聖剣抜いて勇者になったと思ったら想像してたのと違うんですけど!?

海星めりい

聖剣抜いて勇者になったと思ったら想像してたのと違うんですけど!?



 物語の主人公に憧れた事はあるだろうか。

 性別問わず、誰でも一度は思ったことがあるのではないだろうか。


 

 ――ヒーローのようになりたい!

 ――魔法が使いたい!

 ――○○の技を放ちたい!



 そして、今、通学路を歩く少年もそれと似たような願いを持っていた。



 ――勇者になりたい!



 と。

 高校生にもなって口に出すのは流石に恥ずかしいのか、誰にも言ったことはないが、同級生も大なり小なり似たようなことを考えているだろう、と少年は考えている。


(一昔前には学校の授業中にテロリストが来ねえかなあ……なんて夢想するのがトレンドだったわけだし? 学生なんてそんな感じだよなあ)


 言うまでもないが、かなり偏った知識である。

 とはいえ、そんな風に考えてしまうのも無理はない。


 日常というのが学生にとっては案外億劫で退屈なものであるというのも、一種の事実なのである。


 いかに夢想しようとも、自分の望みはゲームや漫画などでしか叶えられないのだろうなあ……と少年が思った時だ。


 足下が突然光り輝きだした。

 よく見れば円形に幾何学模様が広がっていき――魔方陣のようなものを形成する。


「え? は!?」


 自身が望んでいたシチュエーションのはずなのだが、いざ起きると戸惑った声を上げる。


 そうこうしているうちに魔方陣は完成したのか、それ以上大きくなることはなく、輝きをさらに増していく。


 そこで、ようやく状況をつかんだ少年は光に包まれながらも興奮した声を上げた。


「これはきっと勇者召喚の――……」


 少年の姿はこの場から綺麗に消え去ったのだった。







 ――諸国連合所有保全遺跡


「り、リエラお姉ちゃん! はやく逃げないと!? 最近は前線が下がってきていて、ここにも来るかもしれないって!」


「待ってエリン。あと少しなのよ。ここを接続して……あとは、持ってきた魔力炉と接続すれば」


 話しているのは二人の少女だ。


 リエラと呼ばれた一六、七程の少女は幾何学模様が描かれた大きな台座の上で作業をしており、その表情は真剣だ。


 一方でエリンと呼ばれた少女は台座から離れたところで、わたわたと落ち着きなさそうにリエラに呼びかけている。


 しかし、リエラは離れる気はないらしくケーブルで箱と台座を繋いでいた。


「これで上手く行くはずよ……」


「はやく逃げようよ! 揺れてるよ!?」


 その言葉通り、最後の作業をしている最中にもズズン! ズズン! と確かな揺れが感じ取れる。


「分かってるわ! ……接続完了!」


 リエラが立ち上がり、数秒待つも何も起きない。


「なんで起動しないの!?」


「し、失敗したって事だよね? お姉ちゃん逃げるよ!」


 エリンとしても残念ではあるものの、これで逃げる理由ができたとやや喜びが勝った感情を胸にリエラの手をつかむ……が、


「出力不足? そんなことないわ、最上級品よ。これでダメなら……」


 リエラは諦めきれないらしく、未だに思考していた。

 握った手を何回も引っ張っても、リエラは全く反応しない。


 するとエリンは、ぷくぅ、と頬を膨らませ、


「お姉ちゃんのバカー!」


 大声で叫ぶと同時に力を込めて無理矢理引っ張った。


 普通ならばバランスを崩す程度のことで、さほど問題のない行為だが、リエラは周りを一切気にしていない状態だ。


 そんなときに引っ張れば――


「へぶっ!? 痛っ!? いきなり引っ張らないで!?」


 ズリズリと妹に引き摺られる情けない姉の誕生である。


「…………」


「ちょっと待って!? 分かった! 逃げるから! せめて立ち上がらせて!?」


 妹の華奢な身体のどこにこれほどの力があるのか分からないが、このまま引き摺られるのは避けたいリエラが叫ぶも、足を止める気は無いらしい。


 無言で引き摺り台座からリエラを降ろした直後、魔方陣が輝きだした。


「「え!?」」


 全く予想していない展開に同時に声を上げるが、その表情は全く違うものだった。


 リエラは目を輝かせて興奮し、エリンは動揺し目を左右に動かすだけだ。両者の性格の違いが如実に出ている。


 そうしているうちにも光はどんどん強くなり、二人とも目を開けていられないほどの光となっていき、思わず目を閉じる。


 閉じられたまぶたを貫通しているのではないか、と錯覚するような程の光は永遠のようにも感じられたが、すぐに収まった。


