第18話 六翼の天使
「
僕が背中に携えた六つの翼を撫でながら、フィオナが諦念の混じった声音で呟いた。彼女とは極力この力を使わないと約束しているんだけど……二人を確実に護るためなので、大目に見てもらおう。戦場では一瞬の躊躇いが命に直結するから。
それに、今この場所に限っていえば、第三者に知られることはない。
「大丈夫だよ、フィオナ。今この空間は、外界とは魔力的に隔絶されている状態だから」
「? 隔絶されてる?」
「そう。階段への道が閉ざされた瞬間、僕の電磁網が完全に遮断された。それはつまり、外側からもこの空間に関する情報を得ることができなくなったことを意味している。だから、暁星王書の魔力を感知することができる者はいないよ」
恐らくではあるけど、外の巨像も元の状態に戻ったんじゃないかな。開きっぱなしになっていたら、誰でも自由にこの場所へ入ることができてしまうし。仕掛けを作った人は、古文書を持っていて、尚且つその謎を解き明かした人物だけをこの空間に招きたいはずだからね。僕がその立場なら、そうするよ。
それを聞いたフィオナはホッと息を吐いた。
「それなら、いいのだけど……久しぶりね、その姿を見るの」
「君の前で見せるのは、五年ぶりくらいかな。シオン様には、先日お見せしましたね」
「はい! その、相変わらず見惚れてしまいますね……」
うっとりとした視線で、シオン様は天使の翼と周囲で燃える黄金の焔を見つめる。
魔法士ならば、それは当然のことだろう。翼も焔も、
ちなみに、黄金の焔は二人に触れても、彼女たちを焼くようなことはない。この焔は僕が悪であるとみなした者に絶大的な効力を発揮する焔であり、僕が守護するべき存在だと認識した者を護る性質がある。従って、この焔は二人を護る守護のようなものだ。
「さて、二人とも、少し離れていてほしい。いつまでも彼らを待たせるのも、悪いからね」
正面の騎士は先ほどから微動だにせず硬直しているが、身体の内面で多くの魔力が渦巻いているのがわかる。いつ攻撃を仕掛けてくるか、わかったものではない。
「わかったわ。暁星王書を召喚した貴方が負けるとは微塵も思わないけど、気を付けてね」
「セレル様……あまり、壊しすぎないようにしてくださいね?」
「あ、そうね。威力過多の魔法は勘弁よ?」
「わかってるよ。万が一にも、二人に被害が出るようなことはしない──
唱えた瞬間、周囲の黄金の焔が分裂し、片割れがシオン様とフィオナの元へと下った。分裂した焔はすぐに元の大きさへと膨張し、二人の周囲を覆うように広がる。
「ここに攻撃が飛んできても、この焔が全て防いでくれる」
「心配性ね。貴方なら、ここに攻撃を飛ばすようなことも許さないでしょう?」
「まぁね。それに、彼らがそんな卑怯なことをするようにも思えない」
「? どうしてですか?」
小首を傾げるシオン様に、僕は一度正面の騎士を一瞥してから言った。
「こうして話している間、彼らは一切不意打ちをしかけるようなことをしない。あくまで正々堂々、騎士道を重んじているように思えるんだ。アトスのような外道であれば、今この瞬間にも攻撃してくると思いますけど」
「彼らは……生きているのですか?」
「わかりません。が、単なる像とは言い難いでしょう。恐らく、魔法で作られた存在……それも、これから確かめて参ります」
言い残し、僕は二人から離れて巨大な騎士たちの元へと歩み寄る。石畳の床を踏み鳴らす度に、黄金の焔が火の粉を散らす。距離が近くなるにつれて、僕は自然放出する魔力を強くする。威嚇、牽制……それらの意味も含めて。
さて、どんな反応を示す?
様子を窺いながら十メートルほどの距離まで近づいた時──二体の騎士は、突然その場で傅いた。膝を立て、首を垂れ、武器を手から離した。
? 何だ、一体。圧倒的な力の差を戦う前に理解して、降参しているのか?
