希望の太陽
違和感は確かにあった。それが太陽の位置に変化がないことだと今気づいた。本当ならもっと早く気づいても良かったはずだが冷静なつもりでも存外に動転していたようだ。
間違いなくここは地下なのだろう。だからこそ知らない街がこうして存在しているのだ。
「コクトくん、どうかしたの?」
少し心配するようにカレンちゃんが見上げてきた。何でもないと首を横に振って話を戻すことにした。
「それはそうと仕事は紹介を受けないとなると自分で何か始めないといけないのか?」
「そんなことはないよ。始めるとなると色々書類も必要で大変だから最初は誰かに雇ってもらうのが普通だよ。そうだ!! ボクが職を紹介してあげるよ!! これでも顔が広いんだよ。そうと決まれば善は急げだね」
こちらの返事も聞かずにカレンちゃんは元気に走り出す。そんな姿に自然と笑みがこぼれる。やれやれ、しかたないな。そんな気分になり、彼女の後を追いかけた。
「これはスーパーか?」
最初に連れてこられたのは大きな建物で中には色々なものが売られているようだ。
「ここは購買所だよ。食品から薬品、家具に衣類何でもござれだよ!! 働き場所としては最大かもね」
カレンちゃんは説明しながらぐいぐいと店の奥へと進んで行く。そのままあきらかに関係者入口と思われる場所に入って行く。
「ここ、入っていいのか?」
「コクトくん、行くよ!!」
迷っていると戻ってきたカレンちゃんに引き釣りこまれる。もうなるようになれだ。そう覚悟を決めて手を引かれるまま歩く。
「テンさ〜ん、いる〜!?」
カレンちゃんが呼びかけるとほどなくして気だるげな中年のおっさんがのっそりと姿を現した。
「ああー、カレンか。クソ忙しいときに来たな」
言葉とは裏腹におっさんの声は忙しそうに聞こえないのだが。
「新しい住人を連れてきたよー!! どうかな、雇ってあげられない?」
「却下だな」
即答だった。一考もないことに不満そうにカレンちゃんは唇を尖らせる。
「何でだよー! 忙しいんでしょ?」
「今はな。忙しくても人員的には足りてんだ。他にあたれ」
取り付く島もなさ気な対応だった。カレンちゃんがさらに言葉を紡ごうとしたがそれを前に出て遮る。
「俺はコクトです。はじめまして」
「ああ。テンチョウだ。よろしく」
テンチョウって名前というか役職じゃないのか。そう思ったが口にはせずに差し出された手をとり、握手を交わす。
「さあ、用が済んだらさっさと帰れ」
「ううー、まだ用は済んで――」
なおもくい下がろうとするカレンちゃんを止めて引きずるようにしてその場を後にする。カレンちゃんは抵抗することなくおとなしくついてきた。
「よかったの? お仕事としては安泰だよ?」
「いいよ、別に。人が多いのは苦手だしね。それに無理に言っても仕方ないだろう?」
カレンちゃんはこちらが乗り気ではないことを理解したようでそれ以上は言うことはなく、次へと気持ちを切り替えたようだった。
「ここは、カフェか?」
「Cat Broom」と書かれた看板を下げたおしゃれな外見のお店だ。このお店だけ雰囲気が全然違っており、異様に目立っていた。
カレンちゃんは躊躇いもなく店の中へと入って行くので黙って後に続いた。
「はいはい、いらっしゃーい!!」
明るい女性の声が出迎えてくれたが店の雰囲気に圧倒され一瞬立ち尽くしてしまった。今ってハロウィンだっけ。そう思わせてしまう内装をしていて出迎えてくれた店員も魔女服に身を包んでいた。
「あららん、また来てくれたのね、カレン」
魔女服の女性はカレンに飛びつき頬擦りをかます。
「ちょっと、シルビー!! やめてよ! 見られてるからー!」
カレンの言葉でこちらの存在に気づいたようで彼女の視線が突き刺さる。数秒の間の後彼女の目が輝き、カレンを解放するなりこちらとの距離を詰めてきた。
「君、歳はいくつかな?」
「今年で18ですけど」
そう返すと彼女はにやりと笑った。
「いいねー。私は今年で21よ。この街はおじさんとおばさんばかりで若い人は少ないのよね。いても悪っぽいやつとか孤高なのばかりでさ。どうかな私のところで働いてみない?」
いきなりのナンパかと思ったら仕事の勧誘だった。店の中を見る前だったらうなずいていたかもしれないが今は怪しいことをしているんじゃないかと少し不安だ。
「ああ、私は何者かって感じよね。魔女喫茶「Cat Broom」の店長兼パティシエ兼看板娘のシルバエールよ。シルビーと呼んでね」
黒髪黒目だし絶対本名じゃないんだろうなとか何故魔女喫茶にしたんだとか色々思うところがある自己紹介ではあったが彼女が何者かはよくわかった。
「あなたがシルビーさん何ですね」
「そうよ。敬語は堅っ苦しいからいらないわ。カレンが私のこと何か言ってたかしら?」
話の流れから不穏な空気を感じ取ったのかカレンちゃんが会話に割って入ろうとしたがそれを察知したシルビーさんがカレンちゃんに飛びついた。
