから」
え?本が好き?!新君の様な、ちょっとチャラチャラしていそうな人が…。人は見かけによらないって思った。
静香南
「ほんとに?!あ、いや…」
葛井
「ぉ…」
私は、つい興奮してしまい、声のトーンが高く出てしまった。私は恥ずかしくなり肩からかけていたハンドバッグの紐を、両手で掴みながら、速歩で本屋へ入った。
静香南
(はぁ〜、恥ずかしい〜…。ふぅ…、落ち着くのよ私、ちゃんとイメトレ通りに進めなきゃ…。大丈夫、私なら出来る。これは大介の為、大介の為!)
本屋の中には、沢山の小説が置かれていた。そこは、私にとっての趣味そのものだった。
静香南
(はぁ…。私の好きな作品や他の本屋になかった作品が沢山ある♪はぁ〜、幸せ)
私は、抑えきれない本への愛が溢れ出てしまい、夢中になって置かれていた様々な作品を手に取り読んでいった。様々な作品を見て歩いてる中、新作コーナーと大きく書かれていた場所が目に入った。
静香南
(あ、あそこ…気になる…何の新作コーナー何だろう)
私は、新作コーナーへと向かおうと思い、手に持っていた本を置こうとした時、新君が私に話しかけてきた。
葛井
「あの、静香南さん」
静香南
「うん?」
葛井
「この後、映画を見ようと思ってまして、そのチケットを買いに行きたいんですけど」
静香南
「あ、そうだったんだ、ごめんね」
へぇ…映画ってチケットを先に買っておかなきゃ駄目なんだ、知らなかった。新君…態々私が見たいって言った映画の為に動いてくれてるんだ。なんだか、私ばっかりで…申し訳ないなぁ…。
葛井
「いえいえ、楽しそうに読んでいたのに、ほんとに、申し訳ないです」
静香南
「ううん、いいよ、そっちの方が大事だよ」
葛井
「すいません…では、行きましょう」
静香南
「うん」
私達は再びエスカレーターに乗り、5階まで向かった。5階に着いた私達はチケットを買う為、自動券売機の前まで向かい、そこで今回見る映画のチケットを選択した。
葛井
「え…っと、席は、かなり空いてますね、どこが良いですか?」
静香南
「そうですね、どうせなら真ん中に座ってみたいです」
葛井
「OKです!!」
新君は、手際良く操作していた。こう言う事に慣れている様だった。画面を見る限り最後の手順に移っていたのが私でも分かった。自動券売機からカーナビの様な声がしてきた。
券売機
「お会計は、1,800円になります」
私は、財布からお金を取り出そうとした。ふと、新君を見ると、財布から3,600円を取り出して券売機の入口に入れようとした。私は咄嗟に、新君の手を止めた。
静香南
「待ってください、私も」
葛井
「いえ、ここは僕が」
静香南
「そんな、私、奢られるのとかは苦手で」
また奢り、本当にやめて欲しい。
葛井
「いや、ここは僕に奢らせてください」
静香南
「え、でも」
葛井
「今日せっかくの休みなのに、僕なんかに付き合ってくれたんですから、何かお礼がしたいんです。ですから、ここは奢らせてください」
静香南
「…」
そういえば私、新君の気持ちも知らずに、今日二度止めてしまった。普通に考えて失礼な事してるよね私。私は、掴んでいた新君の手を離した。
静香南
「本当に、いいんですか?」
葛井
「はい、もちろん!」
静香南
(どうして、私にここまでしてくれるんだろう)
私は、どうして自分なんかにと不思議でならなかった。チケットを買った私達は、映画を見る為、中へと入ろうとした。その時、会場全体にアナウンスが入った。アナウンスによると、スクリーンが誤作動を起こしたらしく修復の為に予定していた時間より少し遅れての上映をするとの事だった。突然の出来事に私は、困惑してしまった。
静香南
(…どうしよう気まずいなぁ…)
私は、冷静沈着と言う言葉を忘れてしまっていた。不安げにしていた私を心配してくれたのか、新君は…。
葛井
「遅れてるみたいなんで、修復のアナウンスが入るまで、何処か行きたい所とかありますか?」
と、言ってくれた。私は、その言葉に何故か安心した。そして、冷静沈着と言う言葉を思い出せた私は、あの新作コーナーと書かれていた場所が頭を過った。
静香南