よくわからないけど、戦わなくて済むのなら好都合。このまま奥にある巨大な鉄の扉を開けて、先へ──。
『『お待ちして、おりました──』』
部屋中に響き渡る声音に、僕は呆気に取られて騎士たちを見た。
生気は感じられない。だが、感じる。彼らに宿る忠誠の魂と、内で燃える闘志を。
戦いは避けられないらしい。だけど、何故かな。落胆するべき場面のはずなのに……隠し切れない歓喜を胸の内で感じていた。
それを自覚した時──無意識の内に、僕は喉を震わせていた。
「──おいで」
誰かに操られるように、両手を広げて微笑を浮かべる。
途端、二体の騎士は武器を手に取って立ち上がった。
『深い、感謝を──』
『偉大なる──様』
微かにしか聞き取ることができない言葉を吐き出した二体の騎士は、その巨体からは考えられないほどの速度で武器を振るってきた。剣は空気を切り裂き、槍は暴風を生み出す。鍛え抜かれた一流の騎士であっても、ここまでの剣技、槍術を習得することは難しいだろう。たったの一振りであらゆるものを切り裂き、薙ぎ払う究極の一撃が連撃で僕を襲う。
並みの魔法士であれば、一撃を耐えることすらできないだろう。
だが、悲しいかな。どれだけ技を磨いたところで、僕の前では全て無意味だ。
「
黄金の焔は裂帛の気合と共に振るわれた武具を弾き飛ばす。焔そのものが大盾のような形状へと変化し、僕を守護するように周囲を旋回。
出現した焔の盾に騎士たちは攻撃をやめ、一旦下がって距離を取る。
ここまで、僕は一歩も動いていない。彼らの攻撃は僕に通用することはないからね。ただ、王盾焔はあくまで防ぐ焔であり、攻撃力は全く有していない。彼らを倒す手段は……どうしようかな。
「悩ましいなぁ」
僕は背中の六翼を羽ばたかせ、騎士たちを見下ろすように宙へ飛んだ。そのまま彼らの頭上を旋回し、顎に手を当て考える。
暁星王書だけではなく、熾天書全てに言えることなんだけど、この位階の魔導書が通常の魔法を使うとどうしてもあり得ないほどの威力になってしまうんだよね。一滴の水を生み出す魔法で大洪水を引き起こしてしまったり、蝋燭程の炎を生み出す魔法が大火球になってしまったり、といった具合に。しかも、調整はかなり難しい。普段魔力コントロールや魔法の制御に長けている僕ですら、暁星王書を召喚した状態では満足に汎用魔法を扱うことができない。自在に操れるのは、この魔導書が持つ三つの権能と神信焔くらいだ。
僕が持つ三つの権能の内、一つは罪の天秤のため使うことができない。
ならば残る二つの権能……の、内の一つを応用するしかないようだ。幸い、彼らの身体は都合がいい素材で構築されているようだし──と、騎士たちが手にしていた武器を振るい、斬撃を飛ばしてきた。片手を振るってそれを無効化した直後、今度は無数の火球が飛来。空気を熱して蜃気楼を生み出しながら迫るそれを黄金の焔へと同化させ、僕は頭上に右手を掲げた。
「──
瞬間──僕の右腕に、紫電が迸った。
危ない。相変わらず、威力過多な雷だよ、本当に。危険すぎる。
だが、これで彼らを綺麗に倒すことができそうだ。
『おぉ──よ』
『──相応しい、御方』
騎士たちは武器を手放して僕を見上げたまま、何かを呟いていた。
しかし、先程と同じくよく聞き取ることができない。
一体何を言おうとしていたのかは気になるが……僕たちは、先に進ませてもらうよ。
「──
掲げていた右腕を直下に振り下ろすと、空間を湾曲させる程の磁力が発生。浮かんでいた王盾焔を一瞬にして消滅させた強力な磁力は金属の肉体を持つ騎士たちを一瞬で地面にめり込ませ、沈黙させる。彼らの周囲には大きな亀裂が生まれ、霧散した魔力が粒子となって虚空へと消えていく。彼らの動力源となっていた魔力だと思う。それが消えたことによって、彼らはもう動くことはないだろう。
十数秒ほど上空から彼らを観察し、完全な停止を確認してから、僕は石畳の上へと降り立った。
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