第11話 あけぼの

月が湖の水面に映る。

それは風が吹くとおぼろげにゆらいで、今にも消えてしまいそうなほど儚く感じた。


周囲には正装に身を包んだ大勢の村の人々がいて、男性は腰に刀をさしている。

俺はそんな人の真ん中、湖のほとりの祭壇の前であぐらを組んで座っていた。


この役目を引き受けたのは、別に神の怒りをなだめるためではない。


数年前の土砂崩れ。

俺はその災害で両親を失い、榊と仲が良かったこともあって、その家に養子として引き取られた。

その時の惨状は今でもたまに思い出すし、そうなるといつも感じるのは、『人って案外簡単に死んでしまうんだな』ということだった。

不謹慎かもしれないけど、死というものは存在感を持ってやってくるんじゃなくて、眠いときにあくびをするみたいに、いつの間にか訪れているものだと思う。

そんな儚い命なら、村の人のために灯火となるのも悪くないと考えたのだ。


『神の怒りは収まった。だからもう大丈夫』

そう人々が思えるようになるための偽薬。

今までこの村の『神』が担っていたのも、そういう役割なのかもしれない。


(あいつには悪いことしたな)


今回一番申し訳ないのは榊だ。

榊は母親を土砂崩れの際の生贄として失い、そして今回俺がいなくなることになる。

榊は悲しむだろうか。

今ここにはいないようだが、もしかしたら愛想をつかして、見送りにも来てくれないのだろうか。


「そろそろ時間だ」


長老が群衆のなかから出てきた。

俺はうなづいて深く息を吐き出す。


でもその時、


「なんだお前!」


人々の戸惑う声や悲鳴が聞えた。

俺がそちらを向くと、木刀を手にした人が周りをかき分けて俺の前に立つのが見えた。

暗がりで誰かよくわからないが、その人物は木刀を群衆に向って構えると、


「来るなら来い!」


この声は間違えようがない。


それを皮切りに、周りの男たちは鞘から刀を抜いて榊に切りかかった。

しかし榊の動きは無駄がなく、刀が相手に触れた途端、逆に相手が地面に弾き飛ばされた。


(こいつ、上手くなったな……)


俺は舌を巻いた。

でも榊の表情を見て、単に上手くなっただけではなく、迷いが無いのだとわかった。

榊はまっすぐ戦っているのだ。柊のために。


「来て!」


ちょうど相手に隙ができたところで、榊はめいっぱい腕を伸ばしてきた。

俺はパッとその手をとって、二人で向こうの山の方へ駆け出す。


不思議だった。

自分で選択して生贄になったはずなのに、気づいたら榊と一緒に走っていた。


「これは俺のわがままだからさ」


森の中に入って突然、榊が足を止めた。


「ま、何もなくなっちゃったけど、下働きとか盗人にでもなって生きていければいいよ」


そう言ってニカッと笑った。

俺はしばらくそんな榊を見つめていたが、ついにクスッと笑顔をこぼして、


「そうだな」


全く、この幼馴染には勝てない。


木々がざわざわとその葉をゆらし、足元には豪雨で散った椿の花びらが落ちている。


どうやら、もうすぐ日の出のようだった。

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偽薬 はるまき猫 @omisoka

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