第5話 犬魔王と偽勇者の戦い⚔️

「もしもし……ユート……屋上で待ってるからね」

 直ぐに通話を切った。もろに挑発してるじゃん。


「ママ、居場所教えたら不味いんじゃない?」

「彼の名前は市狩いちかり勇人ゆうと……」

「その名前聞き覚えが有ります。……えっーと何だっけ?」

「ゆっくりで好いから思い出してみて」

「ぁ、はい。なんか嫌な予感がします」

「私の知る限りでは、恐らくウィッチハンターの家系ね。市とはウィッチ、市子のことね。それを狩る者ね」

「ウィッチハンターなんて日本にもいたんですか?」

「魔女と同じでエロッパ・ペニンシュラから流れて来たのよ。魔女を追ってね。異端審悶宦の手下で、魔女を探して捕まえて厭らしい拷問にかける嫌な人たちね」

「そういばママ、どことなくエロッパ系の顔立ちとスタイルですよね」

「私たち魔女はエロッパ系って言っても、エルフやニンフ、ペリーやアプサラスの類よ。人に似て人に非ざる妖精族ね。エロッパ人なんて獣人みたいなものよ」

 御髪を手繰って耳を晒した。なんとなく先が尖がり気味に見える。


「じゃあ日本にも、魔女と言うかエルフが居たんですね」

「エロッパの栗取子丹くりとりすたんは、私たちのご先祖様つまり魔女を迫害して虐殺したのよ。それを逃れて日本に流れて来たの。栗取子丹くりとりすたんは日本に追っ手を差し向けたわ。それが異端審悶宦と市狩りね。でも、御門みかど様や公方くぼう様は魔女を匿ってくれた。その上、栗取子丹くりとりすたんを撃退してくれたわ。だから私たち魔女は、とても日本に感謝してるのよ」

「もしかして、お市の方も魔女ですか?」

「その可能性は高いわね。魔女の間では、ご先祖様の一人と看做されてるわ」

「日本に魔女って、どのくらいいるんですか?」

「判らないわ。そんな多くないと思う。明治以降、文明開化で科学や医学が発展したでしょ。日本でもエロッパでも殆どが廃業したみたいね。私も自分の親族しか知らないもの」

「ママの親族って美人ばっかなんだろうな」

「そのうち紹介するわ。楽しみにしててね」


「そういえば、異端審悶宦と市狩りって未だ日本に残ってたんですか?」

「隠れ栗取子丹くりとりすたんの中にも、残ってたみたい。例えば、あの市狩いちかりね。魔王様の覚醒に気が付いて活動を活発化させるかもね」

「でも何で栗取子丹くりとりすたんは魔女を憎んでるんですか」

「簡単に言うと、伊吹イブ熱海アダム毬恵マリヤ勇夫イエスの解釈の違いよね。ちょっと長くなるから、そのうちたっぷりお話してあげるね」

「むこう三味線一体論とか小難しい訳の解らない理由で、直ぐにジェノサイド始めますよね」

「そうね。それが宗教の難しくて嫌なところね。栗取子丹くりとりすたんの神様は大洪水起こして人類亡ぼしちゃうもんね」

「そういえば僕も世界を滅ぼせるんですよね?」

「魔王様がお望みならね。でも、私は世界を滅ぼしてほしくないわ」

「僕もママの望みに沿うよ」

「それよりも先ずは、市狩いちかり勇人ゆうとを何とかしないとね」

「呪力も使えない非力な僕に勝ち筋って有るんですか?」

「魔王様、あなたは酉年生まれ、飛べない鳥よね」

「全然が無いじゃないですか?」

「鳥は卵を産むわ。あなたは自分の殻に閉じ籠るの得意よね?」

「うん、僕はダメダメだ。このままだと殺される。殺されるのは嫌だ。でも、いちゑママを失うのはもっと嫌だ。たとえ死んでもママだけは守りたい!」

「今の自分を恥じても好いわ。でも誤魔化したり威勢を張らないで。みっともない姿を晒し、ウジウジした気持ちを正直に吐き出せば好いのよ!」

 僕はうずくまり、ひたすら愚痴を呟く。いちゑ様は優しく見守ってくれている。


——コンコン

 いちゑ様がタツヤ・ペニドラゴンの杖で叩いている。僕は透明なドームに囲まれている。目に見えない卵の殻の中だ。


「やれば出来るじゃない。これで自分の殻に閉じ籠る防御結界完成ね。あなたのお気に入りしか、結界を超えられないのよ」

 いちゑ様は難なく結界に入って来る。狭い結界の中で向かい合いながら抱き合った。膝を突き合わせるどころか、鼻先と口唇を突き合わせる近さだ。その上、いちゑ様は、僕の膝の上に乗っかり、腰に脚を絡み付かせた。

