第16話 地下への階段
変な趣味に走りそうになっていたフィオナとシオン様をどうにかこうにか我に返らせた後、僕は入手した玉石をシオン様に持っていてもらい、古文書を開いた。
ここまではかなり順調に進んでいる。
赤い玉石も手に入れたし、次の謎解きをするとしよう。
「大前提ですけど、この赤い玉石は戦士を再生させるための物です。そして、この戦士というのは──」
「遺跡の前にある二体の巨像ね」
僕の言葉を遮り、フィオナは両腕を組んで言う。
それ、僕が言いたかったなぁ……なんて視線を送ってみるが、気づいてもらえなかった。悲しい。
「そうだね。二体の巨像の元へと玉石を運べば、何かが起きるかもしれない」
「次の文言は確か、赤い玉石の心臓をアイグスに返還せよ、でしたよね?」
「えぇ。アイグスとは古代語で英雄を意味する言葉です。遺跡の前にある巨像は、当時の英雄を模して造られたものなのかもしれません」
半壊しているとはいえ、よく残っているものだなぁ。三千年以上昔の石像は大抵地震や経年劣化によって壊れてしまっている。ここは何もない遺跡として管理者すらいない放置された場所だけど、改めて見ると案外凄い場所なのかもね。
だからと言って、僕がとても興味を持つかと言われれば首を横に振るけど。
「それにしても、本当に一体、何なのかしらね。その古文書」
「それは僕も知りたいよ」
フィオナの言葉に、僕は全面的に同意する。
この古文書は得体の知れない物体だ。炎に炙ると文字が浮き上がったり、発光したり、未解読の文字を読めるようにしたりと……内包している魔力は座天書並みなので、本当に魔導書なのではないかとすら思えてくる。けど、契約ができそうな気はしないから、魔導書ではないのだろうね。魔導書でも魔法書でもない、魔力を内包した謎だらけの古文書。
随分とここに書かれていることを実行してきたけど、今更大丈夫なのかと心配になってきたな。
けど、好奇心と冒険心には(以下略)。
雑念を振り払い、僕はシオン様か玉石を受け取った。
「とにかく、外に出ましょうか。次のステップに行くときです」
僕らは通ってきた秘密通路を戻り、盗賊たちが眠る地下空間を通り過ぎて外へ出た。以外に時間が経過していたようで、陽はそれなりに高い位置へと昇っており、外は気温が上がったようで少し暑かった。
暑いと言うのは、つまるところ思考能力の低下に直結する重大な問題だ。頭を使って謎解きをしなければならない今、その環境下にいるのはあまりにもよくないことである。
照りつける日光を手を翳して睨んだ僕は、宙に浮かせていた
「──
途端、暑いと感じていた気温が微かに下がり、過ごしやすい秋の夜のようになった。自分が最も心地よいと感じる、体感温度に。
それは当然僕だけではなく、フィオナとシオン様も同様。二人とも目を丸くし、周囲を見回した。
「セレル?」
「少し暑かったからね。各自が一番心地よいと感じる気温まで、周囲の温度を調整させてもらったよ」
「これも魔法……セレル様のオリジナルですか?」
「そうですよ。これは比較的簡単な魔法ですので、今度教えてあげましょう。ただ、今はこちらに専念しましょうか」
僕はシオン様に約束を取り付け、手にしていた赤い玉石を巨像の前で掲げる。
しかし、それだけでは巨像は全く反応を示さない。アイグスへの返還せよとあるので、翳すだけでは駄目なのだろうか? しかし、そうなると一体何をすれば……。
「駄目みたいね」
「うん。直接心臓の部分にこれを嵌めこまないといけないのかな。でも、どっちに嵌めればいいのか……」
片方は半壊しているものの、ギリギリ胸部は残ってる。
選択肢は二つあるわけだが……果たして。
顎に手を当て、フィオナと二人して首を傾げている時、不意にシオン様が半壊している巨像の心臓部を指さした。
「何か、玉石が丁度嵌りそうな穴がありませんか?」
シオン様が指をさしているのは、半壊した巨像の胸部。丁度破壊されて無くなっている部分との境。そこには、丁度赤い玉石と同じくらいの大きさの、不自然な陥没が見られた。注視しないとわからないほどの大きさだが、確かに存在している。
あそこに玉石を嵌めこめば、何か起こるのだろうか。
