戦鬼の兄と剣鬼の妹を持つ平凡な私

石動なつめ

第1話


 我が家は代々、変な人間を輩出しています。

 強いとか弱いとかそんなことは横に置いておいて、変な人間です。


 例えばこの国、アルバス王国の東では、戦鬼と呼ばれている兄さんが獅子奮迅の戦いをしています。

 西では剣鬼と呼ばれる妹が八面六臂の活躍をしています。

 そんな兄と妹を持つ真ん中の私は、アルバス王国の南東にある田舎村で、畑仕事に勤しんでいました。


 お恥ずかしながら、剣と魔法が戦いの主流であるこの世界で、私はそのどちらもからっきしなんですよ。

 神様って、どうしてこうも不公平なのでしょうか。

 私だって兄や妹のように剣や魔法で国を駆け巡っては、吟遊詩人に謳われるような活躍がしたい。

 なんて事を思っていた頃が、ごくごく僅かな期間、私にもありました。


 しかしまぁ、ないものはないので仕方がない。自分に出来る事をしようと、私は故郷でのんびり農家をやっています。

 これも悪くない生活ですよ。兄と妹がたまにたくさんお土産持って帰ってきてくれますし。

 例えばこう、


「よう、妹よ! お兄ちゃんのお戻りだ!」


「お帰りなさい、お兄ちゃん」


「お姉ちゃん、あたしもただいま!」


「お帰りなさい、妹よ」


「元気にしてたか~?」


「元気ですよ。コッコの新鮮卵毎日食べ放題です」


「元気! あのね、何か金のコッコの卵手に入ったから持ってきたよ!」


「それは本当に食べ物なので?」


 なんて感じです。

 いろんなお土産に、いろんな土産話。それらを見たり聞いたりするだけで、自分が外の世界を旅しているような気持ちになれるんですよ。

 楽しいしとても幸せです。


 だからって事でもないんですけれど、戦場とか危険区域に行ってみたいと思った事は、これっぽっちもありません。

 ほら人によっては戦いって、血沸き肉躍るって言うじゃないですか。気分の昂ぶりみたいな。

 でも危険区域や戦場に出たら、気分だけではすまないと思うんですよ。

 リアルに血沸き肉躍るのを見るんですよ?