「あれれ、今止めようとしたかな?」
「まっさかー」
カレンちゃんはそう言いながら笑うが完全に目が泳いでいる。
「シルビーさんのせいで遅れたって言ってた」
「ちょっ、コクトくん!」
ショックを受けた様子でカレンちゃんは声を発する。チクられるとは思ってなかったのだろう。そんなカレンちゃんをがっっしりとシルビーさんががっしりととらえた。
「へぇー。確かカレンが忘れていたところを私が声をかけたような気がするんだけどー」
「ちょっと、シルビー。違うんだよ。言葉の綾ってやつでね――」
働く働かないの話がうやむやになったのでカレンちゃんがシルビーの相手をしている間にショーケースを眺めてみる。兼パティシエと言っていたのでシルビーさんが作ったのだろうけどケーキまで魔女っぽさが出ていてどれだけ魔女が好きなのか。
「よかったら食べてみる?」
カレンちゃんの相手は終わったようでいつの間にやら隣にシルビーさんが立っていた。
「いいのか? お金なんてたいしてないけど」
「いいわよ、別に。今朝はカレンに味見してもらったし、男の子からの意見も聞いてみたいからただでいいわ」
そこに他意はなさそうで純粋に意見を聞きたいらしい。好きな物を選んでいいと言ったので遠慮なく選ばせてもらおう。
「このロールケーキにするよ」
店名にも入っているBloom、箒を模したミニロールケーキでチョコレートを使ったケーキらしい。
「そのチョイスをするのね。わかったわ。用意するから座って待ってて」
椅子に座るとカレンちゃんが無言で向かい側の椅子に座ってきた。うらめしそうに見てくるが自分が悪いとわかっているようで何か言っては来なかった。
「……シルビーは良い人だから誘い受けてもいいと思うよ。テンさんのところと比べたら働きやすいと思うよ。この通り客は多くないから」
確かに店内に他の客の姿はなく、シルビーさんも暇してたようだし。時間帯的に暇な可能性もあるが。
「実質全てを私一人で回してるからこれら忙しくなると大変なのよね。はい、ケーキ」
戻ってきたシルビーさんが話に加わりながら机にケーキとコーヒーを並べる。
「コーヒーはサービスよ」
「ボクの分は?」
「午前中に十分ごちそうしたじゃない。どうしてもというなら注文してお金を払うといいわ」
そう言ってシルビーさんはメニューをカレンちゃんに渡した。カレンちゃんは迷った末一番安いケーキとオレンジジュースを頼んだ。
シルビーさんはカレンちゃんの分のケーキと飲み物だけでなく自身の分も持ってきてカレンちゃんの隣に座る。
「営業中じゃないのか?」
「今日は朝からおやすみよ。カレンがあなたを連れてくるんじゃないかと期待してたから。君たちが帰った後ケーキの配達をして今日の仕事は終了よ」
「それなら最初から言ってよ。コクトくんを真っ先に連れてきたのに」
「あなたが急いでいるみたいだから言わなかったのよ」
これ以上話を掘り返されるのを嫌がったのかカレンちゃんは黙ってケーキに手を付ける。それを見て自分もとフォークを手に取る。
そういえば記憶にある限り今日食べ物を口にするのは今日が初めてだ。そう思うと急にお腹がすいてきた気がする。
空腹とケーキのおいしさが相まって一分も経たずに平らげてしまった。
「うまかったよ。生地もちょうどいい柔らかさだったしクリームも滑らかでおいしかった」
「そっかそっか。それはよかったわ。もしかしてここに来てから何も口にしてなかったのかな?」
その問いに頷くとシルビーさんは肩をすくめてカレンちゃんを見た。そのカレンちゃんはケーキに夢中で気づいていない。仕方ないわねと小さなため息を吐いてこちらへと向き直った。
「よかったら、私の分あげるわ。食べようと思えばいつでも食べられるし遠慮しなくていいわよ」
「ありがとう」
シルビーさんはケーキを差し出した後メモ帳を取り出して何やらささっと書くとちぎってカレンちゃんの前に畳んでおいた。
「カレン、ちょっとお使い頼んでもいいかしら。おじさまのところにこの紙と一緒にケーキを届けてほしいのよ」
「ええー!! ボクはコクトくんを案内しなきゃいけないだよ!?」
「帰ってくるまで私が責任を持って彼の相手をしておくから。それを食べてからでいいからお願いするわ。行ってくれたら今日の分は私のおごりていいわよ」
カレンちゃんは悩んだ末了承した。そしてケーキを食べ終わると早速出る準備をする。
「コクトくん、すぐに帰ってくるから待っててね」
そうしてカレンちゃんは出ていった。
「さて、これでカレンに聞きにくいことも聞けるでしょう? 何でも聞くといいわ」
カレンちゃんにお使いを頼んだのは人払いのためだったようだった。
愚者の街〜メルキア〜 おもちゃ箱 @ochamo
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