第14話 秘密の道

「これは……」


 目の前に出現した秘密の通路を注視しながら、僕は懐から古文書を取り出した。既に光は収まっており、微かに放出されていた魔力も完全に消えている。この本を持ってここに来なければ、秘密の道は開かないということだろう。過去の遺跡調査チームが何も発見することができなかったわけだよ。

 古文書を見つめていると、フィオナとシオン様が隣に近寄ってきた。


「何があったの?」

「壁に、穴ですか? 奥に続いているみたいですけど」

「突然古文書が発光して、気が付いたら壁が崩れて道が出てきたんだ」

「その古文書が隠し通路を開くための鍵だった、ってこと?」

「そうだろうね」

 

 フィオナに古文書を手渡し、僕は通路に近づいて光球で中を照らす。かなり先まで続いているようだ。それに、濃密な魔力を感じる。例えるなら、魔法図書館にある禁書室へと続く通路のような感じだ。禁書類から放出される魔力の瘴気が充満しているみたいに、肌が微かに粟立つ。

 これはもう、進むしかないね。そのためにここに来たんだから。

 と、足を踏み入れようとした時、シオン様が僕の服を引っ張った。


「セレル様……私、何だか嫌な予感がします」

「嫌な予感、ですか?」

「はい。その、身の危険というわけではないんですけど、何というか……セレル様が危ない目に遭うような気がするんです」

「僕が危ない目に?」


 一体何の冗談だろうか。いや、確かに未知の遺跡で、この先にとてつもないほどの強さを持った何かが存在している可能性はある。だけど、その場合は暁星王書ルシフェルを使うので、寧ろ中途半端に強い敵が出てくるよりも楽に倒すことができる。まぁ、アトスの前例があるので危険な目に遭う可能性はゼロではないけど。


「どうしたの? シオン。セレルを信頼している貴女らしくないわね」

「勿論、セレル様はとてもお強いですし、信頼はしています。ただ……この子が」

「「この子?」」


 一体どの子だ? と僕とフィオナが一緒になって首を傾げると、シオン様は両手に一冊の本を召喚した。濃密な魔力を内包する美しい水の書物──シオン様の魔導書である、智天書ケルビムの位階を持つ水天慈章サキエルだった。


「この子が直接私に喋ったわけではないんですけど……なんていうか、何かを訴えているような気がするんです」

「魔導書が……」


 俄かには信じがたいが、無いとも言い切れない。

 以前も言ったが、魔導書との契約は対等な関係を意識しなければならない。それは魔導書という謎多き不思議な書物に、意思がある可能性があるから。だが、僕が危険に遭うとはどういうことだ。契約者であるシオン様の危険を察知するならともかく、無関係の僕? よくわからないなぁ。

 ただ、現状進む以外に選択肢はない。


「ご忠告ありがとうございます。ですが、僕は一人ではありませんし、大丈夫だと思いますよ」

「そうね。いざとなれば私もいるんだし、心配しすぎよ」

「そうですかね……」


 嫌な予感は払拭できていないが、進む気でいる僕たちを説得する言葉が見つからないのだろう。シオン様は「そうですよね」と思い直し、僕らと共に隠し通路であり秘密の通路を進んだ。

 通路の中は外を受けることがないためか、春先の早朝のように冷えていた。

 吐いた息が白くなることはないが、冷たい空気が肌を撫でると思わず身震いをしてしまいそうになる。薄着でいると風邪を引くかもしれないな。

 

「これ……いつの時代の文字なのかしら」


 フィオナが呟きながら、壁に刻まれている文字を見る。

 僕も見たことのない文字だった。全体的に曲線が目立つ形状をしており、何が書かれているのか全く理解することができない。魔法図書館の文献を全て読んだ僕が見たことのない文字だとすると……未発見の新しい文字。尚且つ未知の文明がこの地に存在していたとも考えられる。独自の言語と文字だろうか? でも、三千年前は既に解読された言語が用いられた時代だし……わからないことだらけだな。


