第4話 満つる蜜月の下で逃飛行🌝

——トントントン……ドンドンドン

 誰かが階段を駆け上がてくる。二階の住民は僕と隣のバカップルだけ。残りは空き部屋だ。大家のお婆ちゃんは、あんな上がり方しない。


「うっ、嫌な感じがするわ」

 苺いちゑ様は、鳥肌を立ってて身をのけぞらしている。ナニ事だろう?


——ピピピピピ、ピピピピピ……🎶

——ダンダンダン

「おい、イチエ~そこに居るんだろ。出て来いよ!」

 乱暴な奴だな。安アパートのドアが破れそうだ。警察でも呼ぼうかな。でも、自分の部屋に電話引いてなかった。


 苺いちゑ様は、さっと立ち上がる。全裸だけど凛凛としている。恥部を晒して恥じるところが無い。

「後ろに乗って!」

 見上げると、箒に跨って浮かんでいる。柄が食い込んでいる。柄の先端を白魚の指でシコシコしている。なんだかダンコン&ディルドーみたい形だな。言われるままに彼女の後ろにしがみ付いた。それにしても何処から箒出したんだよ?

 取り急ぎ箒に跨り、いちゑ様の腰にしがみ付く。凄い加速力だ。一気に窓から飛び出した。


——ドゴーン!!

 あいつドアを蹴破りやがった。

「糞野郎死ね!」

 と呟いたが、手ごたえが無い。独り言で終わった。多分死んでないな。あんなことされて怒ってるが、怒りや憎しみが心の底から湧かない。


 激しい向かい風が涼しすぎる。僕も全裸だ。体中に風に晒されている。ちょっと寒いくらいだ。風邪に乱れる長い御髪が僕をくすぐる。足が浮いて落ち着かない。全体重が股間にかかる。箒の柄がタマタマに食い込む。ちょっと痛いけど我慢しよう。でも、すぐに痛みは忘れた。恐怖に身がすくんだ。

「高いところ怖いのね。目を閉じてて。もっと、力入れて、しっかり掴まってね。いくら魔王様でも、いま落っこちたら死んじゃうからね」

「は、はぃ」

「箒は初めてよね?」

「はぃ、いちゑさんジャナクテ、ママ、本当に魔女だったんですね」

「単なるビッチだと思ってた?」

「いぇ、僕の天使様です。女神様です。大好きです」

「女神とか女狐、魔女とかマゾ、ウィッチとかビッチって、今まで呼ばれて来たわ。私は人の子の姿をしているけど、人ならざる者なのよ。そして、あなたも魔王様に覚醒して人ならざる者になったのよ」

「高所恐怖症で鳥肌立ってるのに、ぼく本当に魔王になんですか?」

「ほら見て。あれ、あなたの仕業でしょ?」


 パトカーや救急車に消防車が何台も集まっている。それに自衛隊までいるな。ナイター試合のスタジアムみたいに明るい。


「幹線道路がクレーターになってますね。いちゑ様が夢の中に現れた時、暴走族の爆音にブチ切れちゃったんですよ」

「それで呪ったんでしょう?」

「死ね死ね死ねと呟いただけですよ」

「そうよ。それが魔王様の呪力なの。心から憎んだ相手を言霊一つで滅ぼせちゃうのよ」

「でも、さっきの奴に死ねって呟いたけど、手ごたえ無かったですよ」

「ごめんなさい。私が魔王様の童貞力食べて減らしちゃったからよ。テヘ」

「確かに今、イライラから解放されて心穏やかな気分です」

「それは善いことよ。犬魔王ケン様が悟りに近づいて賢者への道を歩み出したのよ。でも、ちょっと怒ったくらいじゃ呪力が発動しなくなったのよね」

「ところでさっきの闖入者って、例のイケメン・ストーカー・ヤリチン・チャラヲですか?」

「彼に違いないけど、様子が変だった。ナニかに憑りつかれてるみたい。禍々しさに身震いしちゃったわ。だから慌てて逃げたのよ」

「ところで、あいつはナニ者ですか?」

「ぅ~んとね。彼はね、あなたと生年月日が同じなの。それで私のファンって訳ね。魔王候補かもしれないから、何日か前に様子窺ってのよ。そしたら、童貞じゃなかった。それどころか沢山の水子霊が纏わりついて、気持ち悪いったら、ありゃしない。立ち去ろうとしたら、見つかっちゃったの。それから、しつこく言い寄られたのよね。嫌な感じのするチャラヲだったけど、あんなに荒々しく、狂おしい人じゃなかったんだけど」