「成功したの?」


 エリンは未だ完全ではない目で、魔方陣の方を見るがまだよく見えない。

 一方でリエラは同じような状態にも関わらず、人影らしき姿が見えることに気づき喜色ばんだ声を上げた。


「やった成功よ! これであいつらを見返せるわ!」


「ほ、ホントに……?」


 きゃっほーい! と両手を挙げて喜ぶリエラとおろおろするエリン――そして、


「――勇者召喚の魔法によるもの!」


 魔法陣の時のテンションそのままに現れた佐久間さくま ひじりだった。


「うお!? 本当に異世界じゃん!」


 続けざまに聖が周りを見渡せば、先ほどまでのザ・コンクリートの道路ではなく、遺跡のような場所。三六〇度景色が違う場所に一瞬で移動する方法など現代では確立されていない。


 さらに、魔方陣まであればそういう思考回路になるのは当然とも言える帰結だった。


「やったわ、本当に召喚出来たわよ! しかもしゃべっているわ!」


「わぷっ!? 抱きつかないでよ!? それに本当に勇者様ならしゃべるに決まってると思うんだけど……」


 聖の目の前では少女二人による百合百合しい光景が広がっていた。


 なんかペットのような扱いを受けている気がしないでもないのだが、それよりも少女達の姿の方に目がいっている。


(美少女だ!? 俺、美少女に召喚されたぞ!)


 言葉が理解できていることなどどうでもいいらしい。


 聖が見つめていると、流石に落ち着いたのかリエラが咳払いを一つし、恥ずかしさを誤魔化すように聖に話しかけてきた。


「それで? 勇者様でいいのよね?」


「多分そうだと思うけど――」


 勇者か? と聞かれても勇者だと思うとしか答えようがない。召喚の最中にでも脳内で『アナタは勇者です』などと言われていればまた違ったのだろうが、呼び出されただけなのだ。


 聖の発言の最中にまたも、ズズン! と遺跡が揺れる。


「っち! 近いわね」


 リエラが舌打ち混じりに悪態をつく。発言通り、振動の大きさは聖が召喚される前よりも大きい。


「一体なにが……」


 いきなりの振動に理解が全く及んでいないのは聖だ。ただでさえ召喚されたばかりだというのに、説明もなしに把握しろというのは無茶ぶりである。


「お姉ちゃん、この人が本当に勇者様なら急がないと!」


「そうね――狼狽えてないでこっちに来て!」


「待って、説明を!?」


 聖の抗議の声を無視して、二人は駆けだしていく。リエラは聖の手を取って……だ。


 途中、さらに短い間隔で三人を振動が襲うたびに、「うおっ!?」だの、「ひっ!?」だの聖の声から漏れ出るが姉妹が気にした様子はない。


「ついたわ!」


 訳も分からぬまま走ることおよそ五分。聖がたどり着いたのは、余り大きくない部屋だった。少なくとも先ほど召喚された部屋よりも小さかった。


「一体何処に……ん? あれは?」


 と、そこまで言ったところで視界に光り輝く何かが映った。まるで海から昇る朝日のようにきらびやかに輝く物体。


「勇者様なら抜けるはずよ。あの聖剣が!」


 リエラが指さした先にあるのは光り輝く剣だった。聖剣と呼ぶにふさわしい神々しさだろう。


(やっぱり聖剣か!! でも……)


「なんでこんな所に。普通召喚された所と一緒にしておかないか?」


「そんなの知らないわよ。遺跡を造った古代人にでも言ってちょうだい――って、そんなことはどうでもいいのよ。頼むわよ、勇者様」


「お、おう」


 リエラに促され、聖は聖剣へと歩み寄っていく。踏み出すたびに心臓がドクンと音を立てているような気さえする。


 その理由はついに自分が勇者になるかもしれないという高揚感と、自分が勇者じゃ無かった場合この剣は抜けないのだろうか、という不安感が入り交じっているからだ。


 そして聖は聖剣の前へとたどり着く。


 聖剣が刺さっているのは台座だ。それは聖が召喚されたものと似ているものの、大きさはかなり小さい。


 その台座にがっつり剣が刺さっている。刺さり具合はかなりのものだ。もう見事に……打ち込まれた釘を彷彿とさせるほどに突き刺さっている。


 ぶっちゃけ、柄の部分と刀身の一部がなんとか顔を出している状態だった。


 どれほどの力で差し込んだのだろうか。

 怪力自慢でもない聖は、それを見ても全く抜ける気がしなかった。


「ホントに抜けるのか……これ?」


 思わずそう呟きたくなるのも当然だろう。


「いいから! さっさと抜いて!」


「い、急いでください!」


「わかったよ」


(なんか想像していた状況と違う)