「でも……見たことのない文字のはずなのに、何故か見覚えがあるような気もする」

「? どういうこと?」

「既視感って言えばいいのかな。僕はこの文字を知っている感じがするんだ。全く読めないし、どんな形の文字があるのかもわからないんだけど。まぁ、多分気のせいだよ」

「本の読み過ぎで色々な文字が混ざったんじゃないの?」

「かもね」


 フィオナと軽口を叩きあっていると、不意にシオン様が前方を指さした。


「あ、何かありますよ!」


 僕らも同じように前方に目を凝らす。

 光球で照らされた通路の突き当りにあったのは、部屋のような空間だった。四つの支柱が存在しており、奥には生贄の祭壇のような長方形の石台が設置されている。その奥には……ベールを纏った女神像が両手を胸に当てて微笑んでいた。女神像の背後には、通路の壁と同じ形状をした文字が。

 魔力の瘴気と思われる霧が充満しているため、あまり良く見えないが、他にも細かな彫刻が施された石像があると思われる。

 何かの儀式を執り行うための部屋なのか……。

 様々なことを考えながら部屋の中に足を踏み入れると、視界を覆っていた霧が突然通路のほうへと流れ出た。


「ありがとう、フィオナ」

「邪魔だったからね。これで前がよく見える」


 同時に、部屋のあちこちに置かれていた燭台に赤い火を灯し、室内を明るく照らしてくれた。気が利くと言うか……ありがたい。


「シオン様は、できる限りフィオナの傍にいてくださいね。何が起こるかわかりませんから」

「は、はい! でも、気を付けてくださいね?」

「えぇ。注意します」


 警告は受けているので、気を抜いて調査はしないさ。僕だって死にたくないからね。

 雷天断章ラミエルを宙に浮かせた状態で、僕は部屋の隅々から調べていく。壁には通路とは違い、何か奇妙な絵が描かれている。羽の生えた人間……天使を表しているのだろうか? ここは天使に対する信仰心を捧げる場所、と考えることができる。調査を始めたばかりなので、絶対とは言い切れないけどね。


「他に目につくようなものはなし。となれば、あの石台か」


 部屋の中をすぐに調べ終えた僕は石台に近づき、中を覗き込む。と……どうやら当たりのようだ。

 石台の中央には不自然にくり抜かれた穴が存在し、その中に、透明な水晶で覆われた赤い玉石が安置されていた。大きさは拳と同じくらい。表現は悪いが、血のように真っ赤な色をしている。傍にいるだけで膨大な量の魔力を内包していることが理解できる、不思議な力を感じた。


「セレル、もしかしなくてもだけど」

「うん。これが古文書に書かれていた『赤い玉石の心臓』だろうね」


 これを取り出してアイグスに返還すれば、道が開かれる、だったかな。とにもかくにも、これで更に一歩進むことができるわけだ。

 ただ、問題がある。


「どうやって取り出すのですか?」

「う、う~ん……」


 シオン様の純粋な問いに、僕は腕を組んで唸った。

 それなんだよね。石台に埋まっている赤い玉石は、簡単には取り出すことができないんだ。穴にぴったり嵌っていて、中に手を入れても指を引っ掻けることすらできないだろう。いや、そもそも穴に手を入れることすらできないかもしれない。

 僕はとある可能性を考え、近くに落ちていた小石を穴の中に落とす。

 その瞬間、穴の壁面から鋭い石の刃が飛び出し、硬質な石を容易く両断してしまった。うん、予想通り。


「中に手を入れると、手が切断されますね。万が一の盗難対策でしょうか」

「ひぇ……」

「じゃあ、石台を破壊する?」

「そう簡単に壊れるような代物でもなさそうだよ」


 石台を軽く叩いてみるが、尋常ではない程の硬さだ。失われた技術を用いて作られたのか、恐らくダイヤモンドなどの鉱石よりも硬い。どれだけ頑張っても、壊すことはできないだろう。

 だけど、絶対に何か取り出す方法はあるはずだ。そうでなければ、この古文書に記したりはしないだろう。

 何か、安全で確実に取り出せる方法が──と、その時。


「……ん?」


 片手に持っていた古文書が隠し通路を開いた時よりも弱く発光。同時に、僕は両目が微かに熱くなった。この不思議な古文書が発光する時、決まって何かが起きる。となれば、今回も……。

 そこで、僕は気がついた。

 

 正面の女神像の背後に刻まれた謎の文字が、読めるようになっていることに。

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