第11話 次なる目標
「「……」」
シオン様がやってきてから、数十分後。
深い眠りから覚めて起きてきたフィオナは僕の部屋のソファに腰かけ、近くの椅子に座っているシオン様と向かい合っていた。二人の雰囲気は決して良好とは言えず、両者から発せられるギスギスとした雰囲気が攪拌し、不穏な空気を室内に漂わせている。
端的に言って、居心地が悪い。
僕はさりげなく窓を開けて換気をし、壁に背中を預けて両者の様子を伺った。
「全く、休日に尋ねるなんて。私もセレルも仕事で疲れているのだし、ゆっくり身体を休めたかったのだけれど?」
口を切ったのはフィオナ。起きたばかりだからか、いつもよりもご機嫌斜めといった様子。真正面で見据えられたら思わず身体が竦んでしまうくらいだけれど、シオン様はどこ吹く風と言った様子でそれを受け流す。
「それについては、少々非常識だったと反省しています。ですが、昨日のセレル様はとても楽しそうにしていらしたので、気になってしまったんです」
「だとしても、明日でいいでしょう? 随分と強情というか、我儘になったのね」
「おかげさまで、自分に素直になることができました」
「私は別に褒めていないのよ?」
「私は誉め言葉として受け取りました」
おぉう、空気が尖り始めた。
近くに立っているだけで身体をちくちくと刺すような感覚を肌に感じる。心なしか、室内の温度も上昇した気もするな。外の空気を取り込んでいるはずなんだけど、どうにも空気の交換が追いついていないらしい。
フィオナ様とシオン様は、決して仲が悪いというわけではないはずなんだけど……ここ最近、あまり仲良くしているような場面を見ていないな。シオン様はともかく、フィオナはお姉さんなんだからもっと心を広く持たないと。
…………まぁ、原因は僕にあるんだけど。
元凶でありながら何もできないもどかしさを感じていると、フィオナが僕の方へと顔を向けた。
「セレルも、どうして全部喋っちゃったのよ」
「喋らなければならないと直感的に感じたから」
「どういう直感よ……はぁ、セレルはシオンに対しては何かと口が軽いわね。暁星王書の件と言い、もっと口を固くした方がいいわよ」
「寧ろ、今の状態を維持していただけると、私的にはありがたいですけどね」
「シオンは黙っていなさい」
フィオナは毛先をくるくると指先に絡め、不満げに内心を吐露した。
「セレルは最近、ちょっと甘すぎるわね」
「キツイ方がいい?」
「嫌。けど、その甘さに当てられて余計な虫が色々と寄ってきていることを自覚してほしいと思うわ」
「それ、僕にはどうしようもないってことわかってる?」
「どうにもできなくてもどうにかして」
「理不尽な……それに、君と一緒にいることが多いんだから、そこまで心配する必要はないよ」
自分で言うのは恥ずかしいけれど、他の女性に興味が移ることなんてないんだから。もっと信用してくれてもいいと思う。
と、まだ不満そうに髪を弄っているフィオナにシオン様が一言。
「フィオナ様、信じるのが良い女というものです」
「子供に女を説かれるのは、少し不服ね。でも、確かにその通りかも」
「子供扱いしないでください」
「その言葉が出る時点で子供なのよ」
笑ったフィオナは机の上に置いてあったコップに入っていた水を一口飲んだ。
良い女性が待つのであれば、良い男性はその信用に応える、かな。ふむ、シオン様も中々深いことを言うね。
僕は壁から背を離し、机に置きっぱなしだった蛇の抜け殻を手に取った。
「とりあえず、フィオナも起きたことだし、ここに描かれている神殿について考えよう。本に浮かび上がった文字については、神殿を特定しないことには解読が一切できないからね」
「と言っても、こんな神殿は見たことがないですね」
手掛かりとなるのは、二体の像が立ち、その中間に円錐状の建物があるということ。だが、少なくとも現存の神殿・遺跡にはこのような構造や形を持つ者は存在していない。より正確には、大国と呼ばれる七つの国には。
「この絵を見る限り、像はかなり繊細だし、これが古書が書かれた時代の産物……三千年以上前に描かれたものだとすれば、建物自体も大きなものだと推測ができる」
「? どうして三千年前だと、建物が大きいのですか?」
シオン様の素朴な疑問に、フィオナが真面目な顔で答えた。
