ビルの屋上から飛び降りたら妖町に迷い込みました

わかめ次郎

第1章 少女は妖町に迷い込む

第1話 尊き命は飛び降りる

漏れ出す店内の光に看板に設置されたネオン菅の光、スマホによる僅かながら無数に見られる光。


酔っ払い達の怒鳴り声や売春行為を売りにしている店から漏れる喘ぎ声。


煙い煙草の匂いに誰のか分からない嘔吐物、鼻につく香水の匂い。



目がチカチカするほど明るい街。


騒がしい人々の声が響く街。


混ざりに混じって反吐が出そうな匂いが広がる街。



最近で言うところの夜の街だ。













微風の気持ちいいビルの屋上は、大通りの蒸し蒸しとした暑さは無く、少し涼しいくらいで心地よい。

高所からの夜景は皮肉にもとても綺麗で美しい。

満点の星空とは言えないが、点々と光り輝く星が見える。




死ぬには良い日だ。


私は今日この命を絶つつもりだ。


腐った世の中きらおさらばする為に、私は四階建てのこのビルから落ちて死ぬ。


本当はもっと楽に死にたい。

一酸化炭素中毒での自殺や首吊り、沢山の方法を考えた。


だが、結局辿り着いた先は飛び降り。







一番一般的な自殺方法で体が壊れる死に方だ。






お恥ずかしい話、私はいじめを受けていた。

暴力、暴言、侮辱に窃盗…上げたらキリがない。


意味も無く殴られる度、心無い一言をぶつけられる度に私の身体は壊れていった。



「やめて」と何回言った?

嘆き喚いて助けたことは何回あった?

私は何回死にたいと思った?

何回死ぬことを考えて死のうとした?

数え切れない。


じゃあ実際にやめてくれたことはあった?

誰かが助けてくれたことはあった?