「結界、狭くてごめんなさい」

「身動き出来ないわね。魔王様も御体が喜んでるじゃない💛」

「まるで歓喜仏みたいですね」

「好いアイディアね。きっと合体で結界の力も増すわ……ぁぁん、未だ未だ鮮度抜群ねぇ💛」


 歓喜仏の参拝者が現れた。ビルをよじ登って来たんだな。とても参拝する雰囲気じゃない。挙動が人間とは思えない。目が赤々と輝いている。頭には二本の角が生え、口から牙を剥き出し、手脚の爪は鋭く長い。服はボロボロで顔も体も焼けただれている。


「あれイケメンだったんですか?」

「だったわ。細身の長身だけど、もう面影が無いわね」

「まるでゾンビみたいですね」

「試しに呪ってみて」

「禍々しき悪鬼、市狩いちかり勇人ゆうとよ。死ね、死ね死ね死ね!」

「無反応ね。こっちに向かって来るわね」

「やっぱ僕の呪力は落ちてるんですね」

「違うわ。彼は既に死んでるのよ。アンデットね」

「だから、死ねと言っても効かないんですね」

「そうよ。お利口さんね」

って何だよ~酷いよ、ママ!」

「ごめんね。チュ💋」

 これも魔法、魔女の魅力ってやつかな。どんな酷いこと言われても許しちゃうかも?


「こういう時は聖なる光とかが効くんですよね」

「そうだけど、私も魔王様も使えいなわよ。聖性魔法使えるのは、処女魔女聖女と聖性スペルマユーザーだけね」

「あっ見て、あいつ手を振り上げてるよ!」


——ド~ン!

 凄い衝撃だ。音は凄いけど、こっちに衝撃は届かない。結界が吸収してるんだ。鬼の形相で力任せに殴り続ける。結界はびくともしない。

「今の魔王様だと一発で骨が砕けて死んじゃうわね」

「ママはどうなの?」

「当たらなければ、どうということはないわ」

「まるでシャー・アルズールみたいだね」

「魔王様こそ、通常の三倍早いわよ」

「ぐすん😢」

「ごめんね。チュ💋」


「アンデットに『死ね!』が通じなければ、『壊れろ!』『砕けろ!』『滅びよ!』が効くんじゃないんですか?」

「それよりも、もっと好い手があるわ。試してみない?」

「どんな手ですか?」

「魔王様、あなたは酉年生まれの飛べない鳥、雌鳥が鳴けば国が亡ぶ、雄鳥が鳴くのは?」

「明け方ですよね」

「そう。雄鳥になったつもりで鳴いてみて」

「くぉ~くぉくぉくぉ、くぉ~くぉくぉくぉ、こ~けこっこー!!」


 突然日が差した。あっという間に朝だ。

 奴は日差しを浴びて燃えていく。苦しむことも無い。ひたすら結界を殴り続けている。殴り続けながら燃えていく。そして灰になって風に流された。奴が消えた後には、襤褸切れとネックレスや腕時計、その他の装飾品だけが残されていた。


「やはり日の光は弱点だったのね」

「でも、どうして、いきなり朝が来たんですか?」

「時を告げる雄鳥の力は、時を止めることなのよ。魔王様のオーラの範囲内は時が止まった。私たちにとって一瞬でも、その間にオーラ外の時間は一気に流れて朝が来たのよ」

「なんかプチ浦島太郎みたいですね。使い方間違えると、一瞬で三百年後の世界に来てしまうんですよね?」

「そうね。使い方に気を付けましょうね」

「とりあえず、アンデット対策限定ですか?」

「アンデットが光に弱いことは知ってたけど、ああいうの見るのは初めてね。全てのアンデットが光に弱いとは限らないわね。例えば、リッチーは光が苦手でも、すぐに燃え尽きる訳じゃないわ」

「ところで、市狩いちかり勇人ゆうとがゾンビ化した件って、原因は何なんですかね?」

「私にも今一判らないわ。魔王様と生年月日が同じ人は、日本だけでも、人口一億二千万人として約四二〇〇に居そうね。その半分が男性で、さらに一割が童貞のまま一九九九年七月を迎えたとすると、二一〇人かしら?」

「二一〇人みんなが覚醒者ってことも、なさそうですよね。それに市狩いちかり勇人ゆうとはヤリチンだったから、童貞の数には入りませんよね。そんな奴が鬼だかゾンビに覚醒したのは何故でしょうね?」

「そんなに心配なの?」

「だって、また出てこないとも限らないですよ」

「あなたが強くなれば全て解決ね。あなたは未だ皮を被った仮性覚醒だけど、一皮剥けて真の力に目覚めれば、あの程度の者たち、どうということはないわ。魔王様、あなたの未熟な皮膜を私が剥いてあげるわね💛」


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