第13話誤解は視覚から、望まぬ三角パーティーは天上裏の宿縁、祝宴?

パン・・・

裸の男たちが抱き合って

組んず解れつ前後左右に動いている。

ズズ・・・

つっても、別に色気のある話ではない。

相撲だ。

丸い土俵の中、褌を締めた男たちが

入れ替わり立ち替わり何やら蠢いている。

一方の右腕が高く掲げられ

相手の首の上から斜めに落ちて

まわしの右後ろを掴み上げ、引き捻る。

直後、相手側は弾けたように前へ、土俵の外へと転がり落ちた。

「波離間投げ」

土俵上で技の名を読み上げていく直垂の男。

あれは行司というよりも奉行か。進行係。

そしてまた力士が変わる。

見覚えのある顔だなぁと

よくよく目を向けてみれば清盛だった。

相手は義経だ。

清盛のいかにも鍛えている身体に対し、義経は華奢だ。

背はそれほど変わらないが、重量感が明らかに違う。

バシィッ・・・

肌と肌がぶつかりあう音。

だが意外にも二人は土俵の真ん中で均等にぶつかり

そのまま止まっている。

だが、やがて義経が徐々に腰を深く下ろしていった。

このまま鯖折りにでもされるのかと思った瞬間、

義経が左の腕をそっと伸ばした。

清盛の右膝に内側から手を差し入れ、外側へと捻り倒す。

清盛の身体は左斜め前へと転がった。

「外無双」

俺様は肩を竦める。

義経が育った鞍馬寺は天狗の山。

どうして清盛は、義経がこの寺に入るのを許可したのか。

叡山よりも僧兵の数は少なくとも

鞍馬の方が武に明るく、油断のならぬ山。

いつか自分に刃を向けてくるとは思わなかったのか。

平治の乱の時、俺様は十二、義経は生まれたばかりだった。

義経の母・常磐は子らを助ける為に清盛の妾となる。

父・義朝と清盛は元は戦友だった。

もしかしたら清盛は義経を自らの子のように思っていたのかもしれない。

だからまだ幼かった全成や義円らも醍醐寺や園城寺に入れ

武士の子として強くあれと、僧兵として育てた上で

平家の為に尽くさせようとしたのだろう。

まさか、それが仇となるとはな。

俺様は清盛の背を目で追いながら

こっそりとあくびを噛み殺した。

ん、何で相撲なんか見てるんだって?