「私、さっき寄った本屋に行きたいです」
葛井
「分かりました、行きましょう!」
私達は再び、4階にある本屋へ向かった。本屋へ着いた私は、新作コーナーと表記されていた場所へ足を運んだ。そこには私の大好きなシリーズの最新作が置かれていた。私は、直ぐに本を手に取り読んだ。本を読んでいた時、横から新君が話し掛けてきた。
葛井
「あの、静香南さん?何の本を読んでいるんですか?」
静香南
「ん?あー、これわね、【俺はと私は】って言う、私の好きな作家さんの新作なの」
葛井
「あ!知ってます知ってます!【巣立ちの記憶】って言う本の作品も、手掛けている人ですよね!!確か、今回の「予言者」も原作は彼が書いていますよね」
静香南
「え?!知ってるの!」
葛井
「はい!」
静香南
「本当に驚いたな、私と同年代の人でこのシリーズを読んでた人がいたなんて」
葛井
「僕も、まさか静香南さんだったとは…驚きです」
本が好きとは聞いたけど、まさか私と同じで、大好きなシリーズを書いている作家さんと作品が好きだったなんて。
静香南
「嬉しいな、私の周りで読んでいる人、ほとんど…いなかったから」
葛井
「…ぁ」
私は、本当に嬉しかった。小学校、中学校、高校って、私と趣味が合う人は本当に少なかったからなぁ…。
ーーー
八方美小学校の教室内
「ねーねー、昨日のパリキュア見た?」「あ!見た見た!!」「私も!見た!」
昼休み、教室には、三人の女子生徒と私だけがいて、他の皆んなは、外に遊びに行っていた。私は、昔から1人静かに本を読むのが好きだった。
静香南
(嫌だなぁ…。きっと、私にも話し掛けてくるよね)
案の定、三人が私を囲む形で話し掛けてきた。
女子生徒達
「ねーねー!月華ちゃんも見た?昨日のパリキュア」「まさか、見てないって事ないよね」「まさかだよね」
私は、クラスの中で流行っている事とかには興味がない。だから、パリキュアなんて当然知らなかった。
静香南
「…見てない」
彼女達は、明らかに私を否定する様に見た後、何処かへ行った。その際に、小声で「ありえない」と聞こえてきた。
八方美中学校の教室内
「ねー!昨日さ、歌番組でc-popグループの「VTS」出てたの見た?」「あー!見た見た!」「カッコよかったよね!」「それな」
また、流行りの話だ。
静香南
(きっとまた、私の所に来る…)
彼女達は、私の方に歩いてきた。
静香南
(ほらやっぱり…)
私は、静かにため息をついた。
女子生徒
「ねー、静香南さん、昨日の歌番組見た?」
静香南
「いいえ」
女子生徒
「…えっと」
女子生徒達は、なにやら相槌を打って合図している様だった。言いたい事があるならはっきりと言ってくれればいいのに。
女子生徒
「え…っと、静香南さんって、「VTS」て知ってる?」
静香南
「ごめんなさい、私、そう言うの興味ないから」
私は、読んでいた本を閉じて席を立ち、教室を出た。教室を出る際、彼女達の方をチラリと見た。彼女達は何故か悲しそうな顔をしていた。私は、中学、高校と上がるにつれ自分の思った事をしっかりと相手に伝えれる様になれた。
月下美女子学院高等学校の教室内
「相変わらず素敵ね」「ほんと、私達の憧れ!!」「はぁ…ため息が出るほど綺麗」「月下美女子学院のマドンナだわ」
また、流行りの話をしているに違いない。けど、高校に入ってからというもの、周りの生徒達は余り話しかけてこない…というか、皆んな私を見ては避けていっていた。趣味の話をできる時なんて、生徒会の人達の中でだけ…。
ーーー
静香南
「ごめんなさい、いきなりこんな」
葛井
「いえいえ」
私は再び、手に持っていた本を読んだ。
昼16時20分
モール内にアナウンスが入った。アナウンスによれば、誤作動の修復が完了したとの事。
私は、手に持っていた本を閉じた後、元の場所へ戻した。それに、続いて新君も本を置く。
葛井
「…と、言う事なんで、行きましょうか」
静香南
「はい」
私達は、エスカレーターに乗り5階へと向かった。5階へ着いた私達、新君によると定番?だと言うポップコーンとドリンクを頼んだ。この時も新君が奢ってくれた。私は、抵抗したが新君の粘りに負けてしまった。そして、私達は映画館の中へと入った。私達は、指定した席に座った。そして、私が待ち望んでいた映画「予言者」が始まった。