 聖の中では城の地下に備え付けられた魔方陣や聖地の魔方陣で召喚されて、王女や聖女といった美少女に『勇者様! この世界をお救いください(はーと)』みたいな感じになると思っていたのだ。


 美少女に召喚された点は同じだが、こんなめり込んだ剣を急かされながら抜くような事になるとは微塵も思っていなかった。


(いや、でも勇者を呼ばなきゃならないほど追い詰められている状況なら、急かされるのはあながち間違いでも無いのか?)


 わざわざ異世界から人を喚ぶということは逼迫しているという証でもある。

 まあ、自軍の勢力を使い潰したくないゆえに利用する場合もあるだろうが、姉妹の焦りは本当のように感じられた。


 現に今も背中から射貫くような視線を感じていた。


 改めて聖は目の前の聖剣に集中する。光り輝く剣は全てをはねのけそうな神聖な雰囲気を携えており、触れて良いのか躊躇してしまいそうになるほどだった。


 だが、ここまできて何もしないという選択肢は残されていない。


 ゆっくりと手を伸ばす。


「……いくぞ!!」


 おそるおそる聖剣の柄に手をかけた聖は思いっきり引っ張った。

 怖がりながら引っ張ったものの、聖剣はどこかに引っかかることも無くあっさりと抜けた。


 拍子抜けするほどすんなり抜けたのだ。

 むしろ、注意すべきだったのはその後、


「っとと!? おわっ!?」


 聖がバランスを崩しかけた方が危険だった。


(簡単に抜けてびっくりしたけど……これは俺が勇者で良いって事だよな!!)


 と、聖が手の聖剣を見て内心で喜ぶのと同時に、


「抜けた! 本物の勇者様よ! 私の理論は完璧だったわ!」


「や、やったね! お姉ちゃん! これで私達の地位も!」


 姉妹も聖以上に喜んでいた。やや俗物的な内容が混じっていたが、聖には自身が勇者であるということで脳内が喜び一色で染まっていたので気づかなかった。


 と数分ほどそのままだった三人だが、聖が一番先に正気に戻った。


「で? そういえばこれからどうしたらいいんだ?」


 召喚されてから流れに任せっぱなしだった以上、どうしていいのか全くわからなかった。


 とりあえずどうすればいいのかを姉妹に問いかける。


「そうよ!? こんなことで喜んでいる場合じゃないわ!? 急いで――」


 ズズン! ズズン!!


 リエラの言葉を遮って振動が三人を襲う。音もだが、振動自体の強さもかなり大きい。大分近くまで来ているようだ。


「魔王軍がもうこんなところまで来ているなんて……」


「ま、まずいよ、お姉ちゃん!」


(魔王軍! 勇者とくれば魔王だよな……うんうん。お約束がよく分かっていらっしゃる!)


 一人変な所に感心しているが、その最中にも音と振動が近づいてくる。


 そして、テンションが上がった聖は姉妹の前に立つと、音が聞こえてきた方に聖剣を構えて向きなおった。


「よし、俺に任せろ! この聖剣を使って魔物を倒してみせる!」


 ろくに戦ったことなどないくせに言葉だけは立派である。


 しかし、随分と様になった構え方だった。そこらの素人の持ち方ではない。


(剣での戦い方は検索して頭にたたき込んである……勇者となれば身体能力などのポテンシャルは底上げされるはず。すでに学んでいる俺ならば魔物ごときどうにかなるはず!)


