第1話 再開

 何がきっかけだったか覚えていない。多分些細なことだったんだと思う。高校二年生の夏休み明けだったのは鮮明に覚えている。やけに夕焼けが綺麗な日だった。

 私は藤枝小夜・橋倉瑠璃・加藤明日香の三人に、学校の三階トイレに呼び出された。校内で一番人気のない場所で、滅多に見回りが通らないことも有名だ。


 最初は行くつもりはなかった。馬鹿な私でも身の危険を察知するぐらいはできる。けれどその後の報復が怖かった。少し前までは一緒に買い物に行くほど仲が良かったのに、いつからか私だけが仲間外れになって敵視される。もしかしたら話し合えば仲直りできるかもしれない。そんな…叶いもしない淡いを思いを抱いてしまった。

 三人のクラスメイトは私を見つけるや否やトイレの中に引きずり込み、まず私の髪を引っ張り乱暴に跪かせた。私を見下している三人の顔は、一切の猶予のない閻魔のような顔をしていた。

「ここに来たってことはさ、やめてくれるんだよね」

リーダー格の小夜は強い口調で聞いた。ヒエラルキー上位の彼女はバドミントン部のキャプテンで、みんなの中心にいるような人間だ。だから彼女の言葉は絶対だし、誰も逆らおうとしない。現にいつも一緒にいる瑠璃と明日香は、私に尋常じゃない敵意をむき出している。

「な、なにを」

「決まってんでしょうが!」

 そういうと瑠璃は、バケツ一杯分の水をぶっかけた。冷たい水が私のシャツを透けさせる。反射的に前部分を隠すが、そんな隙を彼女たちが見逃すはずがない。明日香が腕をがっしりと掴んで離さない。さすが柔道を習っている明日香だ、私が抵抗しようともびくともしない。

「ねぇわかってるんでしょう、本当は。時間割いてるんだから早くしゃべりなさいよ」

「だから、なんのことかわからないんだって」

「海斗くんのことよ!あんた最近中良さそうよね!私と海斗くんが付き合ってるの、あんた知ってるでしょ!」

 ヒステリックに小夜は叫ぶ。だが彼女の言葉を私の鼓膜はしっかりとキャッチした。海斗君というのは小夜の彼氏で、確か将棋部のエースだったか。パッとしない雰囲気だが、彼の髪をあげた姿はとてつもない破壊力だった。

 教室内では滅多にイチャイチャしない。つまり秘密に付き合っているというわけだ。一度だけ訳を聞いたことがあるが、そっちの方がスリルとかがあっていいでしょと言われた。


 兎にも角にも私はボスの逆鱗に触れてしまっているようだ。しかし待ってほしい、話したといってもそんな大層な話をしたわけじゃない。むしろ逆だ。

「確かに私話したけど、でも小夜が怒るような話じゃない!」

「嘘よ、絶対ウソ」「海斗くんと何話してたのよ、言ってみなさいよ!」「あんたなんかが海斗君と釣り合うわけないじゃない」

 酷い言われようだ。あんたたちだって文化祭の前と後で評価がまるっきり違うじゃないの。海斗君、海斗君って、前までは眼鏡Bって言っていたのに。


「私が、その、海斗君と話してたのは…、小夜のプレゼントがなにがいいのかって聞かれただけだよ」

 そう、四人だけが知っている秘密。その中でも交際する前からの知り合いである私は、サプライズプレゼントをあげたいと相談を持ち掛けられていた。そこを小夜に見られたんだろう。なるほどそれは激昂するわけだ。私は誤解を解くために、必死に弁解しようとした。

「本当は言わないでって言われてるけど、海斗くんは記念にプレゼントをあげるって、それの相談されただけだよ!」

 少しの沈黙。だがこの場を支配する空気が確実に変わっていく。明日香は手を緩め、瑠璃は目を丸くしオロオロとしている。お願い、これ以上何もしないで…

 けれど、終ぞ私は恵まれていないようだ。あぁ、神様仏様、どうか、どうか小夜が私の言葉を、しんじてくれますように。


 小刻みに震える小夜の手と唇は、怒りが有頂天に達しているようだ。

「そんなの、そんなの、信じられるわけないじゃない」

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かくれみの 針本 ねる @kurenai299

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