第12話ハンスト、モンスト、ハンカチ、モンプチ

「水断ち?」

告げられた言葉をぼんやりと繰り返した俺様は

直後、戦場における矢雨くらいの勢いで口撃に遭う。

すごい勢いで開閉される妻の口元、回る舌の動き。

恐怖、怒り、焦り。

くるくると変わる表情に、ただただ圧倒される。

事の起こりは木曽義仲の死。そして、その嫡男たる義高の逃亡と死。

それがバレた日、義高と許嫁の関係にあった大姫がいきなりハンストを開始した。

もともと食は細かった。が、いきなり水まで断った。

大姫一途の政子が半狂乱になる。

母は強し……いや、母は恐し。

殊に政子は大姫のこととなると目の色を変えた。

そりゃあ俺様だって自分の娘だから可愛くないとは言わない。

でも、自分の娘だからこそ手に負えなかった。特にあのタヌキ娘は。

伊豆山神社で僧たちに囲まれて逞しく育ったのがいけなかったのかもしれない。

政子の弟の五郎が、兄貴ヅラして余計な知恵を入れたのもきっとよくなかった。

結局、義高の身代わりとなった従者の命を助けたり

供養を行ったり、別に気を紛らわせる為の画策を行ったりして

ハンストは一旦終了したが、とにかく政子を宥めるのが一番大変だった。

ワガママに育った姫のちょっと派手な反抗かアピール

その時はそんな認識でいたのだが、実はそれで終わらなかった。

事もあろうに大姫は禁忌に手を染めたのだ。

あの騒動は、ホント思い出したくない。

ふと、さっきの静の顔を思い出す。

そういえば静御前は、俺様や政子には手厳しかったが大姫には優しかった。

静は生まれたばかりの赤子を、大姫は許嫁を俺様に殺された。

だから心情的に近く通じるものがあったのだろうか。

「フン、どーせ俺様はワルモノだよ」

一方的な悪者扱いには慣れている。

政子だけでもわかってくれていれば、それでいい。

ま、その政子も義高を殺した直後は、まるで聞く耳持ってくれなかったけどな。

「よし、きめた!」

大姫のことは、せーこちゃんには内緒にしておこう。

「どうせ、記憶戻ってないしね」

パタン、と靴箱の扉を閉める。

が、建て付けの悪いその扉はバヨンと跳ね返ってきた。

おまけにその横からヌッと現れる黒い影。

「ぎゃっ!」

咄嗟に、手にしていたカバンで思いっきり薙ぎ払う。

が、カバンは空を切り、風だけ起こして勢いよく回る。

その遠心力に俺様はバレリーナのようにぐるりと回された。

バランスを崩す。

気づけば、目の前に迫るは銀色の靴箱の角。

ぎやぁあああああ・・・!

悲鳴が声になっていたかどうかはわからないが、俺様は目を閉じた。

迫り来る銀色の矢尻を跳ね返す剣術など

俺様は持っていなかった。

兜もない。

神仏に祈る時間も残されていない。

ああ、今生の俺様は何も出来ずに散るのか・・・

「ん?」

気づけば、弾力のよい低反発クッションによって俺様は守られていた。

いや、クッションではない。人の腕。

そろそろと顔を上げる。

細い顎に涼しげな目元、美しいラインを描く鼻梁に薄い唇。

色白細面のこいつは・・・

「義仲!」

咄嗟に身構える。

さっき義経と一緒だった時は本性を隠していたのかもしれない。

俺様が一人になるのを待っていたのかも。

じり、と間合いを取って視線を左右に流す。

正面玄関と横の廊下の非常口、どちらが近い?

どちらに人目がある?

が、義仲は申し訳なさそうな顔で俺様を見ていた。

「驚かせてしまって済まない」

殊勝な口調に、背筋がぞわっと粟立つ。

なんだ? 何を狙っていやがる?