「携帯番号教えちゃったんですか?」

「彼から貰ったの。料金は彼持ちだから、取りあえず貰ってタダで電話かけ放題ね」

「そんなもん貰ったら危ないんじゃないですか?」

「そうよ、スリルが有って好いじゃない。悪い奴に追われて全裸で逃げ回るなんてロマンチックでしょ?」


——パラパラパラパラパラパラ……バラバラバラバラバラバラ

「ヘリコプター近づいてきてますよ」

「そうね箒も萎えて来たし、何処かに降りましょうね」

 どこぞのビルの屋上に、ふわりと着地した。暗くて好く見えないけど、緑豊かな空の箱庭だ。満月が、いちゑ様を照らしている。


「それにしても、マスコミのヘリに写真撮られたら大変でしたね」

「大丈夫よ。写真に撮られても誰も信じないわ。あなただって、私の作品で起きたこと特撮だと思ってたんでしょ?」

「まぁ、そうですね。今でも女狐につままれた思いです」

「じゃ、こういうの好きでしょ?」

 いちゑ様の桃から尻尾が生えている。狐の尻尾だ。頭にも狐耳を生やしている。お尻を振るたびに尾が揺れる。

 ビデオで、ストリップやポールダンスやってたけど、プロ並みに踊りが上手いんだよな。以上かもしれない。しなやかな躰をくねらせ、しなをつくる。なんとも妖艶だ。躰は女子高生だけど、こんな女子高生いる訳ないよな。成熟した女の魅力そのものだ。


「その尻尾はどこから生えて来たんですか?」

「さっきの箒よ。魔女の魔童具ね。色んなものに変えられるわよ」

 尻尾を抜くと、柄の先が現れる。あのダンコン&ディルドーだ。白魚の指でシコシコすると、本当に色んなものに変わった。魔法使いの杖、先端はダンコン&ディルドーだ。柄を引っ張ると、細身の刀身が現れる。仕込み杖に成ってるんだ。指揮者が使う竿にもなった。握りの部分だけは相変わらず同じだな。


「手品みたいですね。どういう仕組みになってるんですか?」

「手品じゃないわよ。生きた魔童具、モノ言う童具ね。名前はタツヤ君、別名ぺニドラゴンね。でも、仕組みは未だ秘密よ」

「それじゃ、何処にしまってたんですか?」

「それも未だ秘密よ」

 ひらりと手を後ろに回すと、手のひらから携帯が消える。また、手を後ろに回すと手のひらから携帯が現れる。


「そういえばAVでは、異次元収納だって言って、いろんなものスカートの中から出し入れしてましたよね」

「そうよ。の異次元収納と同じ原理よ。あっちは社会の窓から出すわよね」

「今スカート履いてないですけど、どうやって出してるんですか?」

「もう、その話は止めて。ちょっと恥ずかしいから。そのうち解ると思うわ」

 なんかカワイイ!!

 少しはにかんでいる。まるで無垢な乙女のようだ。ビデオでは、あんなことや、こんなことを臆面もなくしてた癖に。取りあえず話題を変えよう。


「ママ、ここからの眺め素晴らしいですね。……あれっ?」

「どうかしたの?」

「あれ、猿?……それとも忍者?」

「禍々しい邪気に溢れてるわね」

「ナニ者なんでしょ?」

「彼、ナニ者かに覚醒したみたいね」

「僕と生年月日が同じなイケメン・ストーカー・ヤリチン・チャラヲですか?」

「そうよ」

「人影しか見えないけど、屋根を飛びながら、こっちに向かってきますね。僕よりよっぽど魔王っぽくないですか?」

「彼のオーラの幅は二階建てくらい。それに比べて魔王様は十階建てのビルくらいよ。これをにすると、彼は一〇〇くらいで、あなたは一四〇〇〇くらいよ。桁違いよ。……恐らく魔王に覚醒して妖魔の類にでも目覚めたんでしょうね」

「えっへん。僕の前では鎧袖一触ですね」

「そうとも言えないわね。人の力、つまり魔力や魅力や腕力を便宜的にしてるだけよ」

「彼の腕力が一〇〇、並の人は五で、プロの格闘家でも三〇とか五〇よ。人の子のレベルを超えてるわ。もう人間止めちゃったとしか思えないわね」

「僕の腕力って?」

「人並以下よ。だって私の細腕で一ひねりだったでしょ」

「うっ~ヒヨワでごめんなさい。ちなみにママの腕力はどのくらいなの?」

「六九くらいね」

「滅茶苦茶強いんじゃん!」

「そうよ、魔女の寝技の前では人間なんて敵じゃないのよ」

「でも、あいつママよりも強いんだよね?」

「勝つのは簡単よ。だけど、魔王様はフォースの童貞面の使い方勉強ましょうね。取りあえず、逃げながら修行しましょ!」

「あいつ、どうやって僕たちを探してるの?」

「あなたは魔王様なのに、未だオーラとか見えないわよね?」

「はい」

「彼にも私たちのオーラは見えてないと思うわ。たぶん携帯に発信機しこんでるんじゃないかしら?」

「携帯捨てちゃおうよ」

「捨てたら、追ってこれないじゃない。ゲームにならないわ。……彼が狙ってるのは私ね。大好きなママのこと守ってね。魔王様💛」


 ナニか試されてるのかな?

 これは試練だっ!

 これを超えられないと、大好きで大好きで堪らない、いちゑ様から捨てられてしまいそう。そうなったら死ぬよりも辛い。



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