夕方18時19分
映画「予言者」の上映が終了した。私は、予想外の出来の良さに感動した。
静香南
「ちゃんと、原作通りに描かれていましたね。俳優さん達も中々の演技力でしたね…って…え…」
葛井
「ううっ…うっうっ…グスゥ!!…うう」
私が横を見ると、新君はポロポロと涙を流して泣いていた。
静香南
(え…泣いてる。私の勝手なイメージだけど、男の人ってこう言うの見ても泣かないんじゃないの?…大介だったら…絶対寝てる…)
葛井
「…うぅ…いや〜、いい映画ですね…グスゥ!」
静香南
「…ぁ、これ、どうぞ」
私は、ハンカチを渡した。
葛井
「ありがとうございます」
新君は、渡したハンカチで涙を拭いていた。
葛井
「ありがとうございました」
静香南
「あ、はい」
葛井
「はぁ、それじゃあ、行きましょうか」
静香南
「そう…ですね」
私達は、映画館をでた。その後、5階フロアへと出てきた。
葛井
「いやー!それにしても良かったですね!あの映画、特に最後の別れの言葉!!もー、あれは感動ものですよ!!」
静香南
「…ふふ」
葛井
「あ、ごめんなさい、一人で勝手に盛り上がっちゃって」
静香南
「ううん、新君って思ってたよりも、明るいし、結構、感情が豊かなんだね」
葛井
「え?そうですかね〜」
静香南
「うん、絶対そうですよ」
葛井
「え〜?あっはっは」
静香南
「んふふ」
葛井
「あ、そろそろ時間ですね」
静香南
「…あ、そうですね」
葛井
「最後に、何処か、行きたいとことかありますか?」
寄りたいところか…。私は、本屋で見つけたある物を思い出した。
静香南
「う〜ん…あ!私、最後に本屋へ行きたいです」
葛井
「え?本屋…ですか?」
静香南
「はい、買おうか迷ってた物があって」
葛井
「そうなんですね、じゃあ行きましょうか」
私達は、再びエスカレーターに乗り4階へと向かった。4階に着き、新君は私の要望通り本屋に寄ってくれた。私は、映画を観る前に本屋の新作コーナーで読んでいた「俺はと私は」を手に取り、会計へと向かった。店員は、男性から、派手な髪色の女性に変わっていた。
レジの店員
「えー、1,500円になります」
静香南
「はい」
レジの店員
「あの」
静香南
「はい?」
レジの店員
「表で待ってくれてる、金髪の男性って彼氏さんですか?」
静香南
「え?!あ…いや、友達です」
レジの店員
「え〜、本当ですか?でも、いいな〜」
静香南
「え?」
レジの店員
「だって、イケメンじゃないですか〜」
静香南
(イケメン?新君が?…大介の方がカッコいいもん)
レジの店員
「あ、ごめんなさい、こんな話しちゃって」
静香南
「いえ、別に」
私は、会計を済ませて店を出た。店を出ると新君が待ってくれていた。
葛井
「目当ての物は買えましたか?」
静香南
「はい、無事に」
葛井
「それは良かった、もう他に行きたい所とか、寄りたい所とかはありますか?」
静香南
「いえ、特に」
葛井
「分かりました、それじゃあ帰りましょうか!」
え…。帰っても大丈夫なの?自分ばっかり優先してもらってたけど…。
静香南
「あ…新君は良いんですか?」
葛井
「え?何がですか?」
静香南
「寄りたい場所とか…」
葛井
「あぁ、僕は大丈夫です」
静香南
「…本当に?無理とかしていないですか?私に合わせてくれなくても大丈夫ですよ」
葛井
「いえいえ、僕は行き慣れてるもんで、店内に置かれてある物は見飽きてるんですよ」
だから、あれ程手際が良かったんだ。
静香南
「そうだったんですね、ごめんなさい」
葛井
「いえいえ、謝る事じゃないですよ。先に言ってなかった僕も悪いですから」
静香南
「…」
葛井
「…え…っと、それじゃあ、帰りましょうか」
静香南
「…はい」
私達は、帰るためにエスカレーターに乗り1階へと向かった。
葛井
「あの、静香南さん」
静香南
「はい」
葛井
「静香南さんって、本当に本がお好きなんですね」
静香南
「え?」
葛井
「ずっと、買った本を大切に持ち歩いていたもので」
