2-1
*
最初は、帯だった。
鈴鳴は、国中で数えるほどしかいない『
呼吸一つ許さない緊張の中、ただ彼女の
繊細な模様を織り上げるため、無数にある糸を
『この爪ね、こうやって
『……そなたの手は、何より価値あるものを生み出している。その布には、そなたの美しさと、生命が織り込まれている。誰から褒められずとも、故郷から遠く離れた地で独りきり……泣き言も言わず、己の美しさを他人のために削るそなたを、その手を、私は何より尊いものだと思う』
その日のうちに、私は侍従を呼びつけて『今年入った
幾月か後、私の元へ届いた帯には、異国の
(蓮の花が持つ意味は、泥から生まれ出ても決して穢れる事のない『高潔』と『神聖』……そなたの王とは、そうあるべきものか)
この繊細な意匠の一つ一つをあの手が紡いだのだと思い、一つ息を吸い込んで帯を締めれば自然と背筋が伸びた。きめ
(……この帯に見合う、次代の王でありたい)
それを身に着ければ、窮屈な人の身であっても、少し楽に息が出来るような気がした。
トントンカラリ、トンカラリ
「最近は、言わないのね」
「……うん?」
「だから、織っているところが、見たいって……もしかして、寝てたの?」
懐かしい、夢を見ていた。彼女と出会ってから、どれだけの年月が過ぎただろうか。我々は互いに少しばかり大人になり、そしてその距離も少しは縮まった、はずだ。相変わらず扉越しの会話で、顔を見た事さえ数えるほどしかないが……
「そなたの、夢を見ていた……まだ幼く、機を織りながら、寂しそうに歌を歌っていた」
「寂しそう?」
「ああ……まだ、寂しいか?」
沈黙が、落ちる。答えは急かさず、言葉が絶えても響き続ける機織の音に耳を澄ませた。そこに彼女の心があると、知っていたから。
「……寂しくないって言ったら、嘘になるわ。でも、あなたと話している時は、故郷のことを少しだけ忘れていられるの。いつも来てくれてありがとう、黎月」
「………」
そなたが家に帰れないのは私のせいなのだと告げたら、彼女は私を軽蔑するだろうか。それとも、いつものように、少し悲しそうに笑って『そっか』とだけ告げるだろうか。実際、鈴鳴を故郷に帰すのは、私にとって難しいことではない。
(それでも、手放すことが出来ないのは……)
トントンカラリ、トンカラリ
「そう言えば、さっきの答え聞いてないわ」
「っ、なんだ」
私の動揺に、鈴鳴は気付かず続けた。
「どうして急に、私の織り姿を見たいってゴネなくなったのかしらって」
「ゴネる……」
酷い言われようだとは思うが、否定はできない。私の好意に気付いているのかいないのか、至って『いつも通り』の鈴鳴だった。
「きっと、衣として仕立てられた時の楽しみとするのが一番だと、気付いたからだろう」
「え……?」
帯の次は、衣を望んだ。男物一つ仕立てるために必要な
『模様にはね、意味がないものなんて何一つないって、母さんが言ってたわ。もし誰に習ったのでもない新しい模様を織った時には、心を込めて自分で意味をつけるのよ、って。青い空に一羽だけ漂う鳥は、孤独を意味するでしょう?でも、沢山いれば寂しくないわね』
そうして一年後に仕立てられた衣には、淡い蒼と金色の入り交じる空の中を、
彼女は他にも沢山の意匠を私に教え、少しずつ私の見る世界には色が付き、意味を持って輝き始めた。幼い手から紡がれる夢物語は確実に形を成し、私はいつしか人の姿となることに窮屈さを感じなくなっていった。
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