第21話 最終的な目的地へ

 数時間後。


「ねぇ、本当にここなの?」


 僕の隣に立っていたフィオナが怪訝そうに言い、いかにも信じられません、といった様子で僕に問うた。彼女は自分の魔導書である天球倍書ガルガリエルを宙に浮遊させ、両腕を組んで怪訝そうな表情をしながら僕を見つめている。

 疑念を持つ気持ちも理解できるけど……僕は古文書に視線を落とす。


「どう見てもここだと思うよ?」

「けど……ここにそんなものがあるのは、見たことがないわ」

「そりゃあ、僕だってないけど……」

「セレルが見たことない、且つ存在を把握していない代物がここにあるなんて、あり得るの? 貴方は常に電磁網を周囲に展開していて、小さな魔力でさえも感知しているのに」

「僕の魔法では感知できないほどの高度な魔法が使われているのかもしれないだろう?」

「……古代技術の産物ってわけね。まぁ、最初から可能性を潰していては先に進むことなんてできないし、とにかく探してみましょうか」


 フィオナがやる気になってくれたところで、僕は早速電磁網に意識を集中させようとする。と、その直前、僕が手にしていた古文書を覗き込んでいたシオン様が心底不思議そうに呟いた。


「先程のフィオナ様と同じ意見ですけど……本当に、ここにあるのでしょうか?」

「それは、探して見ないとわかりませんね。シオン様は、ここにはないというお考えですか?」

「半信半疑、と言ったところですね」


 そう言って、シオン様は頭上を見上げ、言った。


「だって──ここ、魔法図書館ですよ?」


 シオン様の言葉を聞き、僕は人差し指で頬を掻いた。

 そう。僕たちがいる場所は、僕の職場であり一日の大半を過ごしている場所──王立魔法図書館。王国の叡智が集うこの場所が、古文書に記されていた次なる秘密が眠る場所だったのだ。

 今は夕暮れ時であり、館内は窓から差し込んだ陽と同じ茜色に染まっている。今日は休館日のため、僕ら以外に来館者はいない。なので、人目を気にすることなく存分に中を捜索することができるというわけだ。今日が休館日でよかった。

 僕は古文書をシオン様に手渡し、円卓の部屋で写し出されたものについて言った。


「疑う気持ちはわかりますし、僕もはっきり言って疑念を抱いていますが……ここに映し出された地図は、間違いなく王都のものです。そして、赤い×印で示された場所は──ここ、王立魔法図書館ですね」

「それ自体、おかしな話ですね」

「全くです」


 この古文書が作られたと思われる三千年以上前、この王都はまだ影も形もなかった。それなのになぜ、王都の正確な地図を写し出すことができているのか。あの部屋で古文書の地図を見た時、僕らは思わず唖然としてしまったよ。

 これも現代では見ることができない、失われた魔法の一つということなのかな。


智天書ケルビムの中には数秒先の未来を予知する能力を持つ魔導書もありますから、それに類似した魔法が組み込まれていたのかもしれませんね。あの部屋で見た魔法式は、僕も見たことのないものでしたから」

「数千年先の未来を見る魔法、ですか……信じられませんね」

「僕たちが知っている知識だけが全てではありませんが、確かに信じられませんね」


 流石に無理があったか……如何に預言者と呼ばれる者であっても、せいぜい数年後の未来を予言する程度のことしかできない。数千年先というのは、神様であっても無理なんじゃないかな? 熾天書の魔導書であっても、そんな破格の能力は持ってないだろう。というか、数千年先の未来を知ったところでメリットはほとんどない。せいぜい、後世の人間たちにメッセージを残すことくらいだ。そのメッセージも、残り続けるとは限らないし。


「セレル、早くしないと陽が暮れるわよ?」

「! あぁ、そうだね」


 今は推測だけに時間を費やしている場合ではない。もう陽が暮れる時間だし……急いで調べないと。

 僕は古文書を持っていてください、とシオン様にお願いし、雷天断章ラミエルを召喚して電磁網を強化した。知覚している情報が一気に増え、頭部には微かな頭痛が生じる。範囲は図書館内のみと限定的ではあるのだけど……特別なものは、何も見つけることができなかった。禁書室へ通じる転移魔法陣や間接照明などが帯びている魔力の残滓は幾つも確認できるが、それ以外に変わったものはない。

 強化電磁網でも見つけることができない。巧妙に隠されているようだけど……ここまでは一応、予想通りだ。僕一人が強化した程度で見つけられるのなら、僕はもっと前に見つけていたことだろう。

 巧妙に隠されたものを見つけるためには、もっと強い探知力が必要になる。

 だから──。


「フィオナ」

「えぇ──保援増幅レキレルエメ


 天球倍書を浮遊させたフィオナは僕の背中に手を当て、魔法を紡ぐ。

 他者の魔法を増強させる、天球倍書の固有能力。その力を借り、僕は強化した電磁網を更に強化。

 先ほどとは比較にもならない膨大な情報の波が押し寄せる。ズキズキと頭に釘を打たれているような痛みが生まれ、それらを耐えるためにきつく奥歯を噛みしめる。

 この痛みは……並列思考ブレビアを四つ同時に行使している時と同じだ。脳の処理能力を限界まで用いることで、強烈な負荷がかかっている状態。頭を抱えて蹲り、腹の底から絶叫してしまいたい衝動を何とか堪えながら、僕は図書館内の僅かな魔力反応を探る。知覚したことのない、巧妙に隠された魔力の片鱗を──と。


「! 解除──ッ」


 電磁網を消滅させ、フィオナに片手を上げて見せ、天球倍書の能力を解除するようにお願いする。すぐに僕の背中から手を離したフィオナは手すりに凭れかかった僕の顔を覗き込み、額に浮かんだ汗をハンカチで拭ってくれた。


「やっぱり、相当な負荷がかかったみたいね。大丈夫?」

「あぁ、ありがとう。僕は大丈夫だよ」

「セレル様、これを……」


 横を見ると、シオン様が水の入った水筒を差し出してくれた。ありがたい。丁度、喉が乾燥していたところだったんだ。

 受け取り、冷たい水を喉に通す。カラカラに渇き痛みさえ走っていた喉が、急速に楽になっていった。はぁ、助かった……。


「ありがとうございます、シオン様。助かりました」

「い、いえ、とんでもないです。それで……何か、見つけられましたか? 途中で目を見開いていましたが……」

「えぇ。脳に負担をかけた甲斐はありましたね」

「! ということは、見つかったのね?」


 やや興奮気味に言うフィオナに頷きを返し、僕は手すりの下──図書館の入口がある一階を覗き込んだ。


「本当に、本当に僅かで小さな反応だったんだけど……図書館の一階で、微かに魔力の反応を捉えることができたよ。僕が今まで気が付かなかった、奇妙な魔力を」

「一階……図書館内でも特に人が溜まりやすい場所にあるのですか?」

「よく気付かれなかったわね……いえ、見つからないようになっていた、と言ったほうがいいのかしら」

「そうだね。推測だけど、恐らく……その古文書がないと、見つけることができないようになっていたんじゃないかな」


 遺跡でもそうだったけれど、この古文書が光を放つことで先に進めるようになったケースが幾度もあった。つまり、古文書が先に進む鍵のような役目をしていたのだろう。となれば……一階に下り、魔力反応を示すものを見つけた時、この古文書は再び白く光るのかもしれないな。


「では、一階に行きましょうか。何かが、僕らを待っているはずです」


 頭痛が引いたタイミングで、僕はほっと一息吐き、二人を連れ添って一階に続く螺旋階段を下った。

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