 どうやら、それなりに考えがあってのことらしい。本来無駄知識だとは思うが、召喚された聖にとっては無駄知識では無かったらしい。


 だが、


「そんなもの持ってどうやって戦う気なのよ!」


「む、無駄死にしちゃいますよ!?」


 姉妹が揃って止めにはしる。


「へ?」


 それって一体どういうこと? と聞く前に、状況が動いた。


 巨大なオオカミのような獣が遺跡の壁を破壊し聖達の前に現れたのだ。


 いや、厳密には獣ではない。オオカミを模してはいるが、全身が金属のようなパーツで構成されている。


 つまり、本物の生物ではないということだ。

 ただし、大きさは聖の四~五倍、壁を突き破ってきたことから強度も身のこなしもかなりのものであることが窺える。


 聖剣がどれほど強さを持つのか知らないが、この世界に来るまでただの学生だった聖にはどう考えても荷が重すぎる相手だった。


 そんな機械仕掛けの怪物を見上げながら、聖が言えたのは一言だけだった。


「ちゅ、チュートリアルにしては敵がヤバすぎませんかね?」









「うおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 三者三様の叫び声を上げながら走っているのは聖、リエラ、エリンの三人だった。


 まさに必死の形相で全力疾走している。


 その理由は後ろから追ってくる巨大なオオカミのような金属の化け物から逃げるためだ。


 今もガシャン、ガシャン、と器用に四つの足を動かしながら、三人目掛けてダッシュしてきていた。


「だから言ったじゃない! 魔王軍のゴーレム相手にそんなもの持ってどうするのって!!」


「あんなのがいるなんて聞いてない! 普通いても大型の魔物ぐらいだろ! オークとか、オーガとか、サイクロプスとか!」


「そ、そんな魔物今の時代いませんよぅ!」


 全速力で走りながら会話するとは中々器用なことである。

 リエラがちらりと後ろを確認するがゴーレムは未だに此方を追いかけていた。


「しつこいわね。もう何回も通路を曲がっているっていうのに……エリン! とりあえず目くらましを!」


「ひ、一人で逃げないでね!?」


「逃げないから、やって!」


「はあぁああ――イグニッション!」


 一瞬、集中し、大きな声で叫んだ直後、後ろ手にエリンの手元から炎の塊がとんでいきゴーレムの顔の部分で爆発する


(おおおおお! これが多分魔法か!)