ある訳がない。


自問自答を繰り返し、死ぬことを改めて決心する。




今までの、私の人生が脳裏に浮かぶ。


酷い人生だ。

我ながらこんな酷い人生を送っていて、今の今まで死ななかったことが凄く感じる。


毎朝起きて昨日の自分の痣や傷口を確認し、絆創膏などで怪我を両親から隠す日々。

これ以上虐めがエスカレートしない為に目立たないように生きていく。

声を押し殺して、目を瞑って、意思を消しながら一日を過ごす。


これを走馬灯というのだろうか。

そうだとしたら一日ぐらい私が楽しいと思えた日はないのだろうか。

両親に一度でも虐めについて相談しただろうか。

相談すれば何か変わっていたかもしれない。

しかしもう死にたい気持ちに揺らぎはない。


最後ぐらい良い思い出で人生を終えたかった。

叶うことのない我儘でしかないが。


ふと私の顔に液体が流れる。

それは透明で塩素がある熱い液体。


涙だ。


あれ?こんな人生でも悲しくなるのとなんてあるんだな。

死ぬことだけが、唯一の救いの道なのに…、幸せなはずなのに…。



何故だろうか私は泣いている。



ああ、死の瀬戸際じゃ流石に強がらないのか。

つくづく自分の弱さが心に沁みる。




気が付けば私の足は地面から離れていた。


体が宙に浮く感覚はとても不思議だ。


人生で初めで最後の飛び降り。


自ずと恐怖はなく、非常に晴々とした気持ちだ。


私の人生にもう思い残すことなんて…



















あぁ、あったな…





最後にあの人に会いたかった…




もう名前も分からぬあの人に…。





























ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




ある都心のビルの窓に少女が飛び降りる姿が映し出された。

その様子は儚く呆気なかった。

その後に鈍い音が微かにビルの外から聞こえてくる。


ビルの中にいた会社員は誰もが固まってしまう。

その内一人の冷静な社員が警察と救急車を呼んだ。


間も無くして片魂サイレントと目がチカチカするほど眩しい赤色の光が近づいてくる。



落下場所と思わしきロビー前に到着したパトカーと救急車からは警察官や隊員なぞろぞろと降りてくる。


警察官は急いで関係者以外立入禁止のテープで周りを閉鎖し、少女の身元を確認する。


隊員は急いで少女に駆け寄り、素早く救急車に乗せ必要最低限の処置を施す。


どうやら彼女は生きているようだ。

皆が胸を撫で下ろす。


少女の外傷は身元を確認できない程の外傷はなかった為、すぐに身元は確認できた。


一人の警察官が携帯電話をポケットから取り出し、彼女の家に連絡をする。


「もしもし、夜分遅くにすみません。浅野警察署の麻倉秀隆と申します。」

『え?警察の方ですか?何の御用件でしょうか?』

落ち着いた声の女性が疑問そうに、そして何処か怯えた様子で電話に出た。

「桐谷雅さんが本日ビルから飛び降りました…。致命傷は特に負っていないのですが、少し後遺症などが残る可能性があるので至急浅野病院に来ていただけないでしょうか?」

麻倉の一言に彼女の母親であろう女性は固まり、なかなか返事が返ってこなかった。

『娘が飛び降り自殺ですか…。はい、分かりました。今すぐ向かいます。』

男性の声に変わった。

多分だが、女性の方は混乱してしまって声も出なくなってしまったのだろう。

よくあることだ。


電話をした後、その場の一部の警察官たちもその浅野病院へと向かった。


いつの間にか野次馬や記者たちが集まっていた。


街はいつもより一層と騒がしくなった。


段々と日が上り朝となる。


騒然とした街に朝がやってきた…。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



私は見知らぬ場所で目を覚ました。


日は暮れかけている。

辺りの道は整備されていない獣道のような道で、周りには木々や草が鬱蒼と生い茂っている。

特に目立つ建物は無かった。


つまり、目印になる建物は皆無。

人生ツムツムとはこのことだろう。


ついでに言うと山奥なのか携帯電話も圏外で使えなかった。



「なんなんだろうか…」

確かに飛び降りた実感はあった筈なのに…。

だが、最後に体が地面に触れた感覚はなかった。


四階建てのビルから飛び降りたはずなのに古傷以外の目立った外傷は特にない。

痛みも特にはない、強いて言えば古傷が痛む程度なので全然耐えられる。


普通ならこんな摩訶不思議な状況下なら、もっと慌てふためくものだろう。

だが今の私にはその気力もない。


それほどまでに自殺ができない、楽になれなかった時の絶望感は半端じゃ無いのだ。


気を抜いていたら“死にたい”、“楽になりたい”と口に出てしまう。

自分でもこの有り様が異常であることは分かる。

分かっているんだ…。


「分かっているんだよ…本当は…」

私は小声で独り言を呟いた。


虐めに対する不満、周りの人への不満、何よりも家族に別れを告げられなかった自分への不満。

色々な不満を抱きながら言った一言はどこか切なさがあった。


周りの木々や草はその言葉に反応したかのように「ガサガサ」と音を立てている。


突然、草むらから一匹の狐が飛び出してくる。

綺麗な黄金色の狐の目元は化粧をした如く赤く、野生にしてはとても良い毛並みをしていた。


少しの間狐と私は見つめ合っていた。






しばらくして狐はゆっくりと歩き出す。


私を連れて行ってやるとでも言っているようにこちらを見る。


行くしか無いだろう。

他に私には行く宛も見知らぬ場所じゃ無い。


私は少し重い足取りで狐について行く。


しばらく歩いて石段に着いた。

石段の先は霧か何かがかかっていてよく見えない。

霧は少し煙く、独特な匂いがした。


「ゲホッゲホッ」

思わず咳き込む。


すると狐は急に駆け出し、石段を登る。


置いていかれてしまった…。

もう後戻りは出来ないし、前に進まなきゃ物事は進まないか…。


諦めた私は狐を追いかけ、石段を登ることにした。


決めたが早いか、私の足取りは少し軽くなっていた。




私は石段の近くまで体を運び深呼吸をして、石段を一段登った…。


その瞬間、突風が吹いた。

目を開けると霧のような何かは一瞬にして消え去った。


だが煙たい匂いだけは残ったままでまた咳き込んでしまう。





しばらくして体が慣れてきたところで私はあるものを目にした…。





私が目にしたものは…だった。

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