第13話 遺跡の盗賊

 そして、図書館の休館日。

 

「さ、到着しましたね」


 周囲には建造物がない開けた場所にポツンと立つ半壊した巨像の前で、僕は両手を腰に当てて意気揚々と背後のフィオナとシオン様に言った。

 時刻は午前九時。王都からクレべルム遺跡までは馬車で二時間程。僕らは朝の七時に集合し、フィオナの馬車を使ってここまでやってきたと言うわけだ。この何もない遺跡に、どんな仕掛けが隠されているのか。今から楽しみで仕方がないよ。

 しかし、元気いっぱいの僕とは対照的に、二人は眠そうな表情だった。まぁ、馬車で眠っていたし、寝起きだから仕方ないね。


「朝からよくそんなに元気が出るわね」

「まだ眠いです……」


 そう言って、二人は同じタイミングで欠伸をする。

 寝起きで眠いのは理解できるけど、もう少しだけ緊張感を持ってほしいな。僕が展開している電磁網には遺跡の地下空間に、幾人もの人を感知している。朝早くからこんな場所にいるということは、話に聞いていた盗賊に間違いないだろう。

 僕がいる時点でほぼあり得ないとはいえ、少しだけ危険になる。眠気を残したままの二人を連れていくのはちょっと危ないかな。


「眠いのなら、掃除が終わるまで馬車の中で待っていても構わないよ」

「それは嫌。置いてけぼりは御免よ。私も戦いたい」

「本来王女様は戦わないものなんだけどなぁ」

「護られるだけの王女なんて頼り甲斐が無さすぎるでしょ」

「言えてるけど。それにしても、よく公爵様は許可してくださいましたね」


 シオン様に言うと、彼女は「そうですね」と言って笑った。


「最初は反対していたんですけど、セレル様とフィオナ様が一緒にいてくださるので、と説得したら最終的には折れてくれました」

「「……」」


 と、シオン様は言っているが……僕らは知っている。

 数日前にこの件についてベルナール公爵様に念のため連絡を入れたのだけど、なんか、もう完全に諦めきっていたんだよね。僕は屋敷に残るように説得した方がいいと言ったんだけど「既に私では止めることは不可能だ。迷惑をかけるが、よろしく頼めないだろうか……」と、泣きそうになっていたね。一体どんな手を使ってベルナール公爵様を脅迫したのでしょうか。

 いや、ここまで来た以上は何も言うまい。僕はただ、無事に怪我無く彼女が屋敷に帰ることができるように努力するまでだ。


「ま、セレルと私がいるんだし、危険な目に遭うようなことはないでしょ」

「そうだね。あ、そういえば国王陛下に連絡は入れたの?」

「入れたわ。「くれぐれもやりすぎないように。いや、マジで」って」

「盗賊は生け捕りにしないと報奨金が減額されちゃうからね。殺したりはしないよ」


 宙に浮かせていた雷天断章を手に取り、その表紙をそっと撫でる。殺しはしなけど、それなりに痛い目には遭ってもらうかな。逃げ出されても困るし、腕の一本や二本くらいは──と、シオン様が小さな声でぼそりと言った。


「あの……あんまり人が傷つくのは、見たくないです」


 最近はトラブルの渦中にいることが多かったからか、失念していた。シオン様はまだ十四歳の少女で、荒事に不慣れな箱入り娘。以前は彼女の目の前でアトスをボコボコにしたりしていたけど、僕らが被害を受けたわけでもない盗賊を無意味に痛めつけるのは、よした方がいい。

 ただ、気絶させて拘束しなければならないことに代わりはない。

 そうなると……うん。まぁ、問題はないかな。

 解決策を即座に見つけた僕はシオン様の頭を撫で着けた。


「わかりました。今回は暴力行為はなしです」

「大丈夫なの?」

「勿論。派手さには欠けるけどね」


 待っていてくれ、と言い残し、僕は一人で巨像を通り過ぎて遺跡の入口付近に近づく。電磁網の反応は……全員動く様子はなし。完全に眠りこけているな。

 まぁ、別に起きていたところで意味はないのだけど──雷天断章を宙に浮かせた。


「──狂楽惰眠ファーランクル


 魔法を唱えた瞬間、雷天断章は独りでにページを開き、次いで僕の右手には一本の半透明な指揮棒が出現した。

 これを握るのも久しぶりだな。

 懐かしさを感じながら、僕は半透明な指揮棒を指揮者さながらに振る。すると、周囲一帯に川のように流れる五線譜と音符が出現し、落ち着いた曲調のオーケストラが流れ始めた。傍聴者の心を癒し、心身をリラックスさせる優しい音楽。

 

