エピローグ
「任務完了? なんだ、任務って……」
小さな紙に書かれた文言を読み、僕は紙を裏返す。この言葉以外には、特に何も書かれていない。魔力の反応も全くないので、これはただの紙切れなのだろう。特別なことをすると新たな文字が浮かび上がるとか、そういった仕掛けは一切ないはずだ
任務……一体、何の任務だ? それに、誰がこんなところに……こんな世界に紙切れを残したんだ? 普通に考えれば、古文書を作った者がメモの書き主だろう。
と、すれば……これは一体、誰に向けて書かれたものなんだ? 書いてある言葉からすると、メモを残した人物よりも位の高い者に対して書いたと思われる。
そこから考えられることは──。
「ここが探検の終着点であり、そこに置いてある本が……古文書を作った者が渡したかった物なんでしょうね」
僕の言いたいことを代弁したフィオナは「ただ……」と続けた。
「セレルが持っているメモのことを考えると、この本は古文書を製作した者の主か上司か、とにかく面識のある目上の者に対して遺されたものだと考えられるわね」
「ここにこの本とメモがあるということは、当初の目的は達成されず、偶々古文書を入手した僕たちが来てしまった、ということになる」
ただ、この仮説にはかなり無理な点がある。
任務完了と書いてあるということは、命令した者に宛てたメモだと考えられる。しかし、命令した者はどうしてこんなことをさせたのだろうか。
シオン様がメモ用紙を覗き込み、考えを口にした。
「後世の者に残すために、とか?」
「それならば、任務完了とは書かないでしょう。命令者にきちんと仕事をしたことを伝えるための文言ですから」
「けど、態々命令した者は今の今までここに訪れることはなく、メモと本はずっと残されたままだった。古文書の製作者も、ここに本を残すように言った命令者も、手掛かりは何もないけどね」
「まあ、そこの本を残すように命令したとも限らないけどね。真相は、歴史の彼方に消えてしまっているということだ」
僕は謎の多いメモ用紙を折り畳み、ポケットの中に入れた。一応、何かしらのヒントになるような気がするので、持って帰ることにしたのだ。
さて、じゃあ次は本を開こう──と。
「これ、もしかして……」
呟きのしたほうを見ると、いつの間にか本を手に取って開いていたシオン様が目を見開き、一筋の汗を流し驚愕の表情を浮かべていた。
いつの間に本を……と思ったが、それよりも彼女の反応が気になる。一体何が、彼女をここまで動揺させたのか。
「シオン、何が書いてあったの?」
「……ご覧になったほうが、早いと思います」
シオン様はそう言い、最初の頁を開いて僕たちに見せた。
「……なに、これ」
「……神話の一部分を絵にしたもの、なのかな」
推測しながら、僕とフィオナは本に描かれた頁を凝視した。
描かれていたのは……地獄と形容すべき内容の絵だった。
裸の人々が異形の存在に追われて逃げ回り、捕まってしまった者は槍や剣で身体を串刺しにされ、四本腕の巨人が持つ網の中に放りこまれていく。まるで、地面に落ちている果実を人が拾い集め籠の中に入れるように、異形の存在たちによる人間の収穫祭が行われている。
現実的にはあり得ない光景。恐らく、何処かの伝承を絵に描いたものなのだろうけど、何処の地方に伝わる伝承なのかはわからなかった。
「鳥肌が立つわね。見ているだけで、不安になってくる」
「そうだね。異形の存在……つまりこれは、人間が食物連鎖の頂点ではないということを暗示しているのかな。それとも、いつかこういった天罰が下るとか?」
「恐らく、違います」
僕の推測を、シオン様は即座に否定した。
彼女がはっきりと言い切るのは珍しい。何か、否定するべきポイントがあったのだろう。
「違う、とは?」
「次にページを、捲ってみてください」
促され、僕は言われるがままに本のページを捲り──納得した。なるほど、そういうことか。シオン様が僕の推測を否定したわけが、理解できたよ。
そのページには……前のページに描かれた逃げ惑う人々と思われる大勢の人間が──人間の死体が山となって積み上げられた光景が描かれていた。全ての人は口を半開きにし、身体中から大量の血が流れ、小川のように地へ下っている。
それだけでも、かなりショッキングな絵だ。
しかし、僕たち三人が注目し、驚愕したのは、そこではなかった。
「心臓と鳥の羽、それに──死体の山の頂上に立つ、真っ黒な人型」
この絵の解釈は、人によって異なることだろう。
死体の上に立つ英雄を想起する者もいれば、大量虐殺を行った殺人者だと言い張る者もいる。中には、強さの下には何万もの犠牲があるのだと主張する者もいるかもしれない。