そりゃあ、義仲に連れて来られたからだ。

あの顔で相撲部などと

ふざけてるのかと思ったが

清盛や義経も部員であることを思えば

まぁ不思議はないのだろう。

なんか、もう何があっても別に驚かなくなってきた。

とは言え、記憶の戻し方など俺様が知る由もないんだが、

適当に話を合わせておけばよいだろうか。

そう考えて、俺様はふぅと頭上に目をやった。

高く尖った天井の途中の四隅から四本の綱が垂れ下がっている。

大相撲のテレビ中継でよく見るような四色の綱だ。

この相撲部屋は地下にあったが、変わった形をしていた。

床は普通に正方形なんだが、天井に向かって四方の壁が三角に尖っている。

四角錐、つまりピラミッド型をしていた。

それにしても、相撲部の稽古場はしんと静まり返っていた。

奉行がかける声以外は人の声がしない。

肉と肉がぶつかる音、そして地を踏む音だけ。

だがその実、土俵の周りのベンチには

目をキラッキラさせた女子が相当数いた。

相撲部のあるこの地下階は

ケータイもカメラも私語も禁止。

だから女子らは唇を引き結んで目だけ大きく見開き

裸の男たちの乱舞に静かなる熱波を送っていた。

そう言えば、土俵は女人禁制とか言われるが

明治より前には女相撲は普通だった。

ただ、まぁ格好がアレだっただけに

風紀が乱れると新政府が禁止したんだろう。

鎌倉でもよく神事としての相撲を催した。

戦がなくなると男たちは力を持て余して

馬鹿なことを始めたりする。

だから、それを抑える為

また、いざの際の力を蓄えておく為に

各氏族で相撲や弓を競わせるようにしたんだ。

その時、肩に手を置かれて俺様は顔を上げた。

振り返れば清盛が後ろに立っていた。

顎で後ろに下がるよう指示され、仕方なく立ち上がる。

地上へのエレベーターの前で振り返れば

土俵上では義仲が深く腰を落として四股を踏んでいた。

「珍しいな、義経のお供か」

扉の閉まったエレベーターの中、清盛が口を開く。

俺様は少し距離をとった反対側のボタンの前へと立って答えた。

「違うわよ。人を待ってただけ」

『供』という言葉は身分の低い者が高い者に従うもの。

義経は俺様の供をするが、俺様は誰の供もしない。

素気ない俺様の返事に、清盛は次の句を継ぎにくかったのだろう。

しばし沈黙が流れる。

それからややして、清盛は独り言のように呟いた。

「それにしても、ここの地下は随分深いな」

確かに、と思う。

ボタンは地上と地下の二つしかないが、やけに時間がかかる。

体感スピードから言っても、相当深いところに相撲部屋はつくられているようだった。

それでピラミッド型をしているというのだからなんつー贅沢。

そんな贅沢な学園に

フツーのリーマンの娘の俺様が

何故通うことになったのか。

俺様は当初この学園に通う気などまるでなかった。

当時フツーの女子をしていた俺様は

ジミーに公立の中堅校に通って

スポーツマンの彼氏とかできて

明るく楽しい高校生活を送れたらなぁ

と夢見てたくらいだった。

が、余裕で受かるはずだった第一希望校に落ちたのだ。

理由はまったくわからない。

名前を書き忘れたとか、選択肢を全部間違えたとか

いや、それでも有り得ないだろって。

とにかく滑り止めとして受けていたこの学園だけが残った。

この学園は母のススメで受けた。

学園長の奥さんだかが主催する団体に所属していた母は

最初からこの学園オシだった。

学園の合格証を受け取ったが早いかすぐに手続きをすすめ

その後の公立の受験については全く協力してくれないどころか

家事や手伝いをさせて、勉強の邪魔をするほどの入れ込みよう。

不思議には思ったものの

まだ覚醒前の俺様は言われるままに素直に従うしかなかった。

「この前は悪かったな」

唐突な言葉に、ちらと清盛を見上げる。首を傾げて見せる。

「この前ってなに?」

すると清盛は一瞬しまったというような顔をした後に

「あー、ほら、醜いってほどじゃないってアレ」

ああ、と思い出す。すっかり忘れていた。

「ごめん!」

清盛はこちらに向き直ると、がばっと頭を下げた。

「悪気はなかったんだ。つい妹と話してる気分でからかってしまった。今、ちょうど妹たちに『みにくいアヒルの子』の話を聞かせてたところで」

そこでピンポーンとエレベーターが止まる。

ドアが開く。入ってくる眩しい光。

「別に構わない」

俺はエレベーターの『開』ボタンを押すと顎をしゃくって清盛を先に出した。

みにくい、は本来は

「見えにくい」の意味だ。

人には霊性があり、そのレベルが違いすぎると見えなくなる。

人は自分の見たいものしか見えないとも言うし

見えるものしか信じないとも言う。

だが、俺様は運悪くなのか運良くなのか

見たくないものを見て生き残った。

いや、生き残ることを選んだ為に

見たくないものにフタをすることを諦めたんだ。

生き残るに必要なものだけを取って

大切な様々なものを切り捨てた。

最初の妻・八重も、

義経や範頼、血の繋がった弟たちも

刃向かってきた氏族たちも。

だが清盛はどうだっただろうか。

こいつは身の回りの大切なもの、そのほとんどを抱え込んだまま戦っていなかったか?

