第15話 女神の誘惑
「これは……」
僕は女神像の背後に書かれた謎の文字を注視しながら、自分の目元に手を当てた。これも古文書の力なのだろうけど、急に文字が読めるようになったぞ。いや、古代文字をそのまま読むことができるようになったわけではない。古代文字の少し上に、翻訳と思しき僕らが使っている文字が浮かび上がっているのだ。
「どうかしたの?」
「いや、急にあの文字が読めるようになったんだ」
隣にやってきたフィオナに言うと、彼女は僕が持つ古文書を手に取った。
「またこの本の影響? さっき、弱く光っていたように見えたけど」
「そうだと思う。というか、フィオナには古代文字の上に浮かぶ文字が見えていないの?」
「見えていないわよ。さっきから変わっているところは何もない」
「と、なると……これは僕にだけ見えているってことか」
「なんて書いてあるの?」
僕は古代文字の上に浮かび上がっている翻訳を読み上げる。そのまま直訳しているだけなので、文法は滅茶苦茶だけど、何となく意味は理解できた。
「玉石の心臓へ、王の権威たる象徴、獰猛なる雷槍を。だってさ」
「と、いうことは──」
「石台の中にある赤い宝石に雷を落とせばいいってことですね」
話を聞いていたシオン様がフィオナの言葉を遮って言う。フィオナは言葉を取られたことを若干不服そうに思っていたようだけど、特に何かを言うことはなく頷いていた。許してあげてね。
「そうですね。早速やってみましょうか」
「はい、セレルが魔法を使うから私たちは離れるわよ」
シオン様を連れてフィオナは僕から離れ、柱の背後に隠れた。そこまで離れなくても、雷はしっかりとコントロールできるので危険はないんだけど。僕の魔法操作技術は一流だからね。
苦笑交じりに肩を竦め、僕は石台の中に埋め込まれている赤い宝石の真上に手を翳した。そうだな……曲がりなりにも古代の産物だし、微弱な魔法では反応しない可能性がある。なら、最初から少し強めの魔法にしておこうか。
そう考え、僕は翳した手を裏返し、上に向け──。
「
一羽の巨大な雷の鳥を生み出した。
激しく空気を弾いて放電する音を響かせる雷の鳥は、大きく羽ばたいて天井付近へと向かい、宙を旋回し始める。
これはかつて、魔人書によって魔人化したアトスにも放った強力な雷系統魔法。高電圧の身体は触れた者を感電させ、迸る雷は周囲の木々に火を放つ。
やりすぎ? いや、そんなことはないだろう。寧ろこれくらいの魔法は耐えてくれなければ、古代遺跡の名が廃る。
指を鳴らした直後、雷の鳥は一直線に石台の宝玉へと落下し──雷鳴を轟かせながら激しく放電。室内を紫色の光で染め上げた。
雷が走る方向は完璧に制御しているので、フィオナとシオン様に被害が行くことはない。狙った宝玉だけを、正確無比に雷で炙っていく。
落下から十数秒後。雷鳴と稲光は完全に消え去えり、部屋には無音の静寂が響き渡る。かなりの威力を与えたと思うのだが、その効果はいかに。
「ん?」
正面を向いた僕はとあることに気が付き、顎に手を当てる。
これは……う~ん? どういうことなんだ? いや、言っている意味は理解できるんだけど……いつ?