ただ、それはあくまで事情を何も知らない者が見れば、の話だ。死体の山と山頂の人については考えることができても、心臓と鳥の羽の意味を考えることはできない。
だが、僕たちは違った。
推測も予想も憶測もいらない。この絵を見た瞬間、これが一体何を表しているのかを、即座に理解することができたから。
これは──。
「──魔人書の……いや、魔人の作り方だ」
白く綺麗な鳥の羽というのは、古来より神聖な力が宿ると信じられてきた。だから、魔導書を鳥の羽に置き換えて絵に記したのだろう。心臓と神聖な力を持つ道具を用いることで、儀式を行った魔法士を魔人へと変え、魔導書を魔人書へと変えることができる。この絵は、それを表しているとした言い様がない。
僕はシオン様から本を受け取ると、フィオナが王の間を見回して呟いた。
「つまりここは、魔人に関わる場所であった、ということね」
「そうと確定したわけではないけどね」
以前は普通に国があり、滅びて廃墟になった後に魔人に関係する者たちが使っていたという可能性も否定できない。
他に何か書いていないか、と思いながら次のページを捲り──丁度そのタイミングで、シオン様がポツリと言った。
「アトスを魔人にした元凶が、ここかもしれない」
「……シオン様」
かつての従者に対する悔しさを露わにし、シオン様はぐっと下唇を噛む。
僕は胸の内で怒りの炎を燻らせているであろう十四歳の少女を慰めるべく、彼女の頭に手を乗せ、優しく撫で着けた。
何気なく捲った本の最後のページに小さく記されていた『無価値』という単語を思い浮かべて。
◇
その日の夜。
図書館から転移した謎の世界から帰還した僕たちは、シオン様を屋敷に送り届けて仮住まいとしている小さな屋敷へと帰ってきた。二人して神妙な面持ちで帰宅したので、使用人の人たちは皆『何かあったのですか?』と心配そうに声をかけてくれた。そんなに硬い表情をしていたのかな、と思いながらも『ちょっと疲れただけです』と言って誤魔化した。流石に、遺跡巡りをしていた、とは言えないからね。
屋敷に帰ってからはいつも通り、食事を取って入浴し、火照った身体を冷ますために寝室のテラスに出て涼んでいた。今は一人で、フィオナは通信が入ったと言って自室に籠っている。
机の上には、アイスティーの入ったガラスコップが置いてあり、その隣には──魔人書の作り方が描かれた本。
持って帰ることは危険ではないかと思ったけれど、あの空間に第三者が侵入しないとも限らない。なので、これ以上魔人書の作り方を知る者が増えないように、僕が責任を持って保管することにしたのだ。仮にも
「でもまさか……こんな本が手に入るとは思わなかったな」
置いてあった本を収納魔法に収納し、グラスに口をつける。てっきり、未発見の魔導書などが見つかると思ったんだけど……期待外れであり、期待以上の代物だった。禁書室に封印しておかなければならないくらい、危険なものだけどね。
僕は肌を撫でる冷たい夜風に心地よさを感じながら空を見上げ、今回の冒険のような探検の記憶を掘り起こす──と。
「セレル」
声がしたほうを見ると、そこには可愛らしい寝間着に身を包んだフィオナが立っていた。屋敷に居る時のリラックスした表情ではなく、真剣な、問題ごとに直面している時のような表情を浮かべている。
何か起きたのだろうか。
僕は一抹の不安を覚えながら、彼女の言葉を待った。その三秒後、ゆっくりと息を整えたフィオナが、これまたゆっくりと聞き取りやすい速さで言葉を連ねた。
「さっき、宰相から連絡があったわ」
「宰相?」
「えぇ。外交中のお父様から手紙があって、三日後に王都に帰って来るって」
「あぁ、そういえば国王陛下は外交中だったね。丁度昨日、王宮の強化結界構築作業も終わったみたいだし……あれ? でも、しばらくは離れの別荘にいるんじゃないの?」
「それが、できなくなったらしいの。外交先から一人、客人を連れてくるからって」
「客人?」
一体誰だろう。国王陛下の予定を変えることができるほどなので、余程の大物が来るのだろう。外交先のトップ? それとも、巨大な商会の会長とか?
色々な可能性を思い浮かべていると、突然フィオナが僕の肩に手を添えた。
「フィオナ?」
「三日後、お父様が連れてくる客人はね……どれだけ権力を持っていたとしても、決して逆らってはいけない人なの。世界でたった六人を除いて」
「──、まさか」
珍しくフィオナが動揺している理由を理解した僕が呟くと、フィオナは一度頷き──来訪する災厄の名を告げた。
「エンテレス帝国魔兵士団長、シェルド=バードナー。魔導書の最高位である
■ ■ ■ ■ ■ ■
次章のプロット考えるので、しばらくお待ちください。
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