第19話 勝利後の行い

「さて、倒したことはいいのだけれど……」


 床に降り立った後も暁星王書ルシフェルを解除せず、背中に六枚の翼を携えた状態で、壁にめり込んでいる二体の騎士を注視した。流石に暁星王書が持つ権能の一つをまともに受けたため、全く動かない。彼らの内部で荒れ狂っていた膨大な魔力の波動も鳴りを潜め、完全な活動の停止状態と言ってもいいだろう。一部の装甲には亀裂が入っているとはいえ、概ね綺麗な状態で倒すことができたし……僥倖な結果だ。

 僕は満足げに頷き、分護焔を解除。後方で様子を窺っていたフィオナとシオン様に手招きをして、二人を呼ぶ。

 ほどなくして、二人はそれぞれの魔導書を片手に持ち、僕のもとに近寄った。


「お疲れ様。何だか、呆気なかったわね」

「熾天書と戦えば、こうなるのは必然だと思うよ。これでも、僕は権能の一部しか見せていないわけだし」

「まだまだ、暁星王書の底は知れないですね」

「セレルが権能を十全に振るうような状況にならないことは、なによりなのだけど……それで? 先に進むの?」


 フィオナは腰に手を当てて僕に問う。先へ続く道を守護していた者はご覧の通り倒したし、先に進むのが正しい道筋だ。

 勿論、先には進む。だけど、その前にやらなければならないことがある。


「その前に、フィオナに一つお願いがあるんだ」

「お願い?」

「うん」


 小首を傾げる彼女に、僕は止まった騎士に視線を向けて言った。


「この騎士たちを、回収してほしいんだ」

「……それ、冗談じゃないの?」

「大マジなんだけど?」


 答えると、フィオナは額に手を当てて大きな溜め息を吐いた。

 この騎士たちは、調べ甲斐がある。動力源から装甲の材料、彼らが扱うことができる魔法に、手にしていた巨大な武具。僕の知識欲がとても刺激されるものばかりだ。可能ならば、時間を気にすることなく調べつくしたい。けれど、この場所には今後も自由に入ることができる保証はどこにもないんだ。だから、手元に残したい。

 僕のこの願望を叶えることができるのは、現状フィオナしかいない……んだけど、彼女はどうも乗り気ではないらしい。


「あのね、セレル。私の収納魔法は無限に取り込むことができるわけじゃないのよ?」

「勿論わかっているよ。でも、君の天球倍書ガルガリエル座天書スローンだし、二体の騎士を取り込むことはできるはずだ。勿論、近くに転がっている武器も一緒にね」

「確かに入るけど、こんな大きなものを何処に置くの?」

「この遺跡から出た後、僕が雷天断章ラミエルで収納魔法を使って受け取るよ。今のままでも収納魔法を使うことはできるけど……そうなると、暁星王書を召喚しないと取り出すことができなくなってしまうんだ」


 雷天断章は暁星王書は表裏一体の存在。しかし、二つは全くの別物なのだ。暁星王書で収納した物体は、雷天断章では取り出すことができないため、今はフィオナに収納してもらうしかない。


「この先にまだ敵が待ち構えている可能性もあるし、今は暁星王書を解くことはできないんだ。頼む」

「……はぁ。わかったわよ」


 諦めたフィオナは溜め息を吐き、停止している騎士の元まで歩み寄る。

 何だかんだ言って、頼まれたら断れない性格なんだよね、彼女は。昔からそうだ。

 と、シオン様が僕に近寄って言った。


「フィオナ様、少しだけ嬉しそうでしたよ?」

「昔から、誰かのために動くことが好きなんですよ」

「誰かのためにというよりも……セレル様のために動くことが好きなんだと思いますけど?」

「それはどうでしょう? 頼みごとを断っているところは、滅多に見ませんし」


 本人には言えないけど、そうやって誰かの頼み──特に男性からの頼みを快諾しているフィオナを見ると、少しだけ僕は機嫌が悪くなる。心にもやもやとした気持ちが生まれるんだけど、これはきっとそういうことだろう。嫉妬とか、そんな類の醜い感情だ。そんな気持ちを抱くのは傲慢なのかな?


「じゃあ、収納するわよ!」

「うん、よろしく」


 天球倍書を構えて魔力を籠め始めたフィオナに頷きを返すと、彼女は右手を眼前に突き出し──。


女帝宝物箱ラ・エンプル


 魔法の名を紡いだ。

 その瞬間、沈黙した騎士たちの床には巨大な紫色の魔法陣が出現し、彼らの身体と武器をゆっくりと沈め、飲み込んでいく。ものの数秒が経過する頃には、騎士の姿は完全に魔法陣の中へと消えていった。

 フィオナが持つ女帝宝物箱は僕が既存の魔法式に改良を加えた特殊な魔法で、収納可能な体積が通常の収納魔法とは比にならないほど多い。巨大な二体の騎士を丸ごと飲み込んだとしても、まだ収納スペースはかなり余っているはずだ。

 各地に物を売る商人や物流に関係する者からすれば、喉から手が出るほどに欲しい魔法。だけど、通常の魔法よりも多くの魔力を有するので、使うことができるのは座天書以上の魔導書を持つ魔法士に限られる。ま、この魔法はフィオナと僕専用なので、他の人に教えるつもりはないけどね。


「終わったわよ」

「あぁ、ありがとう。とても助かったよ」

「どういたしまして。でも、今度とびっきりのお返しをお願いするわよ?」

「うん。びっくりするようなお返しをしてあげる」

「ふふ、楽しみにしてるわね」


 嬉しそうに微笑んだフィオナは「先に進みましょ」と言い、守護者のいなくなった奥に続く道へと歩いていく。それに続こうと、僕はシオン様に手を差し出し──彼女の一言で、僕とフィオナは同時に足を止めた。


「私たち、何だか……泥棒みたいですね」

「「……」」


 動きを止め、ハッとした。

 言われてみれば、確かに僕らがやっている行為は遺跡泥棒と言ってもいい。古文書に導かれたとはいえ、勝利した末に手にしたものとはいえ、遺跡の物を誰の許可もなく持っていく行為は、泥棒だ。

 い、いや、何も泥棒とはいえない。僕らはただ、遺跡の中にあった研究のし甲斐がある物を持ち出して研究するので、行ってしまえば考古学者と同じだ。うん。それに、この遺跡は王国の財産だから、王族であるフィオナがいれば尚問題なし!!

 僕はシオン様の両肩に手を置いた。


「シオン様。これはあくまで研究のためですからね? 闇市で売りさばく為に、先程の騎士を持っていくわけではないのです。ですから、これは泥棒ではありません」

「は、はい……そう、ですよね。泥棒なんかじゃ、ないですよ、ね?」

「え、えぇ。その通りよシオン。それに、この場所は今まで誰にも知られることのなかった場所だし、何よりさっきの騎士たちは私たちを襲って来たの。研究資料として持っていくのは、勝者の特権と言えるわ」

「うん。僕らは襲って来た騎士しか回収していないから、大丈夫です」

「あの、お二人とも。凄く言い訳のように聞こえるのですが……」

「「そんなことはないです(わよ)」」


 僕とフィオナは互いに顔を見合わせて頷きあう。

 取られても問題はないものを取っているので、誰の迷惑にもならないはず。

 必死に自分自身に言い聞かせている僕らを、シオン様はやや呆れた目で見ていた。

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