僕が首を傾げて思考を巡らせ、様子を窺っていたフィオナが僕のもとへ移動しようと足を踏み出した──時、変化が起きた。
「!」
僕は驚き、目を見開く。
古代文字の前に佇んでいた女神像の肌が、徐々に乳白色へと変化し、やがて本当に生きているかのように動き始めたのだ。綺麗な黄金の瞳を開き、艶やかな純白の髪をシルクカーテンのように揺らして。
背後で様子を見ている二人は、驚きで声も出ない様子。無理もない。僕ですら、かなり驚いているのだから。でも、同時に理解した。なるほど、あれはそういうことか。いやでも……やってみるしかないかな。自信ないけど。
『よくぞ参られました。宝玉を求める探求者』
鈴の音のように心安らぐエコーのかかった声を震わせた女神は、石台の上に埋められていた赤い玉石を宙に浮かせて手に取り、俺の正面へと移動してきた。
……女神像は半裸で作られることが多いけれど、彼女(?)も例に漏れず露出が多い。辛うじて容易に人に見せてはならない部分は隠れているけれど、今にも見えてしまいそうなほどの防御力だ。しかも、お胸が大変御立派でいらっしゃるので、動くたびに揺れている。
欲情することはないけど、直視するのは躊躇われる。主に、背後から突き刺さる二つの視線で。
そんな事情を知ってか知らずか──知らないんだろうなぁ──女神は僕に身体を寄せて続けた。丁度、僕を近くで見下ろす構図になっている。女神は僕よりも背が高いから。
『ここまで辿り着かれた貴方に、深い敬意を。しかし、この玉石は我らが宝物の一つであり、創造主様より託された大切な物。故に、無償で差し上げると言うわけにはいかないのです』
「では、どうしろと?」
僕が威圧感を強めて言うと、女神はあろうことか上半身を曝け出し、両手を広げた。
「ちょ──セレル様、見てはなりませんッ!!」
「…………大きい、私よりも」
シオン様が叫び、フィオナがブツブツと自分の胸に手を当てながら呟く。シオン様はともかく、フィオナは気にするところが違うよ。あと、君の胸は別に小さくないからね。女神は誇張して作られているだけだから。
『私と──この場で交わってください。それが、玉石を譲渡する条件です』
「それは、身体を差し出せ、ということですか」
『えぇ』
ちら、と背後を再び見る。
シオン様は顔を真っ赤にして口元を抑えている。まぁ、免疫がないんだろうね、そういうことに。
フィオナは……あぁ、うん。目の光がない。仮に頷こうものなら即座に僕の首を落として自身も命を絶つ、という覚悟が伝わってくる。一緒に死ぬのも悪くはないけど、それはまだ早すぎる。
二人の前でそんな淫らな姿を晒すわけにはいかない。だけど、丁重に断れば玉石を手に入れることはできない。
手詰まりに思えるけど……既に解決策は提示してもらった。
僕は一度肩の力を抜いて、女神へと手を伸ばし──彼女の細い首を右手で掴んだ。
「「え?」」
何が起きたのか一瞬理解できなかったのか、二人は揃って素っ頓狂な声を漏らす。
対して、女神は目を見開いて苦しそうに喘ぎ、僕の手を剥がそうとするが、僕は構わず彼女を石台の上に押し付けた。力強く、立ち上がることができないように。
あぁ、スッキリする。さっきから、結構不快だったんだよ。
なんで? と視線で訴える女神の目を見据えて、言った。
「どうして僕を見下ろしているんだ?」
「──!?」
「君が女神なのか何なのかは知らないし、僕にはどうでもいいことだ。その玉石を渡してくれるのなら、それでよかった」
僕が作ることができる最大限の威圧した声音と冷たい視線で、僕は女神を射貫いた。
「だけど、僕を見下すことは例え崇高なる神であろうと許さない。君はただ、その玉石を、傅き黙って僕に渡せばそれでいい。できないなら……僕が直々に頭を下げさせよう。細い首を折って、物理的にね」
「……ッ」
「返事は、はいかわかりました、だけにしなよ? 手が滑るかもしれない」
苦しみと恐怖で涙を流した女神を解放してやると、彼女は言われた通りに玉石を僕に差し出し──元の石像へと戻った。
うん、上手くいったようでよかった。
僕は手に入れた赤い玉石を持って、二人のもとへと向かった。
「じゃ、行こうか」
「あの、セレル様。今のは?」
「ん? あぁ、全部演技ですよ。ああしろと、あの古代文字に書いてありましたので」
指さした方向にあったのは、古代文字が書かれた壁。
雷を落とした後、追加で翻訳が現れたんだ。「汝、女神を屈服させる器であれ」ってね。どうやったら女神が屈服するのかはわからなかったけど、とりあえず古代に存在した暴君の王を参考にしてみた。自分こそが絶対正義であり、自分の意見は全て正しい、全ての民は我に傅け、貴様らの命は我の財産である。みたいな感じだったかな? 横暴で傲慢で強欲。古代の王の正しき姿、みたいな解釈もされている。
決して僕の本性、というわけではない。本当に。
「あんな僕、嫌ですよね? もう見せることはないと思うので、安心してください。全部演技ですし」
「そ、そうですよね! で、でも……その……」
「?」
シオン様がごにょごにょと言いづらそうにしていると、無言だったフィオナがポーっとした表情で言った。
「普段と違って、ちょっといいなって思ったかも」
「待ってくれフィオナ……落ち着いてくれ!」
シオン様もさりげなく首を縦に振らないでください。
僕はあんな横暴な暴君じゃないですから!
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