「綺麗な音楽ですね……」

「初めて見る魔法ね。一体どんな効力があるの?」

「それは、遺跡の中に入ってからのお楽しみかな。ただ、優しい音色は異なって、魔法の効力は優しくないよ」


 美しい薔薇には棘があるのと同様に、この美しい曲にも決して無視できない力が宿っているのだ。

 小首を傾げる二人を呼び、僕は指揮棒を一定のリズムで振るった状態で遺跡へと入り、すぐに表れた地下へと続く螺旋階段を下る。

 本来真っ暗なはずの遺跡内部だが、壁には小さな窪みが造られており、そこには幾つもの火が灯った蝋燭が設置されていた。おかげで、躓くことなく地下空間へと到着することができたよ。

 

「ねぇ、セレル。この魔法、もしかして……」

「ご覧の通りだよ」


 階段と同じく蝋燭で照らされた地下空間には、十数人の盗賊が横たわって大きな寝息を立てていた。床には酒や干し肉と言った食料が転がっており、つい先ほどまで宴の最中だったことを窺わせる。更に、部屋の隅には金貨などが入っている大きな袋が二つ置かれている。十中八九、何処かから盗んだ物だろうな。あれも後で回収しておかなければ。

 僕の後ろに隠れていたシオン様は、盗賊たちが全く目を覚まさないことを奇妙に想ったらしく、不思議そうに前へと出てきた。


「どうして、起きないんでしょうか? こんなに近くにいるのに」

「セレルのこの魔法よ、シオン」

「この、音楽がですか?」

「そろそろ解説してあげましょう」


 僕は指揮棒を振る手を止めず、周囲に浮遊している音符と五線譜について説明した。


「この狂楽惰眠という魔法は、音楽を聴いた者をとても深い眠りに誘う睡眠誘発魔法。眠った者は本人が幸福に想う出来事を体験する夢を見て、幸せな気持ちを味わうことができるんです」

「眠りを誘発する……では、聴いている私たちが眠らないのは、どうしてですか?」

「それは勿論、僕が二人には魔法の効果がないように調整しているからですよ」


 味方まで無差別に眠らせてしまうなんて、魔法として致命的だよ。僕の作る魔法は、その辺りは抜け目ない。


「話を聞いた限りだと、ただ幸せな眠りに誘うだけの優しい魔法に聞こえるけど……ここで使ったということは、それだけじゃないのよね?」

「当然だよ。世界の常識だけど、幸福を得るためには相応の対価を払わなければならないんだ」

「対価、とは?」

「狂楽惰眠が受け取る対価はずばり──時間です」


 僕は盗賊たちが持っていた武器を風を操作して回収しながら続ける。魔法の同時発動は得意技です。


「この魔法によって眠った者は幸福な夢を見る代わりに、僕が指定した時間は一度も目を覚ますことはありません。どれだけ身体を揺さぶられようが、どれだけ身体に痛みが走ろうが、決して」

「怖い魔法ね。で、彼らはどれだけの時間眠っているの?」

「丸二日」

「やりすぎよ……」

「念には念をだよ。それに、狂楽惰眠は対象の抵抗力が強い程効き目が薄くなる。長時間にすればするほど、魔法は強くなるからね」

「優しい顔して怖いことを平気でするんだから……」


 でも、これで盗賊という脅威はなくなった。

 僕は指揮棒と音楽を消滅させ、床で眠っている盗賊を部屋の中央に集め、念のため持ってきたロープで全員ぐるぐる巻きに拘束。万が一起きたとしても、動けはしないだろう。このロープには魔法を封じ込める効力もあるので(開発・僕)。


「セレル様、彼らはどうするんですか?」

「勿論、王都の衛兵に突き出しますよ? 賞金首も混じっていますし、それなりの報奨金が貰えるはずです。三人で山分けしましょうね」

「そうではなくて、連れて帰るのが大変だと思うんですけど」

「セレルが風魔法で浮かせながら持って帰ればいいんじゃない?」

「あ、そうですね!」

「二時間も魔法を維持するの、結構疲れるんだよ?」


 帰りは更に疲れることになるのか……と憂鬱に思いながら部屋の北側に進んだ時──僕の懐に入っていた古文書が突如として白く光り出した。

 同時に、地響きのような振動が発生し、天井からパラパラと砂や石が落ちてくる。

 まさか、崩壊するのか? 

 フィオナと視線を交わし、いつでも天球倍書ガルガリエルで強化した風魔法を発動できるように備える。フィオナは右手に魔導書を召喚し、左手でシオン様を抱き寄せていた。頼れるお姉さんだね。

 しかし、結果的に僕たちの警戒は杞憂に終わった。

 天井が崩落して全員が生き埋めになるようなことはなく、代わりに──僕の視線の先にあった壁が消滅し、隠し通路が出現した。

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