僕は二人と顔を見合わせた後、身体に風を纏って高く跳躍。巨像の断面に着地し、不自然な陥没を見下ろした。
「本当に、ピッタリのサイズだな」
手元の玉石と陥没を見比べ、一思いに玉石を陥没に嵌めこんだ。すると、カチ、と確かに嵌った感覚と音を感じる。これはひょっとしたら、ひょっとするかも? 急いでその場から飛び降りて二人の元に戻り、巨像を見上げる。
「どうだったの?」
「ピッタリ嵌った。よく見つけられましたね、シオン様」
「た、偶々ですよ。巨像をジッと見ていたら、変な穴があるなって──ぁ」
玉石を嵌めこんだ半壊の巨像が微かに震え、パラパラと像の破片が地面に落下する。ビンゴ。大当たりみたいだね。
内心で微笑む中、半壊の巨像は玉石が内包していた魔力を全身に巡らせるように表面を赤く光らせ──なんと、独りでに動き始めた。
形を保っている足を踏み出し、残っていた一本の腕を駆使して足元の台座ひっくり返す。ズシン、という地響きと共に台座は横転し、大仕事を終えた巨像は付近に胡坐を掻いて動きを止めた。
まさか、こんな仕掛けがあったなんてね……。
「お見事です、シオン様。大手柄ですよ」
「そうね。この道を開くことができたのはシオンが陥没を見つけたからよ。でも……これ、見つけた人はどう思うのかしら」
「巨像のことだよね? そりゃあ……びっくりして腰を抜かすんじゃない?」
直立していた巨像が、仕事を終えた父親のように胡坐を掻いてくつろいでいるんだから、びっくりするに決まっているよね。僕だったら、心底驚いて国王陛下に伝えるかもしれない。
「な、なんで私がやったみたいな感じになっているんですか! やったのはあの像ですよ!」
「わかってるわ。誰も貴女を責めたりしないから、安心しなさい。ちょっとびっくりしただけ」
「うぅ……何だか素直に喜べないです……」
「ま、まぁまぁ、今日は遺跡の形が変わった記念日で、その立役者にシオン様はなったということで」
「嬉しくないですよ~……」
どんよりと肩を落としたシオン様の頭を撫で着けて慰め、僕は台座があった場所に近づく。
正確には──台座の下に隠されていた、地下に続く階段に。
さっきとは違い、当然明かりはない。長い年月の間、誰の侵入も許していなかったのだから、それは当然の話だ。外気温の調整をしているため感じないが、きっと秘密の通路と同じく冷たい空気が漂っていることだろう。
この先には一体何が待ち受けているのか……気になるのであれば、進むといい。
僕は意気揚々と階段を下りようとし──気が付いた。
「「……」」
フィオナとシオン様が、微妙な表情で階段を見下ろしていることに。
一体どうしたのか、と思ったけれど、よくよく考えたら二人は怖い所が苦手な怖がりさんだったね。しかもさっきの秘密通路とは違って、この地下へと続く階段は一寸先が全く見えない暗黒。二人が怖がるのも、無理はないかなぁ。
「えっと……二人はここで待っていますか?」
「んーん!」
「ついていきます! ついていきます、けど……」
もじもじと指先を合わせたシオン様は上目遣いで。フィオナは顔を背けて恥ずかしがっていることを隠すように──。
「「手、繋いで(ください)」」
「……仰せのままに。お嬢様がた」
ちゃんと前が見えるように光で照らすんだけどなぁ。
しかし、僕は二人の手を無下にすることはできず、両手でそれぞれと手を繋ぎ、地下への階段を下り始めた。
孤児院の先生ってこんな気分なのかな、と心の中で思ったのは、ここだけの内緒である。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
12月1日、今作がKADOKAWAスニーカー文庫様より発売されることになりました。
https://sneakerbunko.jp/product/2021/12/
皆様が応援してくださったお陰で、書籍化に繋げることができました。
本当にありがとうございます。
WEB版とは少し違った内容となっておりますので、是非ともお手にとっていただければと思います。
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