第12話 本の力は偉大なり
こちらも更新再開です。
■ ■ ■ ■ ■
翌日の魔法図書館、司書室。
「
机の上に並べられた三冊の本に手を向け、僕はソファの上に並んで座っているシオン様とフィオナに言った。二人はマジマジと三冊の本を見つめ、フィオナがその内の一冊を手に取った。
「セレルの検出って、文字だけじゃなくて絵の検出もできたのね」
「できるよ。
「相変わらず便利な魔法ですね……」
「どうやったらそんなに細かな魔法を作ることができるんだか」
シオン様が目を輝かせ、フィオナが呆れ気味に呟く。そんなことを言われてもできてしまったのだから仕方ないだろう。それに、これは図書館に詰まった叡智を活用した結果と言える。図書館の教材を使えば、誰にでも作ることができるものなんだよ。
それはさておき。
「この三冊は全て十四階にある古代史の棚にあったものだ。国内だけじゃなくて、世界各国の有名な建物から遺跡、はたまた知っている人がほとんどいない無名の遺跡まで」
「有名で歴史的価値の高い物がたくさんある場所だったら、厄介ね。もうあんな盗人みたいな真似は御免よ」
「そうなったら、僕一人で行くから安心して」
「セレル一人で行かせるのはもっと不安なのよ!」
叫ぶフィオナの隣で、シオン様も一冊の本を手に取り中身を開いた。ページ数はそれなりにあるけど、ほとんど写真や図説なので、文字はそこまで多くなかったと思う。古代史の棚にあったとはいえ、この三冊はいずれも絵や写真がページの大半を呻いているからね。
「探している年代は……三千年前、でしたっけ?」
「三千年~四千年前ですね。ただ、最初は風景が絵と似ている物を探すのが無難だと思います。年代がドンピシャでも、遺跡や神殿の光景が全く違ったら、意味がないですので」
僕も残る一冊を手に取り、探し始めた。
時折、傍に置かれている蛇の抜け殻と比較し、これではないかと思うものが記載されたページには付箋を貼っていく。一概に遺跡と言っても、やはり様々なタイプのものが存在していた。四角錐状の巨大なものから、地下に穴を掘ったものまで。昔の人も色々と考えて建造物を作っていたんだなぁ、としみじみ感じる。
同時に、古代人の技術力の高さも感じられた。
昔の技術力では製作することが不可能だと言われる奇妙な物が時折発見されるけど、僕からすれば当時の技術力がどの程度のものだったのかを正確に知りもしない現代の人間が、何を根拠にそんなことを言うのかと思ってしまう。時代錯誤の物体、なんて言葉は、本来存在しないものなのではなかろうか。
そんなことを考えながら読み進めること、およそ四十分。
僕らはほぼ同時に読んでいた本から目を離し、幾つかの付箋が張られたそれを机の上に置いた。
「見つけられた?」
「遺跡や神殿の形状だけで判断したものなら、幾つかね。ただ、年代まで合致している確証はないわ」
「私も同じです」
まぁ、年代まで照らし合わせていたら四十分程度で読み終えることはできないだろう。ここからは三人がそれぞれ絞った候補のものを、一つずつ調べればいい。そのために付箋を貼ってもらったわけだし。
ということで、僕らは付箋を貼ったページの遺跡や神殿の年代を一つずつ照らし合わせた。僕たちが探す、三千年~四千年前に建設、もしくは存在していたものを。
付箋を貼ったページに記載されていた遺跡や神殿は、いずれも蛇の抜け殻に描かれていた絵と似通った部分が多く見られた。入口の前には二体の巨像が立ち、その奥には建造物がある。だが、その大半は千年~二千年前に建造された比較的新しいものであり、僕たちが探している年代のものではなかった。当時はそのような構図の神殿や遺跡を作るのが流行りだったのかもしれないね。
一つ一つ虱潰しに探した結果、候補は更に三つまで絞られた。
──王国北東部に位置する、クレべルム遺跡
──エンベルク教国が直接管理している、ロンドレバン神殿跡
──サンタラマル公国にある熱湖の中央にある、アーファ歴史跡地
「これは……」
僕は上がった候補を前に、思わず頭を抱えそうになった。
一つはいいとして、残りの二つは……フィオナが僕の様子を見て、くすりと笑った。笑い事じゃないよ。
