第20話 遺跡の最奥

 少しばかり気まずい空気になりながら通路を進むこと、十分。

 暁星王書ルシフェルと翼が放つ光で照らされた壁画を眺めながら歩いていた時、突然前方に淡い青の輝きを発見した。何が光っているのかはわからないけれど、とにかく、何かがあるのは確定のようだ。


「何か光っているけど……あれが私たちの探し物なのかしら」

「どうだろうね。でも、あの騎士たちが護っていた通路の先にあるということは、彼らはそれを護るために生み出されたんじゃないかな」


 少なくとも、何らかの関連性はあるはずだ。そもそもこんな地下深くの謎の遺跡にある時点で、無視していい代物ではないはずだしね。それが果たして何なのかは、実際に見て確かめればいい。

 僕は両隣を並んで歩いている二人よりも僅かに先行し、歩く速度を上げて光源へと迫り──到着する手前で、その光の正体を視界に収めることができた。

 光を放っていたのは──。


「石の、台座でしょうか?」


 シオン様が眼前の物体──石で作られた円盤状の物体を見て、呟いた。確かに、材質だけを見れば玉石を手に入れた場所で見た台と大差ないし、そう思うのも無理はない。だけど、この形状、そして周囲に等間隔で置かれた正方形の石を見れば、捉え方も変わってくる。

 ここは彼女を導く者として、一つご教授してあげようか。


「いえ、これは台座では──」

「これは恐らく円卓よ。この遺跡が実際に使われていた時代に、ここで権力者たちが会議を開いていたんじゃないかしら」


 ……僕が言いたかったなぁ。

 なんてことを想いながらも、いちいちこんなしょうもないことで落ち込んでなどいられない。僕は咳払いして気を取り直し、フィオナの意見に首を縦に振った。


「フィオナの言う通り、恐らくこの円盤状の石は会議用の円卓です。周囲に椅子と思しき正方形の石がありますから」

「あ、本当だ……でも、こんな地下深くで会議を?」

「疑問に思うのは最もですね。しかし、太古の時代──特に、三千から四千年ほど前は王の住まいである王宮を地下に建設していたこともあったのです。地下は一見すると暗くて寂しく、今の豪華絢爛な王宮と比べると見劣りしますが、その反面他者の侵入を許さない安全性であったり、外部に話が漏れないため秘密の会議を行うことができたなど、利便性に優れていたんですよ」

「秘密の話をするには、もってこいの場所ってわけ。だから、こんなところに会議所があっても不思議ではない。何せ、今でも他国では会議を行う場所を地下に作るところがあるくらいだからね」

「近隣だと……って、こんな話をしている場合じゃなかったね」


 話に夢中になると、すぐに盛り上がってしまうのは悪い癖だね。直さないと。

 僕は気を取り直し、円卓を回り込んで正反対の位置へと歩み寄る。青い光を発している光源──謎の板は、そこにあるから。


「……円卓と完全に一体化しているな。取り外すことはできない、と」


 光を放つ板に触れてみるが、びくともしない。どうやったのかはわからないけれど、完全に円卓の石と合体している。板自体は半透明なので、かなり異質というか、目立って見える。