 おどおどしながら放った魔法だが、威力は凄まじい。爆炎で一時的に通路が埋まる。ゴーレムの姿も見えなくなってしまった。


「これで稼げるのは少しだけよ急いで! こっち!」


「あ、ああ!」


 リエラに先導されるように後を追って、逃げ込んだ先は広間だった。


「こ、ここは……」


 召喚された部屋の数倍は広く、あのゴーレムさえも楽に動けそうな程だ。奥には巨大な石像が鎮座しており、教会の礼拝堂か何かを彷彿とさせる。


「ほら、急いで!」


「ゆ、勇者様! こっちです!」


 周りを見回す聖に比べ、姉妹の動きに迷いはない。二人を追いかけて聖も広間の端にある階段をのぼっていく。


 その直後、入ってきた入り口が崩れ落ち、瓦礫と砂埃の中から、ゴーレムが姿を現す。顔の部分が多少煤こけているが、致命傷にはほど遠い様子だった。


『GRUAAAAAAAAAAAAAA!!!』


 怒っているのか、四肢でしっかりと地面を踏みしめて遠吠えをする。


 まるで本物のオオカミのようだった。


「あいつキレてないか!? どうする気だ!?」


「気にせずこのまま走るのよ! エリンの魔法での目くらましも大して効力を発揮しないから!!」


「そうだけど……そんなハッキリ言わないでよ~」


 先ほどの威力の魔法で焦げるくらいならば、どうにかなる可能性は低いだろう。それに、ここは高低差もある。


 逃げるだけならばなんとかなるだろうか――などと聖が考えた直後、後ろの通路が崩落した。


「――っ、何が!?」


 見ればゴーレムがジャンプして、狙ってきていたようだ。その証拠に、壁には爪でひっかいたような傷跡が残っている。


「後ろなんて見なくて良いから!!」


 そのままたどり着いたのは、石像の胸元だ。


「お、おいこんな石像があるところに来てどうするんだよ!?」


 てっきり、遺跡からの脱出路を目指していると思っていた聖の顔が驚愕に染まる。


「……これでいいのよ。といっても私達に出来ることはないけどね」


「ゆ、勇者様、聖剣をこの石像にかざしてください!」


 迫り来るゴーレムの音を聞きながら、言われたとおりに聖剣を石像に向かってかざす。


「わかった!」


 変化はすぐに訪れた。


 聖剣がかざした直後から、より一層輝きだしたのだ。さらに、それに呼応するかのように石像の胸元から石がパラパラとはがれ落ちていく。


 その下から覗くのは金属のフレーム。あのゴーレムのものとは若干質感が違うように感じられた。


「それでここから!?」


 胸元部分のみとはいえ完全に石がはがれた状態で聖剣の輝きも収まってしまい、またもどうすればいいのか分からない聖は再び姉妹達へと視線を向ける。


「あとは任せたわよ! 勇者様!」


「が、頑張ってください! ふ、フライ!!」


 そう言って、二人とも何処かに飛んでいってしまった。


「ちょ、ちょっとまって!?」


 飛べるなら最初から飛んで逃げようよ、等とツッコむ暇も無く、離れて行ってしまった二人を見送った聖は途方に暮れた。


 下にはゴーレムがまだ残っており、逃げていったターゲットをあの二人に設定していれば良かったのだが、どうやらこの石像が気になっているらしく、聖ごと助走をつけて今にも跳びかからんとしていた。


(どうすればいいんだよ!?)


 続けざまに起こる予想外な展開に、頭の中がパンクしそうになっている聖の耳に姉妹とは別の少女の声が聞こえてきた。


「はやく中に入ってよね!!」


 唐突な声に視線を左右に彷徨わせるも誰もいない。当然ながら振り返っても誰もいなかった。いたのはゴーレムだけである。


「どこ見てるの? 上よ! 上!」


 顔を少し上げると宙に浮いている少女が不機嫌そうな顔をしていた。姉妹とはベクトルが違うが美少女であることは間違いない、サイズを除けば。


 その少女の身長は聖の顔ほどの大きさだ。聖が驚いたのも当然だろう。


「えっと、どなたで?」


「そんなこといいからはやく!」


「うわ!?」


 自分よりも遥かに小さい少女に押され、開かれた金属の中に入る。中には椅子のようなものが置いてあった。中の広さは倉庫か物置に近いサイズだろうか。


 聖が石像の中に入った直後、ガイン! と金属同士がぶつかる音がして、揺れるが、それだけだ。何処か壊れたような気配はない。


 おそらくここにいれば安全なのだろうが、このままでは今いるこの場所――石像がなんなのかも分からないままだ。


「それで、ここからどうすれば……」


「何言ってんのよ。聖剣があるってことはアナタが今代の勇者様なんでしょ?」


 聖の疑問に答えてくれたのは宙に浮かぶ少女だった。


「へ?」


「へ? じゃないわよ! 勇者様でしょって聞いてるの!」


「多分、そうです」


 詰め寄られ、思わず素のテンションで答える聖。


「ならさっさとこれを起動させなさいよ。そこの穴に聖剣刺して捻って」


 さも当然のように言われたので、良く回っていない頭のまま聖は椅子に座った状態で聖剣を足下の穴に差し込んで右に回す。


 すると、何かが唸るような音が響き、明かりが付く。同時に、この場所ごと揺れ始めた。


 先ほどまでのゴーレムに攻撃されている振動ではなく、これ自身が動いているような振動だった。


「うんうん、魔光炉シリンダーの出力は大丈夫そうね……封印状態だったから大丈夫かと思ったけどこれならすぐにでも戦えるわ! さあ、勇者様! 出撃よ!」


 少女の声にあわせて、振動がさらに大きくなる。


 そして、聖の手元には球体が一つずつやってきていた。


(本当にどうすればいいんだよ!? 全く分からない!?)


「ほら、とりあえずそれを握って動け! って思えば良いのよ」


 聖が混乱の極みに達しているのに気づいたのか、少女が助け船をだす。


(異世界に来て勇者になったのには違いない――こうなりゃやけだ!! 動け!!!)