「三千年以上前に描かれた絵は、大抵遠近法を使われずに描かれているの。だから、建物や人、動物も全て同じような大きさで描かれている。恐らく、この絵の建物も実際には大きいものである可能性が高いってことよ」
「遠近法などの近代的美術技法が確立されたのは、今からおよそ六百年程昔に起きた芸術革命の頃ですから」
「セレルの好きな点描技法もその頃だったかしら?」
「残念。点描が生まれたのは今からまだ百年くらい前だよ。ほら、今は美術の話はいいから、こっちに集中しよう」
脱線しかけた話を元に戻し、再び思考を走らせる。
「二つの像は筋骨隆々、それぞれが矛と盾を持っている。これは神殿を守護しているという意味合いを込めた、守り神のようなものなのかもね」
「ただ、さっきも言った通り現存している神殿や遺跡にこのような像は見られない。長い年月を経て雨風に晒されて風化し消えたのか、千七百年前に起きた神殿狩りによって破壊されてしまったのか」
「いずれにせよ、過去五千年を振り返っても大きな神殿や遺跡を持っていたのは七つの大国だけよ。となれば、自ずとターゲットは絞られる」
「うん。それに、神殿を作っていたのは魔力や星、魔法を崇拝し、信仰心を持っていた一部の種族・民族の特徴だ」
「有名なところで言えば、ユレイメルド帝国北西部存在していた雪の民族かしら。彼らは氷雪と魔力を崇拝していて、当時の神殿は国の遺産として残っているわ」
「どうだろう。氷の彫像は岩に比べて劣化や損傷に脆い傾向がある。特に、常に雪が降っている極氷雪寒冷地帯の場合は昼夜の温度差が激しくなる傾向がある。風も強いし、すぐに形状が変化してしまうよ」
「じゃあ、氷雪を崇拝対象としていた神殿はなしね」
「そういうことになる。あぁ、だけど、王国以外の国だったら調査が難航するね。というか、流石に他国で違法行為をするわけにはいかないから、ここで調査は断念せざるを得ない」
「流石に他国では私も庇いきれないからね」
「わかっているよ」
「な、なんだか難しい話をされていますね……全然わからないです」
シオン様が僕とフィオナの会話についていけず、また知らない単語を一度に聞きすぎて混乱してしまっている。う~ん、確かに考古学や詳細な歴史は学校の授業ではならわないし、ましてや中等部では学習するはずもない。
そう考えると、僕と普通に会話ができているフィオナは凄すぎるな。自習をして覚えたんだろうね。
「シオン様には難しかったですね」
「やっぱり子供ね。大人を名乗りたいなら、もっと気品と知性を身に着けてからにしなさい」
「その言い方はちょっとムッとしますね」
「言い返したいなら、努力を積み重ねなさい。大丈夫よ、貴女はとても優秀だし、将来は誰もが注目するような立派な大人になるから」
そういうフィオナの横顔は、いつもより大人びて見えた。
彼女が親になったら、きっと子供は立派な大人に成長するんだろうなぁ。
「あ、えっと……はい、頑張ります」
突然優しい言葉をかけられたシオン様は困惑気味に言い返す。からかわれた直後に激励を受けて、どのような反応をすればいいのかわからなかったんだろうね。
フィオナは浮かべていた優しい笑みを消し、今度は自慢げに言った。
「ま、どれだけ勉強したところでセレルに追いつくことはできないけれど」
「な、なんですかそれ!」
「考えてもみなさい。セレルの頭の中には王国の知恵の原点と言える魔法図書館の叡智が入っているのよ? そんな規格外な化物と同等の存在になんてなれるわけがないわ。私ですら、何を言っているのかわからないことの方が多いのに」
「化け物って酷いなぁ……」
僕はそんな怖い存在じゃないし、そもそも本の内容が全て頭に入っているかと言われればそうではない。わからないことがあれば本を探して開き、そこから答えを得る。ただ単に、人よりも持っている知識が多いだけだ。
「ここでは答えがまとまりそうにないから、また明日、図書館で調べてみよう」
「大丈夫なの? 調べものばかりで、仕事溜まってるんじゃないの?」
「ふふふ、
「無理に負担がかかることはやめなさい!」
「セレル様、もっと自分自身を大切にしないと……」
二人から向けられた心配の視線を無下にすることも躊躇われたので、僕は並列思考を行使するのはやめよう、と内心で決めた。
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