こういう口調の時は要注意だ。

義仲とは一度、下野と上野の領界で和議を行った。

どちらが河内源氏の惣領かのサシの勝負。

正直言って、危うい橋だった。

あの辺りは義仲の父・義賢のホームグラウンド。

いつ叛旗を翻してくるかわからない畠山ら秩父平氏に睨みをきかせながらの攻防。

千葉と上総のアシストがなければ、とてもじゃないが乗り切れなかった。

万が一の時の為に、政子は北条と共に伊豆へと逃がした。

俺様の浮気が原因で時政が怒って・・・なんて言われてるが

んなわけないだろって。

結局、早く上京しようと焦った義仲が妥協する形で

何とか危機は免れた。

孟子は言う。

『鎡基

じき

ありといえども時を待つに如かず』

どんなに立派な農具を持っていようと、

時期を外した農作業は収穫がない。

義仲は時機を外した。

功を焦るあまり『助長』した成り行きの話。

そしてまた『浩然の気』も

ぽたり。

何かがこぼれる音。

下を見れば床に赤い血痕が一つ、続いてまた一つ。

視線を上に上げれば、そこは義仲の腕。

「お前、怪我してないか?」

指させば、義仲が自分の腕へと視線を落とした。

一瞬目を見開いて、それからヨロヨロと後退する。

ガタンと大きな音ともに靴箱へ背を当てた義仲は

そのままズルズルと腰を下ろして俯いた。

「おい? 具合が悪いのか?」

油断せず、間合いは詰めずに声をかける。

義仲はその白い顔を更に青白くさせて俺様を振り仰いだ。

「助けて・・・血は嫌いだ・・・」

「はぁ?!」

ちょっと待て。

「お前、この前の夜には俺様に吐血させて

おまけにその血をヌリヌリと弄んでたじゃねーか!」

だが義仲は辛そうに眉を寄せ

目を瞑って横倒れに倒れようとしている。

ちっ

仕方ねぇ。

俺様はポケットの中からハンカチを出すと、意を決して義仲に近寄った。

その腕を取って傷口を確認する。

角で圧迫されての深い刺し傷ではない。

単純な切り傷のようだ。角の一番鋭い部分を掠めでもしたのだろう。

出血した割に傷が浅いことにホッとする。

これならハンカチで圧迫する程のこともない、

バンソコ1枚で済む話なのだが、あいにく持ち合わせがない。

仕方なく、ハンカチにさようならをする。

義仲に使うなど、もったいないことこの上ないが、

助けてもらった恩を返さぬは恥。

「ほら、血は止まったぞ」

恩は返したからな。

と、すたこら逃げようとした俺様のスカートの裾を引っ張るもの。

「きゃああっ!」

思わず悲鳴が上がる。

てめぇ、恩を仇で返しやがって!

キッと振り返れば、起き上がった義仲が

あわれっぽい目で俺様を見つめている。

「な、な、な、なんだよ」

「さっき、記憶が戻っていない、と言っていた」

「は?」

そんなこと、言ったっけ?

「私の記憶を戻す方法を知っているなら教えてくれないか?」

「はぁ?」

知るか、そんなもん。

呆れた声で返しつつ、ふと気づく。

こいつ、もしや記憶が安定していないのか。

たまにいる。

前世の記憶がごっちゃになって

どっかトリップしてしまうヤツが。

現実世界においては単なる痛いヤツだが、

俺様にとっては好都合。

義仲は、小さくため息をついて首を横に振った。

それが無駄に色っぽくて、またムカつくことこの上ない。

「たまに記憶が無くなるんだ」

「気づくと知らない場所に立っていたり」

「見たこともない玉を手にしていたり」

「何か犯罪にでも関わっているのではないかと」

けっ!

心の中でアカンベをしつつ、俺様も小さく首を横に振ってみせる。

「それはお気の毒ね。記憶がないって怖いわよね」

俺様の優しい声に、義仲が感激するような眼差しになる。

アホか。あくまでも同情しているフリだっつーの。

「夢遊病かもしれないわ。病院には相談した?