静香南
「あ…これですか、だって自分の好きな物は雑には扱いたくないじゃないですか、それと折れたりしたら本が可哀想です」
葛井
「物を持ち歩いてる時の人間は、一番油断してしまう時であり、さらにどんな冷静沈着な人でも性格が露わになってしまう」
静香南
「え?それって…」
葛井
「小説、巣立ち…」
静香南
「巣立ちの記憶の56ページ目の、初めて心理学の先生がデートした時に相手に言った言葉!!…あっ…私…その」
葛井
「あ…」
静香南
「…ご、ごめんなさい!…私…つい熱くなっちゃって…」
葛井
「いえいえ、知ってたんですね」
静香南
「…はい、とても好きな作品の台詞だったので」
葛井
「僕も巣立ちの記憶シリーズはとても好きです」
静香南
「ほんと?!なら、あのデートし終わった後、先生が最後に言った言葉…」
葛井
「君が初めてだ、僕の心理に逆らったのは…ですよね!」
静香南
「はぁ!!そう、それ!あ、あと…」
それから私は、エスカレーターを降りショッピングモールの出口に着くまで、新君に【巣立ちの記憶】について、熱く語っていた。新君はそんな私の話を嫌な顔一つせず、笑顔で話全てに共感してくれた。
静香南
「その後の展開も、物凄くいいの!」
私は、ついつい熱くなってしまっていた。
葛井
「本当に静香南さんは【巣立ちの記憶】シリーズがお好きなんですね」
静香南
「うん!もー!大好き!」
葛井
「…」
あれ?私、今なんて言った?
静香南
「あ、いや!あの…その…」
葛井
「嬉しいです」
静香南
「…え?」
葛井
「なんか、今日、やっとこうやって静香南さんと話せたなって思うと、嬉しくて」
私と話せたのが…嬉しい?私、もしかしたら…。
静香南
「…あの、私、もしかしたら今日、新君に失礼な言葉遣いや、馴れ馴れしい話し方などをしてしまってはいませんでしたか」
葛井
「え」
静香南
「私、自分の好きな事となってしまうと、自分を抑えられなくなって、つい言葉遣いが悪くなって、失礼な事とかを言っていたと思うんですよ」
と、私が言うと彼は、そんな事はなく、逆に自分的には嬉しい。堅苦しいのは嫌いで敬語ではなくタメ口?で気軽に話して欲しいとの事だった。私は、躊躇いながらも新君に合わせた方がいいと考え、それに了承をした。
葛井
「はい!勝手ながらお願いします!」
静香南
「分かった、でも、新君と居ると自然とタメ口?…に、なってた自分がいたかも」
葛井
「え?」
静香南
「新君と一緒に居ると気が楽になるって言うか、安心できるって言うか…」
葛井
「…ぁ」
静香南
「あ!!変な意味はないよ。きっと新君は、人を明るくできる何かを持ってるんじゃないかな」
私はこの時、今日新君に対して感じた事や思った事をありのままに伝えた。
葛井
「そ…そうですかね〜」
静香南
「そうだよ、自信持っていいと思うな」
葛井
「…はい!自分ではよく分かんないけど、自信が持てるように頑張ってみます!」
静香南
「うん、新君ならきっとすぐだよ」
葛井
「そう言ってもらえると助かります」
私は、ショッピングモールの出口付近に置かれていた大きな時計を見た。
静香南
「それじゃあ、私、帰る時間になっちゃったから、行くね?」
葛井
「あ、はい!今日は本当にありがとうございました!!」
静香南
「こちらこそ」
その後、私達は、ショッピングモールの出口付近で解散した。
静香南
(はぁ…。今日なんだかんだ言って、全然予想通りに行かなかった。新君って、全然読めない人…あ、そうだ、大介…今日私のマンションに来るって言ってたの思い出した!急がなきゃ)
私は、駆け足でマンションへと向かった。マンションに着き、自分の部屋のドアを開けようと、ドアノブを下に下げた。しかし、ドアには鍵が掛かっていた。
静香南
(あれ?大介、まだ帰ってきてないんだ。急いだ私が馬鹿みたいに…)
私は、リビングに行き、大介が帰ってくるのを今日買った本を見ながら一人待った。
あべこべ彼女 ホマネコンティー @homapon
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