 加えて……うん。やっぱりこの板も、魔力を含む何らかの仕掛けを持つもののようだ。


「セレル様、どうなさいますか?」

「そうですね……ベタですけど、やっぱりこうすることが手っ取り早いのかな、と」


 言いながら、僕は右手を広げて板の上に置いた。

 それを見たフィオナは、若干心配そうに僕を見た。


「板に直接魔力を流す、というわけね。大丈夫なの?」

「物語の迷宮じゃないんだから、大丈夫だと思うよ。魔力を流した瞬間アレコアなどの魔法的器官が壊死する、なんてことにはならないと思う」

「なんでそこまで具体的な例を挙げるのよ……余計心配になったわ」

「あの、あまり無理はしないほうが……」


 不安に顔を染めた二人に、僕は一応安心してもらおうと笑いかけた。流石に、心配しすぎな気がするし。


「二人とも、大丈夫です。最悪な事態にはなりませんし、今の僕は暁星王書ルシフェルを召喚しているんですよ? 魔法への耐性は万全ですから、ご心配なさらず」

「……信じてるからね?」

「わかりました……」


 まだ、不安は払拭できなかったみたいだ。

 でも、信じてもらう以外にない。今の僕はただの司書ではなくて、最強クラスの魔導書を持つ『天神』なんだ。並大抵のことでは怪我一つしないよ。

 一度二人の頭をそれぞれ撫で着けてから、僕は右手に意識を集中させ、光る板に魔力を流した──瞬間。


「! これは……」


 円卓の上に、幾つもの魔法陣が浮かび上がった。

 まるで生きているかのように縦横無尽に動き回るそれらは、一つ一つが違う色をしている。似ているような色はあっても、よく見てみれば微かに違う。式の意味は解読することができずに不明。少なくとも、僕が図書館で身に着けた知識の外側にある、未知の魔法式だ。もしくは、個人が作った固有魔法。

 どちらにせよ、円卓の魔法陣がこれから何を引き起こすのかは、想像ができない。

 最悪の事態に備え、僕は背中の翼を動かしてフィオナとシオン様を引き寄せる。右手は……板から全く剥がれない。まるで超強力な接着剤で固定されてしまったかのようだ。

 この瞬間も絶え間なく僕の身体からは魔力が消えていくが、誤差の範囲なので全く問題はない。けど、流石にこれが無限に続くと思うと怖くなる。

 早く、終わってくれ。

 そう願っていた時、僕の胸元にあった古文書が再び白い光を放ち、ひとりでに円卓の中央へと浮遊していった。


「古文書が……」

「セレル、これは大丈夫なのッ!?」


 いつもの冷静さが消え、フィオナが焦った様子で問いかけてくるが……それに答えることはできない。

 なぜなら、僕の眼前では今、円卓に描かれていた魔法陣が宙に浮かび、古文書に吸い込まれるようにして、次々と消えているから。その光景に目が釘付けになり、他のことに思考を裂いている余裕がない。

 この現象は一体何なのだろう。この魔法は一体何なのだろう。これから一体、どんな事象が引き起こされるのだろう。

 そんな好奇心と疑問が湧き続ける。

 やがてフィオナの声は聞こえなくなり、円卓の魔法陣も全て、古文書の中へと消えた。最後の一つが消滅すると、宙に浮いていた古文書は僕の手元まで戻り、放っていた白い光を消して沈黙した。

 そこで我に返った僕は古文書を手に取り、半透明の板から手を離した。


「よかった、離れた」

「あ、手が離れなかったんですね」

「えぇ。何か強力な力に引き付けられるように、全く動かなかったんです。無事に離すことができて、安心しました」

「身体に異変は? 呼びかけに応じなかったけど、何かあったの?」

「異変はないよ。目の前の光景に釘付けになっていて、返事ができなかっただけさ。ごめんよ、フィオナ」


 謝り、僕は大量の魔法陣を吸収したと思われる古文書を二人の前に出した。


「それよりも、中を見てみよう。きっと、何かしらの変化があるはずだ」

「あれだけ多くの魔法陣を取り込んだんですから、きっと何かあります……よね?」

「何とも言えないわね。魔法陣を吸収して文字を浮かび上がらせる、なんて話は聞いたことがないし」

「そうだね。でも、前例がないからといってあり得ない、と決めつけるのはよくない。今ある全てのものは、前例がない状態から生まれたものなのだから……いくよ?」


 二人が頷いたのを見て、僕は古文書の頁を開く。

 序盤は何もなし。ということは、幾つかの空白の頁を飛ばして、最後のほうにあるのだろう。僕は一頁ずつ丁寧に捲り、何か書かれていないかを確認していく。炎で紙を照らすと文字が浮かび上がったこともあるので、フィオナに魔法の炎を生み出してもらい、丁寧に調べる。

 そうした作業を続けること、およそ五分。


「! これは──」


 最後から五ページ目。

 そこに描かれていたものを見た僕らは──。

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