第23話 転移した先

 いつからだっただろう。

 僕が、自分が何者なのかを知りたいと思い始めたのは。

 正確な時期は思い出すことができないけれど、曖昧ながら憶えているのは……そのきっかけは、僕が初めて出会った女の子であるフィオナがきっかけになったということ。謎の遺跡から連れ出されて、王都の修道院に保護してもらい、毎日のようにフィオナと一緒に遊んでいた時だ。

 フィオナには血の繋がった温かい家族がいたのに、僕には家族がいない。

 フィオナは自分が何者であるのかわかっているのに、僕にはわからない。

 そのことに僕は劣等感を感じていて……当時はかなり荒れていたような気がする。周囲の人に対して些細なことで当たって、神父様の言いつけを破って外の街を放浪して、とにかく迷惑をかけていたような気がするな。でも、そんな僕にフィオナや周囲の人たちは優しく接して、寄り添ってくれて……今の僕になったんだ。

 あぁ、そうだ。僕が自分を知ろうと思ったのは、自分が知りたいから、だけじゃない。

 僕を育ててくれた人たちに、自分が何者なのかを教えてあげることができるようにと、そう思ったんだ。


     ◇


「ここは──」


 白い光に包まれていた視界が晴れると、そこは図書館ではなくなっていた。

 陰鬱とした空気が漂い、空には黒い曇天が広がる薄暗い世界。枯れた木々が立ち並び、干からびた虫の死骸が道端に落ちているのが見える。

 荒野。そう表現するのが適切なほど、この世界は荒れ果てていた。


「随分と、気味が悪い場所ね……」

「はい。あまり、長くはいたくない場所です」


 フィオナとシオン様は周囲を見渡して口々にそう言い、不快そうに眉根を寄せる。確かに、長時間はいたくない。可能な限り早くに元の場所に戻りたいと思ってしまう場所だった。何かよくない、幽霊のようなものが出現しそうな気もする。

 だけど、なんだろう、この感じ。

 僕は──。


「──は、この場所を知っている?」


 既視感、とでも言うのだろうか。実際にこの場所に来た記憶は、僕にはない。でも、僕はこの陰鬱な雰囲気を体験したことがあるような気がするんだ。何故かはわからない。こんなところ、来たことないはずなのに……。


「俺?」


 不意に、フィオナがそう呟いて僕に問うた。


「セレル、今……自分のことを俺と言った?」

「え? 僕、そう言った?」

「はい。確かに言いましたよ。いつもと一人称が違うので、少し驚いたのですが……」

「???」


 僕は額に手を当てる。

 無意識だった。でも、普段使わない一人称を無意識の内にパッと呟くことなんて、早々あることじゃない。ましてや、言い間違えることなんてあり得るのか? 

 困惑しながら考え込んでいると、フィオナが僕の肩を叩いた。


「大丈夫? 何処か、具合でも悪いの?」

「いや、そういうわけではないんだけど……自覚なかったから」

「疲れているのではないですか?」

「そうかもしれませんね。ここから帰ったら、帰ってすぐに眠ることにします。なので、早く先に進みましょう」


 気を取り直し、僕たちは陰鬱な荒野の一本道を進むことに。

 こんなにも薄気味悪いところは、今までに見たことがない。そもそも、ここは一体何処なのだろう。転移したということは、世界の何処かなのだろうけど……視線を横に向ける。

 そこには、どこまでも続いていそうな地平線が広がっている。広大な荒野は、僕の視界の中で無限に広がっている。地平線が見えるほどの広大な荒野ということは、世界地図にも記載されているはずなんだけど……こんな場所は、知らない。少なくとも、僕の持つ知識にはない。世界地図を完璧に把握している僕の知識にないということは……この世界は、元の世界には存在しない場所である、ということなのか? 所謂並行世界。パラレルワールドと形容される世界である可能性がある。

 そんな世界は存在するのか? という疑問は当然のものだけれど……魔法の中。いや、魔導書の固有能力の中には、別の世界を構築するという力が存在している。ここが仮に創り出された世界なのだとしても、何ら不思議ではない。

 陰鬱な空気に終始会話もなく道を進むこと、数分。


「あ! 何かあります!」


 言いながら、シオン様が前方を指さした。

 霧が立ち込め視界が悪いが……霧の向こう側には、小さな城が見えた。

 屋根も、壁も、全てが黒い城だ。建物全体に枯れた蔓が這い、扉や窓は存在しない。いや、存在していたのだろうけれど、その全てが破壊されており筒抜け状態。防犯も何もあったものではない。こんなところに泥棒などいないだろうけど。