いや、それを支えに生きようと、生き続けようとしたように俺様には見えた。

「お前って、お人好しだよな」

ため息混じりにそう呟けば、

「ああ、よくそう言われる」

と脳天気な返事が頭の上から降ってくる。

ぞくりと背を走る悪寒。

それは敵意なのか、到底敵わないという恐怖感なのか

今も昔もどうせ俺様だけが勝手に感じている劣等感なのかもしれない。

俺様は悔いしめた歯の隙間からこっそりと小さく息を逃した。

もう義仲なんか知るか。

とにかく早く、こいつ…清盛から離れよう。

そう決めて、さっとエレベーターの扉を抜けて数歩小走りに駆け出した瞬間

景色の色が変わった。

「あ、朝ちゃん」

高く軽やかなようで

幾重にも折り重なる深みを持った声。

「・・・あ、せーこちゃん」

俺様は、ほぅと深く息をついた。

助かった。

政子がいる。

側にいる。

それだけで

いつだってどれだけ救われたか。

政子は俺様に駆け寄ると、さらりと長いその髪を揺らしてほっとしたように微笑んだ。

「よかった。ずっと探してたの」

探してたのは私の方だと素で返しそうになるが、何とか自制する。

「ごめんねー、ツネがほんとノロマで」

俺様の返答にううん、と首を横に振る政子。「女傑」「嫉妬深い恐妻」「日本三大悪女」と名指しされるイメージなど及びもつかない。

でも間違いない。違えようもない。

学園の入学式。見知らぬ顔ばかり。落ち着かないクラスの中、一人の少女が同じ笑顔で声をかけてきた。

「ほうじょう」

そこで一旦息をついでそっと続ける。

「せいこです。よろしくね」

手元の名簿に目を落とせば、俺様の隣の席には「北条政子」の文字。

 いやいや、これはどうやったって「ほうじょうまさこ」と皆が読むだろう。そういうツッコミを覚悟してのさっきの間だったのかと知る。

「みなかみ、とも、です。よろしくね」

覚醒前の俺様は、卒のない笑顔でそう返して政子と友達になった。一緒に弁当を広げ、クラブ見学も一緒に行く約束をして教室移動は並んで歩き、休憩時間を共に過ごす。

「ともちゃん!」

「ともちゃん、しっかりして!」

「目を開けて!お願いだから・・・!」

強く身体を揺すぶられ、目覚めた俺様の頭上に政子の泣き顔。

乗馬クラブの体験中に落馬して意識を失った俺様。それを介抱してくれた彼女の顔を見た瞬間、俺様は源頼朝だった時の記憶を思い出したんだ。

俺様は彼女に会う為にこの学園に入った。

そして、頼朝がやり残したことを引き継ぐ為に今ここに生きて立っている。

ポケットの中の古地図が、かさりと乾いた音を立てる。

これはこの学園が建つ前のもので、母が手に入れたもの。

俺様の手癖の悪さは母親譲りだ。

この学園がある場所は

いわゆるパワースポットになっている。

この土地の保持。その為にこの学園は建てられた。

俺様はエレベーターの扉の前に立つ男を睨み据えて

深く長く細く息を吐いた。

俺様はここで必ずあれらを手に入れ、そして約束を果たす。

誰にももう邪魔させるものか。

「清盛、お前にもな」

音にはせずそう口の中で転がした俺様の前で、長い髪がなびく。

「ん?」

目をぱちりと閉じて、もう一度開いた俺様の前には、寄り添う一組の男女。

「……あ?」

あろうことか、清盛が政子の手を引いて自らの傍らに引き寄せていた。

「美和……!」

そのまんま抱きしめるんじゃないかと思うくらい興奮した目の清盛。

「は? びわ?」

俺様の素っ頓狂な声が虚しくエレベーターホールに響く。

ちょっと待て。

俺様は頼朝様で

彼女は政子で

なのに清盛が政子の手を握ってる?!

そんな三角関係、聞いたことないぞ。

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大義名分小犠命分俺はそれでも君に阿吽 山の川さと子 @yamanoryu

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