「エンベルク教国は今、過激な思想の国教信者が政権を担っているから、諸外国は渡航禁止令を発令しているわ。勿論、王国もね」
「サンタラマル公国は安全で平和な国ですけど、アーファ歴史跡地は有害な猛毒ガスが地面から噴出していて危険なため、特別な許可と専門家の同行が無い限り立ち入り禁止のはずです。厳重な警備もされているので、入るのは不可能かと」
「まさか、こんな候補になるとは」
三分の二が調査不可能。
となれば、必然的に残る一つの王国内にあるクレべルム遺跡に向かうしかないというわけか。でも、この遺跡も結構問題がある気がする。
「クレべルム遺跡は、遺跡としての物がほとんど残っていない。あるのは半壊した二体の巨像と、何もない地下空間が一室のみ。歴史的に価値のある出土品も一切ないし、専門家からは無価値の遺跡擬きと言われているくらい、何もない場所だね」
「そうね。何もないから荒らされるようなこともないし、遺跡なのに管理する人すらいない無人の場所よ。ま、そのお陰で調査はしやすいでしょうけど」
フィオナは笑って言うと、隣のシオン様が不安げに言った。
「でも、確か……盗賊グループの隠れ家として使われていると聞いたことがあります。しかも、懸賞金がかけられている強さの」
「あら、丁度いいじゃない。調査もできて懸賞金も手に入るなんて、一石二鳥よ」
「盗賊の強さなんてたかが知れているから、特に危険でもありません」
「……そうですよね。お二人の強さからすれば、脅威でもないですよね」
実質、脅威となるものは何もない、ということだね。
となると、仕方ない。他の遺跡を調査したい気持ちもあるけど、贅沢も言っていられないな。何もないことで有名な、その遺跡を調査することに──ん?
「どうしたの?」
「いや、これさ……検出」
僕は雷天断章を召喚し、検出を発動。
十数秒後。司書室の扉が開かれ、そこから一冊の本が僕の元まで飛んできた。タイトルは『最新版 古代遺跡』。
大きなタイトルが書かれた表紙を開き、文字と簡単な図説が載ったページを次々と捲っていく。
うん、やっぱり。問題のある二つは、調査する必要もないよ。
「国外の遺跡と神殿だけど、僕たちが探している条件には合致しないみたいだ」
「え? でも、この本にはちゃんと年代が──」
「その本、少し古いんだよ。で、こっちは最近の調査の内容が記載されている、最新のもの。で、ここにはね」
僕は本を反転させ、二人の方へと本を向けた。
「ロンドレバン神殿跡は、二千八百年前に大改造されて、巨像が並んだ形状になった。僕らが求めているのは最低でも三千年以上前にあの形状になっているものだから、候補からは外れる」
「改修済みだったってことね……それはいつわかったことなの?」
「三年前だね。地下から工事を行った際の契約書が発見されたらしくて」
「凄く新しい情報なんですね。で、もう一つの方は?」
シオン様に急かされ、僕はページを捲る。
う~ん、やっぱり文字が多いと、該当ページを探すのに時間がかかるな。絵と写真だけなら、すぐに見つかるんだけど……あ、あった。
「アーファ歴史跡地は、近隣国との戦争によって、五千年程前には巨像の片方が破壊されていたらしい。蛇の抜け殻には完全な状態の像が描かれているから、これも除外される」
「となると、この抜け殻に描かれている絵は、王国内にある遺跡ということになるんですね」
「まぁ、確かに考えてみれば、この抜け殻が見つかったのも王国内だものね」
「はぁ~~~~、よかった」
問題だらけの残り二つじゃなくて。
もしもそこが該当する場所だったら、僕は落ち込んで一週間ほど図書館を閉じていたかもしれない。夢が立たれるというのは、それほどまでに精神的なダメージを残すのだ。男のロマンは、命と同等の価値があるのかもしれない。
安堵の息を吐いていると、フィオナが頬杖をつきながら僕に問うた。
「それで、今度はいつ行くの? 来週?」
「そうだね。次の休館日にでも行くとするよ」
「あの、盗賊が出たらどうするんですか?」
「「? 五秒もあれば十分です(よ)」」
僕らが即答すると、シオン様は「お二人は怖いもの知らずですか……」と、苦笑いを浮かべた。
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