 それにしても……やっぱりだ。

 先ほどから道を歩いている時もそうだったけれど、この世界、光景に、僕は妙な既視感を感じる。加えて、壊れかけの小さな城を見た直後は、親近感すら覚えた。城に、親近感? わからない。僕は今まで、城に住んだことなどないはずなんだけど……。


「セレル、また何か感じているの?」

「! う、うん。何だか、この城を見た途端に懐かしい感じになって……」

「懐かしい、ね」


 意味深な口調で呟いたフィオナは、顎に手を当てて思案した後、言った。


「もしかして、私と出会う前の記憶が関係しているの、かも」

「出会う前……いや、でも僕は君と出会う以前の記憶はなくて──」

「記憶って言うのは、完璧に消すことができるわけではないのよ」


 人差し指を立て、彼女は続ける。


「忘れることはできても、消すことはできない。それに、身体はちゃんとその時のことを覚えていることだってある。つまり……セレルは、私と出会う前に城に頻繁に出入りしていたことがある、かもしれないってこと」

「つまり、セレル様は何処かの国の王子様?」

「シオン様、そんなに目を輝かせなくても恐らく違います。王子だとしたら、陰鬱で気分の悪くなる景色に既視感を覚えている説明が付きません。どちらかというと、放浪孤児というほうがしっくりきます。って、こんなことを話している場合じゃないですよ」


 僕の知らない過去については、今はいい。それについては調査を続けるつもりだし、今のところ何か有益な情報があるというわけではないのだ。この既視感や親近感だって、きっと気のせいなのだと思う。

 とにかく今は、この城の中に入って中を調査しなければ。


「中に入りますよ。そんなに大きくないですから、すぐに調査は終わるはずです」


 二人を連れ添い、城の中へと入る。

 中は薄暗かったが、光球を出現させて照らさなければならないほどではなかった。ただ、不気味な雰囲気はとても漂っている。床には丁度品と見られる椅子や机、ガラス片が散乱していて、壁に飾られた大きな肖像画は僕たちを睥睨しているように思えてくる。

 僕はこういった不気味な場所に対する耐性を持っているから大丈夫なのだけど……フィオナとシオン様は、かなり怖がっている様子。部屋の探索をする際も僕の手を繋いで離さず、何か物音がする度に僕に抱き着いてくる。うん……耐えてくれ、としか言いようがないね。


「大体全ての部屋を確認しましたけど……目ぼしいものは何もありませんでしたね」


 およそ一時間の探索を終えた後、僕は最後の部屋である城の最奥の扉の前で呟く。他の部屋には扉がなかったのだけど、何故かこの部屋だけは大きな扉が設置されている。つまり、ここが王の間ということだろう。城の主が座る玉座が鎮座しているというわけだ。実際にあるかは、わからないけれど。


「ここが最後の部屋よね……さっさと見て、早く帰りましょ」

「そうですね。これ以上はちょっと、今日は一人で眠れなくなりそうです」

「大袈裟だなぁ……」

「「大袈裟じゃない(です)ッ!」」


 声を揃えて反論された。

 僕にはその感覚がわからないのだけど、とりあえず「失礼しました」と謝ってから、部屋の扉を開いた。


「お、あるんだ」


 予想した通りそこは王の間で、予想外なことに部屋の奥には玉座が鎮座していた。てっきり、壊れていてないものだと思っていたんだけど……ん?


「玉座に何かあるわね」

「うん。あれが、探し物みたいだね」


 僕は足を踏み出し、玉座に近づいてそれが何なのかを確認する。

 そこに置いてあったのは──、


「薄い一冊の本と……紙切れ?」


 その二つだった。

 本のほうは、恐らく数ページしかないと思われるほどに薄い。一体何が書いてあるのかはわからないけれど。

 そして紙切れのほうだけど……これは普通の紙切れというしかない。何か特別なことが施されているとか、そんなことは一切ない。魔力も感じないので、何かがメモされているだけだろう。

 何が書いてあるのか……。

 僕は一度二人と顔を見合わせ、頷いてからメモのほうに手を伸ばし──四つ折りになっていたそれを開いた。


『──任務完了とさせていただきます』

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