 私、そっち方面に耐性がないので、出来れば遠慮したい。切に。


 ――――と、思っていたのに。

 何故、私は今、来たくもない危険区域に来ているのでしょうか。


 いえ理由は分かります。

 たまたま、ごくごくたまたま。

 隣町へ買出しに出かけた時に、単に兄と間違われて、あれよあれよと言う間に危険区域に連れて来られてしまったんです。

 私だってちゃんと説明したんですが「またまた~」とか言いやがって、あの連中。

 人の話を聞かない輩は滅べば良いのに……。


 ちなみにうちの兄妹は顔立ちが良く似ています。

 体格はともかくとして、顔だけで言うならば三つ子と間違われた事もありました。

 しかし小さい頃ならともかくとして、がっつり体格も代わって来ている今、男の兄と間違われるのは複雑なものがあります。

 しかもスカートを履いているのにも関わらず。果たしてこのスカートは、どういう装備だと思われたのだろうかは気になります。

 まぁそんな事で、非常に複雑な顔を私がしていると、恐らくリーダーであろう男性が困った顔で、


「いや、どう見ても違うだろ……」


 と言いました。どうやら私が兄ではないと分かってくれた様子。

 しかし出来ればその反応を、是非とも数時間前に聞きたかった。


「え、それなら妹の方なんじゃね?」


「え、女? 胸どこに置いてきたんスか」


 傭兵は驚いた顔で私を見ます。

 どこにというか、胸は現在進行形で絶賛装備中なのですが。

 彼らの認識では胸はどこかに置いていけるもののようです。

 何という最先端の技術。出来れば私も取り付けたい。

 後で覚えていろ。 


「妹っていうと、え、剣鬼ッスか?」


「いや、そっちじゃない方」


「そんなんいるんスか」


「知らねぇけど、顔そっくりだからそうだろ」


「マジかー」


「その考えはなかったー」


 その考えはなかったようです。

 驚く傭兵達の中で、リーダーさんだけが頭を抱えているのが見えました。

 苦労されているのでしょう。

 同情の気持ちで見ていると、ふとリーダーさんがこちらを向きました。


「あんた、こいつらが悪かったな」


「いえいえ。誤解が解けて何よりです。では私は帰っても?」


「あ、送ってく送ってく。さすがにこんな場所から、お嬢さん一人で帰せねぇし」


 あ、それは普通に有難い。

 リーダーさんのお言葉に甘えることにしました。

 でも今出発すると野宿することになりそうとの事なので、今日はこちらで御厄介になる事に。


「男所帯だけど、手出しはさせねぇから安心してくれ。ちょっと抜けてるけど、一応、そういう分別は弁えてる奴らだからよ」


 なんてリーダーさんの心強いお言葉に、私も一安心。

 ――――なーんて、あれですよ。他の傭兵が小さな声で「どこかに置いてきてるし」なんて言っていたのはばっちり聞こえましたけれども。

 まぁ要は範囲外ということです。

 後で覚えていろ。


 そんなこんなで私は彼らの野営地で一晩お世話になる事になりました。

 さすがに何かしないとなぁと思って食事の手伝いをしたんですが、あの人達、私よりずっと手際が良いんですよ。

 野菜や肉の切り方だって綺麗だし、味付けだって素晴らしい。

 私の料理が家庭料理だったら、彼らの料理は店のそれです。どこで習ってきたのだろう、私もぜひともご教授願いたい。

 そう思いながらスープを飲んでいると、リーダーさんが私の向かい側に座りました。


「どうした、何か間抜けな顔をして」


「この表情は割と標準装備なのですが」


「そうか、元気出せよ。今日はデザートもあるからよ」


 何故か憐れまれましたが、デザートは嬉しいです。

 聞けばクレープだとか。クレープだとか!

 クレープなんて、都会のちょっとオシャレなスイーツですよ!

 テンションが急上昇です。


「それはとても嬉しいですが、頂いて良いのですか?」


「あいつらなりの詫びだから食べてやってくれると有難い」


 そう言ってリーダーさんが、他の傭兵さん達の方を指して笑いました。

 なるほど、お詫び。

 それならば有難く頂戴することにしましょう。


「ありがとうございます! こんな嬉しいもの頂けるなら、もう全然チャラですよ! やっほう!」


「テンションの落差激しくない?」


「このテンションが通常です。今までのは、まぁ、ちょっと余所行きですね」


 そう言って笑って見せると、リーダーさんに「そ、そうか」と少し微妙な顔をされました。

 解せぬ。


「まぁ、初対面の人には取り繕いますよ、それなりに。兄や妹を目当てに来るお客さんの対応で、このテンションを見せると大抵引かれますし」


「ああ、いや、まぁ、元気で良いんじゃね」


「それはどうも。ま、元気だけですけどね、私は。腕っぷし方面はからっきしですので。ごくごく平凡なアレです。故郷で農家やってます」


「農家か。ああ、そいつは良いなぁ。今の時期なら何が採れるんだ?」


「カライモですねぇ」


「カライモ? あんたの村でか?」


 私がそう答えるとリーダーさんが目を瞬いた。

 カライモというのは寒い地方で採れるイモの一種で、塩と胡椒っぽい風味と辛さのあるイモなんです。

 そのまま焼いたり揚げたりしても美味しいですし、茹でて潰してコロッケにしても良し。

 ま、もちろん、そのまま食べるとちょっと味が足りないんですけどね。

 でも調味料要らずという事で重宝されておりまして、うちの兄と妹の好物でもあるので栽培しているんですよ。

 うちの村は暖かい地方なので、最初はなかなか上手く育てられなかったんですけどね。

 近所に住んでいる妖精さんにハチミツたっぷりのトーストやコッコの卵で作ったオムレツ、綺麗な花束などと引き換えにお願いして、水や土の温度を調整したり、日光の当たる具合を調整したりと、試行錯誤して頑張りました。


「ええ、カライモ採れますよ。うちの村の特産品でもあるので、良かったら今度遊びにいらして下さい。美味しいコロッケごちそうしますよ」


「へぇ~、そいつは楽しみだ」


 リーダーさんはニカッと歯を見せて笑いました。

 おや、綺麗な白い歯。ちゃんと磨いてらっしゃるのでしょう、素晴らしい。


「しかし、二人が化け物みたいに強いのに、あんただけ平凡ってのも不思議なモンだな」


「そうですねぇ。まぁうちの家系って代々、変な人間を輩出しているみたいですから、その流れなら私も変な人間の類ですよ」


「変って」


「兄は戦鬼、妹は剣鬼。母は洗濯の鬼で父は鍋の鬼です」


「鬼ばっかじゃねぇか。というか両親平和だな」


「ええ。母が洗濯をすれば新品同様に綺麗になりますし、父が鍋料理をすれば大変美味しく出来上がります」


「平和だな」


「はい」


「で、その中だとあんたは平凡の鬼か」


 あっその手があったか。

 家族全員が『鬼』なんて異名を持っているので、自分だけないの寂しかったんですよ。

 こう、疎外感的な?