変な動きをしないように見張ってもらうとか。

あ、ちょっとの間、監禁されてみるとか、どう?」

そのまま精神病患者として拘束されてしまえ。

だが、ふと気づく。

「今、玉って言った?」

ま・さ・か。

十種の神宝には、玉が四種含まれている。

 生玉

いくたま

 死返玉

まかるかへしのたま

 足玉

たるたま

 道返玉

ちかへしのたま

まさか、こいつ玉を既に手に入れやがったのか。

「どんな玉?大きさは?色は?」

俄然、義仲に喰いつくような体勢になって詰め寄る。

「え、ラムネの瓶に入っているような小さな透明の玉だったような」

ラムネのってビー玉かよ。

本物の神宝なら、もっと大きな玉のように思うが、

記憶が戻っている時の義仲が手にしていたとするなら話は別だ。

「で、その玉はどうしたの?」

「盗品だったら困るから家の中に隠してある」

その玉、俺様によこせ!

そう言いたいのを我慢して、俺様は義仲の美顔にずずいっと迫る。

「私ね、実はスピリチュアリストなの」

「スピ・・・スピルリナ?」

それは単細胞生物。藻の仲間だ。

抗酸化作用がすごくて癌や糖尿病にも効くとか何とか。

「ちがーう!スピリチュアリスト!言うなれば霊媒師みたいなもの?」

なんか違うかもしれないが、まぁ許してくれ。

「その玉の中に記憶が封じられているかもしれないわ」

口から出まかせを言ってみる。

「そうなのか。あの玉に記憶が・・・」

「そうなのよ。だから玉を私にちょうだい」

「わかった。では是非、そのスピルリナリスとやらで私を助けて欲しい」

スピリチュアリストだっつーの。

もうどうでもいいけど。

「わかったわ。あなたの記憶を戻す手伝いをしてあげる」

心の中で「しねーよ」とツッコミを入れつつ俺様はにっこりと微笑んだ。

にしても、あまりに単純。

人の話を鵜呑みにし過ぎじゃねーか?

あれだな。

前世の五行と現世の五行は多分同じだ。

義仲は木。

木はバカ真面目で冗談がまるで通じない。

誰かから頼りにされると喜んで働く。

一度こうと決めたら人の話なんかきかない。頑固。

目標の為の努力は惜しまず、毎日筋トレするタイプ。

ん?五行って何かって?

ほら、モンストと同じだ。

モンスターそれぞれの属性「火・水・木・光・闇」

五行だと「木・火・土・金・水」に分かれる。

 木を燃やせば火を生じ、

 火が燃えた後は土が残り、

 土を掘れば金属が出て、

 金属の表面には水滴がたまり、

 水が木を成長させる。

そう言われる通り、それぞれの属性で相克し合う。

隣同士は相性が良くて助け合うが、はす向かいは相性が悪い。

ちなみに、俺様は土だ。

木の義仲とは相性が悪い。

程よい距離感を保ち

利用するだけ利用してとんずらせねば。

トラスト(信頼)は出来ない。

でも、アシスト(助け)は欲しい。

そんなところか?

「うむ、我ながらよく韻を踏めた」

なーんつって、悦に入りかけた俺様の顎に指がかかる。

義仲がうっとりとした表情で俺様を見下ろしていた。

「いい匂いだ」

「は?」

「どこか覚えがある。懐かしいような・・・」

そのまま落ちてくる唇。

狙いは、俺様の唇。

待て!

俺様は今生でまで、男にファーストキスを奪われたくはない。

いや、現世は女だから本来はいいのか?

でもでも、やだ!

心の準備もないし、相手だって選んでないのにっ!

式神を出すヒマもない。

えーい、百歩譲って唇などくれてやる。

こんなもの、ただの内臓の露出部分だ!

だが見返りに、玉はいただくぞ。

覚悟して目を瞑る。

・・・が、その瞬間はなかなか訪れなかった。

気づけば、俺様の目の前で男二人がいちゃいちゃとキスし合ってた。

むちゅ~~~

唇を交わし合いながら、こちらに目線を寄越してくる男二人。

義仲と義経。

美形の男二人が流し目をくれながら

互いを相喰む様子は、まるでアレだ。

モンプチ

猫缶をうまそうに食べながら、

高貴な目でこちらを流し見るテレビCM。

パシャッ

とりあえず、スマホで写真を撮った。

高く売れそうな気がしたから。

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