第22話 床に描かれた謎

「ここだね」


 一階へと下りた僕たちは電磁網が反応を捉えた場所で足を止め、その箇所をジッと見下ろした。

 僕たち三人の視線が向いているのは、図書館の東側にある大きなテーブル。正確には、その真下の床だ。今は絨毯が敷かれているので見ることはできないが、それを剥がせば何かが出てくるに違いない。

 フィオナとシオン様がその場にしゃがみこみ、絨毯の端を捲った。


「……やっぱり、テーブルをずらさないと駄目ね」

「完璧に隠れてしまっています」


 そりゃあ、絨毯を少し捲ったくらいでわかるような場所には隠されていないと思う。そうであったのなら、今頃僕でなくとも他の来館者が見つけているはずだし。簡単に見破られるような場所に、秘密は隠さない。もっと巧妙な……誰にも見つけることができないようなところに隠すのが定石だ。


「絨毯の下に隠れているのか、それとも……」

「それとも?」

「……とにかく、テーブルを移動させようか」


 フィオナにそう返し、僕はテーブルに風を纏わせて宙に浮かせ、一階の隅に移動させた。それからソファも浮かせて端に寄せ……完了。これで魔力反応があった部分を捲ることができるようになった。

 果たして何があるのか。

 僕は好奇心を抑えつつ、ゆっくりと絨毯を捲って床を露わにする──が。


「何も、ありませんね」

「え、えぇ。そうですね」


 絨毯の下にあったのは、何の変哲もない木製の床だった。特に何か、特別な文様が書かれているとか、そんなことは一切ない。一瞬、魔力反応があった場所を間違えたのかと思ったが、僕はしっかりとテーブルの下に魔力反応を確認したので、間違いはない。念のため絨毯の裏側も確認したが、何も見つけることができなかった。


「本当にここであってるの? 場所を間違えた、とか、そういうことはない?」

「ないよ。ちゃんとここであることは確認した」

「では、魔力反応の素はどこなのでしょうか」


 二人が困惑しながら顎に手を当て、小首を傾げる。

 何もない場所から魔力が検出された。それはありえないことだ。魔力がある場所には必ず源になっている物が存在する。

 ということは……僕の予想は的中したということかな。はぁ、図書館を傷つけることは、あんまりしたくないんだけど。

 後でちゃんと修復します、と心の中で一言謝り──僕は膝を折った状態で指先に雷を纏わせ、反応があった箇所を囲うように、床に指を這わせた。紫電がバチバチと音を立て、木製の床には雷が走った焦げ目模様が生まれる。

 当初は僕が何をやっているのかわからなかったシオン様とフィオナだったが、先にフィオナのほうは合点がいった、と納得の声を上げた。


「床の表面にないということは、床の裏側に何かがあると考えたわけね」

「うん。図書館を傷つけることになるから、あんまりやりたくはなかったんだけどね」

「修復くらい、簡単にできるでしょ?」

「そもそも図書館に自分から傷をつけることが嫌なんだよ……」


 司書が自分から管理している場所に危害を加えるなんて、笑い話にもならない。今回は目的があるけど、他の人に知られたら悪い噂が立つだろうね──指先から迸る雷が、弱い魔力と衝突した。正解だったらしい。

 微かな興奮を胸に僕は雷を操作して床を丸型に切り取り、床の下に隠れていた魔力反応の素を覗き込んだ。そこにあったものは──。


「小さな魔法陣だね。相変わらず、何の魔法なのかは判別がつかない。古代に失われた魔法の一つだろう」

「また魔法陣、か。午前中も見たわね」

「あれとは形状が違うから、また違う効力を持っているものだと思うよ。これには、どんな効力があるのか……」


 古代魔法が一体どんな効果を持っているのか、というのは、実際に発動してみなければわからないケースが多い。発動前に解読することもできるけれど、様々な古代文献を広げて知識を養い、陣に書かれた式を少しずつ解読するしか方法はない。一つの古代魔法を解読するのに、ざっと半年はかかるだろうね。

 当然、僕たちにはそこまでの時間はない。なので、必然的に実際に発動して確認することになる。

 早速発動してみようか。と思った時、不意にシオン様が呟いた。


「今回は古文書、光りませんね」

「あ、そういえばそうね。これまでは何かある度に古文書が光ってきたのに」


 確かにそうだ。

 遺跡の入口や女神像の前では、古文書が白い光を放ち、それによって次の行動を決めてきた。壁が崩れれば先に進み、古代文字が読めるようになれば文に従った行動取る。てっきり、今回も魔力反応の素である魔法陣を発見した時点で古文書が光ると思ったのだが……。


「光らない、ってことは自分たちで何とかして魔法陣を発動させろ、ということなのかな?」

「古代魔法っていうのは、自由に発動することができるものなの?」

「機能しているなら、魔力を流せば発動することはできるよ。ただ、この魔法陣がどうなのかは──」

「え?」


 思案していた時、突然シオン様が驚いたような声を上げたので、僕とフィオナは反射的にそちらに顔を向けた。何かあったのだろうか?


「どうしたの? シオン」

「あ、その……なんていうか……」

「「?」」


 しどろもどろになっているシオン様に僕たちは小首を傾げる。明らかに動揺している、というよりは、上手く説明することができずに困っているといった様子だね。物事を上手く言い表すことができない気持ちはわかるけど、このままでは僕たちも彼女が何を伝えたいのかがわからない。一旦落ち着かせよう。


「シオン様、ゆっくりでいいです」

「は、はい。えっと、その魔法陣に関係することなんですけど」


 そう前置きし、シオン様は両手を眼前に掲げ──淡い水色の光を放つ智天書の魔導書である水天慈章サキエルを召喚した。彼女が契約した魔導書であり、生涯のパートナーでもあるそれを胸に抱き、シオン様は言った。


「この子が、発動してくれるみたいで」

「水天慈章が? どういうこと?」

「直接この子が言ったわけじゃないんですけど、なんていうか、その意思が伝わってきたというか」

「ふむ……」


 僕は顎に手を当てた。

 魔導書というのはまだまだ詳細がわかっていない、未知の道具だ。例え彼らに意思があったとしても、僕は全く驚かない。それに、シオン様は以前アトスの猛攻を受けて瀕死になっていた僕を救ってくれた時、声が聞こえたとも言っていたな。

 智天書が協力を申し出てくれる……信じてみる価値はありそうだ。


「わかりました。水天慈章にお願いしてみましょう」

「! 正気なの?」

「正気さ。僕は盲目的な信者が教祖を信じるように、魔導書を信じている。それに、僕は以前水天慈章に命を救われているからね。人ではないけど、命の恩人を信じるのは変なことではないだろう?」

「そうかもしれないけど……いえ、言うだけ無駄ね。セレルはとっても頑固だから」


 額に手を当てて首を左右に振ったフィオナ。うん、長い付き合いなので、僕の性格は熟知しているようだ。


「シオン様……では、ありませんね。この場合は水天慈章に直接言うべきですね」


 僕は膝に手を当て、中腰になってシオン様の胸に抱かれている水天慈章に伝える。


「水天慈章。お願いできますか?」


 ──直後。

 水天慈章の水色の輝きが強くなり、同時に、床に描かれていた小さな魔法陣も連動するように輝きを放った。

 やはり、魔導書は面白いね。まだまだわからないことだらけだ。

 僕は微笑を浮かべ、輝く水天慈章を見つめ続け──数瞬後、視界が白に包まれた。

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