「良いアイデアです、リーダーさん。私はこれからそれを名乗って行こうと思います!」


「誰に名乗るんだよ」


 私の言葉にリーダーさんは苦笑しました。

 そこはほら、困った時とか。


「しかし両親がそれだと……あんたの実家は農家?」


「ええ。祖父母がやっていますよ。私はまだ見習いみたいなもんですけど」


「へー祖父母……」


 そう呟いたリーダーさんが、何かを期待するようにこちらを見てきます。

 その意図を察知して、私は大きく頷きました。


「祖母は熊殺しの鬼、祖父は豊作の鬼です!」


「そうかそいつは平和……って前者ァッ!」


「兄と妹は確実の祖母の血を色濃く受け継いでいると思うんですよねぇ。祖母も昔は剣を手に、あちこちの魔獣を狩っていたらしいですから」


「あんたの家系、変だな」


「ええ、変なの輩出します」


 お分かり頂けて何よりと、私はにこりと笑顔を返しました。

 何だか満足した気持ちで私がクレープを食べていると、ふとリーダーさんが腕を組みます。


「……しかしそうなると、あんたは戦闘以外を受け継いでそうだなぁ」


「戦闘以外?」


「ほら、豊作と洗濯と鍋だよ」


 ふむ、豊作と洗濯と鍋ですか。

 うーん、どうだろう。

 料理は家庭料理レベルなので父のようにとは行きませんし、洗濯も母のようにピッカピカ、乾かしたらふわっふわというわけにはいきません。

 となると残りは豊作ですが……。


「あんた農家やってるんだろ? 何か変わったことがないのか?」


「変わったことですか?」


「例えば、さっきのカライモ。あれは北の方で育つイモだろう? あんたの村の辺りじゃ気候が合わないだろ」


「そこはまぁ頑張りました。土と水と日差しの調整をちょいちょいと、こう、妖精と取引して」


「……待って」


 私がそこまで言うと、リーダーさんが手のひらをこちらに向けました。

 ストップのポーズですね。


「……妖精?」


「はい」


「……見えるの?」


「ええ、まぁ。というか、皆、見えるでしょう?」


 何を言っているのかと私が聞くと、リーダーさんが首を横に振ります。


「普通は見えない。魔力があっても見えない。あいつらは気に入った奴らにしか見えるように姿を現さないんだよ」


「…………」


 マジか。

 え、ええー、マジですか、それは。

 小さい頃から普通に遊んだり、話をしたりしているので、にわかには信じられないんですが。

 他の傭兵さん達からも「マジかよ……」みたいに、若干引いた目で見られていますね。

 というか、結局テンションを取り繕わなくても引かれる運命なのか私は。


「なぁあんた、妖精とやり取りができるってのが本当なら、ぶっちゃけかなり稼げるぞ」


「まぁ今の生活に満足しておりますので、特にはね」


「欲がねぇなぁ」


「欲を出したとたんに水の泡になるのはお約束では?」


「ははは! そりゃまー、そうだ! あー、なるほどなー。妖精が気に入るってのも分かるわ。あいつらそういう『欲』の類には敏感だしなー」


 私の答えがツボにはまったようで、リーダーさんは腹を抱えて笑います。

 まぁ面白かったなら、何より。

 リーダーさんはひとしきり笑うと、


「あんたもやっぱり、変な奴だな」


 と言いました。目じりにちょっと涙が滲んでますよ。

 笑われましたけれど、言葉に悪意は感じられない。

 むしろ私も『変な家系』の一員になれた気がして、それはそれで嬉しいです。

 なので。


「ええ! 我が家は代々、変な人間を輩出していますからね!」


 なんて胸を叩いて、笑って返しました。

 ……ちょっと力強く叩きすぎてむせたので、締まらなかったんですけどね!

 くっそう!

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戦鬼の兄と剣鬼の妹を持つ平凡な私 石動なつめ @natsume_isurugi

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