 そう思った時、石像が動き出す。いや、動き出したその姿はすでに石像ではなかった。


 石の外装を脱ぎ捨てて、現れたのは純白の装甲を纏った機械の人形――勇者専用魔法機士ルーン・ウォーロックだった。






 そんな、魔法機士を起動させた聖はゴーレムから逃げていた。


「逃げるんじゃなくて戦いなさいよ! あっちの方が小さいのよ!」


「無茶言わないでくれ!? どうやって戦えば良いのかなんて見当も付かないんだから!?」


『GRUAAAAAAA!!』


 短距離の陸上選手のようなフォームで走る純白の魔法機士と、それを追うオオカミ型のゴーレム。広間の中はもはやなにがなんだかわからない状況だった。


「ああ、もうしょうがないわね。ここは補助サポート妖精のレリヴェテール・ファクラスマ・ティアーテがあなたを助けてあげるわ!」


 ふん、と胸をはる小柄な少女だが、


「? ごめん、全くわからないんだけどぉぉ!?」


 操縦をなんとかこなすだけの聖にそのフルネームを覚えろというのは酷でしかなかった。


「聞いてないなら、聞いてないで良いわよ! とりあえずティアとでも呼んでちょうだい! それよりもそこまで操れるのなら、あんなの撃破するのわけないでしょ?」


「どうやってだよ!?」


 聖の何も分かっていない必死な様子を見たティアがため息交じりに口を開いた。


「大体なんで今動かせていると思っているの?」


「あれ……そういえば?」


 逃げるだけとはいえスムーズに動かせている。当たり前だが、聖がこの魔法機士と呼ばれる存在を操縦するのは初めてだ。


「勇者様は今、逃げることばかり考えているでしょ?」


「あ、ああ」


「そのイメージを戦うものへと変えてみなさい。今握っている操作球コントローラーは勇者様のイメージを直接この機体に届けているのよ」


「わかった!」


 ざっくりとした説明ではあるものの、仕組みを理解するのにこれほど適した簡潔な説明はないだろう。


 原理などが若干聖の頭の中を過ぎるも、状況が状況だけに気にしている場合ではない。


「行くぞ!」


 急遽、機体を一八〇度回転させた聖は空手家のように徒手空拳の構えをとった。これも剣の構え同様調べて覚えたものである。


 ゴーレムもいきなり戦う気概を見せた聖に対し、警戒心を抱いているのか、すぐには跳びかかってこない。お互いに隙を窺うような形だった。


 このまま、にらみ合いが続くのかと思ったが、ゴーレムが一つ遠吠えをして襲いかかってきた。その動きは生身で逃げているときに何度も見た動きだが、こうして魔法機士の内部で見るとまた違ったもののように感じられる。


『GRUAAAAAAAA!!!』


 飛び掛かってきた、ゴーレムの爪が機体にあたる直前に半身をずらし、ギリギリの所で回避させるとそのまま、身長差を生かして地面へと思いっきりたたき付ける。


「いいわよ! そのままとどめ刺しちゃって!!」


 ティアの声に従って床へとめり込んだゴーレムをそのまま追撃する。

 オオカミ型のゴーレムは力尽きる直前に一鳴きするとそのままぐったりと倒れ込んだ。どうやら機能停止したようである。


「ふう、なんとかなったか……?」


 心臓が未だバクバクいっており、緊張しているがどうやらなんとかなったようだ。


 その後聖は魔法機士に乗ったまま遺跡の外へとでる。この機体の元まで案内してくれた姉妹も来る気配がなく、置き去りにされてしまったらしい。


「一体、何なんだよ」


 こうして不満が出るのも致し方ないだろう。


 だが、敵はそんなことで待ってはくれない。

 ティアが大声を上げる。


探知機レーダーに反応! 上からまだまだくるわ!」


「え!?」


 聖が空を見上げると、黒い点のようなものがいくつも見える。

 近づいてきた黒い点は、その姿を聖達の元へとさらした。


 大きさは先ほどのオオカミ型のゴーレムとほぼ同じだが、その身体には翼があり、見た目も全然違う。見た目状聖の知識と照らし合わせられそうなのは――


「……ドラゴン?」


 それに近い存在が一斉に聖の乗る魔法機士に襲いかかってきた。


「うおあ!?」


 急な襲撃に焦ったものの、避けることは可能らしい。聖の反応がいいのか機体の性能が良いのかは分からないがこれは朗報だろう。


「ほら、頑張って勇者様! さっきみたいに撃破するのよ!!」


「なんという無茶ぶり!? こっちは素手だぞ!?」


 ティアの根拠のない声援を受けながらも必死に敵の攻撃を避ける聖。敵に遠距離兵装はないようだが、流石に数が多い。


 しかも、地上ならまだしも相手は空を飛んでいるのだ。集中しなければたやすく攻撃をくらってしまうだろう。


 そのため聖は必死に戦った。



 避けて、避けて、一体たたき落とす。

 避けて、避けて、一体たたき落とす。



 それの繰り返しだった。かろうじて撃破出来ているものの、襲いかかる敵の数が減ったようには殆ど見受けられない。


 どれくらい続くのだろうか、と若干遠い目になる聖は、少し前まで勇者として召喚され喜んでいた自分を思い返しながら叫ぶ。





「聖剣抜いて勇者になったと思ったら想像していたのと全然違うんですけどぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

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